2021年出版関連動向回顧と年初予想の検証

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photo by Ryou Takano
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 HON.jp News Blog 編集長の鷹野が、年初に公開した出版関連動向予想を検証しつつ、2021年を振り返ります。

2021年概況

 出版科学研究所「出版月報12月号」によると、2021年1~11月期の紙の出版物推定販売額は1兆1049億円で対前年比0.4%減。コロナ禍前の2019年1月~11月期からは2.2%減となっています。上半期はプラスで推移したものの、下半期はマイナスが続いているとのこと。

 12月の数字はまだ締まっていませんが、2021年の着地は1兆2100億円台、対前年比約1%減の見込みです。前年実績から計算すると1兆2114億円前後となります。紙の書籍は約2%増と2006年以来15年ぶりのプラス、雑誌は約3%減となる見込みです。同じく前年実績から計算すると、書籍が6794億円前後、雑誌が5409億円前後となります。

 コミックス(単行本)は、1~11月で前年同期比約2%増。2020年は集英社『鬼滅の刃』が桁違いなヒットでしたが、それでも2021年は前年を若干上回る数字になりそうとのこと。なお、コミックスの多くは統計上、雑誌として扱われています。つまり、コミックス以外の雑誌が厳しい。1~11月の雑誌は、月刊誌が約2.8%減、週刊誌は9.3%減。2020年はコロナ禍で臨時休刊が相次ぎ供給が大幅に減少していますが、2021年は通常通り刊行してもなおこの減少幅です。苦境が続きます。

 例年通り、電子出版市場は集計中のため未発表です。ただ、「2割程度の伸びが見込まれる」と記述されていました。7月に発表された上半期(1~6月)の出版市場は紙+電子で8632億円、前年同期比8.6%増のプラス成長。紙は6445億円(同4.2%増)、電子は2187億円(同24.1%増)。これが下期にどう着地したか。詳細は年明け1月25日ごろの発表予定です。

2020年はどうだった?

 2020年の紙の出版市場は1兆2237億円(対前年比1.0%減)で、うち書籍が6661億円(同0.9%減)、雑誌が5576億円(同1.1%減)。電子出版市場は3931億円(同28.0%増)。紙+電子の出版市場は1兆6168億円(同4.8%増)となり、2年連続のプラス成長でした

 電子出版市場のうち、電子コミックは3420億円(同31.9%増)、電子書籍(文字もの)が401億円(同14.9%増)、電子雑誌が110億円(同15.4%減)でした。電子出版市場におけるコミックの占有率は、87.0%と非常に高いものとなっています。

 コミック市場は、紙が2706億円(同13.4%減)、電子が3420億円(同31.9%増)。紙+電子の合計は6126億円と、1978年の統計開始以来過去最大の市場規模となりました。電子の市場占有率は55.8%まで拡大しています。

 紙の雑誌市場は5576億円ですが、雑誌扱いコミックス1876億円とコミック誌627億円を除くと3073億円。電子雑誌110億円を加えると3183億円です。なお2017年の時点で、紙+電子のコミック市場(当時4329億円)は、コミックを除いた紙+電子の雑誌市場(当時4323億円)を逆転しています。

 紙の書籍市場は6661億円ですが、書籍扱いコミックス202億円を除くと6459億円。電子書籍401億円を加えると6860億円です。つまり紙+電子の市場を「書籍」「雑誌」「コミック」の3ジャンルで考えると、市場占有率は書籍42.43%、雑誌19.69%、コミック37.89%となります。これが2021年にどうなったか。例年通りなら2月25日の発表で判明します。さすがにまだ、書籍とコミックは逆転しないと思いますが。

年初にはこんな予想をしていた

 続いて、私が年初に予想していた2021年の動きについて。挙げたのは以下の5つです。

  • 出版社系ウェブメディアの飛躍
  • 既刊の電子化が急がれる(というか急げ)
  • 描き手争奪競争の更なる激化
  • 電子図書館サービスの普及がついに始まる
  • 映像コンテンツの需要がより高まる

出版社系ウェブメディアの飛躍

 主に「雑誌」という切り口です。2020年は「逆襲」でしたが、2021年は「飛躍」です。Googleが検索アルゴリズムで専門性・権威性・信頼性を重視するようになっており、それはユーザーが求めていることでもあるので、自前でコンテンツの作れる出版社が強いはずだという予想でした。

自社PV推移は?

 実際のところどうだったのか? 日本ABC協会が四半期に1回公開している「雑誌発行社会員Web指標一覧」の2021年7-9月期で自社PV上位10サイトについて、同時期の2018年2019年2020年を推移グラフにしてみました。1位の文藝春秋「文春オンライン」と2位の講談社「現代ビジネス」は、突出して伸びていることがわかります。なお、9位までは自社のみで1億PV以上です。

 また、2021年7-9月期自社PV上位10サイトの、外部PVも推移グラフ化してみました。私は、自社PVが伸びると外部配信への依存度は下がる(外部PVが減る)だろうと予想していたのですが、自社PVが突出して伸びている「文春オンライン」と「現代ビジネス」は、外部PVも伸びています。外部配信をうまく活用しつつ、自社サイトにも誘導できているということなのでしょう。ただ、「文春オンライン」の外部配信は伸びが鈍化しており、依存度が低下しているのは間違いありません。

 3位以下では、KADOKAWA「コミックウォーカー」、東洋経済新報社「東洋経済オンライン」、小学館「NEWSポストセブン」、講談社「FRIDAYデジタル」、ダイヤモンド社「ダイヤモンド・オンライン」は、対前年比で自社PVはプラス、外部PVはマイナスとなっています。このあたりは、コンテンツのチャネル戦略の違いでしょうか。

 ちなみに新聞系は各社のメディアガイドによると、「読売新聞オンライン」が約1億8322万PV(2021年7月~9月平均)、「朝日新聞デジタル」が2億6703万PV(2020年1月〜2020年6月平均)、「毎日新聞デジタル」が1億3000万PV(2020年1月~12月平均)、「産経デジタル」が5855万PV(2020年10月~2021年9月平均)、「日経電子版」が2億8000万PV(2021年8月更新)で、出版社系の3位以下集団といい勝負。外部配信は不明です。

 もっとも、PVはページ分割の有無などでも大きく変わります。「虚栄の指標(vanity metrics)」なんて言われ方もするくらいです。PVをKPIにすると、現場はついつい「釣り」や「煽り」に走ってしまいがちである点には留意しておく必要があるでしょう。

2020年 日本の広告費

 では収益性はどうか? 電通が毎年発表している「日本の広告費」2020年版によると、インターネット媒体費は1兆7567億円(前年比105.6%)と、コロナ禍の影響を受けつつも堅調に伸びています。うち新聞デジタルは173億円(同118.5%)、雑誌デジタルは446億円 (同110.1%)、ラジオデジタルは11億円 (同110.0%)、テレビメディアデジタルは173億円(同112.3%)。マスコミ四媒体由来のデジタル広告費では、出版社系のメディアが強い状態です。

 もっとも、紙の新聞広告費は3688億円(同81.1%)、紙の雑誌広告費は1223億円(同73.0%)と、コロナ禍による各種イベントの中止・延期や宣伝予算の削減などの影響をモロに受けています。とくに、オリンピック・パラリンピックが延期してますので、開催された2021年はどういう結果になったか。無観客の影響はどう出たか。「2021年 日本の広告費」は、例年通りなら2月の下旬に発表されます。

ビッグテックによる収益還元

 また、Google、Apple、Facebookといったビッグテックが、レガシィメディアに対しニュースの使用料を支払う形での収益還元を始めています。これは、世界各国がビッグテックに対し規制強化を始めたことの裏返し。つまり融和策でもあるでしょう。

 8月に始まったApple「News Partner Program」はまだ日本が対象外ですが、Google「News Showcase」は9月から日本でも開始されました。Facebookは以前からある「Instant Articles」のほか、動画やライブ配信のインストリーム広告やファンサブスクリプションなど、パブリッシャー向けというより「クリエイターエコノミー」寄りに思えます。 

 Google「News Showcase」は、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、時事通信、共同通信、中日新聞、河北新報、京都新聞など、国内40社以上の報道機関が対象になっています。日本は「Yahoo!ニュース」などGoogle以外のニュースアグリゲーターが強いこともあり、比較的スムーズに進んだようです。

 しかし、こういった伝統的メディア以外は対象外となっています。どうやって線が引かれているかについては不透明です。本件については、年末特番の「HON.jp News Casting」でITジャーナリストの西田宗千佳さんから詳しいコメントをいただいてます。当該箇所から開始するアーカイブはこちら。

 これに対抗してか、「Yahoo!ニュース」でも地方メディアに対し、PVに対する読者のリアクション比率で上乗せ額を多くする施策が開始されています。日本は「Yahoo!ニュース」が強すぎるので、もう少し競争をしてサービス改善を図って欲しいものです。

気になる釣り見出し化

 そんな中、私が個人的に気になっていることの1つが、伝統的メディアが「釣り見出し」を使うようになってきた点。まるで「まとめブログ」を思わせるような、とにかくクリックさせたもの勝ち的な記事タイトル――いわゆる「クリックベイト」が、新聞社や出版社系のメディアでも珍しくなくなっています。PVさえ稼げればいいのでしょうか?

 まあ、スポーツ紙や週刊誌は昔からそういう傾向があったかもしれません。それがウェブに舞台を移し、より狡猾かつ意図的なタイトルで集客を始めているように思えます。工夫のない見出しでは、読む気がしないのも確かです。思わずクリックしたくなるような見出しを追求していくと、「釣り」や「煽り」に最適化されていくのかもしれません。

 たとえば見出しに「なぜ?」とあるのに本文に理由が書かれていないといった、見出しと内容にギャップがあるような記事も多いです。なかば騙すようなやり方を繰り返していると、ユーザーも学習します。メディアのブランド価値を下げていくことにも繫がってしまうのではないでしょうか。

不愉快広告放置系メディア

 PV至上主義になってしまう原因の1つが運用型広告です。いわゆる「不愉快広告」が幅をきかせており、メディア側がノーチェックだと「トイレ崩壊寸前」「毛穴の汚れ」「簡単に痩せる」「シミが消える」といった薬機法違反・景表法違反の誇大広告・虚偽表示に埋め尽くされることになります。

 実際、不愉快広告だらけになっている出版社系ウェブメディアも多々あります。あれは間違いなくメディアのブランド価値を下げていると思うのですが、放置できてしまう神経が理解できません。運営者が自分のサイトを見ていなかったり、自分のブラウザには広告ブロッカーを入れてたりするのでしょうか?

 ただ、こういう状況が、ようやく問題視されるようになってきたのは明るい兆候だと思っています。日刊サイゾーで「怪しげで不快なネット広告」とか、J-CASTで「汚染されたネット広告」といった告発系記事が出たのは、正直ちょっと驚きましたが。YouTube、ヤフー、popInなど、プラットフォーム側での不適切広告締め出しも活発に行われるようになってきました。

 また、消費者庁では「アフィリエイト広告等に関する検討会」が開催されました。来年には、広告主にも責任が及ぶことで「アフィリエイターが勝手にやったこと」という言い訳ができなくなったり、明確に広告であると認識できるような表示が求められるようになる予定です。

 民間では、一般社団法人デジタル広告品質認証機構が「JICDAQ認証」の公開を開始しています。こちらは「無効トラフィック対策認証」や「ブランドセーフティ認証」といった、広告主に対するアピール施策が優先されています。認証にも結構な額がかかります(零細メディアには無理)。消費者保護から考えるべきではないだろうか、と思うのですけどね。

サブスク、バラ売りは……?

 では広告モデルではなく、有料会員制メディア(サブスク)はどうだったか? アメリカではニューヨーク・タイムズが有料会員800万人突破を筆頭に、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルも三桁万人の有料会員を獲得していますが、日本では日経電子版76万人、朝日新聞デジタル32万人、NewsPicks17万9000人など(※3月時点)、まだあまりパッとしない感じです。話者人口の比率で言えば、同程度の規模感なのかもしれませんが。

 そんな中でも、今年始まった調査報道特化型の有料会員制メディア「SlowNews」には注目しています。「取材に時間やお金がかかるコンテンツ」が「今後も継続的に生まれる仕組みを作る」ことができるかどうか。月額1500円(税別)と比較的高額ですが、新たな取材記事だけでなく、出版社と提携して過去の優れたノンフィクション書籍の配信も同時に行っているあたりがうまいと思います。

 他にも、英ガーディアンのデジタル版が有料記事なしで有料読者100万人突破したり、有料ニュースレターの「Substack」が有料会員100万人を突破したりと、広告に依存しない仕組みが徐々に広がってきているように感じます。日本では、寄付×サブスク型非営利メディアの先駆け「greenz.jp」や経済系の「NewsPicks」、あるいは、クリエイターエコノミー系の「note」「theLetter」など、広告に依存しないやり方は「出版社系ウェブメディアの飛躍」というこの予想とは少し違った方面で伸びているように感じられます。

既刊の電子化が急がれる(というか急げ)

 主に「書籍」という切り口です。2020年の時点で、図書館関連の権利制限規定がデジタル・ネットワークに対応することはほぼ確定していました。「入手困難資料」として扱われないようにするには、POD含めた電子版の配信が有効です。このことから、私にしては珍しく「急げ」という命令形の強い言い回しを使った予想でした。

著作権法改正で国立国会図書館デジタル化資料の個人送信が確定

 その著作権法改正は5月に成立しました。国立国会図書館ですでにデジタル化された資料は、2021年7月の時点で279万点。図書は従来「明治期以降、1968年まで」に受け入れたものが対象でしたが、5カ年計画で刊行時期は2000年まで拡大しました。今後さらに165万点が追加でデジタル化される予定です。AI-OCRでテキスト化も行われ、全文検索も可能となります。すでに、著作権の保護期間が満了した資料については実験システムの「次世代デジタルライブラリー」で提供が始まっています。

 このうち、国立国会図書館内限定ではなく、従来の図書館送信――新制度で個人送信が可能となる範囲も決まりました。年末に「国立国会図書館のデジタル化資料の個人送信に関する合意文書」が公表され、2012年に資料デジタル化及び利用に係る関係者協議会と合意した「国立国会図書館のデジタル化資料の図書館等への限定送信に関する合意事項(PDF)」(平成24年国図電1212041号)と同じ範囲であることが決まっています。基本は、電子版やPODを含む「新刊」が市場で入手困難なこと。従来どおり、マンガ、商業出版社の雑誌、出版済みの博士論文は対象外です。

 サービス開始は2022年5月。当面は閲覧のみですが、印刷機能も2023年1月を目処に提供開始予定とされています。サービスの利用対象者は日本国内に居住している「個人の登録利用者」で、身分証明書不要でオンラインから申込みできる「インターネット限定登録利用者」は対象外となっています。「個人の登録利用者」は郵送で申込みできますので、日本国内居住者は全員が利用できます。海外在住者への提供は、次の課題でしょう。

過去の叡智へのアクセスが容易になることの意味

 私は、この個人送信が始まるのを心待ちにしていました。それは、インターネット上の言論がより健全なものに変わっていくことが期待できるからです。過去の叡智へのアクセスが容易になれば、エビデンスのない怪しげな言説に対し、従来より対抗しやすくなるのではないでしょうか。

 現状、インターネットで検索すればすぐバレるような嘘でさえ蔓延しているのも事実です。それでも、検索すればすぐバレるだけマシです。インターネットが一般に普及するより前――20世紀までの情報は、検索しても出てこない可能性が高く、存在していないのも同然に扱われてしまっています。

 もちろん従来でも、図書館まで行って丹念に調べればわかることでした。しかしそれには時間と手間がかかります。それが、今後はいきなり書籍の中身まで全文検索可能となります。必要な情報にたどり着くまでのスピードが段違いに早くなります。「入手困難資料」のほうが簡単にアクセスできるという大逆転現象が起きるのです。いやあ、本当に楽しみだ。

既刊の電子化は急がれたのか?

 繰り返しになりますが、国立国会図書館でのデジタル化は、従来は1968年までだったのが、2000年刊行まで拡大します。そして、出版社に在庫はないけど絶版ではない「品切重版未定」の出版物は、このままだと「入手困難資料」として扱われ、個人送信の対象となります。それを避けるために、少しでも売れそうなものから電子化(POD含む)が進むのではないか? という予想でした。

 実際のところ、以前から電子専門出版社アドレナライズイースト「電子復刻」など、既刊の電子化と販売を行う事業は展開されています。とくに「電子復刻」には申込みも多く、バックオーダーが溜まっているという話も伺っています。つい先日話題になったコンピュータサイエンス誌「bit」の電子復刻もそのうちの一つです。

 HON.jpでは今年、正会員向けに「Maruzen eBook Library(MeL)」の提供を始めました。そこで、新着情報をチェックするようになったのですが、底本発行が20世紀の既刊が結構なペースで入ってきています。以前と比べてどうなのか? までは把握できていませんが、MeLの書誌情報には配信開始年だけでなく底本発行年もあるので、その気になれば詳細な分析も可能でしょう。

 ただ、個別の事例やMeL以外で、既刊の電子化がどの程度進んだかを正確に把握するのは困難です。とくに、最大手と思われる Amazon「Kindleストア」の状況がわかりません。また検証が難しい予想をしてしまったと、苦笑いしながら本稿を書いています。

 余談ですが、安形輝・上田修一「日本における電子書籍化の現状 ─国立国会図書館所蔵資料の電子化率調査─」(日本図書館情報学会)では「Amazon Product Advertising API」を使っています。この調査は2017年に行われているため、私はその後の電子化率がどうなったか? を調査しようと下準備していたら、同APIの利用ポリシーが変更され同じ手法が使えなくなったことに気づきました。売上実績がない利用には強い制限がかかるため、研究のためだけに使うことは事実上不可能となったのです。

 国立国会図書館デジタル化資料の図書館送信(と今後の個人送信)には3段階の除外手続き「入手可能性調査」「事前除外手続」「事後除外手続(オプトアウト)」があるので、その過程で「電子版が入手可能なラインアップ」が「どこで入手可能なのか?」という情報を蓄積していくことも可能ではないだろうか、と思うのですが。

描き手争奪競争の更なる激化

 主に「マンガ」という切り口です。大手出版社の好決算が相次いでおり、儲かったぶん次のIP発掘への投資が激しくなるはずだ、と。集英社「少年ジャンプ+」のデジタル連載から『SPY×FAMILY』のようなヒット作が生まれるなど、出版社系のマンガプラットフォームは中堅作家の連載する場としても機能し始めています。逆に、「まんが王国」ビーグリーによるぶんか社グループの買収のように、IT系企業が実績のある作家や編集者・編集部・出版社を獲得にいく動きも激しくなるだろう、と予想していました。

集英社の新サービス、続々

 動きが目立ったのは、やはり集英社でした。1700万ダウンロードを突破した「少年ジャンプ+」はもちろんですが、少年ジャンプ+編集部(&はてな)なのにジャンプの名前を出さない新マンガ投稿サービス「マンガノ」、絵が描けなくてもスマホでマンガのネームが作れる「World Maker」アプリ、名刺代わりのポートフォリオ作成サービス「MangaFolio」と、クリエイターのための新サービスをこの1年のあいだに次々とリリースしています。

 集英社以外でも、2020年にオリジナル書籍の読み放題サービスを始めたU-NEXTに実はAmazon「Kindle Singles」の立ち上げを担ったマイケル・ステイリーさんが関わっていたとか、ヤングマガジン編集部所属の山中/漫画編集さんが個人で始めたウェブマガジン「comic gift」とか、Amazonがアメリカで「Wattpad」対抗の話読み連載プラットフォーム「Kindle Vella」を開始したとか、音羽グループ講談社の「DAYS NEO」に一ツ橋グループの白泉社「ヤングアニマル」が編集部が参入とか、メディアドゥが小説投稿サイト運営のエブリスタを買収とか、Amazon KDPが日本でもPODにも対応開始など、さまざまな動きがありました。

縦読みマンガ旋風

 そしてもう一つ特筆すべきは、まさに「旋風」と言っていいほどの、縦読みマンガへの注目の集まり方。本当は「ウェブトゥーン」と言いたいところなのですが、韓国NAVERが商標登録したため一般名詞としては使いづらくなってしまいました。そのため、カカオ「ピッコマ」側では「スマトゥーン」と呼称するようになっています。

 そのNAVERは、1月にカナダの小説投稿サイト「Wattpad」を買収、子会社のウェブトゥーン事業と統合して世界展開の本格化を図っています。日本で「LINEマンガ」を運営している LINE Digital Frontier も同じくNAVERグループですが、日本では「LINEノベル」が失敗に終わっており、次の展開をどうするのかが注目されます。ebookjapanとのバックエンド共通化や、TOBで子会社化という動きもありましたが、独自IPの開発についてはどうなるか。ebookjapanオリジナルの「ebookjapanコミックス」レーベルという展開もありました。

 その「LINEマンガ」と肩を並べるまでに急成長したカカオ「ピッコマ」が、今年の日本での旋風の中心だったと言えるでしょう。5月に第三者割当増資で約600億円を調達、企業価値は8000億円超と評価されました。調達資金はマンガコンテンツの拡充に充てる予定と報じられています。「ピッコマ」アプリは3000万ダウンロードを突破。販売額は2021年の上半期だけで314億円と、前年同期の倍以上になっています。その売上の半分が縦読みコミックというのは驚きです。

 対する日本勢でも、縦読みコミックへの参入が相次ぎました。and factory、アカツキ、ソラジマ、フーモア、LOCKER ROOM、taskey、DMM.com、KADOKAWA、小学館×バンダイ、メディアドゥ、アニメイトが買収したロケットスタッフなどなど、よほど注視していないと把握しきれないほど多くの動きがあります。この辺りの動きは私より、マンガ事業専門の傭兵をやっている菊池健さんの「マンガ業界Newsまとめ」をフォローいただいたほうが良いかもしれません。

「描き手」争奪というより、原作争奪だった

 ここまで挙げてきた動きには、マンガの「描き手」争奪だけでなく、小説など文章の「書き手」争奪も含めています。主に「マンガ」という切り口ではなかったのか? と感じた方もいるでしょう。これは、私の予想が「マンガの描き手」に絞ってしまったのが原因です。つまり、予想を若干外していた、ということです。

 1年前、もちろんいろんなことを考えた上で「マンガの描き手」に絞った予想をしたわけですが、最大の誤算は縦読みコミックがここまで注目されるとは予想しきれなかったこと。つまり、原作供給源としての「書き手」争奪戦が勃発しているわけです。「小説」というより、「シナリオ」が求められていると言ったほうがいいかもしれません。

 日本のマンガはストーリーと作画の両方を最初は1人で担い、連載が決まったらアシスタントを雇ってチーム体制を組むケースが多いと聞きます(もちろん原作付きマンガも多々ありますが)。ところが、縦読みコミックはフルカラーということもあり、最初から分業制作体制を組むそうです。

 編集者でエージェントの三木一馬さんが「ソラジマに出資した理由」という記事の中で、「(縦読みコミックは)アニメーションの制作に近い」「僕らはライトノベルの編集者なので、原作のシナリオ開発が得意分野」だけど「僕らはそれ以降のスタジオ機能を持っていない」という説明をしていたのが非常に印象的でした。

 そして、縦読みコミックへの参入が相次いだ結果「レッドオーシャン化する」までは私も予想していたことですが、さらにその先、それが「多様性の第一歩になる」という三木さんの見解には膝を叩きました。競争は激しくなるけど、そのぶん、違った切り口の作品も生まれてくるわけです。横読みコミックと縦読みコミックは表現手法が異なりますから、もちろん向き不向きはあると思いますが、いまよりもっとバリエーションが豊かになることは期待して良いでしょう。

電子図書館サービスの普及がついに始まる

 主に「教育」という切り口です。コロナ禍前の2019年10月1日時点では89自治体86館だったのが、1年後の2020年10月1日時点で114自治体111館。これまでのペースを思うと「急増」でした。これがさらに1年後、2021年10月1日時点で「200自治体を超えるくらいになって欲しい」という、かなり具体的な予想をしていました。また、GIGAスクールを受け、今年こそ「児童生徒向けの電書供給が本格化」するであろう、とも予想していました。

予想を遥かに上回るハイペース

 結果はどうだったか? 予想を遥かに上回るハイペースで普及が進みました。「電子図書館(電子書籍貸出サービス)がコロナ禍以降も普及拡大を続けるための課題は?」でも書きましたが、2021年10月1日時点で258自治体、電子図書館数は251となりました。コロナ禍以降の2年間では169増と、約2.9倍になりました。正直、隔世の感があります。

 なお、電子出版制作・流通協議会(電流協)刊『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2021』によると、都道府県を含む日本の自治体数は1788なので、自治体導入率は14.4%となります。また、電子書籍貸出サービスを行っている自治体の分館等を含めた図書館数は860なので、図書館総数3316に対し導入率は25.9%と記述されていました。

 私は、前掲の記事で258÷3316と計算してしまったのですが、確かに、分館も含めて導入済みと考えたほうが良さそうです。ただし、都道府県立図書館が導入すると、その自治体は全館が導入済みとなります。電流協発表の実施図書館一覧では山梨県、福岡県、沖縄県、大分県、静岡県、山口県が該当。ほか、長野県でも県立が導入し、市町村は事業費を一部負担する方式だという報道がありました。自治体導入率より図書館導入率のほうがかなり高いのはそういう理由もあるでしょうし、分館の多い自治体から導入が進んでいるということでもあるのでしょう。

GIGAスクールで子供の読書も電子化

 文科省「GIGAスクール構想」により、児童生徒向けICT端末が1人1台レベルで普及していくことが決まっていました。コンテンツ供給市場も当然成長するだろうと、コロナ禍前の2020年予想時点で挙げていたわけです。しかし、コロナ禍で大幅な前倒し導入が行われたにも関わらず、購入してもすぐには配らないことまでは想定できておらず、結果的にちょっと早すぎた予想となっていました。

 さすがに2021年には、児童生徒向けのサービス展開もかなり活発化しました。ポプラ社の読み放題サービス「Yomokka!(よもっか!)」やエスペラントシステム「読書館」「School e-Library」などの「学校向け電子書籍サブスク」事例が朝日新聞でも紹介されています。

映像コンテンツの需要がより高まる

 2020年の年初には「音声コンテンツ市場の拡大」と予想していましたが、2021年の年初にはコロナ禍の巣ごもり需要拡大は、視覚にも訴える映像コンテンツのほうが重要視されるのではないか? という予想をしていました。いちおう、音声コンテンツの動向は引き続き要注目、ともしていましたが。

 具体的には、①オンラインセミナーを含む映像そのものを販売するやり方(“もの書き”から“話し手”に)、②無料映像で視聴者を集め広告や投げ銭(スパチャ)で稼ぐやり方、そして、③無料映像を広報や広告に活用し別のパッケージを販売するやり方(ライブコマース)の3つを想定していました。

突然盛り上がった「Clubhouse」

 1月に音声SNS「Clubhouse」がいきなりブレイクします。完全招待制ということもあり、いわゆる「FOMO(自分だけ取り残されることへの不安)」が煽られた結果と思いますが、これは一時的なブームに終わりました。ただ、追随したTwitterの「Space」は、いまでも周囲でよく使われているのを見かけます。「Discord」や「Slack」の「Huddle」といった音声チャットも、よく使われているようです。

 ラジオやポッドキャスト・オーディオブックともちょっと違った、音声でのコミュニケーションという需要がここまで高まるのはちょっと想定外でした。映像で顔出しはNGでも、音声ならOKというのは、確かにあり得るニーズです。音声への注目が集まったこともあってか、音声メディア「Voicy」にも「潮目が変わった」「波が来ている」ような状況が起きているそうですし、「audiobook.jp」が会員数200万人突破という話題もありました。

想像を遥かに超えた「TikTok売れ」現象

 ただ、映像コンテンツへの需要の高まりは、やはり音声以上でした。とくに若年層への「TikTok」の広がりは、凄まじいものがありました。2020年にはスターツ出版の『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』が「TikTok」でバズって増刷という話題もあったので、私は大学の授業で学生に「TikTok」の利用状況を尋ねてみたのですが、その当時は拍子抜けするほど利用者が少なかったのです。そのせいもあって、その後の急成長を予測しきれませんでした。

 3月にアメリカで「TikTokで本を売りまくるティーン姉妹」という話題が出たと思ったら、5月には小学館集英社プロダクションなどの活用事例が報じられ、8月にはTikTokerけんごさんによる筒井康隆『残像に口紅を』の紹介で30年越しの再ヒットが報じられるに至っています。けんごさん以外にも、書店員はなさんという事例も出てきました。

 もちろん本以外でも「TikTok」でバズって売れる事例が多数あり、日経クロストレンド&日経トレンディの2021年ヒット商品1位に「TikTok売れ」が選ばれ、「インスタ映え」を超えるムーブメントとも言われるようになっています。前述の「③無料映像を広報や広告に活用し別のパッケージを販売」に近いわけですが、想定していたライブコマースは来ませんでした。トホホ。

その他の大きな動き

 もちろんこれ以外にも、2021年にはさまざまなことがありました。政治(P)、社会(S)、経済(E)、技術(T)の4分野にわけて、ピックアップしておきます。

政治(※立法・行政・司法)

社会(※文化・教育・ライフスタイルなど)

経済(※主に企業の動向)

技術

2022年はどんな年に?

 さて、2021年ももうすぐ終わり。2022年はどんな年になるでしょうか? 毎年恒例、年始の動向予想をお楽しみに。それではよいお年をお迎えください。

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著者について

About 鷹野凌 788 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学デジタル編集論非常勤講師 / 二松學舍大学エディティング・リテラシー演習非常勤講師 / 日本出版学会理事 / デジタルアーカイブ学会会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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