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2021年6月13日~19日は「デジタル教科書は記憶に残りにくい?」「電子図書館の課題はラインアップ?」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります。
【目次】
政治
駐在日本人も「恩恵」受けた海賊版 著作権法改正で中国の「コピー天国」変わるか〈AFPBB News(2021年6月15日)〉
恩恵ってなんぞ? と思ったら、中国では2008年前後に海賊版DVDが「花盛り」で、北京には日本人向けの店舗もあった、という話。ちなみに6月1日から施行された改正著作権法は懲罰的損害賠償が導入されるなど、日本より厳しい制度に変わっているのは既報通り。詳しくは、馬場公彦さんによるレポートをご参照ください。前後編あります。
https://hon.jp/news/1.0/0/30899
「漫画村」元運営者の懲役3年判決が確定 検察、被告側控訴せず〈西日本新聞(2021年6月18日)〉
控訴せず、実刑判決確定。裁判では犯罪収益隠匿ではないと争っていたのに、なんでだろう? 抵抗は無駄だと悟った? ともあれ、本件はこれで一区切り。あとは、漫画村消滅後に出現して猛威を振るいつつあるという、新たな海賊版サイト群をいかに潰していくか、です。
社会
〈ぱらぱらじっくり 教育に新聞を〉デジタル教科書の問題点 実体なく 記憶残りにくい〈東京新聞 TOKYO Web(2021年6月15日)〉
紙で読む教育の大切さを訴える「活字の学びを考える懇談会」主催の講演会で、脳科学研究の東京大学大学院教授が、デジタル教科書の内容は記憶に残りづらく「学習にとっては相当なマイナス」と訴えかけたとのこと。まあ、紙の厚みや折り目など、記憶の助けとなる手掛かりがデジタルより多いのは間違いありません。いや、おっしゃる通りでございます。
ただ、問題はその「記憶」が、“これからの”学習にとってどれだけ必要なのか? という点について、私は懐疑的なのです。暗記ってどれだけ身につくの? 目の前の箱で検索してなにが悪いの? と。こういう議論になったときいつも私は、哲学者・ソクラテスが文字文化の普及には否定的だったというエピソードを思い出します。書かれた文章を読むことは表面的な理解に留まり、記憶力を衰えさせると。つまりソクラテスに言わせれば、紙の教科書だって「学習にとっては相当なマイナス」ってことなんですよね。なんなら口頭伝承の時代まで戻ってみます? 私は嫌だなあ。
電子図書館が1年で倍増 紙にない魅力、ただ残念なのは [東京インサイド]〈朝日新聞デジタル(2021年6月16日)〉
有料会員限定なので「新刊やベストセラーが読みたいのに」という見出し以降でどんな論旨が展開されてるのかわからないんですが、新刊やベストセラーが読みたいならまず書店(電子含む)へ行けばいいと思うのです。まず間違いなく買えます。ということをつぶやいていたら、要するに「公共図書館向けに、新刊やベストセラーの電子版が供給されていないから購入できない」という趣旨のことが、会員限定部分に書かれているのだと教えていただきました。「売ってなきゃ買えない」は私の持論でもあるので、そこは賛意を表したい。
ただ、記事で挙げられている「千代田Web図書館」は私も先日から利用できるようになったんですが、「新刊やベストセラーがない」とかいう次元ではないレベルで、いささか残念な感じのラインアップなのですよね。千代田Web図書館のラインアップは約1万点。うち、青空文庫が5230点、朝日新聞デジタルselectが1979点、週刊エコノミストebooksが241点、ヤングアダルトジャンルは45点という状態です。ちなみに楽天Koboが2012年7月にオープンしたとき、日本語ラインアップは1万8894点、うち無料作品は1万2537点でした。つまりいまの千代田Web図書館のラインアップは、9年前の電子書店のさらに半分くらいなのです。
千代田Web図書館が導入しているのは「LibrariE&TRC-DL」ですから、購入可能(つまり青空文庫以外)なラインアップは6万点以上(LibrariE公式サイトで2020年9月現在の数字)。つまり図書館側でライセンスを買っていないラインアップが、少なくとも5万5000点くらいあるはずなのです。それ「新刊やベストセラーがない」とかいう次元の話? むしろ「売ってるけど買ってない」では? もちろん予算の問題もあるとは思いますけど。
その情報、事実ですか?YouTubeがファクトチェックを学べる動画公開〈PC Watch(2021年6月18日)〉
Googleが4月5月にやっていた、ジャーナリスト・学生向けのオンライン講座「ファクトチェック・チャレンジ」と、より専門性の高い「ファクトチェック・ワークショップ」の映像アーカイブが一般公開されました。Google News Lab Teaching Fellowの古田大輔氏が講師をしています。私もたまたま1回だけ参加することができたのですが、めっちゃ面白かったので、授業で学生にも試してもらいました。よい取り組み。
経済
大手企業の宣伝部長に聞く、「アドエクスペリエンス」の課題〈AdverTimes(2021年6月14日)〉
企業の宣伝・マーケティング部門の責任者に対するアンケート取材の、「広告体験」の課題についての結果がまとまっています。「情報量が多い上に、ユーザーを無視した企業都合の広告が多いように思う」など、実情を結構ちゃんと把握してらっしゃる感。問題点が把握できているなら、次に必要なのは行動でしょう。それにしても宣伝会議さん、タイトルの「アドエクスペリエンス」より、リード文にある「広告体験」のほうが短いし分かりやすいと思うのですが。けむに巻かないで。
“なろう系”書籍の爆発的ヒット後、市場が成熟して新時代に突入するまで(飯田 一史)〈現代ビジネス(2021年6月16日)〉
KADOKAWA MFブックス編集部の堤由惟さんへのインタビュー。『盾の勇者の成り上がり』などの編集担当者です。2013年のMFブックス立ち上げのとき、私も取材してダ・ヴィンチニュースで記事を書いたのを思い出しました(↓)。堤さんは当時、フロンティアワークスの肩書きでしたね。いやあ、懐かしい。いまはYouTube発本を手がけてらっしゃるとか。フロンティアスピリッツ!
オトバンク「audiobook.jp」の会員数が200万人を突破〈マイナビニュース(2021年6月18日)〉
2018年3月にサービスリニューアルして月額750円の聴き放題プランを始めてから会員が急増、3年で6倍以上に増えているとのこと。グラフが鋭角でえげつない感じです。ちょうど同タイミングで、代表取締役 久保田裕也さんへのインタビュー記事も出ていたので合わせてご紹介(↓)。記事広告ですが、オトバンク創業期からの苦労話など、非常に内容が濃く興味深いです。
フェイクレビュー2億件、AmazonがSNSを批判するわけとは?〈新聞紙学的(2021年6月18日)〉
フェイクレビューの売買取引斡旋の舞台は主にSNS(というかFacebook)で、SNSの対応が不十分だからフェイクレビューが撲滅できないのだ、という声明をAmazonが出しているそうです。アメリカ規制当局の連邦取引委員会(FTC)で、Amazon批判の急先鋒であるリナ・カーン氏が委員長に就任することが発表されたばかりなので、「何か言っておきたいタイミングではあったのかもしれない」という平さんの見解。なんというか、責任のなすりつけあいにも見えるのですけど。
技術
LINE、「NFTマーケット」提供へ–独自ブロックチェーンで発行されたNFTの二次流通に〈CNET Japan(2021年6月14日)〉
#476でピックアップしたスクエニのNFTシール「資産性ミリオンアーサー」はもちろんスクエニ専用というわけではなく、LINE Blockchainを基板としたこの「NFTマーケット」という汎用的な仕組みの上で提供されることになるわけです。日本勢もあちこちが参入し始め、戦国時代の様相を呈してきました。なんだか数年前の、QRコード決済乱立を思い出します。
各社、サービス競争の中で「電子書籍は読む権利を買っているだけだが、NFTなら二次流通も可能」みたいなアピールをしていたりします。結局のところ、このマーケットにロックインされてしまう(潰れたらNFTによる“所有証明”の意味がなくなる)という意味では、正直、既存の電子書店とあまり大差ないと思うのですよね。NFTはコピーを防ぐ技術ではないので、どのみちDRMは必須でしょうし。また、中央集権型サーバーでも、ライセンスを付け替えることは技術的には容易いわけで。NFTを使う意義が「ソコではない」感。
現時点のブロックチェーンでは「ブロックの中にコンテンツそのものを収めているわけではない」ということを頭に入れておくと、惑わされずに済むかなと思っています。なんてことをつぶやいていたら、ブロックチェーン技術者の方から「オンチェーンドライブ」というのが研究開発段階と教えていただきました。ただ恐らく、チェーンが長くなるとめちゃくちゃ重くなる副作用がありそう。パブリックチェーンだと難しいみたい。
書店DXを実現するX ,inc.10万冊を購入できるテスト書店を『虎ノ門』にオープン<期間限定>〈株式会社Xのプレスリリース(2021年6月14日)〉
こちらはVR空間に構築された書店の実証実験、期間限定で試行ができますよというリリース。6月18日までだったのでもう終わってしまったのですが、周囲のめざとい出版関係者はすぐさま駆けつけて試してみたようです。ぐぬぬ。リリースのSTEP 1の画像を見るに、ドーム状の視界一面に書影が浮かんでいる、みたいな感じっぽい。“元来書店が保有していた「背表紙を活用した大量の本が瞬時に見れる」機能を代替し、「直感的」な本の購買行動が発生するかを検証”というのが実証実験の目的だったようですが、どんな体験なんだろう? 直感的には、すごーく解像度に依存しそうな気がします。
イベントのお知らせ
【特番】パンデミック後の米出版業界事情 ―― HON.jp News Casting / ゲスト:大原ケイ(文芸エージェント)
https://honjp-newscasting-special202106.peatix.com/
6月27日は2時間の特番! 文芸エージェントの大原ケイさんをゲストに迎え「パンデミック後の米出版業界事情」というテーマで最近のトピックスを掘り下げます。
大西寿男(校正者)×牧村朝子(文筆家)×仲俣暁生(編集者)「新時代の書き手が大切にしたい校正のこころ――リスクマネジメントと言葉のエンパワメント」(渋谷ロフト9/7月12日)
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft9/183204
ひさびさのリアルイベント! 厳しい時代を生き抜く書き手に必要な、誤った情報や不適切な表現を防ぐリスクマネジメントと、読者に伝えたいことが生き生きと届くよう、言葉をエンパワメントする“校正のこころ” について語り合います。配信チケットもありますよ!
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