なぜ中国出版市場ではオーディオブックが急伸しているのか?

馬場公彦の中文圏出版事情解説

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 北京大学・馬場公彦氏による中国レポート、今回はオーディオブック市場急伸の理由について。

中国でオーディオブックが普及しているわけ

はじめに――隆盛をきわめるオーディオブック

 6月の本サイトでのレポートで、中国においてオーディオブックが急速に普及しており、読書時間の占有率においてオーディオは紙本に迫り、読書回数においては紙本をしのぐ勢いであると書いた[1]。日本にも株式会社オトバンクの運営する「audiobook.jp」、アマゾンの「audible」、ピコハウスの「LisBo」などのオーディオブックの制作・配信サイトがある。スマートスピーカーの普及や、従来のアラカルト販売に加えてサブスクリプション方式の導入などによって、オーディオブックは読書文化の一形式として定着しつつある。

 とはいえ日本での普及の広がりと勢いは、はるかに中国のそれには及ばない。なぜ中国でかくもオーディオブックが隆盛を極めているのだろうか。具体的なオーディオサイトに着目し、配信側・ユーザー側それぞれの事情、コンテンツ制作者側の戦略、オーディオ文化が定着する社会的背景について、考察してみよう[2]

[2]本稿の執筆に当たって、当当ネット副総裁の陳立均による「近5年、改変図書市場的7大趨勢」『中国出版伝媒商報』(2020年6月30日)を参考にした。

読書文化を牽引する若い読者層

 ユーザー側の事情についてみると、オーディオブックの受容に限らず、中国の読書文化の現状を掴むうえで念頭に置くべきことは、何より日本と比べて読者層が若いということだ。街中の書店を訪れたり、新刊発表のトークショーに参加したりすれば一目瞭然のように、本の周りには若い読者の熱気が立ち込めている。中国のコア読者は80後バーリンホウ90後ジウリンホウと言われる、1980年代・1990年代生まれの30-40代である。

 書店に配架された書籍を手に取ってみれば分かるように、今の中国の書籍は、学術書までもがアイキャッチを狙った派手なカバージャケット仕立てである。若者の性向として、彼らはブランド意識が強い。選書の物差しとして、出版社名は言うに及ばず、たとえば心理学関連ならば●●出版社の××叢書というように、特定の出版社内の叢書までも選別意識が高い。さらに個別の図書を選ぶ場合でも、書籍の内容紹介はもちろん、ネットでの各種サイトの評価に目を光らせる。

出版コンテンツのプロモーションをオーディオで

 いまや紙の新聞や雑誌は、ほとんど読まれない。ニュースは各紙の記事をまとめて分類したニュースサイトで、雑誌は紙本とほぼ同じ内容のネット版で読んでいる。もはや新聞雑誌の書籍広告の露出によって販促を図ろうとするような出版社はほとんどないと言ってよいし、そもそも書籍広告にお目にかかれない。アマゾンの書籍サイトのように、版元の公式ウェブサイトやネット通販サイトの書籍広告の方が、はるかにアクセスしやすいし、商品説明の情報量は格段に多い。

 商品説明同様に重要なのがカスタマーレビューであり、そのさい重要なのが、誰がその本を推薦しているのかという、推薦者の影響力である。そこで版元の営業担当(編集者自身も含めて)が新刊書のプロモーションとして手掛けることは、影響力のある新聞・雑誌媒体に出広することでは、もちろんない。普及力のあるインフルエンサーを探し、推薦文を寄せてもらう、あるいは当人の公式アカウントで推薦してもらうことである。このインフルエンサーを「読書KOL(Key Opinion Leader)」あるいは「大V(Verifier)」という。KOLはご意見番、大VはSNSでの拡散が期待できる膨大なフォロワー数を保持するアカウントである。むろん著者自身も重要なインフルエンサーの一人であって、各種のサイトで自己宣伝を行う。

 いまや中国での出版プロモーションの主力は、有力インフルエンサーをいかに取り込むかにかかっていると言ってよい。従来の営業宣伝のコストとマンパワーは、推薦者の獲得と謝金に振り向けられているのである。

スマホのなかで林立するオーディオサイト

 若者の生活スタイルに限らず、中国全体で情報デバイスとして、いまやPCからスマホへの切替えがなされた。4Gから5Gへの移動通信の技術発展と普及に伴い、すべての情報の授受と商品の売買及び決済が、ワンストップでスマホで完結している。ついでに言えば、特に若者の間でテレビはほとんど観られていないし、テレビを持たない若者も多い。テレビ番組も携帯の動画サイトを通して観ているのである。ラジオは映像・オーディオ系アプリのなかにFMラジオ局がある。さらに情報の送受信や拡散の手段として、電子メールは公的機関からの通達を除き、ほとんど使われていない。

 このような通信環境のなかで、スマホの小宇宙のなかに、文字テキスト・映像・画像とならんで音声メディアが違和感なく埋め込まれているのである。書籍に関するいくつかのネットサイトを紹介しよう。通販サイトとなると、なんといっても当当ダンダン京東チンドン淘宝タオバオの図書部門が三大大手である。さらに動画アプリとして微博ウェイボー(Weibo)微信ウェイシン(WeChat)哔哩哔哩ビリビリ(bilibili)爱奇艺アイチーイー(iQIYI)抖音ドウイン(douyin)快手クアイショウ(Kwai)澎拜ポンバイなどがある。

 これらのサイトでは商品説明やレビューだけでなく、それぞれのサイトで公式IDを持つ版元が制作あるいは制作依頼したプロモーションのための「視頻シーピン(ビデオ)」や「音頻インピン(オーディオ)」による書籍広告が「直播ジーボー(ネットライブ)」で流される。直播の末尾には書籍の二維碼アーウェイマ(QRコード)が印刷されていて、書籍のネット購入へのサイトの入り口ともなっている。

 直播の内容は、著者の自作紹介やインフルエンサーとのトークのほか、最も多いのが本の内容の一部、あるいは著者による内容紹介の朗読であり、音声のみのコンテンツも多い。版元は配信後にアクセス数・フォロワー数・「いいね」の数・レビュー数などの検証をする。これらのサイトはいずれも発信のみでなく、SNSとしても活用され、とりわけ微信と騰訊テンセントQQは使用頻度が高い。

オリジナルオーディオコンテンツの制作と配信

 オーディオブックのオリジナルコンテンツの制作・配信も活発である。その主なサイトは得到ドゥーダオ喜馬拉雅シマラヤで、喜馬拉雅は日本でも3月10日、シマラヤジャパンとオトバンク社が業務提携契約をしたことで認知度が高い。2つのサイトを比較すると、得到はテキストやレクチャーをじっくり聞かせ、アカデミックなコンテンツを取りそろえている。それに対して、喜馬拉雅は同じコンテンツでも効果音やBGMをふんだんに取り入れ、児童書やライトノベルなどのコンテンツが充実しており、娯楽的要素が強い。メニューには人気パーソナリティによるおしゃべりオーディオ番組の放送もある。

 中国におけるオーディオブックのコンテンツには大別して2つの分類がある。「聴書ティンシュー(音声化された電子書籍)」と「知識付費チーシーフーフェイ(paying for wisdom,paying for knowledge online)」である。後者は翻訳しづらいが、有料教養コンテンツとでもいうもので、大学や教育機関外での「課程クーチョン(レクチャー)」だけでなく、必ずしもオーディオに限らず、図書館・研究所のデータベースの有料利用をも含んでいる。

 聴書のなかには日本のオーディオブック同様、書籍のテキストそのままに朗読する有声書ヨウションシューもあれば、限られた時間内で(おおよそ30分前後が多い)、本の要約を聴かせるもの、本の内容を再構成したり、何冊かの本を合成したりしたオリジナルのオーディオコンテンツもある。知識付費の課程には1回きりのものから、なかには数百回に及ぶ連続講座も珍しくない。また相声シャンション(中国漫才)や音楽など、テキストのないオーディオのみのコンテンツも多い。

オーディオコンテンツを豊かにする出版契約の建てつけ

 ここで見落としてはならないことは、テキストからオーディオコンテンツを制作するさい、かなり自由な可塑性が許容されていることである。先述した要約や改編や効果音を加えるなど、オーディオならではの特性を活かし、ユーザーの要望を取り込んだオリジナルコンテンツの創作の幅が広がっている。いったい著者と出版社との間の出版契約書の建てつけはどうなっているのだろう。

 中国では日本と比べて、著者に対して出版社の権利がより強い。具体的に言えば、出版契約上、版権と著作権の明確な区別がなく、出版社は出版契約の締結によって版権が認められ、著作権者の著作権を保護する義務とともに、発行権を付与されるだけでなく、著作隣接権を行使する権利が付与される。ひな形の出版契約書を見ると、書籍のデジタル化とオンライン配信に関わる権利処理の局面では、書籍データの独占ネット配信権は出版社に帰属し、出版社は自社の関連・持株会社を通して著作権(=出版権)を行使して、第三者に有償で電子書籍・オーディオブック・ビデオ・データベース・アプリなどのオンラインコンテンツや、音声・映像製品、電子出版物、マルチメディアのデジタル製品などを提供できる。出版社は出版契約の有効期間内は、全世界にむけての放送権・複製権・発行権・編集権・改編権・独占出版権などを保有しており、放送・テレビ・新聞・雑誌などのメディアで作品の簡体字・繁体字版を流通できる。著作権者は電子書籍/オーディオブック・ビデオ・データベース・アプリなどのネット配信やマルチメディアによる原テキストのデジタル製品/オリジナル作品を改編・編集したネット配信、のそれぞれのケースに応じて、課税後の収入に対する印税が支払われる。出版契約書には、それぞれのケースごとに印税率が明記される。

 中国では書籍テキストを底本にしたオーディオコンテンツの制作に当たって、制作の主体である出版社が著作権を行使できる。原テキストの編集・改編には原著作権者の了解なしに進めてよいということである(とはいえ、じっさいには信頼関係の維持のために、何らかの形で著者の了解を取るケースは多いだろう)。日本ではオーディオブックの制作に当たって、一字たりとも原文の改変が許されず、効果音の使用や朗読者の選定までも著者の了解なしでは済ませられない。これが中国と日本のオーディオブック事情の大きな違いである。

おわりに――新しいオーディオ文化創造のために

 本稿冒頭の「なぜ中国でかくもオーディオブックが隆盛を極めているのだろうか」という問いは、そもそも発想が実情にそぐわない。ユーザーからすると、映像はテレビで、音声はラジオで、通信はスマホで、活字は紙本か電子書籍用ブックリーダーでといった、デバイスの使い分けをしていない。すべてはスマホだけで完結している。ちなみに中国ではスマートスピーカーはまだ定着していない。コンテンツに応じて、そのときの気分次第で、TPOに合わせて、ビデオやオーディオや文字テキストを自由に乗り換えながら受容している。

 通信技術の進歩とスマホの普及が、軽快な乗換えを可能にしている。スマホの各種各様のアプリには、映像・画像・音声・文字のコンテンツが相乗りでひしめき合い、時々刻々更新されているのである。

 日本においてもオーディオブックをいっそう普及・定着させていくためには、これまで同様、コンテンツの増点、サブスクリプションを含む売り方や価格設定の創意工夫が求められる。と同時に、独自のオーディオコンテンツの制作を積極的に推進することで、多くの多様なユーザーに親しまれる新たなオーディオ文化を創造する機運が高まってほしい。そのためにはデジタル化したオーディオコンテンツを展開するネット環境の整備や、オーディオ著作権の権利処理をめぐる有効な制度設計に取り組む必要がある。

参考リンク

[1]「2019年中国出版市場の動向報告(後編)」〈HON.jp News Blog(2020年6月25日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/29587
[2]陳立均(当当ネット副総裁)「近5年、改変図書市場的7大趨勢」〈『中国出版伝媒商報』(2020年6月30日)〉
http://dzzy.cbbr.com.cn/html/2020-06/30/content_15_2.htm

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著者について

馬場公彦
About 馬場公彦 8 Articles
北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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