《この記事は約 23 分で読めます(1分で600字計算)》
新年あけましておめでとうございます。
2021年も HON.jp News Blog をどうぞよろしくお願いいたします。
毎年恒例、編集長 鷹野凌による出版関連の動向予想です。
2020年の予想と検証
2020年正月の予想は、以下の5つでした。自己採点の結果を右端に付けておきます。
- 出版社系ウェブメディアの逆襲 → ○
- 書き手争奪競争の激化 → ○
- マンガの輸出入がより活発に → ○
- 児童生徒向けの電書供給が本格化 → △
- 音声コンテンツ市場の拡大 → ○
コロナ禍という想定外の事態が起こったわりに、おおむね予想通りでした。いつも先読みし過ぎているので、むしろコロナ禍を受け世の中の変化が加速したことにより、正答率が上がったのかもしれません。唯一「△」を付けた「児童生徒向けの電書供給」は、2020年の時点で「本格化」まではちょっと言い過ぎだったと、厳しめの採点です。言葉の選び方に問題がありました。
検証の詳細は、大晦日の記事をご覧ください。過去の予想と検証は、以下の通りです。
マクロ環境分析
こういった現状を踏まえた上で、2021年以降の出版を取り巻くマクロ環境をPEST分析します。近未来でほぼ確定している予定は、日付順に上から並べてあります。
政治的環境(Political / 立法・行政・司法)
- ダウンロード違法範囲拡大の改正著作権法施行(2021年1月1日)
- アメリカ大統領就任式(2021年1月20日)
- 特例措置の終了により消費税の総額表示再義務化(2021年4月1日から)
- 授業目的公衆送信補償金制度本格実施開始(2021年度から)
- デジタル教科書本格運用開始?(2021年度から)
- 東京オリンピック開催?(2021年7月23日から8月8日)
- デジタル庁発足(2021年9月1日)
- 東京パラリンピック開催?(2021年8月24日から9月5日)
- 自民党菅総裁任期満了(2021年9月末)
- 衆議院任期満了(2021年10月21日まで)
- 参議院議員通常選挙(2022年7月)
- 巨大IT企業(プラットフォーマー)への規制強化
- 図書館含む教育予算の減少傾向
- アメリカと中国の対立傾向
- 日中韓の関係冷え込み傾向
オリンピック、ほんとにやるの?
昨年は「経済」の項に入れていた東京オリンピックですが、今年は「政治」に移しました。世界の情勢を考えたら、正直言って今年も開催できそうにないと思うのですが、政府はまだやる気のようなので、政治マターということで。
仮に開催できても、従前に想定されたようなインバウンド消費は望めないでしょう。むしろ観戦で感染が拡大、ちょうどお盆のころに第n波が来て、また帰省の自粛が求められ――という未来が容易に想像できてしまいます。とほほ。
衆院解散・総選挙はいつになるか?
衆議院任期満了があるので、今年は必ず総選挙が行われます。コロナ禍再拡大と内閣支持率急落を受け、さすがに1月の解散は見送りとのこと。自民党菅総裁の任期が9月末までなので、恐らくその後の10月前半になるだろうと思われます。
昨年12月に意見募集が行われた「図書館関係の権利制限規定の見直し(デジタル・ネットワーク対応)」(と「放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化」)は著作権法の改正が必要なので、この1月から行われる通常国会で審議され、解散が無いなら恐らく成立するでしょう。
後述しますが個人的には、補償金制度が導入される予定の複写サービス公衆送信対応(31条1項1号)より、入手困難資料の家庭配信(31条3項)のほうが、社会的インパクトは大きいと思っています。ただ、補償金制度の有無に関わらず、ソフトローの部分で関係者協議が必要なので、さすがに新制度が2021年のうちに動き出すことはないと思われます。来年が楽しみです。鬼が笑いますね。わっはっは。
ダウンロード違法範囲拡大のインパクトは?
改正著作権法が1月1日に施行され、ダウンロード違法範囲が拡大されました。2020年10月施行のリーチサイト規制は音楽・映像業界が周知に努めていたので、今回は出版業界の出番でしょう。今後は一般社団法人ABJが海賊版対策の中核となり、出版広報センターと連携しながら動いていく予定です。
とはいえ、一般ユーザーには幾重ものセーフティネットが用意されており、いきなり逮捕者が出るといった事態は想像しづらいところ。むしろアナウンス効果での行動変容が期待されているはずなので、今年も「STOP!海賊版」キャンペーンが何度も行われることになるでしょう。
この法改正、効果を疑問視する方も多いのですが、以前から再三書いてきたように、従来は海賊版サイトへの誘導を避けるため「名前を呼んではいけない類いの怪物」のような扱いになっていたのが、「あそこは海賊版サイトだから、ダウンロードは違法ですよ」と名指しできるようになったことは、結構大きいと思っています。年末の「HON.jpブロードキャスティング」でも触れたので、該当箇所から始まる動画を貼っておきます。
巨大IT企業への規制強化が進む
アメリカでは、Google、Amazon、Facebook、Apple(以下、GAFA)に対する反トラスト法(日本の独占禁止法)による締め付けが行われ始めています。この方向性は大統領が変わっても、民主党が上院で多数派になっても、大きくは変わらないはずです。グローバルなサービスなので、アメリカや欧州での規制による方針変更が、日本にまで影響を及ぼす可能性があります。
また、日本でも2020年6月に「特定プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が公布され、1年以内に施行されます。当面、大規模なオンラインモールやアプリストアが対象となります。つまりGAFAだけでなく、ヤフーや楽天といった日本の企業も対象です。「取引の透明性と公正性の向上を図るために、取引条件等の情報の開示、運営における公正性確保、運営状況の報告と評価・評価結果の公表等の必要な措置」が講じられることになります。
日本を含めた各国の規制強化の動きは、詳しくは公益財団法人公正取引協会が年末に公表した「主要国におけるGAFA、デジタルプラットフォーム事業者への競争法適用の動き」をご覧いただくのがいいでしょう。
経済的環境(Economic / 主に企業の動向)
- ヤフー親会社のZホールディングスとLINEが経営統合(2021年3月予定)
- コミックマーケット99開催(2021年5月2日から4日)
- 中国北京冬季オリンピック開催(2022年2月4日から20日)
- インボイス(適格請求書)制度開始(2023年10月1日)
- コロナ禍で巣ごもり需要拡大
- 消費税率10%の悪影響
- 物理メディア販売ビジネスの縮小傾向
- 伝統的出版市場(とくに雑誌)の縮小傾向
- 電子出版市場(とくにマンガ)の拡大傾向
- インターネット広告市場は踊り場に?
- GoogleやFacebookがニュースメディアへ使用料支払いへ
- 物流コストの上昇傾向
- 同人誌市場の拡大傾向
- サブスクリプション(定期購読)の拡大傾向
消費税率アップとコロナ禍のダブルパンチ
2019年10月に浴びせられた消費税10%という冷や水が、その後のコロナ禍のインパクトの大きさによって、結果的に過小評価されているように思えます。それなのに金融緩和で株価は上がり続け、実体経済との乖離が進んでいます。
2020年の出版“業界”は『鬼滅の刃』フィーバーなどもあって堅調でしたが、他の業界から遅れて打撃が来るのではないかと危惧しています。1990年代、バブル経済崩壊後も出版市場がしばらく拡大し続けたため、一時は「不況に強い出版界」などと言われていたのを覚えています。もちろん当時と今とでは、人口動態や情報化などにより、状況がまったく違うわけですが。
ちなみに総額表示再義務化が問題になるのはリアル書店の店頭の話であり、オンライン販売には影響ないはずです。ウェブならすぐ表示を切り替えられるので、税率が変わったのと同時に変更されていますよね。
電子出版市場の拡大傾向は続くか?
2020年回顧でも触れましたが、出版科学研究所から2020年7月に発表された上半期(1~6月)電子出版市場は1762億円で、前年同期比28.4%増でした。通年が同じようなペースで増えたとすると、2020年の電子出版市場は4000億円前後となるでしょう(30%増で達成)。そのうち電子コミックが3500億円、電子書籍(文字もの)が385億円、電子雑誌が110億円、といったところでしょうか。
この傾向は2021年も続くでしょう。これまで電子版配信を拒んでいた作家の「変節(by 佐伯泰英氏)」が昨年から顕著になっているので、文字もの市場の成長率が高まるかもしれません。
インターネット広告は踊り場?
これまで急成長を続けてきたインターネット広告も、さすがに2020年は踊り場となりそうです。サイバー・コミュニケーションズ(CCI)のアンケート調査によると、2020年上半期のインターネット広告はコロナ禍の打撃を受け減少傾向、下半期は回復傾向となっています。例年、電通「日本の広告費」統計が公表されるのは2月末ですが、今年はどうなるか。
なお、世界広告研究センター(WARC)の推計によると、2020年の世界の広告費は前年比10.2%減。半分以上を占めるオンライン広告は同0.3%減と、2000年以降初めて成長が止まったそうです。
社会的環境(Social / 文化・教育・ライフスタイルなど)
- 東日本大震災から10年(2021年3月11日)
- アメリカ同時多発テロから20年(2021年9月11日)
- 沖縄返還から50年(2022年5月15日)
- すぐには終わらないコロナ禍
- 感染予防のため、さまざまなことの“遠隔化”が進む
- 少子高齢化と生産年齢人口の減少傾向
- 日本語人口の減少傾向
すぐには終わらないコロナ禍
コロナ禍というこの災厄は、少なくとも数年は終わらないと覚悟しておいたほうがいいように思います。発症直後の感染力が強いインフルエンザとは異なり、新型コロナウイルスは発症前の感染力も強いようなので、ステルス感染者が気付かないうちに拡散しちゃってるケースも多いはず。
これを避けるには、極端に言えば「会食したら、感染したと思え」くらいの心づもりが必要でしょう。でも、そんな抑制された生活を、いつまでも自主的に続けるのは困難です。気持ちが緩み、感染が拡大し、引き締められ、沈静化という波が、今後も何度も続いていくと思われます。
仮にワクチンができても、すぐに供給が需要に追いつくとは思えません。一時的に抑制できたとしても、変異で耐性ウイルスが出現することも予想できます。それでもいずれはインフルエンザのように、流行する季節であっても医療体制が崩壊しない程度に落ち着くのでは、というのが私の希望的観測です。
ただしそれは早くて数年後――というのが私の素人予測。要は、そういう覚悟をしておいたほうが、対処の方向性を定めやすいということです。つまり2020年3月以降に起きた劇的な社会的変化は2021年も継続し、感染予防のため身体的な接触機会を減らすべく、さまざまなことの“遠隔化”は今後も急速に進むことでしょう。もとのような生活には、しばらく戻れないと考えておくべきです。
メモリアルな年なのだけど
東日本大震災から10年、アメリカ同時多発テロから20年、沖縄返還から50年[追記:こちら2022年でした申し訳ありません]と、実はなにげにいろいろメモリアルな年です。でも、コロナ禍のインパクトが大きすぎで、派手な式典などはできないでしょう。
他の「少子高齢化」など国内の傾向は大きく変わらないと思いますが、昨年まで挙げていた「外国からの労働者受け入れ拡大」というトレンドは消滅。「排外主義の高まり」は接触機会の減少と「それどころじゃない」状況から、表面的には沈静化すると思われます。一部の過激な集団が、さらに先鋭化していく危険性もありますが。訪日外客数も出国日本人数も2020年は激減しており、関連業界への影響が心配です。
技術的環境(Technological)
- 第5世代移動通信システム(5G)の普及
- デジタル化、ネットワーク化、モバイル化のさらなる進展
- アドブロックの普及傾向
- Apple、アプリのプライバシー表示義務化
- AI技術による文字認識、翻訳、着色など、コンテンツ関連技術の飛躍的発達
- ブロックチェーン技術とマイクロペイメント?
- VR / AR技術の活用?
巨大IT企業に対する規制の動きもあり、正直、出版に関わる技術的環境の先行きは読みづらいところ。気になるところ動きとしては、昨年末から始まったAppleのプライバシー表示義務化が、広告収益中心のGoogle・Facebookにどのような影響を与えるか。また、いまはサブスクリプション一辺倒ですが、マイクロペイメント(少額決済)による記事のバラ売りという方向にも進むのかどうか。
2021年には何が起こる?
これらを踏まえた上で、2021年にはどんなことが起こるか、予想してみました。以下の5点です。
- 出版社系ウェブメディアの飛躍
- 既刊の電子化が急がれる(というか急げ!)
- 描き手争奪競争の更なる激化
- 電子図書館サービスの普及がついに始まる
- 映像コンテンツの需要がより高まる
出版社系ウェブメディアの飛躍
主に「雑誌」という切り口での予想です。昨年は「逆襲」としましたが、さらに伸びるであろうと「飛躍」にしました。2020年回顧でも触れた、Googleが専門性・権威性・信頼性をより重視するようになったというのは、ユーザーが求めているからに他なりません。昨年も書いたことですが、こうなると自前でコンテンツの作れる出版社が強いはず。その傾向は今後も続くはずです。
電通「2019年 日本の広告費」によると、インターネット広告媒体費は1兆6630億円(前年比14.8%増)、うち「マスコミ四媒体由来のデジタル広告費」は712億円(同22.9%増)、うち「雑誌デジタル」は405億円(同20.2%増)。これに対し紙の雑誌広告費は1675億円(同9.0%減)。コロナ禍を受けた2020年は、この傾向がさらに加速するでしょう。
Google News Showcaseはどうなる? サブスクは?
注視しておきたいのは、やはり GAFA の動き。Googleが報道機関に記事の対価を支払う「Google News Showcase」を、日本にも拡大すると発表しています。2019年に開始された月額10ドルの「Apple News Plus」は期待外れだったようですが、ビジネスモデルの異なる Google は「3年間で計10億ドルを支払う」と確約しており、期待が持てそうです。なお、Faebookも同様の「Faebook News」の展開を開始していますが、こちらはまだ日本へ導入される予定が無いようです。
いっぽう、日本経済新聞社の飯田展久氏は年始に「タダの情報をプラットフォームに提供するのは時代遅れ」で、サブスクリプションに力を入れているメディアが生き残りの切符を手に入れるだろうとコメントしています。私は正直、サブスクリプションで充分な収益が得られるのは、それこそ日経のような、強烈なブランド力のある一部のメディアに限られるだろうと思っています。いきなり月額数千円払えというのは、いささかハードルが高い。
実際のところ、新聞・雑誌系ウェブメディアは広告以外の収益を稼ぐため、ペイウォールを設けてサブスクリプションへ誘導するところが多くなっています。ほぼすべての記事にペイウォールを設定しているメディアもあります(Hard Paywallと言うそうです)。中には一定の文字数で自動的に設定している(ように思われる)ところもあり、正直「もったいない」と思っていました。
記事のバラ売り事例がもっと増える?
出版社系ウェブメディアの成功事例として、“文春砲”ビジネスのリアルについて「週刊文春」編集局長・新谷学氏が語った記事があります。あるスクープにより本誌50万部が完売。その特集記事を「文春オンライン」からヤフーやLINEに導線を張って、1本300円でバラ売りしたところ、4万本くらい売れ、PVは9000万。ワイドショーの記事使用料などを合わせ、紙以外から数千万円の収益がもたらされた、というものです。今後はこういった、記事のバラ売り事例がもっと増えてくるかもしれません。そういう期待もあるから、「note pro」を利用する出版社が増えているのでしょう。
以前、読み放題サービスの「Kindle Unlimited」が開始された翌年の2017年正月に「イーシングルが再び脚光を浴びる」という予想をしたことがあります。ブロックチェーン技術を用いたマイクロペイメントで、数円~数十円レベルの超少額決済が現実的な手数料で可能になると、イーシングルよりもっと短い、数千字レベルの記事がバラ売りされるようになるでしょう。もっとも、そういう状況になるまでは、まだ数年かかるかもしれませんが。
既刊の電子化が急がれる(というか急げ!)
主に「書籍」という切り口での予想です。2019年の予想で「既刊も含めた書籍の電子化率が高まる」という予想をしましたが、2年前とは状況が大きく変わったため、より切迫した表現にしてみました。命令形です。急げ!
というのは前述のとおり、著作権法の図書館関係の権利制限規定(第31条)が、デジタル・ネットワークに対応することがほぼ確定しているからです。コロナ禍を受け2020年4月に緊急事態宣言が発令、ピークには全国9割以上の公共図書館が臨時休館(saveMLAK調査)し、来館サービスが受けられない問題が勃発しました。
図書館の非来館サービス対応が始まる
これを受け、文化審議会著作権分科会法制度小委員会の下にワーキングチームが設置され、大急ぎでヒアリングや議論が行われ、報告書が公表され、パブリックコメントも実施されました。つまり、間もなく召集される通常国会で成立する可能性が高い、という状態です。
これにより、何が起こるのでしょうか? 図書館へ来館しなくても利用できるよう、複写サービスがメールやFAXといった公衆送信に対応(法31条1項)するのと、入手困難資料のデジタル送信(法31条3項)が図書館限定から登録ユーザー向けに変わります。ここでのポイントは、後者です。
入手困難資料扱いされないためにも電子化が必要となる
2012年に関係者協議会で制定された「国立国会図書館のデジタル化資料の図書館等への限定送信に関する合意事項(PDF)」により、現状の制度で入手困難な資料とは「流通在庫(出版者、書店等の市場)がなく、かつ商業的に電子配信されていない等、一般的に図書館等において購入が困難である資料」と定められています。この枠組みは、法改正後も変わらない予定です。
つまり、紙版が品切重版未定であろうと、電子版が市場に出ているのであれば、国立国会図書館による入手困難資料のデジタル送信の対象外となるのです。要するに、入手困難資料として扱われたくないなら、早く電子化(POD含む)して市場で入手できる状態にしておきましょう、ということなのです。だから「急げ!」なのです。
電子化の現状は?
では、電子化の現状はどうなのか。昨年私は、堀正岳氏との共同研究で、国立国会図書館所蔵資料の全件データと、電子書店「BOOK☆WALKER」の全商品データを、ISBNをキーにしてマッチングし、出版年別電子書籍化率などを調査しました。この成果は、2020年9月12日開催の日本出版学会 2020年度 春秋合同研究発表会で「日本における電子書籍化の現状(2020年版)――国立国会図書館所蔵資料の電子化率調査」として発表済みです(リンク先は私の個人ブログで、予稿やスライド資料が公開してあります / 次の学会会報にも掲載予定)。
この結果、ISBNのある国内出版物の電子書籍化率は11.9%でした。出版年別では、2017年29.6%、2018年31.2%、2019年33.2%と、徐々に電子書籍化率は高まっていますが、2000年代以前のものは極端に少なく、出版年が古いものほど限りなくゼロに近づいていきます。
なお、ISBNが日本へ導入されたのは1980年なので、それ以降の、国立国会図書館へ納本されているものがこの調査の母数です。また、「BOOK☆WALKER」はKADOKAWA直営ですが、他の出版社の書籍も扱う総合型で、機関向けサービスとは異なり誰でも利用できる一般的な電子書店です。商業出版物のラインアップ的には、他の電子書店と大差ないはずです。
巨額なデジタル化予算が閣議決定済み
この「過去の出版物がデジタル化されていない」問題についても、すでに政府が動いています。自由民主党 政務調査会から、2000年以前に出版された図書など約165万点を5年以内に電子化する予算増強の提言申し入れが行われ、ひとまず1年分のデジタル化予算60.28億が閣議決定しています。
つまり、2000年以前の出版物を品切重版未定のままにしておいたら、数年後には入手困難資料として扱われ、国立国会図書館から国民へデジタル送信されてしまう可能性が高いのです。繰り返しますが、だから「急げ!」なのです。
描き手争奪競争の更なる激化
主に「マンガ」という切り口での予想です。2020年の予想では主に「書籍」という切り口で挙げましたが、今年はマンガに絞りました。もちろん文章の書き手争奪競争も行われると思いますが、マンガ市場の巨大化に伴い、マネタイズしやすいマンガの描き手争奪がさらに激化するだろう、という読みです。
2020年回顧では「とくに集英社が次々新しい手を打っているのが目立った」と書きましたが、他の出版社(とくに大手)も好決算が続いてます。儲かっているときはもちろん、次のIP発掘への投資が激しくなるはず。講談社、小学館、KADOKAWAあたりも、次々新しい手を打ってくることでしょう。
また、紙の雑誌市場が減少していく中で、中堅作家の連載する場が失われていくことが危惧されていたわけですが、マンガ系出版社はうまくフィールドを切り替えられたように思います。『SPY×FAMILY』のようなヒット作が、「少年ジャンプ+」のデジタル連載から生まれるような事例も出てきました。なお、著者の遠藤達哉氏は2000年デビューの40歳です。
IT系企業は、実績のある編集部や編集者を奪いに行く
逆にIT系企業のプラットフォームも、手をこまねいているわけにはいかないでしょう。昨年、ぶんか社グループが「まんが王国」ビーグリーに買収されました。その際、漫画の助っ人マスケット合同会社代表の菊池健氏から寄稿いただいた論考は、示唆深いものでした。
詳しくは読んで欲しいのですが、ポイントを抜き出すと「回収期に向かう電子コミック配信プラットフォームは、改めてIPを必要としていく」が、「上場企業が(オリジナルIPに)予算を投下するには、事業計画の根拠を明示しづらい」ので、「再現性や信頼性を高めるには、実績のある企業を買収することが、一つの回答」というものです。
要するに、投資対効果を株主に説明する必要があるのに、これはヒット作になるという予感を根拠とするのは極めて難しい、というわけです。そういう意味では、実績のある体制をまるごと抱え込む、あるいは、実績のある編集者(というか名プロデューサー)を抱え込む、という動きも今後さらに加速していくのでしょう。
電子図書館サービスの普及がついに始まる
主に「教育」という切り口での予想です。コロナ禍を受け、ようやく公共図書館向けにも電子図書館サービスが普及し始めています。電流協の調査によると、コロナ禍前の2019年10月1日時点では89自治体86館だったのが、1年後の2020年10月1日時点では114自治体111館と、これまでのペースに比べたら「急増」と言っていい状態になっています。
まだ数年はコロナ禍が続くという予想に立つと、これまで動きの鈍かった自治体も本腰を入れざるを得ないのではないでしょうか。さらに1年後の2021年10月1日時点で、200自治体を超えるくらいの成長を見せて欲しいものです。
大学など機関向けはすでに普及率がかなり高いので、今年こそ「児童生徒向けの電書供給が本格化」する、という予想もしておきましょう。GIGAスクール構想でハードウェアの導入は進んだので、あとはどう利活用するかというソフトウェアです。
電子図書館サービスの普及が進めば、図書館でのニーズが高い本は、紙版より電子版のほうが継続的にライセンス料が入ってくるようになるはず。だから、どんどん電子化して、電子図書館サービスにも提供しましょう。
映像コンテンツの需要がより高まる
ここ数年、この予想で挙げてきたオーディオブックなど音声コンテンツ関連の動向は引き続き要注目ですが、コロナ禍で巣ごもり需要が拡大している状況を踏まえると、聴覚だけでなく視覚にも訴える映像コンテンツの需要のほうが重要視されるのではないか、という読みです。
映像コンテンツには、「➀オンラインセミナー含む、映像そのものを販売する」「②無料映像で視聴者を集め、広告や投げ銭(スパチャ)で稼ぐ」「③無料映像を広報や広告に活用し、別のパッケージを販売する」など、さまざまなビジネスモデルがあります。
“もの書き”から“話し手”に?
たとえば➀では、東浩紀氏がインタビューで「これからの知識人は“もの書き”より“話し手”に変わっていく」と、動画配信プラットフォームの運営に力を入れていることについて語っていました。イベントスペース「ゲンロンカフェ」を活かした戦術で、都度課金と月額課金がある、というやり方が旨いと思いました。
②は、投げ銭文化が「Vtuber」界隈で定着した、というのが興味深いところ。③は、tiktokをきっかで生まれたヒットなど、ちょっとベクトルが異なる話になります。日本でも「書店向けウェブ商談会」というBtoB事例がありますが、中国ではBtoCのECである「ライブコマース」市場が急成長していることにも注目しておきたいところ。人気YouTuberとタッグを組んで、本をライブ映像で売る、という方向性も考えられるでしょう。
映像にもちろん編集や、演出、構図、照明、音響が必要
ただ、映像には表情とか声のトーンといった非言語手段で「わかりやすい」利点があるいっぽう、摂取に時間がかかるというデメリットもあるのが悩ましいところです。なるべく余計な情報を排除する「編集」作業とともに、演出、構図、照明、音響といった映像専門の技術も必要となるでしょう。
また、ライブ映像の配信にはどうしてもノイズ(余計な情報)が多くなりますが、そのぶん視聴者が配信者とリアルタイムでコミュニケーションできる、という魅力があります。ライブのアーカイブを残すのは簡単なのですが、それではライブの魅力を享受させられないのが悩ましいところです。
HON.jp News Blogは?
最後に、当メディアについて。コロナ禍を受け、2020年には大きな施策や変更をいくつも行っています。
コロナ休校対応の徹底記事化
2020年回顧でも書きましたが、まず3月から4月にかけて各社が行った、いわゆる「コロナ休校」対応の電子版期間限定無料公開事例を「すべて拾う」つもりで更新し続けました。2カ月間の合計で、200本超の記事を配信しています。関連記事は「COVID-19」をご覧ください。
しかしこのチャレンジを通じ、限界を覚えたのも事実です。正直、リソースは限られています。最新の事象を速報的に淡々と伝え続けることより、もっと論考・解説・意見などを優先すべきではないか、という思いが強くなりました。
コラム強化路線へ
そこで5月からは、自前で速報する優先度を下げ、コラム(解説やオピニオン)を強化する運営体制の変更を行いました。ただし同時に、TwitterとFacebookでは、他メディアの出版関連ニュースをキュレーションする運用を開始しています。
これは、週1回のメルマガにコラムを書くためには、どうしても日々の出版関連ニュースを追い続ける必要があるため、その副産物として取り組んでいることです。1日10~20本ほどを、淡々とシェアしています。10月からは、「日刊出版ニュースまとめ」という形で一覧記事にしています。自前で速報するよりは、リソースを食わなくなりました。
ニュース解説をライブ映像配信
また、2020年の年頭に予想した「音声コンテンツ市場の拡大」を自ら体験する目的もあり、1月からは試験的にニュース解説のポッドキャストを配信していました。しかしこれは、運営体制の変更と同時に一旦休止しました。
前述のように、これからは映像コンテンツの需要がより高まるという想定で、7月からは週に1回、ゲストを招いたライブ映像配信を開始しました。また、リアルイベントが開催できない代替として、ライブ配信終了後にZoomのオンライン交流会を開催しています。
運用型広告の停止
10月からは、運用型広告の掲載を止めました。現在は、予約型広告と記事広告のみを募集し、枠が空いているときは自社広告のみ配信する形にしています。これは、読者を不快にする広告の排除と、ページビュー争奪戦から身を引くためです。
不快広告の排除
これまで利用していた Google Adsense では「ブロックのコントロール」設定を用い、宗教、政治、性的表現などが含まれる「デリケートな広告カテゴリ」はすべてブロックしていました。さらに、「一般的な広告カテゴリ」も200近くブロックしていました。
しかしそこまでやっても、いわゆる「不快広告」がフィルターをくぐり抜けてくることがあります。そのため、「広告レビュー センター」を定期的にチェックし、個別にブロックしていました。そんな中、9月には気象庁ウェブサイトへの不適切広告掲載問題が起き、個別ブロック対応にも限界があると思うようになりました。
ページビュー争奪戦からの撤退
また、運用型広告の収入は、ページビューに比例します。ページビューを稼ぐには、更新頻度を上げる、長い記事を分割して表示する、ゴシップを追う、煽ったタイトルで釣るなど、さまざまな手法があります。ただ、私自身が読者の立場のとき不快に思うやり方は、当メディアでは採用したくありませんでした。
結果、2020年3月から4月の2カ月間はコロナ休校対応の特別体制で200本超の記事を配信し、非常によく読まれた記事が何本もあったにも関わらず、広告掲載の案内ページでも情報を公開しているように、月間20万ページビュー前後でした。「ここまでやってこれか」と、力が抜ける思いでした。
この程度のページビューだと、ぶっちゃけたいした収入にはなりません。きっと前述のような「やりたくない」手法以外にも、工夫の余地はあるのでしょう。しかし、2020年の年頭にも書いたように、記事の内容が「本(HON)のつくり手をエンパワー」しているかどうかのほうが重要です。コラム強化路線も、その延長上にあります。
そこで思い切って、運用型広告をやめることにしました。不快広告のブロック対応に追われずに済みますし、ページビューの多寡に一喜一憂せずにもいられます。
そんな非営利メディアをご支援ください
そんな非営利メディアを維持運営していくためには、むしろ賛助会員と寄付の募集に注力したほうが良いと判断しました。ご支援よろしくお願いいたします。