ネット文学の網にかかった中国の若者たち――その巨大な収益モデルを探る

馬場公彦の中文圏出版事情解説

起点中文网(阅文集团旗下网站)
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 北京大学・馬場公彦氏による中国の出版事情レポート、今回は「網絡文学」と呼ばれるネット文学の事情について。日本とは桁違いに巨大な市場が広がっているようです。

拡大する巨大ネット文学市場

 ここ数年、インターネットと携帯電話の普及に伴って、中国でネット文学(網絡文学)にはまる20代の若者が急速に増えている。ユーザー数は2019年度で4億5500万人、ネット文学の創作者も1755万人に達する。ユーザーは特定の作者・作品の熱狂的なファンになり、物心両面で支援をし、熱烈なコメントを寄せる。作者は感謝を表してファンを囲い込み、ファンの期待に応える作品を次々と発表する。この好循環のスパイラルが、ますます市場規模を拡大させている[1]

 ネット文学を運営する数社のサイトに、作家が自由に作品を発表する。それを多くのファンが閲読する。運営する企業は人気のIPコンテンツに目を付け、さまざまなメディアで商品化し事業展開をする。投稿・閲読・マルチメディア展開のプラットフォームをワンストップで提供する運営企業は、このサイクルをネット空間で高速で回すことで高い収益を上げる。ネット文学は後に書籍化されることもあるが、基本はネットで発表するために書き下ろされたものである。これらの事業体は、旧来の紙媒体の出版社とは提携関係にはありながらも、実体もビジネスモデルも異なる。

 作家には自由投稿による収益はあっても、制作費用を作家が負担することはない。その点では日本のKindleダイレクト・パブリッシングなどと形態は似ているが、驚異的なのはその事業規模と成長速度である。2019年のデータでは市場規模は204.8億元(約3175億円)で、前年比21.0%増、ユーザー数は前年比8.3%増の急成長である。ユーザーの構成を見ると、86.3%が35歳以下、男女比は55:45で、過半数が月収5000元以下である[2]

 若者を虜にしてやまないその魅力を一言で言えば、「早い! 安い! 面白い!」のファーストフード的手軽さと、日本のラジオのパーソナリティとリスナーとの間のような親密さにある。中国の若者文化を特徴づけるネット文学とはいったい何なのか、いったいどのようなビジネスモデルになっているのだろうか。筆者はネット文学のユーザーではないため、ネット検索やヘビーユーザーの学生からの伝聞を繋ぎ合わせた報告なので、実情に合わない情報が含まれているかもしれないこと、実態を全面的にカバーしたレポートではないことをあらかじめお断りしておく。

読者――作品をカスタマイズ・作者と繋がる

 ネット文学の熱狂的愛好者のコアは「90後(1990年代以降生まれの人)」と言われる若者で、前述のように性別による大差はないが、愛好する作品とサイトではっきりと男女別に分かれている。「男頻(男子向け)」の代表的サイトは「起点中文網(以下「起点」と略)」、「女頻(女子向け)」の方は「晋江文学城(以下「晋江」と略)」で、提供するコンテンツを分けているのだ。「起点」はファンタジー・武侠・都市・現実・軍事・歴史・ゲーム・スポーツ・SF・サスペンス・ラノベなどで、「晋江」はラブロマンス・武侠・ファンタジー・ゲーム・伝奇・SF・童話・スリラー・サスペンスなどがある。日本の少年/少女漫画の切り分けられ方・すみわけられ方とよく似ている。「晋江」ではユーザーの男女比は9:91で、18~35歳がユーザーの84%を占めている(晋江のHPより)[3]

晋江の作品検索頁画面
晋江の作品検索頁画面
 「晋江」ではジャンルだけでなく、時代設定、視角(主人公は男か女かなど)、さらにはキャラや場面設定のさまざまな要素の有無にいたるまでチェックリストにして、ユーザーの好みの作品をきめ細かく検索することができる。読書デバイスは大半が携帯のようである。

 文学と言ってもほぼすべての作品が小説であり、3000字ほどがユニットになって1章を構成し続き物の連載の形式をとる。3~5万字ほどの冒頭部分は無料であるが、それ以降を読もうとすると課金される。読者の反響や要望に応じてストーリーを加工したり細工したりしながら書き継ぎ足していくから、総じて人気コンテンツほど長尺で、2000章近い超長編小説もある。「晋江」の場合、VIP会員の登録をし、「晋江コイン」を入手する。1元(約15.8円)が100コインで章ごとに10コインほどが課金されるから、安いものである。月額定期券で読み放題を選んでもよい。

 気に入るくだりにはコメントを入れたり、サイト専用の応援グッズを買って作家に100~10000コインの投げ銭をしたりする。それが作家の原稿料として上積みされるから、作家は章の末尾に応援してくれたファンのハンドルネームを明記してファンに感謝をし、ファンを取り逃がさないように配慮する。また章単位で実名でレビューを書くと1章ごとにコインが報酬として支払われるので、読者は作品への参加意欲が掻きたてられるのである。

作家――自由投稿で文壇デビュー・描写はエッジを効かせて

 基本的にだれでもいつでもどこでも作者になれる。各ネット文学サイトに著者登録をし、作品を発表し、管理者に作品が認められればネット上で公開する。作品や作家ごとに編集者が介入して、査読・助言・リライトなどのサポートをすることはないようだ。作者は自発的に作品を登録する。作品の中身にではなく、ある一定の文字数に応じて一定の報酬が支払われる。

 サイトの管理人から人気・実力ともに認められた作家は「起点中文網」の場合、講読収入の2割の印税が保障されたり、創作補助金が支給されたりといった作家支援や各種福利厚生を享受できるようになる[4]。ネット上で作家養成講座が開かれ、HP上の作家専用サイトでは創作の技能習得のための参考記事が豊富に掲載されている[5]

 手間をかけずに定期的にかなりの分量の文章を書くこと、20代読者の人気を博することが前提で書かれた小説であるから、熟達した文体や奥深い文学世界を賞味したい読者の期待に応えるような作品には乏しいだろう。文壇の有名な文学賞を受賞したという話題は耳にしていない。既成作家が自らの文壇や文学世界の領分を脅かされるような気配も感じられない。むしろ盗作や無許可出版が後を絶たないことを憂いているようだ[6]

 読者の側も仕事や授業の合間や通勤途中に携帯でさくさくとスクロールしながら読んでいるようで、紙書籍先行の文学作品との間にはすみわけができている。とはいえ、勤務する北京大学の受講生(修士課程1年生の女性)はある愛読作品について、「物語のスケールが大きく、世界観が壮大で、また、作者が小説の内容に関する専門知識を熟知している」という高い評価を与えている。ネット小説はさまざまなジャンルごとにバラエティに富んだ作品群が満載で発展途上のメディアであるから、ヘビーユーザーではない者の早計な印象批評は慎むのがよいだろう。

 口語・俗語をふんだんにまじえた親しみやすい語り口、漫画的発想による奇想天外なストーリー展開、若者の共感を呼びそうな恋バナ、ときにはエロティックな描写など、エッジを効かせた題材や表現方法が、作家たちの腕の見せどころなのだろう。読者からすれば、中国共産党の政策やイデオロギーへの顧慮のない、自由気ままで作者との距離が近い双方向的な読書空間が魅力なのだろう。

 それだけに国家新聞出版署は、ネット小説に思想統制および風紀秩序の上で忌避するような内容・表現が含まれていないかどうか、目を光らせている。だが、前述のように出版社経由で編集・発行されるコンテンツではないため、事前検閲や第三者による査読制度は導入されていない。

晋江の検閲・レビュー頁画面
晋江の検閲・レビュー頁画面
 そこで各サイト運営会社が導入しているのが、読者に公開した作品の問題表現箇所を指摘させるシステムである。各作品の章末にはレビューの他に文章検閲通報タグがあり、削除などの処理が適切になされた有効な指摘である場合はコインの報酬が得られる。読者はちょっとしたアルバイト気分で検閲に自主参加し、サイト運営会社は査読の負荷を逃れる。

 具体的に明記された禁止事項とは、色情(首から下の性描写、エロティックな描写、性的心理や器官の描写)、虚偽広告、陰惨なバイオレンス、明らかな反動的政治言論、事実に基づかない流言やデマ、射幸心を煽るもの、著作権侵害や盗作、人身攻撃、低俗な悪趣味、個人情報などである。中国の国情からすればさもありなんであろう。見方を換えればこれらのブラックリストの忌避に触れない限り何を書いてもよいということになり、エッジを効かせた描写で腕を競うことになる。とはいえ、ラブロマンスでキス以外はNGとは、なかなか厳しい制限ではある。

管理法人――コンテンツ・プラットフォーム・マルチメディアを完備した収益モデル

 ネット文学を運営する管理法人は、何といっても億単位の膨大なアクティブユーザーと1000万前後の作家とオリジナルコンテンツを抱えた大コンテンツ産業である。たとえユーザー1人当たりの購読料が1章当たり1元、月額30元やそこらの安価だったとしても、膨大なユーザー数により、大きな売り上げとなり、そのごく一部を作家への報酬に充てればよく、システム開発・運営費の他には膨大なコストはかからない。

 だが、単なる顧客規模だけがネット文学運営サイト事業者の収益モデルの鍵ではないだろう。たとえば「起点」の事業内容を見てみよう。起点は2002年5月に設立されたのち、親会社は騰迅(テンセント)で、2015年にテンセント文学と原盛大文学が統合して中国最大の文化創造企業として閲文グループが設立された。閲文グループの傘下にQQ閲読・起点・新麗伝媒集団有限公司などの企業が含まれている[7]

 QQ閲読はオンライン読書アプリ最大手として投稿と閲覧のためのプラットフォームの開発・普及を本業とする企業、「起点」は膨大なオリジナル文学のIPを擁するコンテンツ企業、新麗はテレビドラマ・映画・ネットドラマなど映像コンテンツの製作を本業とする企業である。とりわけ新麗はCCTV(中央電視台)と業務提携を結ぶほか、日本・韓国などのテレビ局とも長期的な協力関係がある。

 「起点」のオリジナルのネット小説作品をまさに「起点」として、この「新麗」での映画・テレビドラマ・ネットドラマ・アニメ・演劇化、関連会社と提携してのオンラインゲーム展開、出版社と組んでのコミック・書籍などのオフライン出版など、一連のクリエイティブ産業チェーンが形成されていくのである[8]

 マーケティングは容易であろう。課金高・アクセス数・レビューの数などで人気度は数値化してランキングされ、コア読者の属性は顧客情報のビッグデータ処理で正確に把捉できるからである。

『魔道祖師』動画版
『魔道祖師』動画版
 例えば出版物としても人気を博していて愛読した作品を北京大学の学生に聞くと、南派三叔『盗掘ノート(盗墓筆記)』(磨鉄図書)、江南『龍族』(長江出版)・『九州渺茫録(九州縹緲録)』(新世界出版)、胡蝶藍『マスターオブスキル(全職高手)』(湖北少年児童出版、他)、天下覇唱『鬼吹灯』(安徽文芸出版)、墨香銅臭『魔道祖師』(平心工作室)などが挙げられた。『魔道祖師』はアニメも作られており、2021年初頭に日本版が日本で放送される予定と聞く。

 先に本連載の「なぜ中国出版市場ではオーディオブックが急伸しているのか?」[9]で、中国には様ざまな音声コンテンツを聴取できるサイトが林立していると書いた。そのなかでもオーディオブック最大手の喜馬拉雅(シマラヤ)は言うまでもなく、民間ラジオチャンネル最大手の猫耳(マオアール)FMなどのアプリには、「広播劇(ラジオ劇)」のサイトが常設されている。

 このネット小説のIP展開として、オーディオ化されたコンテンツが、これらの音声アプリを通していつでも有料聴取できるようなサービスが提供され、若者の人気を集めているのである。音楽・効果音などが入ってかなり凝った仕上がりになっており、画面には中国語の字幕が入り、読者は自在に“弾幕”を書き込むなどして臨場感を味わえる。

 ネット文学サイト運営会社は、単に購読料収入だけでなく、IPのマルチメディア事業展開によって、文化コンテンツのサプライチェーンを形成している。このビジネスモデルが巨大な収益を生む構造となっていると考えられる。

参考リンク

[1]http://media.people.com.cn/GB/n1/2020/0219/c40606-31593418.html
[2]https://www.sohu.com/a/365697388_99971698
[3]http://www.jjwxc.net/aboutus/#fragment-30
[4]https://acts.book.qq.com/2020/202010/index.html
[5]https://write.qq.com/
[6]https://baike.baidu.com/item/网络文学/152347
[7]https://www.yuewen.com/about.html#brief
[8]https://www.qidian.com/about/intro
[9]https://hon.jp/news/1.0/0/29720

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著者について

馬場公彦
About 馬場公彦 16 Articles
北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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