海賊版根絶への道 ―― 中国著作権法第3次改正のポイント(前編)

馬場公彦の中文圏出版事情解説

Pirated DVDs for sale in Shanghai
Photo by Soctech(from Flickr / CC BY
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 中国では、新たに懲罰的損害賠償制度などが導入された改正著作権法が、6月から施行されます。改正法のポイントや影響などについて、馬場公彦さんにレポートいただきました。前後編でお届けします。

[編注:今回の条文日本語訳は馬場公彦さんです]

海賊版の横行に終止符?

 ないはずの電子版が出回り、原本そっくりのPDF版が製本され安価で売られ、図版や写真が許諾なしに掲載され……、これまで中国での海賊版や違法出版に悩まされ閉口してきた日本の著作者や出版関係者は少なからずいることだろう。ひところ日本の朝のワイドショーでは、8頭身のミッキーマウスや、日本のどこやらの温泉健康ランドとそっくりそのままの中国の保養施設など、著作権無法地帯さながらの実態を、懲りない人びとをあざ笑うかのように、面白おかしく報道していた。

 中国の著作者や出版社も悩みは同じ。著作権侵害による損害に泣かされてきたのである。ここ数年、著作権侵害に対する取り締まりは厳しく、反海賊版キャンペーンも大々的に展開されてきた。さすがにひところのワイドショーで報道されていたようなあからさまな違法行為は影を潜めている。ただ根絶への道は遠い。著作権の合法的権益を保護するための莫大なコストに比べて、違法行為に対する処罰と賠償が軽すぎ、つり合いが取れなかったからである。

 中国著作権法の第3次修正版が2020年11月11日、第13期全国人民代表大会(全人代)で可決・公布し、本年6月1日より施行される。これにより、海賊版の横行はいよいよ終止符を打つことになるかもしれない。

民法典・刑法改正・著作権法改正の3点セット

 中国著作権法は1990年に施行され、2001年と2010年に改正された。発布から30年を経て、このほど第3次の改正を迎える。この間に中国は、1992年にベルヌ条約に加盟し、2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した。さらに2008年、当時の著作権法第4条がWTOの「貿易に関する知財権合意」に違反するとの意見を受け入れて2010年に改正するなど、国際規範に合わせる努力をしてきた[1]

 第3次改正の内容を吟味してみると、本コラムで先回3回にわたって書いた「私権の保障を規範化した中国民法典」の民法典と平仄ひょうそくが合っていることに気づく。例えば著作権法旧第2条の「中国公民、法人或者其他組織的作品、不論是否発表、依照本法享有著作権。」が、「中国自然人、法人或者非法人組織的作品、不論是否発表、依照本法享有著作権。」と改められたのは、民法典の民事主体分類を採用したものである。

 ここに著作者は、民法典に定める民事の3主体である自然人・法人・非法人であると、より明確に位置づけられることになった。いうまでもなく民法典は私法体系であり、個人の権利観念を法定化したものである。今回の改正で、著作権は明確に著作者個人の私権であることが再定義されたといってよい。

 また3月1日より施行された改正刑法においては、第217・218条において、著作権侵害の罰則規定が、被害が大きいものは3年以下の懲役か罰金、さらに巨大なものは10年以下の懲役か罰金と修正された。今回の著作権法改正と、すでに施行された民法典と改正刑法との3点セットによって、著作権者の権利保護は、いっそう堅固な法的後ろ盾を得たことになる。

知財権としての「作品」

 改正著作権法第3条には「作品」として9種があげられている。「作品」の定義として、旧法では「以下の形式で創作された文学・芸術・自然科学・社会科学・技術等の作品を含む」だったのが、「文学・芸術・科学等の領域での独創性を備え、ある形式で表現された知力の成果を指す」と修正されている。ここには作品を知的財産権(知財権)としてとらえる発想が活きている。

 そこで民法典を参照すると、第123条で「民事主体は法によって知財権を保有する」としたうえで、「知財権は権利人が法によって以下の客体に保有する占有権である」として具体的に列挙された8項目の客体の筆頭は「作品」とされており、その「作品」に相当するものとして著作権法の第3条が呼応するのである。

 さらに著作権法第10条によれば、著作権は発表権・署名権・修改権などの人身権と、複製権・発行権・出租権などの財産権を合わせて17種の権利を包含していると規定されている。知財権は権利人の内在的な知力や精神が生み出した客体に属する無形の法定財産権である[2]

 民法典第2編の物権においては、第440・444条で財産権としての知財権の具体的な中身として、「注冊商標の専用権、特許権、著作権等」が明記されている。第7編の権利侵害責任においては、第1185条で知的財産権侵害時の懲罰的損害賠償の請求権が条文に明記された。民法典において改めて知財権としての著作権の保護が規定され、さらに著作権の権利者に対してはその人格権の尊重への留意が喚起された。

 このように、民法典と改正著作権法は表裏一体となって、知財権としての著作権の法的保障を規範化したのである。

著作権法改正の背景と意図

 中国では「版権法」ではなく「著作権法」と称していることに注目されたい。いずれも copyright の訳語であるが、劉春田(中国人民大学知識産権学院院長)によれば、中国では著作権法を制定するにあたって、「版権法」とするか「著作権法」とするかで長く論争があったという。

 「版権」は出版業者から見た複製権の発想を反映した表現であり、「著作権」は著作者から見た作品に基づく権利である。前者の立場は出版社の権利に立ち版権の管理監督責任を負う国家版権局の発想で、後者の立場は権利主体として著者の権利と地位を考慮すべきとする劉ら法学者側の発想であった。

 結局、1990年の制定時には「著作権法」となったわけだが、その後も「版権法」へと名称を変えようとする動きがあったという。今なお『中国版権年鑑』のように公式の場でも「版権」の用語が使われるケースもある。出版業界では「著作権」よりは「版権」のほうをよく耳にするのは、日本の場合も同様である。

 劉にとっては、著作権(copyright)の権利主体は自然人であろうが法人・非法人であろうが、創作者である独立した権利人であり、著作権は私権観念の上に立つものである[3]

 改革開放の時代に入り、計画経済の体制から市場経済へと転換し、WTO加盟を経て、中国も知財権を重視する国際社会のルールに合わせていかなければならない。その大きな時代の流れのなかに、今日の中国著作権法は位置している。

 では今回の改正のポイントは何か。

1. 著作権の範囲拡大

 高度情報通信社会に突入し、インターネットを通じてマルチメディア融合の創作品が時々刻々生まれているなかで、作品の多様な拡散技術と多様な表現形式に合わせた知財権(IP)の保障を規範化することが今回の改正の背景にはある。またオリジナルコンテンツを原作とする映画化・演劇化・アニメ化・ドラマ化など二次活用の改編にかかわる著作隣接権の利活用にも配慮して、保護すべき著作権の拡大化・多様化を追認しようとしている。

2. 罰則強化

 知財権の保障をより堅固にするために、今日的な通信・表現技術の進歩に合わせた条文を精緻に整えた。また、法の網をくぐらせないようにする意図から、今回の改正では権利侵害の罰則を強化した。

3. 著作権の独占化防止

 いっぽうで著作権の乱用とそれによる独占化を防ぐために、権利者以外による著作物の合理的利用[編注:日本で言う権利制限]の幅を広げようとしている。

4. 著作権主管部門の強化

 各種の知財権を保護し管理するための主管部門の権限を強化し、IP戦略を積極的に推進しようとしている。

 後編では、主な改正のポイントに即して、今回の改正された条文を具体的に検討する。

脚注

[1]劉春田「中国著作権法30年(1990-2020)」『知識産権』2021年第3期15頁
[2]蒋華勝「知識産権懲罰性賠償制度研究:立法検視与司法適用」『中国応用法学』2021年第1期147-8頁
[3]劉13-21頁。ただし、中国の場合、出版社の保有する著作権、即ち版権(出版占有権)が私権と言い切れるかどうかは難しく、「準私権」あるいは「公権化の趨勢を持つ私権」と見たほうがよい。このことについては、国営企業としての中国の出版社の特殊事情がからんでおり、ここではこれ以上論じない。

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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