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HON.jp News Blog 編集長の鷹野が、2019年の年初に書いた出版関連動向予想を検証しつつ、2019年を振り返ります。
【目次】
2019年概況
まず、2019年の概況から。出版科学研究所が年末に発表した2019年通年の紙の出版物推定販売額は、1兆2400億円という予測になっています。コミックスを含む雑誌は5600億円前後、書籍は6800億円弱で、書籍と雑誌の販売額差は1200億円程度にまで広がっています。
雑誌市場のピークは1997年の1兆5644億円で、約3分の1に。書籍市場のピークは1996年の1兆0931億円で、約3分の2になっています。また、金額返品率は1月から11月の累計で書籍が35.9%(0.5ポイント減)、雑誌が43.3%(0.8ポイント減)と、2018年よりは改善しています。
なお、ここまでの数字はすべて伝統的な紙の出版物の話であり、電子出版の数字は加味されていません。出版科学研究所推計の2019年電子出版市場は例年、1月25日ごろに発表されます。なお、2018年の電子出版市場は2479億円(対前年比11.9%増)で、うち電子コミックは1965億円(同14.8%増)、電子書籍(文字もの)が321億円(同10.7%増)、電子雑誌が193億円(同9.8%減)でした。
また、2018年のコミック市場は、紙が6.6%減の2412億円なのに対し、電子は14.6%増の2002億円で、電子の市場占有率は44.9%に達していました。この数字が昨年2月25日に発表された時点で、私は「恐らくこのままいけば2019年には逆転するものと思われる」という予想をしたのですが、果たしてどうなるか。結果が明らかになるのは2カ月後です。
年初にはこんな予想をしていた
続いて、私が年初に予想していた2019年の動きについて。挙げたのは以下の5つです。
- メディア自体の信頼度がより一層問われるようになる
- 既刊も含めた書籍の電子化率が高まる
- マンガ表現の多様化が進む
- 学校や図書館向けの電書供給が本格化
- オーディオブック市場の拡大が本格化
メディア自体の信頼度がより一層問われるようになる
主に「雑誌」という切り口での予想でした。過去に予想した「雑誌のウェブ化(紙から電子へのメディアチェンジ)」「ウェブの雑誌化(信頼性向上と見た目の美しさ)」「人材の移行」といった傾向はもはや当たり前で、キュレーション問題やフェイクニュース問題を経て、紙であろうとウェブであろうと、個々のメディアの「信頼度」が強く問われるようになっています。
公益財団法人新聞通信調査会によるメディアに関する全国世論調査によると、2019年の各メディアの情報信頼度は、NHK 68.9点(1.9点減)、新聞 68.9点(0.7点減)、民放TV 62.9点(±0)、ラジオ 56.2点(1.0点減)、インターネット 48.6点(0.8点減)、雑誌 41.8点(1.3点減)と、横ばいの民放TVを除き、どのメディアも信頼度を落としています。世間のメディアに対する視線が、より厳しさを増していると言えるのではないでしょうか。
なお、同調査では新聞の信頼感が「低くなった」と答えた理由として、「特定の勢力に偏った報道をしているから」を挙げる人が53.9%と、昨年度調査より7.2ポイントも増加している点が興味深いです。恐らく、党派問わずと思いますが、ちょっと偏向しすぎていると感じている人が増えているということなのでしょう。
関連トピックとしては、ネットメディアの健全な発展をめざす「インターネットメディア協会(JIMA)」が設立されたことが挙げられます。代表理事にはスマートニュースメディア研究所の瀬尾傑所長が選任。 設立趣旨には “私たちは情報にとって「信頼性」こそが命だと考えます”という一文があります。
既刊も含めた書籍の電子化率が高まる
主に「書籍」という切り口での予想でした。機械学習で精度を高める「AI-OCR」の登場などにより、過去の文字モノの電子化がもう少し進むであろう、という読みでした。1年前の時点でわかっていた状況としては、論文「日本における電子書籍化の現状:国立国会図書館所蔵資料を対象とした電子書籍化率の調査(PDF)」(安形輝・亜細亜大学/上田修一・元慶應義塾大学)があります。これによると、2017年の新刊電子化率は36.8%だったそうですが、コミックスはすでに8割を超えているので、コミックス以外は4分の1程度という状況でした。
この論文に続く調査を自分でもやってみようと思ったのですが、ちょっと手が回らず。とほほ。J-STAGEで検索してもこれより新しい調査は見当たらないため、2018年や2019年の新刊はもちろん、既刊がどうなっているかも状況が把握できていないのが現状です。紙の新刊が出た年月日と、電子版の配信年月日には、サイマル配信以外にはズレがあるはずなので、できれば推移で追いたいのですが。どなたか手伝っていただけませんか。
関連トピックスとしては、活版や写植時代の岩波新書青版・黄版100タイトルが初めて電子化された「岩波新書eクラシックス100」や、イーストがPDFから構造化テキストを抽出しリフロー型EPUBに変換するクラウドサービス「EPUBpack」の提供を開始したことなどが挙げられます。
マンガ表現の多様化が進む
主に「マンガ」という切り口での予想でした。紙面を前提とした「コマ割り」や「見開き」というマンガ表現が今後も主流ではあるものの、縦スクロール(ウェブトゥーン)表現や、絵の一部が動くようなリッチ表現、自動で遷移する動画表現など、表現手法の多様化が進むであろう、という読みでした。
トピックスとしては、「めちゃコミック」がウェブトゥーン作品の配信を開始したり、「BookLive!」がボイジャー「BinB」の縦スクロール閲覧機能に対応など、多少の動きはありましたが、思っていたほどではなかったというのが正直なところです。
変わり種としては、海賊版対策で講談社が「カードキャプターさくら クリアカード編」を雑誌発売前にYouTubeで動画として配信する、という動きがあります。発売直後のマンガ雑誌をYouTubeにアップする海賊版は、消しても消しても後を絶たないようで、ニーズがあるなら正規版として配信するというのも手だと思います。マンガ動画の公式配信は以前から試みられていますが、これも新たな表現技法に加えてもいいかしら?
学校や図書館向けの電書供給が本格化
主に「教育」という切り口での予想でした。学校教育法など一部改正や、マラケシュ条約批准や読書バリアフリー法の制定に後押しされ、小中学高等学校向けや、公共図書館向けの電子図書館サービスがもっと普及していくだろうという読みでした。
6月に開催された教育ITソリューションEXPOを取材しましたが、デジタル教科書・教材の配信システムなどが多く展示されていました。一番印象に残ったのはグーグルで、「Google for Education」「G Suite for Education」「Chromebook」「Google Classroom」などの展示と説明会に非常に力が入っていました。
なお、年末に文部科学省から発表された「GIGAスクール構想」では、「米国の300ドルパソコンを念頭に、大量調達実現を含めて、5万円程度の価格帯」と明記されており、恐らくChromebookかiPadになるだろうと思われます。児童生徒学生向けとしては、必要十分な機能を兼ね備えているとは思います。個人的には、ATOKが使えないのが辛いところではありますが。問題は、教える側がどこまで対応できるか? でしょう。
公共図書館向けは、2019年で86館89自治体と、まだまだ少ないもののじわじわ伸びています。2020年に100館100自治体を超えるかどうか。ちなみに図書館総合展では、公共図書館向けと学校図書館向けが同時に提供され連携している岐阜県関市や大分県の事例が紹介されていました。また、熱海市立図書館でも学校と連携し、朝読書に電子図書館を活用するなど、図書館と学校の連携という動きが今後広がっていきそうです。
オーディオブック市場の拡大が本格化
オーディオブック市場というより、オトバンクの動向に注目した予想です。アマゾン傘下の「Audible」には2015年から、「Google Play ブックス」「Apple Books」「Reader Store」には2018年からコンテンツ提供を開始しており、マラケシュ条約批准や読書バリアフリー法の制定に後押しされ、2019年にはもっと他でも配信が始まるだろうという予想をしていました。
実際のところ、絵本ナビとの連携やKCCSの図書館システム「ELCIELO」との連携や東京ガスと共同開発の音で遊べる絵本アプリ「みいみ」のリリースといった動きもありつつ、高速バスの WILLER EXPRESS とのコラボや、コナミスポーツクラブとの事業提携など、リアルとの接点を増やそうとしている動きも目立ちました。会員数は100万人を突破、新規登録者数は前年比3倍と急増。オーディオブックのリーディングカンパニーとして市場を牽引しています。
その他の大きな動き
大手出版社、デジタルや版権売上の大幅伸長で好業績
決算なので、どちらかというと2018年が中心の動きとなります。講談社が3年連続増収で純利益は63.6%増だったり、小学館が4期ぶりの黒字決算だったり、集英社が最終利益98億円超だったり、KADOKAWAは連結で赤字だけど、デジタルを含む出版事業は好調だったりと、大手出版社はいずれもデジタル売上の大幅伸長で好業績を残しています。牽引しているのは、マンガや版権です。
ダウンロード違法範囲拡大をめぐる攻防
海賊版対策で2018年に大騒ぎとなり、断念されたブロッキング法制化。それと並行して議論されてきたダウンロード違法範囲拡大と、以前から議論されていたリーチサイト規制を盛り込んだ著作権法改正案が、通常国会への提出直前まで進んでいました。ところが、違法アップロードだと知っていたらスクリーンショットでさえ違法になってしまうことから、日本漫画家協会や出版広報センターからも改善提案声明が出され、通常国会への提出ギリギリで見送りという事態に。
私は、ブロッキング法制化とは異なり、これは既定路線だろうと思っていたのですが、年末年始に募集されたパブリックコメントでも指摘されていた懸念が、蓋を開けてみたら考慮されていないことが判明。なぜそれを強行しようとするのか、不思議に思ったほどでした。
結局、パブリックコメントを募集し直し、改めて議論が進められています。私も、パブリックコメントが再募集されたタイミングで「権利保護と権利制限のバランスが重要だ」という解説コラムを書きました。公聴にも行きましたが、だいぶ穏当なところへ着地しそうです。
ノベルサービス戦争勃発
2019年に新規で開始されたのが、講談社「セルバンテス」、LINE「LINEノベル」、スターツ出版「ノベマ!」、ホビージャパン「ノベルアップ+(プラス)」、クリーク・アンド・リバー「ポルティ」、集英社「TanZak」、博報堂・Link-Uの「まいどく」、ヨムト「ヨムト」など。書店、投稿サービス、連載配信、チャットノベル、あるいはこれらの組み合わせなど、同じノベル系サービスでも形態はさまざまです。
また、既存サービスも、「ノベルバ」が「LINEノベル」同様の「待つと無料」方式を開始したり、チャット小説アプリ「peep」がリリース1年半でプレミアム会員1万人を突破したり、カクヨムが広告収益の分配を受けられるロイヤルティプログラムを開始したり、ブックウォーカーで「角川文庫・ラノベ読み放題」が提供開始されたりと、動きが活発です。
なお、集英社「TanZak」の担当者がCNETのインタビューで「恐らく2019年は”デジタルノベル元年”になるでしょう」とコメントしていたのが印象的でした。
ブロックチェーンが出版業界にも
経産省が、二次創作物の著作権や利益分配をブロックチェーンで管理する技術的要件定義をまとめて報告したり、ブロックチェーン活用コンテンツを支援する補助金を出したりと、積極的に動いています。
そういった中、メディアドゥがブロックチェーン活用の電子書籍流通基盤の実証実験を完了したり、デジタルコンテンツの中古販売で出版社にも収益還元するアソビモ「DiSEL」に昭文社やサンマーク出版など出版社約50社が参加したり、TARTとナンバーナインがマンガ権利売買サービス「CANDL」の実証実験を開始したり、ワコムとスタートバーンが自筆サイン×ブロックチェーンで作品の権利保護と流通基盤の構築を開始したり、実業之日本社が「マンガ図書館Z」で正規品を示す電子署名による海賊版対策の実証実験を開始したりと、出版業界でもブロックチェーン技術を活用したサービス展開が活発になりつつあります。
Microsoftよ……
2018年の末に、Microsoft EdgeがChromiumベースに移行することが発表されていて、EPUB対応などどうなるか注視していたのですが……まず、アメリカで2017年4月にスタートしたばかりのEブックストアをたったの2年で撤退。全額払い戻しという救済措置なのは救いですが、それでもこれだけ短期間での撤退では「だから電子書籍は信頼できないんだ」的な批判をされても当然でしょう。
そして、8月にはEPUBサポートを終了するというお知らせが。覚悟はしていましたが、自前のブラウザエンジン開発をやめる、ストアもやめるとなると、EPUBサポートをやめるのも自然な流れではあります。なお、Windowsローカル環境で利用できる、ストアと紐付いていない純粋なEPUBビューアだと、BPSの「超縦書」あたりが代替になるでしょう。
2020年はどんな年に?
さて、2019年ももうすぐ終わり。2020年はどんな年になるでしょうか? 毎年恒例の、動向予想をお楽しみに。それではよいお年をお迎えください。