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「まんが王国」ビーグリーによるぶんか社グループの買収は、電子コミック配信プラットフォーム勃興期のオリジナルIP(知的財産権)確保の動きと、意味合いが異なるそうです。漫画の助っ人マスケット合同会社代表の、菊池健氏に解説いただきました。
10年前は新興だったIT企業が、老舗出版社を買収
電子コミック配信プラットフォームの「まんが王国」を運営する、ビーグリーがぶんか社グループを買収したことが話題になりました。
思い起こせば2013年頃、NHN comico「comico」、コミックスマート「GANMA!」、DeNA「マンガボックス」、LINE Digital Frontier「LINEマンガ」など(※いずれも現社名)、現在ではかなり大きくなっているいくつかの電子コミック配信プラットフォームが続々とスタートし、次々と自社編集部を立ち上げた時期がありました。
この当時、電子コミックの新しいサービスを立ち上げるにあたり、「自分たちのプラットフォームでしか読めない、オリジナル作品を掲載する」ことにより差別化をはかり、アプリのダウンロード数確保など、ユーザー数を拡大することを主眼としていた企業が多かったように記憶しています。いわゆる「スマホシフト」後の電子コミック市場がどうなるか、明確なイメージを持っている人は少なかったです。
「目先の利益や将来像は置いておいて、2~3年はユーザー数を増やすことしか考えません」と教えてくれた現場担当者もいました。(その人の立場によりますが)これも、彼らのゲーム市場での経験の反映だろうと思って見ていました。
というのは、当時進出した企業は、もともとゲームなどを運営する企業も多かったからです。「オリジナルIPを作ることによって、好調なゲームなどに展開する」ことなどを最終目的に謡ってはいたのですが、当初は各社ともにその具体的な成功ステップは描けていませんでした。
そして数年後の現在でも、電子コミック配信プラットフォーム発のオリジナルIPが、ゲームにまで展開して「成功した」と言えるような事例はありません。ツムツムシリーズのキャラ展開や、ソーシャルゲームの期間限定コンテンツのように、ゲーム自体が人気の事例がある程度です。
オリジナルIP制作の意味が変化した
近年、紙コミックの販売を電子コミックの販売が上回るなど、市場環境は大きく変わりました。冒頭の例のように、出版社やサービスそのものを買収、という形も目立ち始めてきました。
新規参入企業がサービスを立ち上げた当初、オリジナルIPは主に「ユーザー囲い込み」の意味合いが強かった印象があります。しかし、2012年以降の加速度的な電子コミック市場の拡大により、出版社から提供された作品を自社ユーザーに販売するだけで十分な利益を確保できるようになってきました。
逆に言うと、オリジナル作品の新連載は、当然ながら知名度が低く、集客に寄与する例は稀でした。デジタルマーケティングでユーザーを集めることに秀でた新興IT企業は、わざわざ無名の作品を作るより、有名な作品を、自社で集めたユーザーに読んでもらうほうが、ユーザー拡大という意味では効率が良かったわけです。
特に、紙と電子の売上が逆転した2017年あたりには、各電子コミック配信プラットフォームにおいて、ユーザー層の傾向が明確になってきました。その為、少女マンガ、BL、男性向けアダルト、オタク向け(なろう系)作品など、明確にターゲットが決まった作品は、どこの電子コミック配信プラットフォームでどの程度売れるのかが、過去データから読みやすくなりました。
こうなると、色々複雑な展開を考えずとも、単純に自社プラットフォームのユーザー層に合っている作品を、他社から供給を受け販売すれば、それなりの規模の収益を確保できるようになりました。また、その為の投資も成果を読みやすくなりました。
もちろん、それが自社IPであれば、より収益性は高まります。あまり公にはなっていませんが、出版社の編集部が自社媒体へ新作を載せずに他社媒体で連載したり、電子コミック配信プラットフォーム社内の編集機能を持ったチームが、自社で制作した作品の初出しを、他社プラットフォームで行うことにより利益を最大化するようなケースも出てきました。
回収期に向かう電子コミック配信プラットフォームは、改めてIPを必要としていく
プラットフォームビジネスには、ざっくり3ステップがあります。
プラットフォームビジネス成長の3ステップ
① ユーザー数拡大&囲い込み期(種まき):利益は無くても、とにかく利用者を増やす時期。
② 粗利向上期(継続性確保):増えたユーザーに対して、新しいサービスや商品を提供し、粗利率を向上、単月黒字や通期黒字を目指し、事業の継続性を確保。中長期計画を改める時期。
③自社商品開発期(回収):オリジナルIPを円熟したプラットフォーム上に増やし、更なる収益性の確保を目指す時期。小売業のプライベートブランド(PB)に近い。
現在の電子コミックを取り巻く環境は、成熟した市場の中で、新規顧客の開拓という意味合いを卒業し、収益率の向上や更なる囲い込みなどを目指す段階に入っています。プラットフォームビジネスの基本的な流れとなるステップ3段階目の、回収期に入ってきたとも言える状況です。
余談ですが、この「オリジナルIPを持つ」という意識は、電子コミック配信プラットフォームに限らず、アニメ制作会社(≠製作)やゲーム会社など他業種も、マンガやそれ以外の方法で取り組もうという動きが加速しています。これはまた機会があれば別稿にて。
出版事業を取り巻く環境の変化
冒頭に示した、電子コミック配信プラットフォーム立ち上がりの黎明期と現在とで、大きく変わったことがあります。それは、マンガを制作する企業や人材の流動性です。
もともと、マンガ編集部を持つ規模の出版社は、個人オーナーの非上場企業が多いという業界の特質のため、頻繁に企業買収が起こるほどの流動性はありませんでした。また、アダルト以外の作品分野においては、編集者の転職も、どこでも働けるフリー編集者の数もそれほど多くありませんでした。そのため、先述の各社はマンガアプリを始動するにあたり、自社編集部を新設せざるを得なかったのです。
潮目が変わったのは、2016年にライザップグループが日本文芸社を買収したあたりでしょう。マンガにあまり馴染みのない中小出版社の売買はそれまでもあったと思うのですが、この事例あたりから、マンガを作る出版社や事業(必然的にある程度の規模感の会社となる)が、買収される例が増えてきたように思います。
マンガ出版社や編集部の買収などの再編例
2016年3月 ライザップグループ、日本文芸社を買収
2017年2月 BookLive、フレックスコミックスなどを買収
2017年3月 カルチュアコンビニエンスクラブ(TSUTAYA)、徳間書店を買収
2019年1月 LINEマンガ、マンガアプリXOYを編集部ごと統合
2019年10月 メディアドゥグループ、宙出版社ネクスト編集部を譲受
2020年10月 ビーグリー、ぶんか社グループを買収
これら全てがオリジナルIP獲得を目的に謡った買収ではありませんが、出版社ではなく、新興IT企業など出版業界外の企業がIPを持つ形になったという意味では、状況の変化を表している事例になると思います。
マンガの作品作り、分けても「ヒットを狙う」作品作りとなると、その根源は作家と編集者の関係性です。そこを下地に、制作体制や売り方が繋がっていくイメージがありますが、この制作方法は作家や環境によって様々で、何も企業買収や編集部新設に限るものではありません。
冒頭に挙げた東洋経済オンライン記事中の「めちゃコミ」の事例のように、個人としての編集者や作家や、小さな編プロに発注する形でもオリジナル作品は作れます。
ただ、これで継続的な結果を出し続けるには、相応の目利きが必要になります。大手企業、ましてや上場企業が予算を投下するには、事業計画の根拠を明示しづらいところ。再現性や信頼性を高めるには、実績のある企業を買収することが、一つの回答になるのでしょう。
電子コミック市場の伸びと、それに引っ張られる各電子コミック配信プラットフォームの成長は定着化していき、出版社が新興IT企業を見る目も変わりました。最早、新興の域を抜けたと言っていいでしょう。それくらいの存在感です。
また、従来は流動性の乏しかった出版社が、今回の例のように、同規模の営業利益[1]を出しているにも関わらず、将来の成長を見越して買収に応じると言う流れや、腕利きのフリー編集者が独立し、新しいビジネスの形に挑戦する宣言も後を絶ちません。
これらの要素が相まって、今後ますます出版業界周辺の事業再編は進んでいくことでしょう。
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