NFT販売に乗り出す出版社――長江新世紀文化伝媒有限公司がNFTデジタルコレクションを販売

馬場公彦の中文圏出版事情解説

2022年2月4日 北京冬季オリンピック開幕式(Photo by 馬場公彦)
2022年2月4日 北京冬季オリンピック開幕式(Photo by 馬場公彦)

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 仮想通貨取引が禁止されている中国でのNFTマーケットはどのような状況なのでしょうか? ある出版社の取り組みや、法制度との関係などについて、北京大学・馬場公彦さんにレポートいただきました。

中国NFT事情

 最新のブロックチェーン技術を駆使して開発されたNFT。

 がんらいは希少な“お宝感”を満喫できる1点もののデジタルアートやオンラインゲームのキャラクターなどがNFTへの適性が高いとされている。

 ところが作品そのものよりも作品の内容や発行量の大きさを競うはずの出版業界において、NFTを使った商品化に乗り出す出版社が出現した。

 2021年3月7日。中国である出版社が自社製NFTデジタルコレクションを8888個売り出したところ、20秒で完売。何が起こったのか。商機はどこにあるのか[1]

NFTとは

 インターネットのようなオープン・ネットワーク上で分散台帳を実現する技術としてブロックチェーンが開発された。特定商品をめぐって取引先が変わり、業者ごとのデータ形式や管理方法のシステムが変更しても、取引のブロックごとに取引履歴がチェーンのように連結する技術である。公開暗号化技術によって実現したこの決済システムを使えば、ブロックが変わってもデータ構造自体は変更ができず、データのトレースが可能である。

 NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)とは、ブロックチェーン上で取引される、いわば鑑定書・登記書のようなもの。同じくブロックチェーン上で使用されるビットコインのような代替可能で分割可能な仮想通貨と違い、代替も分割もできない。ブロックチェーン上での取引が可能で、資産価値をめぐって売買市場が形成されている。

 NFTの売買が広く知られるきっかけとなったのは、2021年3月、暗号技術者のジャスティン・サンがビープル(Beeple)として知られるデジタルアーティストのマイク・ウィンクルマン(Mike Winkelmann)によって制作された Everydays: The First 5000 Days というデジタルアート作品を6025万ドル(約66億円)で購入したというニュース。この作品はNFTと接続されており、サンは代金と手数料を暗号通貨のイーサリアムで支払ったと言われている[2]

 同時期に、Twitter CEOのジャック・ドーシーが、「Valuables」において販売した2006年の自身最初のツイートがNFTで競売にかけられ、291万5835ドル(約3億1721万円)という高額で落札された[3]

 同年6月、先の東京オリンピックにおいてIOC(国際オリンピック委員会)と Animoca Brandsの子会社nWayが公式ライセンスのピンバッジをnWayPlay.comで配信しNFT販売した[4]

 このようにNFTはレアもののお宝感を満喫させ取引できる画期的な新技術で、新たな市場の開拓が期待されている。

中国におけるNFT

陶乾・中国政法大学副教授(百度より)
陶乾・中国政法大学副教授(百度より)
 お隣の中国でも、「NFT」はそのままの名称で通用する。「非同質化代幣」「非同質権益憑証」「非同質通証」の訳語が充てられている。では中国ではNFTはどのように受け止められどのような法的裏付けがなされているのだろうか。私法の分野で知財権に詳しい中国政法大学法律碩士学院で法学博士の陶乾副教授はこう解説している[5]

 NFT販売の対象となるデジタル化された作品は、がんらいは転売や贈答などの取引によって財産権が移転し販売収益を得ることができる。ただし、中国でのNFTの運用は、現状では投機や二次取引は禁止されており、販売され購入し収集することはできるが、購入したものを取引・転売することは禁止されている[6]。そのことは陶教授も認めている。

 NFTの財産権に関しては、陶氏はこう解釈している。それまではデジタル化された作品は、デジタル化によってアクセス権は発生しても財産権は得られなかった。NFTにおいても著作権の移転はないため、自分の所有ではない他人のNFTを著作権者に無断で販売した場合は著作権(具体的には署名権・修改権(変更権)・作品の保護作品完整権(同一性保持権))の侵害に当たる。

 このように、NFTのようなデータは無体物であり所有権は認められないとする日本の法律専門家の見解[7]との対照を見せている。即ち、デジタル作品は美術品・写真・レコードのような実物ではなくバーチャルなものであり、動産・不動産のような物権法上の所有権のルールは適用されない。だがNFT取引モデルには唯一無二のタグが付されており、準有形性の唯一性・希少性・独立性・特殊性の効果を生み、法律上の所有権ではないが、民法上の保護を受ける。具体的には2021年から施行されている民法典第1編総則第5章民事権利第127条のデータおよびネットのバーチャル財産の保護に謳われた、「データやインターネットのバーチャル財産の保護について法律に規定がある場合は、その規定に従う」がそれに当たる[8]。NFTが商品として流通するとき、法律の保護を受ける財産権が発生する。

 販売取引の対象となったNFTには、資産型NFTと権利型NFTの両タイプがある。現在のところは資産型が主流で、文学芸術の実物作品をデジタル化した作品のほか、音楽・写真・図像・動画などのデジタル作品を指す。権利型は株券・債権などの権利のほか、演出の入場資格とか、ネットゲームの登録資格などを指す。NFTは取引可能な社交性にすぐれているため、ファン心理に訴える経済効果がある。資産型NFTの売買は、さらに美術や写真など視覚芸術作品を中心とした単一取引型と、音楽・ビデオなど聴覚芸術を中心とした副本の発行が可能な複数取引型に分けられる。

 NFT取引における著作権者は著作権譲渡の約定を交わさない限り、自己の発行する(トークンなので「鋳造」ともいう)権利を行使することができる。一般的に、NFTデジタル作品となる元データは、サーバーに保存されブロックチェーンに紐付けされたものであり、著作権者はこの希少性に商業価値を見出す。NFTの購買者もまたデジタル作品の投資価値と収蔵価値に注目しており、使用価値には意を払わない。

 そのため著作権者はNFT発行に際しては極力発行数量を制限して希少価値感を維持しようとし、発売後は新たな副本の販売はしないと明記する。場合によっては類似の作品を発行しないことを承諾する。販売契約においてユーザーは同一作品を発行することや他人に発行させることが法的に禁じられる。

 中国ではすでにアリババ(阿里)、テンセント(騰迅)、ネットイース(網易)、クリプトキティーズ(加密猫)などのオンライン上でNFT取引プラットフォームが設けられており、具体的な契約条項が明記されている。適用されているのは、ゲームコスチューム、バーチャルキャラクターデザインなどで、オンラインゲームのバーチャルコミュニティ内で行われている。

北京冬季オリンピックとNFT

 今後中国政府はNFTの取引・転売、ひいては国際マーケットプレイスでの取引に舵を切るのだろうか。

 このことで想起されるのは、デジタル人民元の登場である。かつて中国では活発に仮想通貨が取引されていた。中国人民銀行と国家改革発展委員会は、実体経済を反映せず、国家の管理規制の及ばない仮想通貨のマイニングと取引を違法とし、仮想通貨による決済や取引情報の提供といった関連サービスは全面的に禁止された[9]

 そのいっぽうで、デジタル人民元の試験運用が始まっている。北京冬季オリンピック開幕式1カ月前の1月4日に、デジタル人民元の電子財布アプリ「数字人民元」がアップル・グーグルなどのアプリストアに公開され、会場では外国人でもデジタル人民元が初めて使用できるようになった[10]

 仮想通貨は禁止されたが、中国政府は仮想通貨を支えるブロックチェーンについては前向きに取り組み導入する姿勢を見せている。NFTの取引や転売について許可されていないのは、仮想通貨禁止の背景と同様、NFTの希少価値感が投機心理や射幸心を煽り、それが政府の手の及びにくい国際取引に拡大して仮想通貨と同様の機能を帯びることを警戒しているのだろう。

 単に特例にすぎないのかもしれないが、今回の北京冬季オリンピックでは例外が生まれた。

「抢不到冰墩墩?北京冬奥会官方手游上线!可得授权NFT数字徽章」より
「抢不到冰墩墩?北京冬奥会官方手游上线!可得授权NFT数字徽章」より
 2月8日、IOC公認のオンラインゲーム、Olympic Games Jam: Beijing 2022(冬奥会果醤:北京2022)がnWayPlayのID登録でプレイでき、ウィンタースポーツのバーチャル競技を通してIOCのオフィシャルNFTデジタルバッジ(NFT数字徽章)が獲得できるようにした。プレイヤーはクレジットカードでゲーム用具を購入し、獲得したトークンとNFTはDEX(暗号資産のトレーダー間で取引する分散型取引所)で転売できるという[11]

「冬奥会“顶流”冰墩墩发布NFT数字盲盒,约629元一个」より
「冬奥会“顶流”冰墩墩发布NFT数字盲盒,约629元一个」より
 さらに日本テレビのギドゥンドゥンこと辻岡義堂アナウンサーによって人気急上昇となった五輪マスコットのビンドゥンドゥン(冰墩墩)が、2月12日、nWayPlayのプラットフォームでNFTデジタルブラインドボックス(NFT数字盲盒)で限定500個99$、一人5個まで、という条件で、IOCのオフィシャルグッズとして販売されたのである。ただしこちらは中国国内のユーザーは販売対象になっていない[12]

 販売と同時に即時完売で、購入希望者が殺到してオークションとなり、最低オファーが350$、最高額が1888$となった[13]

出版社のNFTデジタルコレクションが即時完売

「国内出版行业首个NFT数字藏品面世」より

 NFTにおいては著作権者は微修正を加えれば、同一作品から派生した新たな取引が次々とできる。このような取引モデルは非デジタル作品では通常の形態である。書籍販売はまさにそうである。発行後、何度も増刷をすることでそのタイトルの書籍の商業価値は高まる。書籍出版の商業価値は普及性にあり、発行量が多ければ多いほど商業価値は高いからだ。いっぽう、NFTの神髄は希少価値感にある。書籍販売の価値とは真逆であるはずだ。

 2021年3月7日、北京の長江新世紀文化伝媒有限公司は中国出版業界で初めてNFTデジタルコレクション(原文は「NFT数字蔵品」)に乗り出した。時あたかも同社創立20周年に当たる。5人のスタッフが考案したのは、2075点の書籍カバージャケットから800点を精選することだった。姜文・張芸謀など映画監督、閻崇年・周国平などの学者、王蒙・梁左などの作家、白岩松・敬一丹などのニュースキャスター、金一南・戴旭などの軍人などのポートレートやベストショットを集め、読者と出版社の時代の記憶を記録したデジタル作品を作成し、「20年・光陰の物語」と命名した。国内ブロックチェーンのトップ企業火鏈科技の技術支援を得て、国内IPデジタルコレクション通商の最大手Mars星雲のプラットフォームでNFT販売した。定価は19.9元(約350円)。発行したのはそれぞれブロックチェーンのコード番号を振った8888個(8という数字は中国では「発財」=金持ちになる、に通じ縁起が良い)。同日12時、ネットにアップしたところ発売後20秒で即時完売した。

 価格設定について同社は、目下のところNFTの相場価格というものはなく、他社のデジタルコレクションの類似商品の定価に合わせたという。あるいはアリババのフィンテック関連会社であるアントグループ(螞蟻集団)が立ち上げたデジタルコレクティブプラットフォームのトップノッド(鯨探)で販売されているコレクションは、価格帯が20~30元、限定コレクション数が8000~10000個であることに合わせたのかもしれない[14]

 販売に当たってはネットのアクセス量を最大限に拡大する営業戦略を展開し、これまでの自社関連媒体の影響力をフル活用し、ウェイシン(微信)のオフィシャルアカウント、トウティアオ(今日頭条)、テンセント(騰迅)、バイドゥ(百度)、クアイショウ(快手)、そのほか伝統メディアのルートを通して宣伝を打った。その結果、ユーザーが15万人同時にアクセスし、サーバーがパンクした。

 同社はこれまで「狼トーテム」「亮剣」など社会現象を引き起こすほどの数々のベストセラーを出版し、茅盾文学賞はじめ、名だたる文学賞の栄誉に恵まれてきた。その累計発行部数は1億6240万部余りに達し、累計売上(名目値)は50億元(約900億円)近くに及ぶ。

 業界のヒットメーカーとして時代の先端を疾走してきた同社は、新たな経営理念と商法のイノベーションを追求してきた。近年のコンテンツ産業、書籍市場、メディア環境の変化に直面し、販売モデルの新たな開拓を模索していた。

 華商報記者の取材に同社副総経理の斉玲はこう語った。

「近年、コンテンツの形はオーディオ・ビデオをQRコードで書籍に組み込むなど紙の特性を生かして、マルチメディア展開を図ってきました。販売はオン/オフラインでの多様な収益モデルで書籍売上の落ち込みを補い、生き残りを賭けてアンテナショップ、ライブコマース、ティックトック(抖音)などB2C販売に積極的に参入し、デジタルエコノミー時代のコンテンツ産業として業界を越えた転換を図ってきました。」

「出版産業はコンテンツ主導の産業であり、新たな発想と商法が求められています。多くの読者が新たなツールを使って知識や情報を得ている新たな時代に、工業化時代の古い観念に囚われていては前途はない。今回のNFT販売の衝撃は、新たな消費集団と市場はいったいどれほどのものなのか、、この試みは新たな出版のかたちになるのかということを気づかせるきっかけになりました。よく研究して成熟したモデルと新たな運用システムを構築し、会社を新たなコンテンツの集合体にするつもりです。」

 出版産業の基本はコンテンツ開発にあるとの信念は変わらない。斉玲は、今回のデジタルコレクションはコンテンツの派生品であり、実物出版物の影響力を拡大し、製品の直接販売によって収益の多元化に道を開くと見ている[15]

長江出版のテストケースをどう評価するか

 今回の長江出版による中国出版業のNFT初挑戦をどう評価すればよいだろうか。

 NFTの原理・特性に照らしてみると、8888の商材がそれぞれ唯一のコード番号をもつとはいえ、実質的にはどれも同一の複製品である。ましてやたかだかソバ1杯分の価格で入手できるとあれば、購入時での希少価値は無きに等しい。とはいえ発行量は限定されており、今後は類似の商品を発行しない限り、オークション価格は吊り上がっていく可能性があることから、消費者のささやかな投資への射幸心を刺激したのかもしれない。

 いずれにせよ、瞬時完売はお祝儀相場の格安感による話題作り先行によるもの。商材の収蔵価値が認知されたとはいいがたい。商材そのものとしても既刊書のカバージャケットのコレクションというのは、その原画ならともかく、著作権を処理すれば第三者による同一製品の作成は(さらに別編集による類似商材の製品化も)比較的容易であり希少価値が高いとは言えない。そもそもNFTは複製を防ぐ仕組みではないことから、NFTを持っていない人でもNFT作品の中身を楽しむことは可能である。

 『中国出版伝媒商報』の関連記事によると、デジタルコレクションがNFTの特性にかなった商品価値を持つうえで、5つの条件があるという。即ち、①ネットのアクセス量(流量)が大量であること、②取引可能性のある商品であること、③着実なプラットフォームがあること、④唯一無二の独自性があること、⑤購買意欲を掻き立てること。

「首发!长江新世纪20周年记忆限量版数字藏品即将上线发售!」より
「首发!长江新世纪20周年记忆限量版数字藏品即将上线发售!」より
 書籍コンテンツに即して言えば、NFTを利用して希少性市場を創造する実践にはいくつかのかたちがありうるとして4つの事例を挙げる。①発行量と販売期間が限定されているもの、②通行している書籍コンテンツとの差異化をはかった、芸術的創作性の高いもの(カバージャケットデザインや手の込んだ挿画など)、③オーディオ・ビデオやデザイン化された文字や図像など新たなデジタル作品、書籍コンテンツから派生した作品(別のバージョンの物語、作品の特定のキャラクターや作品の舞台に絞った派生作品など)、④デジタルと実物の資産を繋ぐような、リアル書籍に近いデジタルデータのようなもの[16]

 同紙の指標に照らしてみると、長江出版のテストケースは、ドンピシャで的中したとはいいがたい。とはいえ、出版社の持つコンテンツ資産と販売経験を活かしながらNFTの特性に見合った商品開発を模索するというその狙いは理解できる。また希少価値を犠牲にしてでも格安の価格設定によって新規ビジネスへの注目度を高めることには成功した。

日本の出版業界へのヒント PODへの示唆

 おそらく日本の出版関係者はこの報道については、冷めた反応をする向きが多いだろうと思う。――NFTの実用化には、運用ルールや業界の慣行が流動的な現状では時期尚早で、法的整備や試行錯誤の蓄積を経る必要がある。ましてや出版業界のような1点1点のコンテンツの売り延ばしを希求する業態においては、NFTはビジネスモデルとしてはなじまない……。

 長江出版のテストケースについては、冷や水が浴びせられかねない。――そもそもNFT取引の実例にはあてはめられない。リスクアセスメントもそこそこに新しいトレンドに飛びついて、失敗者は淘汰され成功者は総取りをする、いかにも中国ビジネスらしいやり方だ。伝統の本づくりと読者の信用を重んじる日本の商習慣とは合わない……。

 確かに斉玲副総経理は、今回のNFT発売は準備期間が短く倉卒で、製品化にはもっと精緻な創意工夫が必要だったし、宣伝はばらばらで、アクセスが集中するなどの運用面も改善しなければならないと反省している[17]

 だが先述したように彼女には業界のトップ企業にありながらも、斜陽化する出版業界にあって、目先の成功に安住していては消費者のマインドを見失い、時代潮流に取り残されていくだろうという痛切な危機感がある。そして、収益の多角化を通して経営を変革していこうという強い意志がある。とはいえ、出版社の生命線は終始一貫してコンテンツ開発にあるとの経営理念の初志は変わらない。

 日本の出版社の場合、NFTになじむコンテンツとはなんだろう。そこでまず想起するのはPOD(プリントオンデマンド)である。これまでは眠っていた品切れ本をよみがえらせる手立ては、一定数以上のロットが見込めれば増刷であるし、さもなければPODであった。

 筆者は勤務した出版社でライツビジネス部門の責任者を担当していた時、創業以降の大量の在庫切れバックリストの再生を賭けて、PODの定期発行に踏み切り、在職中に850点ほど刊行した。そのさい最も頭を悩ませたのは選書作業である。読者からの再刊の要望の高い本を狙って社史や原本棚を漁る。そのさい、長く読み継がれ出版界学術界での高評価が定着しているのが良書だとすると、良書必ずしもPOD向きとは限らないのだ。

 最大の壁は古書店だ。たとえ出版社に在庫はなくとも、古書業界に在庫が大量に出回っていれば、古書価格は安くなる。今どき丹精込めて編まれた版元在庫切れの文学全集が古本屋の店頭で1冊100円で投げ売りされているなどはざらだ。古書在庫が増えるとPODの市場価値は逓減する。PODの選書は世間的な良書探しとは違う指標を持たねばならない。そこで着目する希少価値・投資価値・収蔵価値は、NFT適性に寄り添うことになる。とはいえPODはつまるところ書籍の複製である。今後の復刊重版や改訂などによる同一・類似品の大量発行が、希少価値を毀損するリスクがある。

 そこで、たとえ同一コンテンツから複数のPODを発行するにせよ、1冊ごとにナンバリングをして、それぞれ特注の用紙を使ったり、1冊ごとに違う意匠を凝らした装幀に仕立てたりするなどの仕様で、希少価値・収蔵価値を高めることができるかもしれない。

出版社社員は自社のお宝さがしを

 ほかに思いつくままに挙げてみよう。有名なあるいは話題性の高い著者の生原稿。漫画家の原画。大きく書き換えの生じた通行本の前のお蔵入りの版本。対談・座談会をまとめた記事や本の録音音源。書籍カバージャケットの原画。写真集などで使った元のネガや紙焼き原稿。雑誌バックナンバーの記事の著者あるいはテーマごとの特別編集版など。

 著作権者に返却するか、破棄するか、未整理のまま倉庫で眠っていたこれらのものをデジタル化するには、これまではコストがかかりすぎ、また著作権処理と著作権料の支払いなどの煩瑣な事務作業で敬遠され、市場が見いだせないでいた。デジタル化してNFT販売することで、著作権は設定され、たとえ買い手が1口でも“お宝感”が身上のNFT販売で新たな市場が拓かれていくかもしれない。

 そこでも緊要なことは、出版社はコンテンツ産業であり、ストックされ書籍化された知財が資産だという基本理念だ。自社の経営理念はこれまで自社が発刊してきたコンテンツの中にこそある。

 社員とりわけ編集者は、常時新刊書の編集のみに傾注し、自社の先輩たちが営々と蓄積してきた過去の知的資産には関心を払ってこなかったのではないか。今回の対岸のNFTビジネスの試みを、日本の各出版社の社員が、過去の自社ストックの資産価値に目覚めるきっかけの一つとして受け止めてほしい。

脚注

[1] 本稿の執筆に当たって、筆者はNFTに暗いこともあり、数回に渉って本サイト編集長の鷹野凌氏からのご助言をいただき、関連の参考記事をご教示いただき、改稿に役立たせていただいた。とはいえすべての文責は筆者自身にあることは言うまでもない。
[2] https://www.businessinsider.jp/post-231177
[3] https://bijutsutecho.com/magazine/news/market/23780
[4] https://coinpost.jp/?p=250532
[5] 陶乾「論数字作品非同質代幣交易的法律意涵」『東方法学』2022年第2期(総第86期)、本論文を紹介していただいた周静平(北京知識産権法研究会)さんに謝意を表します。
[6] https://thebridge.jp/2022/03/chinas-nft-market-who-are-the-major-players-and-what-makes-them-different
[7] https://www.businesslawyers.jp/articles/942
[8] 民法典についてはHON.jpでの馬場公彦「私権の保障を規範化した中国民法典(前中後編)」参照。
https://hon.jp/news/1.0/0/30652
https://hon.jp/news/1.0/0/30659
https://hon.jp/news/1.0/0/30662
[9] https://wired.jp/2021/10/07/chinas-sweeping-cryptocurrency-ban-inevitable/
[10] https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2022/fis/kiuchi/0209
[11] https://baijiahao.baidu.com/s?id=1724261572625151519
[12] https://xw.qq.com/amphtml/20220211A08CIP00
[13] https://c.m.163.com/news/a/H1AM286N0519814N.html
[14] 注6の記事
[15] 劉慧(華商報記者)「出版業首個NFT数字蔵品誕生」『華商報』2021年3月10日、他に関連記事として聶慧超(中国出版伝媒商報記者)「 数字藏品赋能出版数字化新玩法」『中国出版伝媒商報』2022年3月18日、のほか下記のサイトを参照した。
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1726701729825018892
https://baijiahao.baidu.com/s?id=1726608144778071088
[16] 聶慧超「数字藏品赋能出版数字化新玩法」
[17] 聶慧超「数字藏品赋能出版数字化新玩法」

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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