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おなじみ、北京大学・馬場公彦氏によるレポート。今回は、中国動漫産業の歴史や動向について。「動漫」は動画と漫画の複成語で、日本文化の影響を強く受けているそうです。前後編でお届けします。
【目次】
4億人市場となった中国動漫産業
中国では消費活動においてもコミュニケーションの現場においても、可愛らしいアニメや漫画のキャラのアイコンが生活に欠かせないスパイスとなって効いている。商品広告はもちろんのこと、ビジュアル系各種メディアにおいて、テレビや出版のみならず、携帯アプリやSNSでのステッカー(スタンプ)などにおいて、生活空間が漫画やアニメに溢れている。その風景は日本と同様で、日本の影響を強く受けているが、浸透度ははるかに日本を上回っているように感じる。
今回はこの中国大陸を覆い尽くす動漫(動画と漫画の複成語)について、その市場の実態・歴史・動向についてリポートしてみたい。いうまでもなく市場を牽引するユーザーとクリエイターは「90後(90年代以降生まれ世代)」の若者である。従って前回のネット文学(「ネット文学の網にかかった中国の若者たち」)と地続きの世界といってよい。
2019年のユーザーは3.9億人で昨年比11.4%増、市場規模は26.8億元(424.4億円、執筆時点12月28日のレート1元=15.8346円で換算)で2015年からほぼ倍増した[1]。『2020微博動漫白書』に拠れば、2020年4月時点で微博でのユーザーは2.92億人で前年比11.4%増。うち男女比は49.77%:50.23%とほぼ同比であるが、25歳以下60%強、30歳以下(即ち「90後」)83.17%と圧倒的に若者が中心である[2]。
ある漫画サイトにユーザー登録してみたら、年齢欄のチェック項目のところで細かく年齢分布が分けられてはいたが、高齢域は25歳以上しか設定されていなかった。彼らからすれば筆者のような超高齢者は顧客としてお呼びではないということか。そんなわけで今回もネット情報と「90後」の学生たちから提供された情報を繋ぎ合わせてのレポートであることをお許しいただきたい。
動漫ウェブサイトの日中比較
中国ユーザーが動漫を閲覧するアプリは、PCと携帯だが、ほぼ携帯に集中しているようだ。漫画投稿アプリの応募規格では、携帯のサイズに合わせた縦長・縦スクロール・フルカラー・基本水平分割のコマ割りが要求されている。
講読の主なショップ・サイトは、何といってもビジュアル系エンタテイメント最大手の「哔哩哔哩(bilibili)」で、同社はドラマ・ゲーム・音楽・映画・ライブコマース・漫画と、何でも揃っている。漫画専用サイトとしては「騰迅動漫」「快看漫画」「漫画島」など、アニメを含むビデオ専用サイトとしては「愛芸奇」「優酷網」などがある。漫画の投稿専用サイトとして「lofter」があり、SNS最大手の「微信(WeChat)」でも漫画の投稿を受け付けている。
日本では「Amazonプライムビデオ」にせよ「Netflix」にせよ、アニメ専用の「Disney+」にせよ、数多の定額動画配信サイトはPCないしはTV、時には携帯で鑑賞する。またTVでも幼児向け、青年向けのアニメ番組が放映されている。中国にもTVのアニメ専用チャンネルがないわけではない。たとえばCCTV(中央電視台)の14チャンネルは動画専用であるが、「少児」に分類されており、児童向けの教育に配慮した幼稚なアニメばかりで、若者は見向きもしない。
配信系電子漫画アプリの展開については、閲読・投稿共に利用状況は日本の場合と大差はない。ただし、日本のコンテンツは漫画雑誌と漫画単行本が共存しているのに対して、中国の場合はボーンデジタルの作品が大半で、日本のような紙雑誌での連載からコミック化という流れを経由しない。
とはいえ紙雑誌がないわけではない。例えば『知音漫客』(湖北知音動漫有限公司)という週刊誌があり、すべてオリジナル作品を掲載し、発行部数700万部。系列グループの出版社から500点のコミックが出版されている。いまはウェブサイトでも配信している。
日本AGC文化のなかの「二次元」世界
今の中国の若者文化を掴むキーワードの1つは「二次元」であろう。日本語の「にじげん」が語源である。中国語に訳すと「二維」でQRコードの事を「二維碼」という。日本のアニメ(A)・ゲーム(G)・コミック(C)は平面上の図像で架空世界を創造する。この仮想・幻想の創作世界を総称する「二次元」という用語は、現実世界を指す「三次元」に対置されている。日本のAGC文化を二次元と称し、文化芸術のジャンル名として転用されているのである。たとえばノベルス(N)においてファンタジーや空想小説のジャンルを「二次元」と称されることもある。
むろん海外AGC文化から受けた影響ということで言えば、日本由来に限らない。最近では韓流コンテンツからの影響も顕著である。とはいえ日本からの影響はとりわけ大きい。ためしに検索最大手の「百度」で「中国動漫」「日本的影響」の2つのキーワードを掛け合わせてみると、なんと3380篇もの関連論文がヒットした。
日本が及ぼした影響の一例を挙げると、クールジャパンのシンボルとも言うべきコスプレは「角色扮演」と言い、中国でも大流行している。また「おたく」はそのまま「御宅族」といい、「宅男」「宅女」と使い分けたりする。元来日本AGCの熱烈なファンを意味していたが、社会に適応できず引きこもってAGCに没頭してばかりいる若者を指すようになっているのは日本と同様である。
SNSでの隠語・俗語のなかにも、日本AGC文化起源の単語が多く飛び交っている。前記の関連論文で見つけた事例を挙げると、「蘿莉(ロリータ)」「正太」(ショタ:8~14歳くらいの可愛い男児、『鉄人28号』の金田正太郎少年が出典らしい)などの日本語を音訳したもの、「傲嬌(ツンデレ)」(「ツンツン」の傲と「デレデレ」の嬌)「吐槽(ツッコミ)」「腹黒(はらぐろい)」などの意訳したもの、そして日本語直輸入の「残念」「御姐(オネエ)」「暴走」「萌」などがある[3]。
中国の若者は日本動漫の母乳を呑んで育った
筆者の現在の職場である北京大学外国語学院日本語学科に入学してくる学生たちに志望動機を尋ねてみると、十中八九挙げるのは幼少期に親しんだ日本のアニメ・漫画・テレビドラマの影響である。その学生たちと大学そばの映画館に、当時封切られたばかりの『名侦探柯南 绀青之拳(名探偵コナン 紺青の拳)』(※)を観に行った。館内びっしり詰めかけた青少年たちの熱気と喚声に圧倒された。セリフはおろかストーリーにもついていけない当方を尻目に、観客たちはすべて了解して熱狂していた。
[※追記:初出時『名侦探柯南 绯色的子弹(名探偵コナン 緋色の弾丸)』としていましたが、誤りでした。お詫びして訂正します。]
彼ら「90後」がよく話題にする日本動漫のコンテンツを思いつくまま挙げてみよう。彼らが生まれ育った以前から放映されていた『鉄臂阿童木(鉄腕アトム)』『聡明的一休(一休さん)』『哆啦A夢(ドラえもん)』『桜桃小丸子(ちびまる子ちゃん)』『名偵探柯南(名探偵コナン)』『蝋筆小新(クレヨンしんちゃん)』『宝可夢(ポケモン)』『棒球英豪(タッチ)』などに親しみ、リアルタイムでは『七龍珠(ドラゴンボール)』『足球小将(キャプテン翼)』『灌篮高手(スラムダンク)』『網球王子(テニスの王子様)』『航海王(ワンピース)』『火影忍者(NARUTO)』などに熱中したそうだ。
参考リンク
[1] https://www.sohu.com/a/399246815_473133
[2] https://baijiahao.baidu.com/s?id=1669370996889133125
[3] http://www.doc88.com/p-3415352178849.html