技術の進歩はコンテンツとメディアを分離した ―― デジタル出版論 第1章 第2節

デジタル出版論

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情報とはなにか?

 では、そもそも「情報」とはなんでしょうか?

 精選版日本国語大辞典(小学館)には、「①事柄の内容、様子。また、その知らせ。」「②状況に関する知識に変化をもたらすもの。文字、数字などの記号、音声など、いろいろの媒体によって伝えられる。インフォメーション」「③高等学校の教科の一つ(略)」とあります。

 少し違った角度で考えてみると、人間に備わった感覚器(センサー)で受容できる情報と、できない情報に分類できそうです。人間の知覚には、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚があります。この五感のうち、視覚が8割以上を占めるとも言われています1レファレンス協同データベース「視覚情報の優位性について、インターネットでの情報によると80%程度が視覚から情報を得ているとある。このデータが載っている本を探している。」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000181979
。対面コミュニケーションにおいても、身振り、表情、声のトーンといった非言語(ノンバーバル)手段の占める割合は高いようです2「メラビアンの法則」「3Vの法則」「7-38-55のルール」などと呼ばれているが、平野喜久『天使と悪魔のビジネス用語辞典』によると、アルバート・メラビアンの調査結果が誇張され一人歩きしている模様。少なくとも、コミュニケーション全般について“法則”が成り立つようなことではないようだ。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hiraki/d74.htm

 では、デジタル情報はどうでしょうか? コンピュータの内部電流は微弱なので、直接人間が知覚するのは難しいでしょう。また、CDに刻まれたくぼみ(ピット)やハードディスクドライブの磁気を、人間が読み取ることは不可能です。ディスプレイやスピーカーといったデバイスで、人間が知覚できる形に出力する必要があります。

 さきほど、さまざまな種類の情報(表現メディア)が数値化=デジタル化されたと言いましたが、実際のところ、人間が知覚できる形で出力できるのは、まだ視覚と聴覚が中心です。ただ、スマートフォンやゲームコントローラーの振動や、映画館の4DXで動くシートや風、水、匂いといった演出も出てきました。いずれ近い将来、フルダイブ型のバーチャルワールドでは、五感すべてが再現されることになるのでしょう。

情報伝達手段の進化

北斎「東海道五十三次 十二 三島」
飛脚(北斎「東海道五十三次 十二 三島」 / Public Domain / Nationaal Museum van Wereldculturen (Rijksmuseum Volkenkunde, Leiden)
 情報を素早く伝達する手段の歴史について、少し振り返ってみましょう。マラソンの起源と言われている古代ギリシアの故事は、人が走って伝える「伝令」でした3レファレンス協同データベース「マラソンで走る距離がなぜ、42.195キロもの長距離を走ることになったのか、その由来が分かる児童書が見たい。」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000276595
。手紙をリレーする飛脚や駅伝、人より速い動物を用いる早馬や伝書鳩。矢文、狼煙、灯台、拡声器、汽笛なども挙げられるでしょう。

 17世紀初頭に発明された望遠鏡は4望遠鏡・顕微鏡 | 第2部 出展品からみる産業技術の発達 | 博覧会―近代技術の展示場
https://www.ndl.go.jp/exposition/s2/14.html
、18世紀にフランスで考案された腕木通信や、のちの手旗信号に繫がっていきます5手旗でメッセージ|海上自衛隊
https://www.mod.go.jp/msdf/special/flag/
。つまり、物理メディアを運ぶこと以外に、光学的手段も用いられていたのです。

 電気の性質を利用した電信機や電話機が生まれたのは、19世紀のことです6電信電話 | 第2部 出展品からみる産業技術の発達 | 博覧会―近代技術の展示場
https://www.ndl.go.jp/exposition/s2/7.html
。世界最初の海底ケーブルは、1850年に英仏海峡を横断しています7新納康彦「光海底ケーブル開発の歴史I」(一般社団法人電気学会・2010年)
https://doi.org/10.1541/ieejjournal.130.694
。また、電波を利用した通信や放送も実用化されていきます。

 ちなみに telescope(望遠鏡)、telegraph(電信)、telephone(電話)、televison(テレビ)などに付いている接頭辞 tele- は、「遠い、遠く離れて」という意味です。離れた場所へ瞬時に情報が伝達できるようになったことは、世界へ桁違いに大きな影響を及ぼすことになります。

物理メディアの進化

 いっぽう、持ち運びに便利な情報メディアとしては、書籍、雑誌、新聞、手紙など、紙が長年用いられてきました。記録する手段の進歩に従い、レコード、カセットテープ、ビデオテープ、フロッピーディスク、ハードディスクドライブ、CD、レーザーディスク、MO、DVD、ブルーレイ、フラッシュメモリーなど、さまざまな物が生まれます。

 このうち、書籍、雑誌、新聞は、伝える情報がそのまま紙に印刷されています。つまり、コンテンツとメディアが一体になっています。ところが19世紀に発明されたレコードは、音楽を再生するために専用の機械が必要です。以下、他の物理メディアもすべて同様で、人間が知覚できない形で情報が保存されています。

 これは、電信、通信、放送といった他の新しいメディアにも言えることです。ケーブルや電波などを使って情報を伝えても、受け手側にコンテンツを再生するメディアが無ければ再生できません。つまり、コンテンツとメディアが別になっているわけです。そして、機械を動かすには電気が必要です。電気が無くても読めるのは、紙の強みと言えるでしょう。

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脚注

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著者について

About 鷹野凌 793 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 エディティング・リテラシー演習 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など
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