本を作るときはどのように頒布するか? まで考える必要がある(紙でも電子でも) ―― デジタル出版論 第2章 第2節

デジタル出版論

デジタル出版論 第2章

《この記事は約 8 分で読めます》

(紙の)本の5つの要件

 日本エディタースクール『本の知識』(2009年)
日本エディタースクール『本の知識』(2009年)
 いっぽう、日本エディタースクール『本の知識』[9]によると、本には以下の5つの要件があるとされています。

  1. 内容のあること
  2. 持ち運びが容易にできる
  3. 紙葉がとじられている
  4. 中身とそれを保護するもの(表紙)がある
  5. ある程度の分量がある

 ご覧のとおり、これはあくまで「紙の本」の要件です。2009年初版ですが、まだこのころはデジタル出版について考慮していなかったことが伺えます。物理メディアとしての特徴だけを挙げていると言ってもいいでしょう。

 白紙の束なら「ノート」ですし、内容が書かれていても綴じられていなければ「プリント」です。表紙がある、分量がある、あたりも比較的納得しやすいでしょう。しかし、「持ち運びが容易にできる」は、少し引っかかりを覚えます。授業でこの要件を紹介したところ、学生から「では、持ち運びできない本は、本とはみなされないのでしょうか?」と質問されたこともあります。鋭い。

 たとえば、盗まれないよう鎖で繋がれた鎖付図書(chained library)のように、持ち運びできない本も存在しています。もちろんこれも本です。2021年にギネス世界記録として認定された『進撃の巨人』超大型版コミックス[10]は本体13.7kgですから、持ち運ぶのはかなり大変そうです。でも、もちろんこれも本です。可搬性(Portability)が高いほうが「便利」なのは間違いないですが、絶対条件ではなさそうです。

本を作るときは「どのように頒布するか?」まで考える必要がある

 また、ユネスコの定義と比べてみると、日本エディタースクールの要件には「公衆の利用に供される(made available to the public)」がありません。パブリック、すなわち「だれでも自由にアクセスできるようにする」という、そもそも本が果たすべき役割や作る目的が、この要件からは抜けているのです[11]

 プロローグで私は、「出版」という行為の本質は「著作物を複製して頒布すること」だと書きました[12]。「著作物を複製」しても、倉庫に積み上げておくだけで「頒布」しなければ、書かれた内容は共有されません。publishing され、書いた人以外に内容が伝わることこそが本を作る目的であり、根源的な価値だと私は思うのです。

 それはもちろん、デジタル出版でも同じことが言えます。自分の端末内(ローカルストレージ)あるいはクラウドストレージで自分だけが見られる状態になっているファイルは、なんらかの形で publishing されるまで内容は誰にも共有されません。つまり、当たり前の話ですが、紙であろうと電子であろうと、本を作るときは「どのように頒布するか?」まで考える必要があるのです。

本の流通に適した大きさ

 どのように頒布するか? を考えるのにあたり、物理メディアである紙の本は、数量、物流、在庫といった、物理制約に左右される要素の考慮が不可欠です。内容(ジャンル)によって書店で置かれる場所が変わりますし、展示・運搬・保管に適した大きさ(判型)、本製本(ハードカバー)と仮製本(ペーパーバック・ソフトカバー)といった要素もあります。

 日本工業規格「紙の原紙寸法(JIS P 0202)」のAシリーズ・Bシリーズ[13]は、短辺と長辺の比率が1:√2と規定されています。本のサイズとして用いられるのは、文庫本などのA6版、小説などのB6版のほか、四六判や新書版など規格外の寸法も多く採用されています。

 電子の本で、紙の判型にあたるのが、端末のディスプレイサイズです。スマートフォンは手のひらサイズで、本や雑誌に比べるとかなり小さいです。つまり、紙のレイアウトをそのまま再現した固定レイアウト形式の電子の本をスマートフォンで開くと、小さくて読めない事態に陥ります。ピンチアウトで拡大表示できるとはいえ、それは快適な読書体験とはほど遠いものです。それゆえ、リフロー形式のフォーマットが用意されたのです。

 ちなみに、私が持っている「iPhone SE」第2世代は4.7インチ、「Google Pixel 4a」は5.8インチです。ディスプレイのサイズは対角線の長さですが、文庫本に用いられるA6判でも約7.15インチ、週刊誌などに多いB5版では約12.4インチあります。それがさらに、読むため開いた状態では、倍に広がります。A4版の見開き――A3版は約20.2インチです。

本の流通に適したファイル形式

 リフロー形式と固定レイアウト形式といった違い以外に、流通に適したファイル形式という要素があります。たとえば Microsoft Word は文書作成ソフト(ワードプロセッサ)として多くの人に用いられていますが、Wordファイル(.docx)は内容が簡単に編集できてしまうため、本を流通させる形式としては適していません。

 また、特定企業が独自に開発した、仕様が公開されていないファイル形式(プロプライエタリ)は、編集・流通・閲覧・保管などあらゆる場面で、その企業に独占的な生殺与奪の権を握らせることになります。閲覧ソフト(ビューア)のサポート停止やサービス終了などにより、ファイルが開けなくなる=本が読めなくなる可能性があるのです。

 これを避ける目的で、標準的な仕様が公開されているファイル形式(オープンソース)が用いられるのが一般的です。デジタル出版で用いられる主なファイル形式には、「EPUB」と「PDF」があります。この詳細については、第12章で説明する予定です。

本の流通に適したファイルサイズ

 紙の本には、ユネスコの定義で「49ページ以上」という条件がありますが、上限はとくに定められていません。とはいえ、あまりにページ数が多くて分厚いような本は、持ち運びに不便ですし、製本する際の機械にも限界があります。ネット通販の送料などを考慮すると、ポスト投函が可能な3センチ以内に収めるのが一般的と思われます。

 電子の本も、ファイルサイズがあまりに大きいと、ユーザーが購入したあとサーバーからダウンロードするのに苦労するとか、アプリの動作が重くなるなどの問題が発生する可能性があります。たとえば「Amazon Kindle パブリッシング・ガイドライン(バージョン2019.2)[14]では、原稿のファイルサイズは最大650MBと規定されています。

本のビジネスモデル

 本の生産――すなわち、著述、編集、制作、印刷、製本といった工程には、もちろんコストがかかります。電子の本でも、印刷・製本・流通といった物理メディア特有のコストは必要ありませんが、それ以外の工程ではコストがかかります。そのコストを購うのは、小売店での「販売」つまり「B to C(Business to Customer/Consumer)」のビジネスモデルが一般的です。読者からの直接収入、とも表現できるでしょう。

 非定期刊行物である本は、内容そのものが商品であり、広告媒体として用いることは少ないです[15]。他方、定期刊行物である雑誌には、個別の号を販売すること以外に「定期購読(サブスクリプション)」と、誌面の一部を「広告」枠として提供する「B to B(Business to Business)」のビジネスモデルがあります。

次へ

前へ

脚注

[9] 日本エディタースクール『本の知識』(2009年)
[10] AV Watch「世界一大きな書籍「巨人用 進撃の巨人」世界100冊限定発売。15万円」(2021年3月4日)
https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1309849.html
[11] このあたりの考え方は以前「ニューヨーク公共図書館の映画、本、トークイベントなどを通じ、パブリックの意味について考える」の「パブリックの日本語訳は?」でも述べた。第1章の脚注でも触れたが、再掲しておく。
https://hon.jp/news/1.0/0/26895
[12] いまさらだが、本稿での「頒布」は「有料・無料を問わず広く配って行き渡らせること」という意味で用いている。つまり「有料の販売」と「無料の配布」を包摂する言葉という認識だ。ところが辞書によっては、「無料の配布」あるいは「実費で売る」ことのみを指す言葉として扱われている場合もあることに気づいたため注釈しておく。
[13] A0版は1㎡、B0版は1.5㎡で、番号が1つ大きくなるごとに面積は半分になる。
[14] https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/help/topic/G200730380
[15] 巻末に発行者の自社広告が載ることは珍しくない。あとは、コンテンツそのものに商品広告が混在している「プロダクトプレースメント」という手法もあるが、それが明示されていない場合は「ステルスマーケティング(ステマ)」の典型となってしまう。また、広告の混在ではなく、コンテンツそのものが広告である「企業出版」や「ブランディング出版」という事例もある。

広告

著者について

About 鷹野凌 664 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学でデジタル編集論・二松學舍大学でエディティング・リテラシー演習担当の非常勤講師 / 日本出版学会員 / デジタルアーカイブ学会員 / 主な著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)
タグ: / / / / / /

0 コメント
インラインフィードバック
すべてのコメントを見る