2023年出版関連の動向予想

東伏見稲荷神社
photo by Ryou Takano
noteで書く

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 新年あけましておめでとうございます。
 2023年も HON.jp News Blog をどうぞよろしくお願いいたします。

 毎年恒例、編集長 鷹野凌による出版関連の動向予想です。

2022年の予想と検証

 2022年の予想は、以下の5つでした1 2022年出版関連の動向予想〈HON.jp News Blog(2022年1月10日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/32010
。自己採点の結果を右端に付けておきます。

  • メディアビジネスの転換を進めよう(提案) → ○
  • 埋もれていた名著の再発見と復刻が進む → △
  • 縦読み含めメディアミックス展開が拡大する → ○
  • 電子図書館の普及でコンテンツ供給が急増する → ○
  • 映像を活用したマーケティング活動が広がる → △

 まず、ロシアのウクライナ侵略という暴挙が大きな予想外でした。その影響は国際関係のみならず経済にも及び、エネルギー資源の高騰や金融市場の混乱などを招いています。アメリカではインフレが起き、巨大IT企業でも大規模リストラが発表されるなど逆風が吹いています。日本は円安で輸入品目の価格が高騰、出版産業にも紙代や運賃の急上昇といった影響が出ました。

 国内政治でも、参院選の最中に起きた元首相暗殺旧統一教会問題など、政治的にも社会的にもまったく予想外の出来事が起きました。その結果、年末には寄付規制の新法が成立。発端となった宗教法人だけでなく、NPO法人や学校法人などすべての法人に対する寄付が一律で規制されることになりました。

 新型コロナ規制が大幅に緩和され「巣ごもり需要」終焉と言われるようになったのも予想外でした。入国制限が解除され海外からの観光客が増えるなど、2年間苦しめられてきた産業にとっては慈雨だったことでしょう。その一方で、コンテンツ産業にとってはある意味「特需が終わった」ような状況になっています。

 ここ数年、疫病に紛争と、悪夢のような「予想外」が続いています。ここへさらに天災が起きないことを祈ります。今年は関東大震災から100年。東日本大震災はまだ記憶に新しいですが、もうすぐ12年になります。この年末に、買ってから2年積んでいた『2040年の未来予測』2 成毛眞『2040年の未来予測』(2021年・日経BP)
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/21/P88900/
を読んだのですが、確かに、次の大地震や大噴火はいつ起きてもおかしくないのですよね。

 あと、2022年のPEST分析「技術」に「コンテンツ関連のAI技術が普及期へ」と書いておいたのですが、コンテンツ“生成”の分野でここまでAI技術が発達するのは予想外でした。イラスト生成AIは、創作者から強い反発が出るほどクオリティが高くなっています。対話型AI「ChatGPT」の自然な文章には、Google検索が脅かされる可能性が指摘されるほどです。

 検証の詳細は、年末の記事をご覧ください3 2022年出版関連動向回顧と年初予想の検証〈HON.jp News Blog(2022年12月31日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/38304
。過去の予想と検証は、以下の通りです。本年の予想は11回目となります。

(※2018年予想までは個人ブログと「DOTPLACE」、同年の検証からHON.jp News Blog)

マクロ環境分析

 そういった2022年の検証を踏まえた上で、2023年以降の出版を取り巻くマクロ環境をPEST分析しました。例年通り、出版“業界”というより、デジタルを含めた広義の出版(publishing)行為に関わりそうなことだけをピックアップしてあります。

政治的環境(Political)

  • 書店議連、提言取りまとめ(2023年5月?)
  • 簡素で一元的な権利処理の制度化など、著作権法改正へ(2023年春?)
  • インボイス制度導入開始(2023年10月1日)
  • ステマが不当表示として規制対象に(2023年秋ごろ)
  • 海賊版対策でブロッキング法制化の再検討?
  • アメリカ巨大IT企業への規制強化
  • アメリカと中国の対立傾向と日中韓の関係冷え込み
  • ロシアによるウクライナ侵略

インボイス制度は止まらない

 前提として、私も一人の零細事業者ですから、インボイス制度には反対です。正確に言えば、インボイス制度そのものというより「仕入税額控除を受けるのに適格請求書が必要」という難解かつ複雑な形によって免税点制度の効力を削ぐやり方に反対、と言うべきでしょうか。

 零細事業者を守るための「免税」を「益税」と言い替えることで一般消費者から免税事業者に対する反発を煽ったり、「仕入税額控除が受けられなくなる」形で課税事業者と免税事業者の分断を図るなど、経緯や仕組みを知れば知るほど「悪魔的な離間策」が採られていることが理解できて辛くなります。

 とはいえ、周到に練り込まれ準備が進められてきたこの制度が成立したのは、もう何年も前のこと。導入直前になって慌てて反対の声を挙げても「止める」には遅かった感があります。私も、軽減税率の裏でこんな仕組みの導入が決まっていたことに、気づくのが遅かった。時限的ではありますが、負担軽減が図られるのがせめてもの救い。

 なお、インボイス制度の導入開始は10月1日ですが、そのタイミングで適格請求書発行事業者になるためには、3月31日までに登録申請する必要があります(「困難な事情」があれば9月30日まで)。第211回通常国会の召集予定は1月23日ですから、さすがにもうこんな寸前で「止める」のは無理でしょう。

 なにか別の形で、小規模事業者の支援策はとれないものでしょうか。青色申告特別控除の額をもっと上げるとか。

軽減税率を求める意味を考えるべし

 年末に自民党議員による「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」(書店議連)の中間まとめが発表されました4 書店議連「中間まとめ」発表 送料無料の制限やICタグ・軽減税率など盛り込む〈文化通信デジタル(2022年12月9日)〉
https://www.bunkanews.jp/article/305893/
。2023年5月ごろには最終報告をまとめ、立法など政策化へ向けて動く予定になっています。対応に関する検討の方向性として挙がっている中で、私がとくに気になっているのが「軽減税率を出版物へ適用することを検討すべきではないか」という一文です。

 前述のインボイス制度は、軽減税率があるから必要という建付けになっています。つまり、軽減税率を求めることは「インボイス制度賛成」とイコールです。日本書店商業組合連合会や出版文化産業振興財団(JPIC)は、すでにそういう方向で政治的な働きかけを行っています。

 そう考えると、免税事業者である零細クリエイターは、正直、書店議連のこの動きに賛成しづらいのでは。また、出版者が書店議連に賛成するなら、零細クリエイターとの取引を今後どう考えるか? という姿勢を明らかにして欲しいところ。「仕入税額控除できなくても構わない。そのぶんは出版者側ウチで負担します」と言える出版者はどれだけいるでしょうか? そういう意味でインボイス制度は「悪魔的な離間策」なのです。

表現規制にも繫がる

 また、出版物への適用を求めたとき「“有害図書”に軽減税率などけしからん」という反対意見が必ず出てくることも想定しておくべきでしょう。以前は、当時の菅官房長官が「例えばポルノ雑誌とかそういうものが全部入ってしまう。線引きというものをぜひ、業界の皆さんのなかで決めて頂く」などと言い出しました5 有害図書の線引き出版業界で 軽減税率巡り菅長官〈テレ朝news(2015年12月26日)〉
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000065147.html
。政府が線を引くのは憲法が禁じる検閲だから、自分たちで決めろ、というわけです。

 ところが、租税法律主義があるため、自主規制では税率が決められません6 日本国憲法第84条「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」。つまり、当時の菅官房長官は、できないことをあたかもできるかのように言ってしまったのです。その誘いに乗って、「“有害図書”を業界で自主的に区別するコードを制定する」なんて検討を始めてしまったのだから笑えません。

 なお、現時点でも出版広報センター「なぜ出版物に軽減税率が必要か?」というQ&Aには、「青少年に販売を制限している出版物については、国民の理解を得るために、自主的に標準税率とすることもありえます」と書かれています7 軽減税率はなぜ必要かQ&A〈出版広報センター〉
https://shuppankoho.jp/faq/taxrate_qa.html
。だから、自主規制で税率は決められないんだってば! 全部入ってなにが悪い。エロもグロもすべて文化だと胸を張りましょう。

 ちなみに、軽減税率の対象になっている「新聞」が、消費税関係の問題にはあまり切り込めず腰砕けな状態になっている現状も、よく見ておいたほうがいいです。権力に尻尾を振りながら批判できますか? という話。軽減税率でユーザーの負担が軽減されるのは、書店にとっては良い話かもしれませんが、著作者・出版者にとっては「表現が死ぬ」危険と隣り合わせです。

規制強化も止まらない?

 2022年回顧にも書いたように、消費者庁、総務省、経産省などでインターネット広告への規制強化の動きが進んでいます。また、誹謗中傷対策で侮辱罪の厳罰化が図られたり、発信者情報開示請求の迅速化を図る改正プロバイダ責任制限法も施行されました。

 今秋にも施行予定の「ステマ」規制は、メディアビジネスに大きな影響がありそうです。従来は「記事広告」とか「PR」などと、広告であることを真面目に表示しているほうが、むしろ損をするような状態がずっと続いていました。施行後は不当表示として規制されることになります。

 海賊版対策でもさまざまな取り組みが検討されており、サイトブロッキングもまだ選択肢からは外れていないことには留意すべきでしょう8 報道資料|「インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会 現状とりまとめ」及び意見募集の結果の公表〈総務省(2022年9月16日)〉
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban18_01000175.html
。パブコメでも、サイトブロッキングを求める意見は根強いです。法制化に向けた検討が今年あたり再び動き出すかもしれません。

 なお、私は「刑法の緊急避難に基づくブロッキング」にはいまでも反対で、やるならちゃんと法律を作れ派です9 海賊版サイト対策としての緊急ブロッキング決定に対する声明〈特定非営利活動法人HON.jp(2018年4月27日)〉
https://www.aiajp.org/2018/04/blocking.html
。法制度の検討にあたっては、表現の自由が適切に確保されるよう、政府による恣意的なサイトブロッキングができないような制度設計にする必要があります。そのためには一般消費者も含めた偏りのない当事者が参加したオープンな議論が必要です。

経済的環境(Economic)

  • インボイス制度導入開始(2023年10月1日)
  • 「巣ごもり需要」の終焉
  • エネルギー資源の高騰や金融市場の混乱
  • 円安ドル高トレンド(変わるかも?)
  • 伝統的なメディア市場の縮小傾向
  • サブスクリプションの拡大傾向
  • 電子出版市場の拡大傾向
  • クリエイターエコノミーの拡大傾向
  • リテールメディアに広告予算を食われる?

インボイス制度導入の影響が怖い

 3年、6年という特例ではありますが、小規模事業者の負担軽減が図られることになったので10 「売上高1000万円以下の免税事業者が課税事業者になる場合、納税額を売上税額の2割に抑える」という3年間の特例と、「売上高1億円以下の事業者は、1万円未満の少額取引はインボイスがなくても仕入税額控除が受けられる」という6年間の特例が設けられた。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/zeisei2023/invoice/
、すぐに「フリーランスの多くが廃業に追い込まれる」11 フリーランスの多くが廃業に追い込まれる…あらゆる団体が「インボイス制度は延期すべき」と訴えるワケ はっきりいって民間にはなにひとつメリットがない〈PRESIDENT Online(2022年11月14日)〉
https://president.jp/articles/-/63315
ような事態に陥るようなことはないでしょう。とはいえ、すでに負の圧力がかかりはじめているのも事実です。厳しい。

 前提として、免税事業者であっても消費税相当額を請求することに問題はありません。免税事業者も、仕入れの時点では消費税を払ってますし。インボイス制度が始まっても、それは変わりません。しかし、すでに「インボイス制度が始まったら、もう消費税相当額は請求しないでくださいね」と前振りされた、という声を耳にしています。つまり、事実上10%の値下げ要求を受けている状態です。厳しい。

 まあ、逆の立場で考えたら、少しでも安く仕入れたいのは商売上当然のこと。「言うだけで下がるなら儲けもの」くらいの軽い気持ちで、会うたび毎回値下げ要求してくる人もいますし。こういう言いやすい機会があれば、値下げ圧をかけてくる頻度は高くなることでしょう。そして、発注側と受注側では権力勾配があるので、抗うのが難しい。厳しい。

 また、免税事業者との取引は事務処理コストの増加が見込まれることから、仕入税額控除云々以前に「面倒くさいから嫌だ」と敬遠される可能性もあります12 インボイス制度関係なく、そもそも「うちは個人事業主とは取引しません」とシャットアウトする企業も普通に存在する。。東京商工リサーチのアンケート調査によると「免税事業者とは取引しない」と回答した企業は1割強とのこと13 「インボイス制度」 免税事業者と「取引しない」が1割強に増加 ~ 第2回「インボイス制度に関するアンケート」調査 ~〈東京商工リサーチ(2022年12月14日)〉
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20221214_01.html
。現時点で「検討中」と回答している約半数の企業が、これからどう判断するかが怖い。厳しい。

紙の出版市場は厳しい撤退戦

 年始早々からあまりネガティブな話をしたくないのですが、紙の出版市場も引き続き厳しい。年始に、新聞離れで「一般紙が15年後に消える」という記事が話題になりましたが14 1年で200万部減「新聞離れ」は止まらず 「一般紙」は15年後に消える勢い(亀松太郎)〈 個人 – Yahoo!ニュース(2023年1月1日)〉
https://news.yahoo.co.jp/byline/kamematsutaro/20230101-00330946
、雑誌(コミック除く)はもう少し早く、このままのペースだと2031年にはゼロになります15 枕詞のように「出版不況」と言われるが、実態は「雑誌不況」である ―― デジタル出版論 第3章 第1節〈HON.jp News Blog(2022年5月18日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/33768

 もっとも、先に流通インフラが維持できなくなることでしょう。書籍とコミックは今後、雑誌が無くても流通が成り立つようにしていく必要があります。そのため、返品率を下げる努力や、書店の粗利率を改善するための施策が打たれたりしています16 取引構造改革 | 出版流通改革〈日本出版販売株式会社〉
https://www.nippan.co.jp/business/change/partners/
未来への事業戦略〈株式会社トーハン〉
https://www.tohan.jp/tohan-recruit/about/future.html

 しかし、印刷用紙の高騰17 日本製紙、印刷・情報用紙値上げ 23年2月から〈日本経済新聞(2022年11月10日)〉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB107120Q2A111C2000000/
や燃料費の高騰などもあり、出版物の販売価格もこれまで以上に上昇していくことが予想されます。通販でも「送料無料」の対象が狭まったり無くなったりする可能性があります。マスに向けてはますます売りづらくなることでしょう。ターゲットの狭いジャンルは、直販に活路を見出すことができるかもしれません。

 一般論として、プリントメディアの市場が今後、成長軌道に乗ることは考えづらいでしょう。そのため、どうしても厳しい「撤退戦」の様相を呈してくることは否めません。紙以外――「デジタル付録」で付加価値を付けるとか18 トーハンとメディアドゥ、NFTの「デジタル付録」を書店で展開へ〈ITmedia ビジネスオンライン(2021年4月12日)〉
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2104/12/news107.html
、リアル書店で電子書籍購入といった取り組みを19 リアル書店で電子書籍購入 トーハンとメディアドゥが実証実験 本のバーコード読み取り、店にも収益〈朝日新聞デジタル(2022年6月22日)〉
https://www.asahi.com/articles/DA3S15332150.html
、早く軌道に乗せることも求められるでしょう。

電子出版市場の拡大傾向は緩やかに?

 2022年上半期の時点ですでに電子出版市場の増加率は緩やかになっていますので20 2022年上半期出版市場(紙+電子)は8334億円で前年同期比3.5%減、電子は2373億円で8.5%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2022年7月25日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/36546
、「巣ごもり需要」の終焉と言われる状況からして、恐らく通年でも、これまでのような急成長ではなくなっているものと思われます。2023年に好転する要素も見当たらないため、今後は緩やかな成長の中、限られたパイの争奪がより激しくなることが予想されます。

 とはいえ、それは国内市場に限った話。とくにマンガは北米で「爆発的成長(explosive growth)」とか「前例のない(unprecedented)」と形容されるような急成長を遂げており、印刷物の在庫不足からデジタル市場も注目されているようです21 Manga Is Booming〈Publishers Weekly(2022年4月22日)〉
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/publisher-news/article/89184-manga-is-booming.html
。韓国系ウェブトゥーンも攻勢を強めてますので、縦か横かは別として、トータルではさらなる成長が期待できそうです。

社会的環境(Social)

  • 国立国会図書館、電子納本制度を有償・DRM有にも拡大(2023年1月1日)
  • 小中学校での1人1台端末環境が3年目(2023年4月1日)
  • 図書館資料公衆送信対応と補償金制度開始(2023年6月1日)
  • 「情報」科目が大学入試の受験科目に(2025年度入学から)
  • 電子図書館(電子書籍貸出サービス)の普及と利活用が進む
  • ソーシャルメディアの勢力図が変わる?
  • 炎上回避の自主規制や萎縮、反発
  • スマホに最適化した表現の普及
  • 巣ごもりの終焉

電子図書館はまだ広がるが、ユーザーの利用は?

 電流協の調査によると、電子図書館を利用可能な自治体は約4分の1、公共図書館では3分の1以上、人口では半数以上になっています22 電子出版制作・流通協議会のプレスリリースより(2022年11月1日)
https://aebs.or.jp/pdf/E-library_introduction_press_release20221001.pdf
。とはいえ導入率が高いのはまだ大都市圏が中心です。導入は自治体単位なので、イノベーター理論23 イノベーター理論をわかりやすく解説!【事例あり】〈東大IPC(2022年4月15日)〉
https://www.utokyo-ipc.co.jp/column/innovation-theory/
で言えばまだアーリーマジョリティ層への浸透が終わっていない段階、と言っていいでしょう。つまり、まだまだ広がるはず。

 導入が進んだら、次は利用実態がどうなっているか。ところが、いまのところインプレス『電子書籍ビジネス調査報告書』が毎年行っているようなユーザーリサーチを、電子図書館に関してはまだ見たことがありません。公表されているものでは、個々の自治体で来館利用者に対し行われているアンケート程度でしょうか。全体がどうなっているか、そろそろ調べてもいいころではないかと思います。

なんだかんだ言っても日本でTwitterはまだ強い

 Twitterを買収したイーロン・マスク氏が、さまざまなトライ&エラーで連日のように話題になっています。アメリカでは大手広告主が引き上げるとか、ユーザーが逃げ出すなどの拒否反応が起きています。

 じゃあ日本ではどうか? というと、オープン型のソーシャルメディアではTwitterがユーザー数最多です24 LINEは停滞、TikTok急伸 コロナ禍3年でSNSに選別の波〈日本経済新聞(2023年1月5日)〉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC2284R0S2A221C2000000/
。人が多いところに人は集まります。多少は分散するでしょうけど、なんだかんだ言ってもまだしばらくTwitteが強い状況は続くことでしょう。「数は力」です。

 とはいえ、性質が異なるSNSが伸びているのも事実。若者を中心に支持を集めているTikTokやInstagramなど、感性に訴えかける映像系のソーシャルメディアです。出版物でも、泣ける、笑える、怒れるような、エモーショナルなジャンルは相性が良いのではないかと思われます。

技術的環境(Technological)

  • 「Windows 8.1」延長サポート終了(2023年1月10日)
  • 「Office 2013」延長サポート終了(2023年4月11日)
  • 「Google Chrome」サードパーティーCookieのサポート完全廃止(2023年後半?)
  • EPUB 3.3 / EPUB Accessibility 1.1がW3C標準仕様に(2023年春︖)
  • 第5世代移動通信システム(5G)のさらなる普及
  • コンテンツ関連のAI技術が普及期へ
  • 暗号資産やNFT(ブロックチェーン技術)への注目と猜疑
  • VR / AR技術の活用(メタバース)

AI生成コンテンツが実用レベルに

 2022年には「MidJourney」「Stable Diffusion」「DALL-E 2」などの画像生成AIや、「ChatGPT」などの文章生成AIが、人間に近いレベルのコンテンツを生成できるようになってきたことが大きな話題になりました。「関節がおかしい」とか「しれっと嘘をつく」など粗もありますが、「それって人間でもあることだよね」というレベルになってきた感があります。

 すでに「Microsoft Designer」など、画像生成AIを組み込んだ汎用アプリも登場しています25 画像生成AI「DALL-E 2」を組み込んだグラフィックスデザインアプリ「Microsoft Designer」が発表〈窓の杜(2022年10月13日)〉
https://forest.watch.impress.co.jp/docs/news/1447087.html
。フリー写真素材配布サイト「ぱくたそ」が画像生成AIで作成した写真素材の配布を始めたり26 AI画像をフリー素材サイト「ぱくたそ」が配布 許諾を得た写真をもとに作成〈KAI-YOU.net(2022年10月27日)〉
https://kai-you.net/article/85136
、いらすとや風のイラストを生成するAIモデルが登場するなど27 「AIいらすとや」登場。いらすとや風のイラストを生成するAIモデル、早くも人気爆発【やじうまWatch】〈INTERNET Watch(2022年12月21日)〉
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/1465443.html
、対応する動きもすでに出ています。

 クリエイターエコノミー系では、ニコニコが「AIが出力しただけ」の作品は収益化できないという基準を明示したり28 “AIが出力しただけ”の作品は収益化NG ニコニコが基準表明 「クリエイター支援の目的にそぐわない」〈ITmedia NEWS(2022年10月14日)〉
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2210/14/news162.html
、Adobe Stockが「適切な許諾なしに、第三者のコンテンツを元に作成したコンテンツ」の投稿を禁止するなどの動きがありました29 Adobe、画像生成AIでつくった素材の販売認める 許諾なしの生成はNG〈KAI-YOU.net(2022年12が月7日)〉
https://kai-you.net/article/85487
。あのグーグルでさえ、「ChatGPT」が検索事業を覆す可能性があると警戒、対応を急いでいるという報道がありました30 グーグル、「ChatGPT」を検索事業への脅威として警戒か〈CNET Japan(2022年12月23日)〉
https://japan.cnet.com/article/35197800/

 こうなってくると、2015年に野村総研が発表した「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」で31 野村総研、2030年には49%の職業がコンピュータで代替される可能性と研究報告 ~自動化されにくい職業の特徴は創造性と社会的知性〈PC Watch(2016年1月12日)〉
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/738555.html
、「創造性、協調性が必要な業務や、非定型な業務は、将来においても人が担う」と予想していたのは「ちょっと甘かったのでは?」という気もしてきます。まあ、結局「便利な道具」ですから「どう活用するか?」の腕が試される、ということかもしれません。

NFTマーケット以外のブロックチェーン

 幻滅期に入ったとされるNFTですが、OpenSeaのように「8割が偽物」とされるマーケットプレイスに問題があるという話であり、面白い技術であることに違いはありません。いままでとは異なるユースケースが注目される可能性はあります。

 個人的に期待を寄せているのが、年末にセルシス子会社が発表した流通支援ソリューション「DC3」です32 マンガ・アニメ制作アプリ最大手のセルシス、デジタルデータに「所有権」を付与する流通支援ソリューション「DC3」発表〈INTERNET Watch(2022年12月9日)〉
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/1462396.html
。デジタルコンテンツの再配布や二次流通を想定したストアのための基盤であり、既存のサービスや仕組みをそのまま活用できる点に大きな可能性を感じています。

 要するに、いわゆる「本棚連携」を可能にできる仕組みだと考えるとメリットがわかりやすいかも。さすがに大手がすぐに乗ってくることはないと思いますが、中小のサービスであるほどユーザーメリットを提供できる仕組みだと考えます。直販ストアなどにはうってつけでは。

2023年には何が起こる?

 これらを踏まえた上で、2023年にはどんなことが起こるか、予想してみました。以下の5点です。

  • メディアビジネスの転換が進む
  • 書籍でもワークフローの見直しが進む
  • コンテンツの輸出が拡大する
  • エディターシップの必要性が高まる
  • 技能継承の必要性が高まる

メディアビジネスの転換が進む

 主に「新聞」や「雑誌」という切り口での予想です。昨年の延長上ですが、もう「提案」である必要はなく、否応なしに転換が進むであろう、と。

「スターになるのとは別の成功への道」

 ざっくり言えば、コンテンツのビジネスモデルは「広告」と「販売」の2つです。集めたユーザーにモノを売りたい企業から対価を得るか、ユーザーから直接対価を得るか。インターネットのメディアビジネスはこれまでほとんど「広告」でしたが、だんだん「販売」の比率が高くなっています。その傾向は今後も続くでしょう。

 「広告」のモデルはユーザーを集めるほど売上が伸びるため、どうしてもマスへアプローチする必要があります。そのため「釣り見出し」「炎上商法」などの問題が起きやすかったという、構造的な問題がありました。みんながマスメディアになろうとしていたわけです。そして、美味しいところはみんな巨大なプラットフォームが持っていってしまった。

 しかし、「販売」のモデルが中心であれば、マスへアプローチしなくてもよい、という考え方ができます。新聞や雑誌はマスメディアと呼ばれてきましたが、総合紙・総合誌を除けば、ジャンルもターゲットもある程度絞られています。インターネットは本来、その絞られたターゲットに物理制約なく届けられる点がメリットだったはず。

 年明けに、ケビン・ケリー氏のエッセイ「千人の忠実なファン(1,000 True Fans)」が話題になりましたが33 クリエイターとして成功するためには「1000人の真のファン」をつかむことが重要〈GIGAZINE(2023年1月7日)〉
https://gigazine.net/news/20230107-1000-true-fans/
千人の忠実なファン(改訂版)〈七左衛門のメモ帳(2017年2月20日)〉
http://memo7.sblo.jp/article/178840050.html
、これはクリエイターに限った話ではありません。中小メディアも「スターになるのとは別の成功への道」が目指せるのではないでしょうか。地味で目立たなくても、コツコツとファンの輪を広げていく道。

リテールメディアの成長はすなわち……?

 また、恐らく2023年は、リテールメディア――要するに「Amazon Ads」がさらに成長すると思われます。Amazonは昨年赤字転落し34 物流・生産、米巨大ITの足かせに Amazonは営業赤字も〈日本経済新聞(2022年4月29日)〉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN290BL0Z20C22A4000000/
、大型リストラが発表されました35 アマゾン、1万8000人超の人員削減を発表〈CNET Japan(2023年1月5日)〉
https://japan.cnet.com/article/35198221/
。短期的な視点での売上・利益が求められますから、成長分野=広告に力が注がれるだろう、と予想しています。

 これは、メディアビジネスからすると「広告予算を奪われる」ことを意味します。広告以外のさまざまな収益獲得手段が求められるでしょう。あるいは、自らプラットフォームになることで中抜き=仲介者の排除を図るという方向性も考えられます。大手出版社はすでにやり始めてますね。

 また、リテールメディア=小売店の広告媒体化は、売り場の良い位置を広告が占拠することを意味します。そのため、広告を出さないと売れないようになってくるでしょう。それは販売価格の上昇を招きます。つまり、書籍・雑誌といったパッケージ販売の戦略にも影響が出てきます。

 また、従来から噴出している偽ブランド問題やレビュー工作問題、そして広告の多さに対する煩わしさと価格上昇などから、ユーザー離れもじわじわと進んでいくであろうと予想しています。リスクヘッジの意味もあり、やはり直販にも力を入れておいたほうがよさそうです。

書籍でもワークフローの見直しが進む

 主に「書籍」という切り口での予想です。また検証しづらい予想ですが、結果、電子出版物の点数増加という形で表われてくるのではないか、と。

 今年の春ごろには EPUB 3.3 と EPUB Accessibility 1.1 がW3C標準仕様になる予定と伺っています。電子出版の分野ではいよいよ、アクセシビリティ対応に本腰を入れる必要が出てくるでしょう。そんな状況にも関わらず、いまだに「まず紙を制作する」ワークフローのままではいられないのではないか、という予想です。

 アクセシビリティ対応で制作面において必要なことは、ストアで対応/非対応が判別可能なメタデータの埋め込み、印刷版の改ページマーカーとページリストの提供(ページナビゲーション)、非テキストコンテンツへの代替テキスト(音訳に近い)などです36 JIS X 23761:2022(EPUBアクセシビリティ)が制定〈kzakza(2022年8月23日)〉
https://code.kzakza.com/2022/08/jis-x-23761-2022-epub-a11y/
。そのためには、制作ツールの対応や、ビューア・ストアの対応も求められます。今年はそういう動きもあるでしょう。

 なお、実は日本出版学会でも『出版研究』のアクセシビリティ対応を目指し、まずサンプルのEPUBを作ったり、運用フローのガイドラインを用意してみましょうか、という方向で動いています。春季研究発表会では、なにかしらの報告ができるのではないかと。

コンテンツの輸出が拡大する

 主に「マンガ」という切り口での予想です。「すでに増えてるよ!」という声が聞こえてきそうですが、「ならば数字を出してよ!」と提案したい。個社の取り組みについて、始めるときにリリースするだけでなく、できればもう少し実績もアピールして欲しいものです。

 統計について調べてみたところ、印刷物の輸出額は財務省「貿易統計」に数字があります37 印刷物は11年連続の輸入超過、アジアがシェア7割〈JAGAT(2022年8月19日)〉
https://www.jagat.or.jp/archives/102166
。2021年は286億円と4年ぶりに前年比増だったそうです。また、電子出版については総務省「情報通信産業連関表」各年度版から拾うことができそうです38 令和4年版 情報通信白書|ICT分野の輸出入〈総務省〉
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd231400.html
。こちらは「どこまでを電子出版とするか?」で数字が変わってくるので、もう少し分析してみたいと思います。

エディターシップの必要性が高まる

 主に「人材」という切り口での予想です。「すでに高まってるよ!」という声が聞こえてきそうですが、AI生成コンテンツの見極めや二次加工という、いままでとは違った領域での必要性が求められるようになると考えます。

 なにせ「関節がおかしい」イラストや「しれっと嘘をついてる」文章が、大量に生成されることになるわけです。遊びや趣味で使っている段階ならともかく、実際に活用しようと思うと「そのままじゃ無理!」となることが予想できます。

 ただ、それは従来の人間が生成したコンテンツでも同じことが言えました。「商品」にするには、磨き上げる必要があります。それには編集能力(エディターシップ)が必要です。嘘に騙されない、ファクトチェックの力も必要となるでしょう。結局、やることはこれまでと同じなのかも。

技能継承の必要性が高まる

 こちらも主に「人材」という切り口での予想です。「エディターシップの必要性」の延長上にありますが、これまで出版産業内で育まれてきたさまざまな技能を次世代に継承していくことも求められると予想します。

 ただし、これまでは「紙への印刷」を前提とした編集・校正でした。それは当然、ウェブやEPUBといったデジタル出版領域に対応する技能へアップデートしていく必要があります。技術仕様もアップデートしてますので、制作ガイドやマニュアルもアップデートが必要です。

 具体的には、たとえば「電書協 EPUB 3 制作ガイド」は2015年1月1日に出たver.1.1.3を最後に、アップデートが止まっています39 電書協 EPUB 3 制作ガイド〈デジタル出版者連盟(旧・日本電子書籍出版社協会)〉
http://ebpaj.jp/counsel/guide
。8年経って「今後のRSに期待する項目」はどの程度実装されたのか、あるいは、されていないのか。項目はそのままでいいのか、優先順位は変わっていないのか。そもそも、団体の略称はもう「電書連」ですよね、などなど。

 この制作ガイドに関わった方々の多くがまだ現役だと思いますが、こういうことを次世代に継承していくためには定期的なアップデートが不可欠だと思います。「式年遷宮」の考え方です。毎年とまでは言いませんけど、せめてEPUB 3.3がW3C標準仕様になるタイミングで、次のアップデートを考えていく必要があるのではないでしょうか。

HON.jp News Blogは?

 最後に、当メディアについて。過去に「サブスクリプションが急速に伸びる」(2016年)とか「出版者による直販が増える」という予想をしたり(2017年)、「メディアビジネスの転換を進めよう」と提案したり(2022年)、「デジタル出版論」の連載でも、本稿でも、幾度となく直販の効能について触れてきました。

 しかし、最近は実践が伴っていないことが気になっていました。「そういうお前はどうなんだ?」と。そこで、2023年以降はユーザーから直接対価をいただく施策に力を入れます。ただし、ペイウォールは趣味に合わないので、いまのスタイルを大きく変えるつもりはありません。その代わり、本を売ります。直販します。準備はだいぶ整ったので、近日中にお知らせできると思います。お楽しみに!

脚注

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著者について

About 鷹野凌 824 Articles
NPO法人HON.jp 理事長 / HON.jp News Blog 編集長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 編集デザイン特殊研究・ITリテラシー 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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