本を作るときはどのように頒布するか? まで考える必要がある(紙でも電子でも) ―― デジタル出版論 第2章 第2節

デジタル出版論

デジタル出版論 第2章
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(紙の)本の5つの要件

 日本エディタースクール『本の知識』(2009年)
日本エディタースクール『本の知識』(2009年)
 いっぽう、日本エディタースクール『本の知識』(2009年)によると、本には以下の5つの要件があるとされています。

  1. 内容のあること
  2. 持ち運びが容易にできる
  3. 紙葉がとじられている
  4. 中身とそれを保護するもの(表紙)がある
  5. ある程度の分量がある

 ご覧のとおり、これはあくまで「紙の本」の要件です。2009年初版ですが、まだこのころはデジタル出版について考慮していなかったことが伺えます。物理メディアとしての特徴だけを挙げていると言ってもいいでしょう。

 白紙の束なら「ノート」ですし、内容が書かれていても綴じられていなければ「プリント」です。表紙がある、分量がある、あたりも比較的納得しやすいでしょう。しかし、「持ち運びが容易にできる」は、少し引っかかりを覚えます。授業でこの要件を紹介したところ、学生から「では、持ち運びできない本は、本とはみなされないのでしょうか?」と質問されたこともあります。鋭い。

 たとえば、盗まれないよう鎖で繋がれた鎖付図書(chained library)のように、持ち運びできない本も存在しています。もちろんこれも本です。2021年にギネス世界記録として認定された『進撃の巨人』超大型版コミックス1AV Watch「世界一大きな書籍「巨人用 進撃の巨人」世界100冊限定発売。15万円」(2021年3月4日)
https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1309849.html
は本体13.7kgですから、持ち運ぶのはかなり大変そうです。でも、もちろんこれも本です。可搬性(Portability)が高いほうが「便利」なのは間違いないですが、絶対条件ではなさそうです。

本を作るときは「どのように頒布するか?」まで考える必要がある

 また、ユネスコの定義と比べてみると、日本エディタースクールの要件には「公衆の利用に供される(made available to the public)」がありません。パブリック、すなわち「だれでも自由にアクセスできるようにする」という、そもそも本が果たすべき役割や作る目的が、この要件からは抜けているのです2このあたりの考え方は以前「ニューヨーク公共図書館の映画、本、トークイベントなどを通じ、パブリックの意味について考える」の「パブリックの日本語訳は?」でも述べた。第1章の脚注でも触れたが、再掲しておく。
https://hon.jp/news/1.0/0/26895

 プロローグで私は、「出版」という行為の本質は「著作物を複製して頒布すること」だと書きました。「著作物を複製」しても、倉庫に積み上げておくだけで「頒布」しなければ、書かれた内容は共有されません。publishing され、書いた人以外に内容が伝わることこそが本を作る目的であり、根源的な価値だと私は思うのです。

 それはもちろん、デジタル出版でも同じことが言えます。自分の端末内(ローカルストレージ)あるいはクラウドストレージで自分だけが見られる状態になっているファイルは、なんらかの形で publishing されるまで内容は誰にも共有されません。つまり、当たり前の話ですが、紙であろうと電子であろうと、本を作るときは「どのように頒布するか?」まで考える必要があるのです。

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脚注

  • 1
    AV Watch「世界一大きな書籍「巨人用 進撃の巨人」世界100冊限定発売。15万円」(2021年3月4日)
    https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1309849.html
  • 2
    このあたりの考え方は以前「ニューヨーク公共図書館の映画、本、トークイベントなどを通じ、パブリックの意味について考える」の「パブリックの日本語訳は?」でも述べた。第1章の脚注でも触れたが、再掲しておく。
    https://hon.jp/news/1.0/0/26895
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著者について

About 鷹野凌 826 Articles
NPO法人HON.jp 理事長 / HON.jp News Blog 編集長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 編集デザイン特殊研究・ITリテラシー 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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