コロナ禍を受け中国教育現場がオンライン授業にどう対応したか? ~ 小中学校編「停課不停学(授業を止めても学習を止めない)」

馬場公彦の中文圏出版事情解説

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 北京大学・馬場公彦氏による中国レポート、前編はコロナ禍を受けた小中学校の状況について。

中国の教育現場から見たコロナ感染時期のオンライン授業(前編)~教育の機会均等を保障した小中学校~

日本のオンライン授業、普及率は5%

 文科省は新型コロナウイルス感染症対策として、2月28日付で小中高等学校及び特別支援学校等における全国一斉の臨時休業要請を通知した。これが学校に通う子どものいる家庭と学校現場に大きな混乱をもたらした。

 春休みを前倒しする形になったとはいえ、休校期間中の学習をどうするか、給食をどうするか、低学年の子どもを持つ親の出勤に与える影響をどう緩和するか、日中放置されたような状態になる子どもたちの学びや感染リスクへの対策をどうするか、などといった問題への道筋が示されないまま、緊急措置的な判断をした政府への批判が高まっていった。

 日本では残念ながら、遠隔授業用のコンピュータやソフトが十分に開発・普及されておらず、教員の技能は不十分で、家庭のインターネットやデバイス環境もバラバラであるため、オンライン授業がほとんど普及していない。各学校からは、大量のプリント教材が各家庭に配布されたようだ。

 対面授業が成立しないなかで、無線通信ネットワークによる授業の環境が整っていなければ、生徒の学びは一方通行で終わる。それだけでなく、やる子とやらない子、できる子とできない子の差が、さらに開いていってしまうだろう。もし休校期間中に、オンライン授業への移行がスムーズにできていれば、教育現場の混乱と負担ははるかに軽減できていたことだろう。

 文科省は2019年末、萩生田文科省大臣がGIGAスクール構想を発し、ICT教育実現のために児童向け1人1台端末と高速大容量の通信ネットワークの整備を提唱した。だが同省による4月21日時点の公立学校の調査によれば、同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習は5%しか実現できておらず、GIGA教育環境の整備が全くなされていない実態が明らかになった[1]

 いっぽう日本に先立ってコロナ禍に見舞われた中国では、教育現場はどのような対策が講じられたのであろうか。オンライン授業という観点に絞ってレポートしたい。

コロナ期間中、中国の小中学校ではオンライン授業を実施

 初等中等高等を問わず、中国全土全国民に向けて取られたコロナ感染期間中の教育方針は、「停課不停学(授業を止めても学習を止めない)」の5文字に尽きる。中国教育部(日本の文科省に相当)から小中学校(中国の中学校は日本の中学と高校を含む)に向けてこの方針が出されたのは、全国的に長期休暇となる旧正月の春節期間が過ぎた1月末であった。

 2月12日には、教員のオンライン指導と生徒の在宅学習による具体的措置の通知が出された。同17日に小中学校のクラウドネットワークのプラットフォームが開通し、同24日に改良が施され、順調に実施された。

 元来、中国では基礎教育における情報インフラが整備されており、教育部の発表によると、全国小中学校の98.4%で通信ネットワークが完備され、90.1%でマルチメディア教室が設置されていた[2]

 今回のオンライン教育のプラットフォーム構築においては、教育部の他、工信部と国家放送テレビ総局の連携のもとで、通信ネットワークの拡充と、テレビ放送によるカリキュラム編成がなされた。ある地方では小学校から高級中学までの12年生分に12のテレビチャンネルを振り分け、学習番組を提供した。

 とりわけ重視されたのは、通信ネットワークの不備・不良が顕著な農村や辺境の貧困地区に居住する生徒たちの学習環境を改善し、在宅での教育資源への公平なアクセスと、オンライン教育の機会均等を保障することであった[3]

国内政策のキーワードは「脱貧致富」と「小康社会」

 中国は広大な国土と膨大な人口を擁した大国である。都市化が進展しつつあるとはいえ、都市化率は約6割。都市の周辺・後方に農村地区が広がり、周縁の辺境地区は交通や通信や物流の不便な生活を強いられている。

 いま中国が国内政策において、もっとも重点的に注力している国家戦略の一つは、「脱貧致富(貧困を脱し豊かにする)」によって「小康社会(衣食住に困らないややゆとりのある社会)」を全国民レベルで実現することである。

 中国が長期に渉り高い経済成長率を維持し、コロナ禍の影響で困難な条件が立ちはだかってはいるものの、今年は国民平均GDP1万米ドルの壁を突破し、いよいよ中所得国の仲間入りをすることが予期されている。とはいえ、それは平均所得の話であって、国内には貧困層が依然として厚く存在しており、富裕層との格差はますますひろがっている。

農村・辺境地区の教育に配慮

 先の5月22日の全国人民代表大会の政府活動報告では、「三大堅塁攻略戦が重要な進展をみせた。農村の貧困人口が1109万人減少し、貧困発生率が0.6%にまで下がり、貧困脱却堅塁攻略が決定的な成果をあげた。」[4]との成果が強調されはした。しかしながら、李克強首相は同月28日の内外記者を集めての記者会見において、今回のコロナ禍の影響を考慮して、こう強調せざるを得なかった。

 「わが国にはなおも500万人の貧困人口があり、今回の感染症の衝撃で貧困に戻ってしまう人びとが出てくるかもしれない。我われはさまざまな手段を尽して今年の脱貧決戦の任務を全うする。」「中国は膨大な人口を抱えた発展途上国であり、国民の平均年収は3万元だが、月収1000元未満(1万5000円程度)の人口が6億人いる。1000元では、中級都市では居住すら困難であり、アフターコロナの民生が重要である。貧しい人びととコロナの影響で新たな困難を蒙った人びとの基本的民生をいかに保障するかは、最優先課題であり、困窮を取り除く政策の多くを基本的民生の保障に充てなければならない。」[5]

 コロナ禍での農村・辺境の貧困地区における初等・中等および特別支援教育の環境を整備せよとの政策の根底には、この「脱貧」「扶貧」の国是が効いている。

通信用鉄塔を建設し通信環境を整備

 無線通信不良地区については、工信部の管轄により徹底した改善が迅速かつ広範になされた。特に山間の辺境地区はネット環境が劣悪で、ネットライブで行われるオンライン授業を実施するにあたり、教員たちは円滑な講義のために、子どもたちは受講するために、通信環境の比較的良好な地点を求めて、家を出て野外をさまよいながら、携帯の4G・5Gの接続ポイントを探すしかなかった。冬季に当たる寒冷地ではテントを張ったり、豆炭で暖を取ったりしながら、場合によっては寒気と風雨に晒されながらの授業を強いられた。

そこで窮状を聞きつけた供電局の施工部門の通信技師たちが現場に赴き、ロケーションと測量を行い、資材を運び込んで移動通信基地局アンテナ用の鉄塔を、短期間のうちに建設するのである。かくして安心かつ安全な在宅学習の実現を保障していったのであった[6]

オンラインの特性を活かした教育開発

 オンライン授業の具体的な内容としては、通常の科目学習の他に、「戦疫(疫病との戦い)」をテーマにしたカリキュラムを開発した。防疫知識・生命・公共セキュリティ・心理健康などに重点が置かれ、学校現場で感染症に打ち勝つための宣伝と学習を徹底して行った。

 そのさい、教室での対面授業の方針を踏襲せず、オンライン学習の特性を活かしたやり方とカリキュラムが編制された。多くの省では一単元の授業時間を20分に制限することで、親が長期間在外勤務に従事して不在の医療関係者の子女・出稼ぎ農家の留守児童・困窮家庭などに配慮した。

 さらに、通信不良地区や各家庭の経済負担などを考慮して、教員は生徒にリアルタイムの受講、映像教材のアクセス、教材のプリントなどを強要しないようにした。

 かくてオンライン授業実施後、5月11日までにプラットフォームの利用回数は20.73億回、アクセス人数は延べ17.11億人に上ったという[7]

参考リンク

[1]https://reseed.resemom.jp/article/img/2020/04/22/143/651.html
[2]http://www.moe.gov.cn/fbh/live/2020/51987/sfcl/202005/t20200514_454112.html
[3]注2と同じ
[4]https://mp.weixin.qq.com/s/kfNyV6p-WGTu1LoHSLk1Qw
[5]https://mp.weixin.qq.com/s/PM140spN8L9Izl0ZKXPckg
[6]https://mp.weixin.qq.com/s/VHVUwT0hSmOmdgTTuGRMQA
[7]注2と同じ

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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