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新年あけましておめでとうございます。
2019年も HON.jp News Blog をどうぞよろしくお願いいたします。
毎年恒例、編集長 鷹野凌による出版関連の動向予想です。
【目次】
2018年の予想と検証
2018年年初の予想は以下の5つ。自己採点の結果を右端に付けておきました。
- 雑誌の人材がウェブへ流れる動きが加速する? → △
- デジタルファーストが拡大する? → 〇
- 大手企業を核とした業界再編(離合集散)が進む? → 〇
- 出版での FinTech 活用が進む? → ×
- ドメスティックな産業からの脱却(コンテンツ輸出)が進む? → △
検証の詳細は、大晦日の記事をご覧ください。過去の予想と検証は、以下の通りです。
2018年概況
出版科学研究所が年末に発表した2018年の紙の出版物推定販売額は1兆2800億円台、コミックスを含む雑誌は5800億円前後、書籍は6900億円前後で、書籍と雑誌の販売額差は1000億円超にまで広がっています。雑誌のピークは1997年の1兆5644億円なので、約3分の1に。書籍のピークは1996年の1兆0931億円なので、約3分の2になっています。また、返品率は1月から11月の累計で書籍が36.4%、雑誌が44.1%です。
なお、ここまでの数字は紙のみで、電子出版の数字は加味されていません。出版科学研究所推計の2018年電子出版市場は、例年通りなら1月25日ごろに発表される予定です。参考までに、2017年の電子コミックは1711億円、電子書籍は290億円、電子雑誌が214億円でした。
2017年は紙のコミックス(単行本)が1666億円だったので、コミックスは紙と電子がついに逆転した、というのが大きな話題となりました。2018年の増減額はまだわかりませんが(こちらは2月25日ごろ発表予定)、さすがに2018年時点ではまだ、紙のコミックス+コミック誌の販売額のほうが、電子コミック+電子コミック誌の販売額より大きそうです。
マクロ環境分析
こういった現状を踏まえた上で、今度は2019年以降の出版を取り巻くマクロ環境を、PEST分析してみることにします。
政治的環境(Political)
- TPP11関連の改正著作権法施行(2018年12月30日)
- 柔軟な例外規定など改正著作権法施行(2019年1月1日)
- 学校教育法など一部改正で、デジタル教科書併用開始(2019年4月)
- マラケシュ条約批准、読書バリアフリー法制定?
- 改元、平成の終わり(2019年5月1日)
- 参院選(2019年7月)
- 消費税10%に(2019年10月1日)
- 東京都知事選挙(2020年7月)
- 東京オリンピック開催(2020年7月から8月)
- アメリカ大統領選挙(2020年11月)
- 安倍総裁任期満了(2021年9月)
- 衆議院任期満了(2021年10月)
- アメリカと中国の対立傾向
- 安倍政権のアメリカ重視方針
- 日中韓の関係冷え込み傾向
改正著作権法が1月1日に施行され、無許諾で横断検索が可能になりました。これまで個別に許諾を得ていたアマゾンの「なか見!検索」や「Googleブックス」や「BOOK☆WALKER」の「本文から検索」をチェックしましたが、1月1日からいきなり全書籍が横断検索の対象に、なんてことは、いまのところ起きていないようです。今後の動向を注視しておきたいところ。
今年の政治動向で最重要なのは、7月の参院選でしょう。この結果次第で、改憲発議が行われる可能性があります。そこへ向けて改憲議論が本格化し、関連書籍も多く発行されることでしょう。なお、改憲には両院で3分の2以上、国民投票で過半数の賛成が必要です。10月1日に予定されている消費税率10%への引き上げや、それに伴う軽減税率適用開始などがどう影響するか。また、東京オリンピックへ向け、表現規制への圧力がますます強くなることも予想されます。
経済的環境(Economic)
- 2018年末世界同時株安の影響
- 消費税10%に(2019年10月1日)
- 東京オリンピック開催(2020年7月から8月)
- 物理メディア販売ビジネスの縮小傾向
- 伝統的出版市場(とくに雑誌)の縮小傾向
- 電子出版市場(とくにマンガ)の拡大傾向
- インターネット広告市場の拡大傾向
- 物流コストの上昇傾向
- 同人誌市場の拡大傾向
- サブスクリプションの拡大傾向
昨年末にアメリカ発で発生した世界同時株安。東京オリンピックへ向けて行われてきた都市開発や投資の終焉。そこへ消費税10%という冷や水がかけられ、今後の景気がどうなるかとても気がかりです。物理メディアの縮小傾向と、電子メディアの拡大傾向は今後とも続くでしょう。
社会的環境(Social)
- 小中高校でデジタル教科書併用開始(2019年4月)
- 少子高齢化傾向
- 生産年齢人口の減少傾向
- 日本語人口の減少傾向
- 教育予算の減少傾向
- 外国からの労働者受け入れ拡大へ
- 排外主義の高まり
昨年末に可決された改正出入国管理法により、外国人労働者の受け入れ拡大が確定しました。農業、漁業、介護、建設、造船、宿泊、外食、航空、自動車整備など14業種が、特定技能1号の対象になっています。在留期間の上限は通算5年ですが、高い専門性を有すると認められた者については在留期間上限なしへの移行措置が整備される予定になっています。関連して、日本語教育や母国語書籍への需要が高まることなどが予想されます。
技術的環境(Technological)
- Windows 7の延長サポート終了(2020年1月)
- 第5世代移動通信システム(5G)のサービス開始(2020年春)
- QRコード決済など少額決済手段の普及
- デジタル化、ネットワーク化、モバイル化のさらなる進展
- アドブロックの普及傾向
- AIによる自動着色技術の飛躍的進歩
- ブロックチェーン、機械学習、VR / AR技術 …… etc.
現行のLTEの100倍の転送速度を実現すると言われている次世代型移動通信システム5Gは、2019年にプレサービス、2020年には商用サービスが始まる予定です。2019年時点での直接的なインパクトは薄いと思いますが、なにかと話題になることが多い年になると思います。
QRコード決済はすでにちょっと乱立気味ですが、導入コストも決済コストも圧倒的に低いため、小売店側にとって大きなメリットです。ポイント経済圏の延長上にある「顧客の囲い込み手段の1つ」であると思われるため、いずれ大手に収束していくものと思われます。
仮想通貨市場は、2018年に相次いだ不正流出事件で見事に冷え込んでしまいましたが、投機対象から外れただけで、ブロックチェーン技術の可能性は今後も模索され続けるものと思われます。
また、改正著作権法の柔軟な権利制限規定により、書籍横断検索サービスや、機械学習用のデータなど、著作物を無断で利用できる範囲が広がった点も、技術的なブレイクスルーを生み出すかもしれません。
2019年には何が起こる?
これらを踏まえた上で、2019年にはどんなことが起こるか、予想してみました。以下の5点です。
- メディア自体の信頼度がより一層問われるようになる
- 既刊も含めた書籍の電子化率が高まる
- マンガ表現の多様化が進む
- 学校や図書館向けの電書供給が本格化
- オーディオブック市場の拡大が本格化
メディア自体の信頼度がより一層問われるようになる
主に「雑誌」という切り口での予想です。紙の雑誌はいま、非常に難易度の高い「撤退戦」を強いられています。そのいっぽうで、インターネット広告媒体費は恐らく、2018年に約1兆3500億円ほどにまで成長。過去に予想した「雑誌のウェブ化(紙から電子へのメディアチェンジ)」「ウェブの雑誌化(信頼性向上と見た目の美しさ)」「人材の移行」という傾向は、もはや当たり前になりつつあります。
しかし、「紙低電高」という全体トレンドはあれど、個々のメディアでは大きな違いがあります。紙の雑誌でも、たとえば晋遊舎のモノ批評誌「MONOQLO」のように元気なところもあります。ウェブメディアでも、ダメなところはダメです。その違いはどこにあるのか。私は、キュレーション問題やフェイクニュース問題を経て、徐々に「信頼度」が強く問われるようになってきているように思います。
公益財団法人新聞通信調査会の全国世論調査によると、各メディアの情報信頼度は2018年の時点で、NHK 70.8点、新聞 69.6点、民放TV 62.9点、ラジオ 57.2点、インターネット 49.4点、雑誌 43.1点です。なんと雑誌はインターネットより信頼されていないのです。どちらも信頼度が低い、とも言えますが。[追記:初出時単位を%としていましたが、正しくは点でした。お詫びして訂正します]
もちろん、メディアにもピンからキリまでありますし、より信頼度の高いNHKや新聞はインターネットでも情報発信していますから、結果的にインターネット全体への信頼度が引き上げられている可能性はあります。しかし、インターネットでも紙のメディアでも、誤報を繰り返したり、耳目を集めようと炎上を繰り返しているようなメディアは、どんどん信頼度を落とし、勢いを失いつつあるように思います。
たとえば「新潮45」のように、発行部数の少ない紙の雑誌であっても、雑な論考や誤情報を発信すると、インターネット上で批判されて炎上、場合によっては休刊に追い込まれるような事態も起きています。それが良いか悪いかは別として、世間の目が以前より厳しくなってきていることは確かです。
逆も然りです。たとえば、2016年にキュレーション問題で閉鎖に追い込まれた「MERY」ですが、小学館の資本が入って運営の立て直しを図り、なんと再開1年での単月黒字が見えてきたそうです。雑誌の編集・校正・校閲という伝統的な出版ノウハウと、ICT技術がうまく組み合わせられることにより、ウェブメディアで良質な情報を提供しつつ収益を上げていくことが可能であることを、実証しつつあります。
インターネットではこれまで、記事単体でしか読まれず、どのメディアで発信されているか? があまり問われないような傾向がありました。しかし、2018年に大きな話題となった海賊版サイト問題の余波で、広告主や広告代理店への批判がウェブメディアへの兵糧攻めになり、対策として極めて有効であることが広く知られるようになりました。
広告主や広告代理店は、どのメディアに広告を出稿するかを、慎重に見極める必要がある時代に変わりつつあります。すなわち、メディア自体の信頼度が、以前に増して問われるようになっているのです。読者の認識も、記事単体だけでなく、メディア自体の信頼度という方向へ、徐々に変わってくることでしょう。
既刊も含めた書籍の電子化率が高まる
主に「書籍」という切り口での予想です。論文「日本における電子書籍化の現状:国立国会図書館所蔵資料を対象とした電子書籍化率の調査(PDF)」(安形輝・亜細亜大学/上田修一・元慶應義塾大学)によると、2017年における新刊の電子化率は36.8%で、コミックスの新刊電子化率はすでに8割を超えているそうです。
同年の新刊点数は約7万3000点なので、電子は約2万7000点。コミックスの新刊点数は約1万2400点なので、電子は約1万点。つまり、コミックス以外の新刊は、まだ4分の1程度しか電子化されていないということになります。
コミックスは既刊の電子化作業が比較的容易なので、ラインアップが早期に充実、電子出版市場の拡大を牽引する形になっています。コミックス以外については、テキストデータがない既刊をリフロー型にする難易度の高さが、ラインアップ拡充へのハードルになっており、電子出版市場拡大への阻害要因になっています。
機械学習で精度を高める「AI-OCR」も登場していますが、まだ導入コストが高い点がネックです。また、仮にOCRの精度が99.9%であっても、1冊に1000字から1500字ほどの誤りが発生するわけで、現状では人の手による校正作業が必須になってしまう点もネックになっています。
ただ、1月1日から施行された改正著作権法第30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)により、機械学習用のデータでなら無許諾での利用が合法になり、AI-OCRやAI校正の精度が飛躍的に高まる可能性があります。「人の手による作業」というボトルネックが解消されると、一気に自動化が進むかもしれません。
また、Books&Company社のように電子出版のみなし売上を先払いすることで「取次金融」と同様の役割を果たそうとする動きもあります。コミックス以外の電子出版市場もゆっくりとではありますが拡大しつつあり、そろそろ「文字モノ電書もそこそこ儲かる」という認識に変わってくるころです。新刊の電子化比率が高まっていくのと同時に、既刊の電子化もこれまで以上のペースで進んでいくことになるでしょう。
マンガ表現の多様化が進む
主に「マンガ」という切り口での予想です。前述の通り、紙のコミックス(単行本)と電子コミックの販売額は、2017年時点で逆転しています。コミック誌も、大手出版社がサブスクリプション型での直接配信、あるいはウェブマガジン・アプリでの無料配信に踏み切っており、電子を中心としたビジネスモデルへの流れはもう不可逆と言っていいでしょう。
だからこそ、その流れに水を差す「海賊版サイト」への対策は急務だったのでしょう。拙速過ぎてブロッキングの法制化は失敗しましたが、私的ダウンロード違法範囲の拡大とリーチサイト規制は、成立する可能性が高いように思われます。なお、文化庁が募集しているパブリックコメントは、1月6日が提出締め切りです。
閑話休題。紙面を前提とした「コマ割り」や「見開き」というマンガ表現が、今後も主流ではあるものの、縦スクロール(ウェブトゥーン)表現や、絵の一部が動くようなリッチ表現、自動で遷移する動画表現など、表現手法の多様化が進むのは間違いないと思われます。
集英社や講談社が縦スクロールマンガを受け付け始めたり、「comico」は縦スクロールマンガをそのまま電子書店へ提供・販売し始めたりしています。AIによる自動着色技術向上は、フルカラーマンガの比率を高めていくことでしょう。また、「マンガ図書館Z」はマンガを全自動で動画へ変換、YouTubeで配信する実験を始めます。動画広告では、絵の一部が動くリッチ表現がすでに用いられており、いずれマンガ表現へと還流されていくことが予想されます。マンガとアニメのハイブリッド、みたいな。
学校や図書館向けの電書供給が本格化
主に「教育」という切り口での予想です。学校教育法など一部改正で、4月からデジタル教科書の併用が開始されます。これから小中高等学校の児童生徒へ、タブレットなどのICT端末が「1人1台」のレベルで普及していくことになります。これと歩調を合わせ、教科書以外の一般電子書籍を配信するサービスも伸長していくことが予想されます。
すでに教科書供給会社の有志企業が4月から「School e-Library」という、小中高等学校向けの電子図書館サービスを提供開始することを発表しています。もちろんベネッセ「電子図書館まなびライブラリー」や「学研図書ライブラリー」といった既存サービスにとっても、児童生徒向けの書籍出版社にとっても、追い風となるでしょう。
また、視覚障害者や読字障害者などによる著作物の利用機会を促進する「マラケシュ条約」を日本もようやく批准し、この1月1日から発効。1月下旬に招集される通常国会で「読書バリアフリー法」案が審議、制定される予定になっています。読み上げ機能のある電子書籍貸出サービスやオーディオブックの、公共図書館への普及がいよいよ本格化しそうです。
在住外国人のさらなる増加傾向は、浜松市のように、母国語での書籍配信という需要を高め、これまた電子図書館普及への追い風となりそうです。
オーディオブック市場の拡大が本格化
オーディオブック市場のリーディングカンパニーである、オトバンクの動向から目が離せません。アマゾン傘下の「Audible」には以前からコンテンツを提供していますが、2018年には「Google Play ブックス」「Apple Books」「Reader Store」への提供も開始しました。今年は恐らく他のプラットフォームにも展開することでしょう。
また、前項でも挙げましたが、マラケシュ条約批准や読書バリアフリー法の制定予定は、公共図書館への「耳で聞く本」の導入を後押しするはずです。日本語コンテンツを耳で聞く需要は、海外でも結構あると思われるので、たとえばコンテンツ輸出も手がけるメディアドゥとの業務提携、みたいな動きがあるかもしれません(ただの想像です)。