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新年あけましておめでとうございます。
2020年も HON.jp News Blog をどうぞよろしくお願いいたします。
毎年恒例、編集長 鷹野凌による出版関連の動向予想です。
【目次】
2019年の予想と検証
2019年正月の予想は以下の5つ。自己採点の結果を右端に付けておきました。
- メディア自体の信頼度がより一層問われるようになる → ○
- 既刊も含めた書籍の電子化率が高まる → △
- マンガ表現の多様化が進む → ×
- 学校や図書館向けの電書供給が本格化 → △
- オーディオブック市場の拡大が本格化 → ○
検証の詳細は、大晦日の記事をご覧ください。過去の予想と検証は、以下の通りです。
マクロ環境分析
こういった現状を踏まえた上で、2020年以降の出版を取り巻くマクロ環境をPEST分析します。
政治的環境(Political)
- アメリカとイランの対立激化(本稿執筆時点で戦争勃発直前)
- トランプ大統領弾劾裁判(2020年1月から?)
- イギリスが欧州連合を離脱?(2020年1月末までに確定)
- 自衛隊を「調査・研究」目的で中東地域へ派遣(2020年2月上旬から)
- 東京都知事選挙(2020年7月5日)
- アメリカ大統領選挙予定(2020年11月3日)
- リーチサイト規制とダウンロード違法範囲拡大の著作権法改正(2020年度)
- アメリカ大統領就任式(2021年1月20日)
- 安倍総裁任期満了(2021年9月25日)
- 衆議院任期満了(2021年10月)
- 参議院議員通常選挙(2022年7月)
- アメリカと中国の対立傾向
- 日中韓の関係冷え込み傾向
- カジノ汚職事件のゆくえ
昨年6月に勃発したホルムズ海峡タンカー攻撃事件を受け、政府は年末に「調査・研究」目的とした自衛隊の中東派遣を閣議決定。すると年明け早々、アメリカがイラン司令官を殺害、イランは報復措置を検討という、戦争一歩手前の動乱が勃発しました。
イラン司令官の殺害を指示したトランプ大統領は、上院での弾劾裁判を控えているのと、11月には大統領選挙があります。いわゆる「ウクライナゲート」と対イランの強硬姿勢が、アメリカ国民にどう評価されるのか。また、イギリスの「ブレグジット(EU離脱)」がどうなるかも目が離せません。
オリンピック前には東京都知事選挙があります。現職の小池百合子知事はまだ態度を明らかにしていませんが、恐らく再選を目指して立候補する可能性が高いようです。野党は共闘方針、自民党は都連が独自候補擁立方針と、割れています。東京都政は国政にも大きな影響があるので、こちらも注目です。
法改正が必要な海賊版対策では、ブロッキングの法制化は断念。リーチサイト規制とダウンロード違法範囲拡大の著作権法改正案は、2019年度の国会提出は見送りになりましたが、恐らく以前の案より緩和した形に着地し、2020年度には成立するでしょう。「写り込み」の権利制限規定も同時に、より利用しやすいものへ変わることになりそうです。
著作権法関連では、第35条(教育目的)の授業目的公衆送信補償金等をめぐって、出版関連団体の公開したガイドラインが取り下げになるという騒動が起きています。法律ではない「ソフトロー」の策定プロセスにも、目を配っておく必要があるようです。
経済的環境(Economic)
- 東京オリンピック聖火リレースタート(2020年3月から)
- コミックマーケット98がゴールデンウィークに繰り上げ開催(2020年5月2日から5日)
- 東京オリンピック開催(2020年7月24日から8月9日)
- 東京パラリンピック開催(2020年8月25日から9月6日)
- 所沢市とKADOKAWAの「ところざわサクラタウン」グランドオープン
- マイナンバーカードとスマホ決済による25%還元の「マイナポイント」制度開始予定(2020年9月?)
- ヤフー親会社のZホールディングス(以下、ZHD)とLINEが経営統合(2020年10月ごろ?)
- アイドルグループ「嵐」活動休止(2020年12月31日)
- 中国北京冬季オリンピック開催(2022年2月4日から20日)
- 消費税率10%の悪影響
- 物理メディア販売ビジネスの縮小傾向
- 伝統的出版市場(とくに雑誌)の縮小傾向
- 電子出版市場(とくにマンガ)の拡大傾向
- インターネット広告市場の拡大傾向
- 物流コストの上昇傾向
- 同人誌市場の拡大傾向
- サブスクリプションの拡大傾向
中東地域で今後もし戦争ということになれば、いや、戦争が起きなくても、ホルムズ海峡封鎖という事態に陥れば、原油供給が滞り価格が高騰することが予想されます。経済的にも、まったく予断を許さない状況です。
また国内では、東京オリンピックへ向けて行われてきた都市開発や投資がひと段落。聖火ランナーが走り始めたころから、マスメディアは東京オリンピック一色に染まるでしょう。お祭り騒ぎが終わって熱が冷め、我に返ったときどうなるか。昨年10月に浴びせられた消費税10%という冷や水が、今後の景気にどれほど悪影響を及ぼすかとても気がかりです。
昨年11月に発表されたZHDとLINEの経営統合で、両社に存在するサービスがどうなるか。しばらくは併存するでしょうが、いずれ統合されるでしょう。ニュース、メッセージ、決済などさまざまな方面に影響がありそうです。出版に直接影響するところでは、「ebookjapan」「LINEマンガ」「LINEノベル」あたりの戦略が、今後変わっていくことが予想されます。
社会的環境(Social)
- 「GIGAスクール構想」に基づく児童生徒への端末と学校への通信環境整備(2020年度)
- 「大学入試センター試験」に代わり「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」の導入・実施予定(2021年1月)
- 東日本大震災から10年(2021年3月)
- アメリカ同時多発テロから20年(2021年9月11日)
- 沖縄返還から50年(2022年5月)
- 少子高齢化傾向
- 生産年齢人口の減少傾向
- 日本語人口の減少傾向
- 図書館含む教育予算の減少傾向
- 外国からの労働者受け入れ拡大へ
- 排外主義の高まり
大学入試共通テストでの記述式問題導入見送りは、当事者である高校生だけでなく、準備を進めてきた学参系出版社にもダメージを与えているようです。実は当メディアにも、過去記事を参考書の例文として使わせて欲しいという依頼があったのですが、しばらく凍結になりそう。とほほ。
しかし、年末に文科省から発表された「GIGAスクール構想」は、社会的インパクトが非常に大きいことになりそうです。児童生徒1人1台に端末を整備し、高速大容量で多人数同時接続可能な無線LANと電源キャビネットの整備を、2020年度末までに行うという急な話。もちろん学校以外での利用も進むでしょうから、児童生徒を取り巻く環境は激変するでしょう。親や教師も必死でついていかねば、あっという間に取り残されることになりそうです。
なお、令和元年度補正予算で2318億円投入される予定ですが、端末の標準仕様は「米国の300ドルパソコンを念頭に、大量調達実現を含めて、5万円程度の価格帯」とのことなので、実用性を考えると恐らくアメリカと同様にChromebookが採用される可能性が高いものと思われます。数年で時代遅れになることを思うと、必要充分でしょう。iPadでも廉価版ならいけますが、キーボードをどうするかがネックになりそう。いずれにしても、提供サービスはモダンブラウザでの安定稼働がマストです。
技術的環境(Technological)
- Windows 7の延長サポート終了(2020年1月14日)
- 第5世代移動通信システム(5G)のサービス開始(2020年春)
- Office 2010の延長サポート終了(2020年10月13日)
- QRコード決済など少額決済手段の普及
- デジタル化、ネットワーク化、モバイル化のさらなる進展
- アドブロックの普及傾向
- AI技術による文字認識、翻訳、着色など、コンテンツ関連技術の飛躍的発達
- ブロックチェーン、機械学習、VR / AR技術 …… etc.
Windows 7の延長サポートが終了、なのですが、企業向け(ProfessionalとEnterprise)は移行措置として有償サポートが2023年1月まで受けられます。その発表は昨年10月のことでしたから、恐らく多くの企業や学校がまだWindows 7のままなのでしょう。私がいま教えに行ってる大学は3校ありますが、1校だけまだWindows 7でいろいろ難儀しています。学生が可哀想。有償サポートは年々高額になっていくため、さすがにそろそろ本格的な移行が始まると思われます。
また、現行のLTEの100倍の転送速度を実現すると言われている次世代型移動通信システム5Gは、今年の春に商用サービスが始まる予定です。大容量の通信を必要とする映像や音声コンテンツ・ゲームなどがより利用しやすくなるのはもちろん、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの新技術、ライブ配信などの在り方も変わってくるかもしれません。
キャッシュレス決済の利用者は増税後に急増しているようで、昨年11月7日に行われたインフキュリオン・グループの調査によると、昨年3月時点の11.6%から、35.7%に拡大しているそうです。QRコード決済は乱立気味でしたが、同調査によると「PayPay」63.8%、「LINE Pay」29.6%、「楽天ペイ」28.8%、それ以下は20%未満という結果に。ZHDとLINEの経営統合で、ほぼ趨勢は決まったのではないかと思われます。導入コストも決済コストも圧倒的に低いため、小売店側にとって大きなメリットになります。
2019年回顧の記事でも触れましたが、いよいよ出版業界でもブロックチェーン技術が試され始めています。まだ実証実験段階のものも多いですが、海賊版対策やDRMによる囲い込み問題の解消など、さまざまな状況の変化が期待されます。電子取次最大手のメディアドゥホールディングスが、2020年中のリリースを目指して開発を進めているブロックチェーンを活用した新たなプラットフォームがどのようなものになるか、要注目です。
2020年には何が起こる?
これらを踏まえた上で、2020年にはどんなことが起こるか、予想してみました。以下の5点です。
- 出版社系ウェブメディアの逆襲
- 書き手争奪競争の激化
- マンガの輸出入がより活発に
- 児童生徒向けの電書供給が本格化
- 音声コンテンツ市場の拡大
出版社系ウェブメディアの逆襲
主に「雑誌」という切り口での予想です。
紙の雑誌は撤退戦ですが、ウェブメディアは攻勢です。電通が毎年発表している「2018年 日本の広告費」で、インターネット広告媒体費は約1兆4480億円でした。「マスコミ四媒体由来のデジタル広告費」は582億円とまだ小さいですが、そのうち「雑誌デジタル」は337億円と比較的大きな割合を占めています。紙の雑誌広告費1841億円と比べても、かなりのものです。今年はこの傾向がさらに加速するでしょう。
実際、月間2億PV前後で推移している「東洋経済オンライン」や、月間3億PVを超えた「文春オンライン」の広告メニューを見ると、紙と比べてもあまり遜色のない値段が付くようになっています。「2019年 日本の広告費」で「雑誌デジタル」がどれだけ伸長しているか、いまから楽しみです。
なお、東洋経済オンラインも文春オンラインも、自社だけの純PVが、Yahoo!などの外部配信を大きく上回っています。ニュースアグリゲーターだけに依存せず、自らのネタを自らのメディアで配信し読者を集める体制を確立したと言えるでしょう。こうなると、自前でコンテンツの作れる出版社が強い。
昨年挙げた「信頼性」という面からも、変なまとめブログなどに広告出稿することが広告主にとってリスクとなるいま、恐らく雑誌系ウェブメディアが選ばれる率が高まっているのではないでしょうか。まさに「出版社系ウェブメディアの逆襲」です。
書き手争奪競争の激化
主に「書籍」という切り口での予想です。
2019年回顧の記事でも触れましたが、2019年には各社から新規のノベルサービスが次々投入されており、既存サービスの動きと合わせ、戦国時代の様相を呈しています。これは読者の争奪競争と同時に、書き手の争奪競争でもあります。
2019年には「カクヨム」で広告収益の分配が受けられるロイヤルティプログラムが開始しました。マンガ系サービスと同様、文字モノでもそういった「書き手にちゃんと対価で報いる」形での囲い込み傾向が、より強くなってくるはずです。
また、書かせてダメならポイ捨て、はい次、みたいなやり方では持続性がありません。他の分野へ逃げてしまい、いずれ誰も寄りつかなくなるでしょう。デジタルや版権で儲かっている大手出版社は、マンガ以外の次世代クリエイターを育てることに、もっと目を向けて欲しいと思います。「発掘」だけでなく「育成」にも注力すべきときではないでしょうか。
なお、ノベルサービス系で個人的に気になっているのが、紙では縦書きの作品を、スマホ向けに横書きに変えて展開するサービスと、縦書きのままで展開するサービスに分化している点です。スマホネイティブ世代は、横書きのほうが読みやすいのかもしれません。しかし、日本語は古来縦書きが主流だったことから書籍も縦書きが多く、昔からの本読みは縦書きのほうが読みやすいでしょう。
昨年末にはCSS Writing Modes Level 3がW3C勧告になり、縦書きが正式にウェブでの国際標準仕様となりました。すでに主要なブラウザには実装されていますが、いかんせん難易度が高い。自分でも試してみましたが、自動段組みしたときボックスから要素がはみ出してしまったり、ブラウザによって見え方が異なったりと、なかなか思ったようなレイアウトにできませんでした。まだ仕様が固まっていない部分もあり、まだ「CSSハック」が必要な状態のようです。もうちょっと簡単に実装できるようになるといいのですが。
なお、投稿サービスでは「小説家になろう」は縦書きPDFの提供という形で対応、KADOKAWA「カクヨム」や「pixiv小説」はブラウザ表示のまま縦組みへの切り替えが可能という形で対応しています。読者が任意で切り替えられるのがいいですよね。
マンガの輸出入がより活発に
主に「マンガ」という切り口での予想です。
集英社「Manga Plus by SHUEISHA」がJEPA電子出版アワード2019でエクセレント・サービス賞を受賞しました。これは、週刊少年ジャンプ連載タイトルの最新話が、全世界を対象(日本、中国、韓国を除く)に、日本と同時に無料で読めるサービスです。英語とスペイン語に対応し、次はタイ語の予定。
海外向けのサービスなのに、日本でも話題になり受賞にまで至ったのは、恐らく11月に開催された「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(IMART)」の特別講演のインパクトが強かったからでしょう。会場には、他の出版社の方々も大勢いたようです。
正規版を世界同時にリリースすることで、いわゆる「ファンサブ」海賊版へ対策するのと同時に、海外読者の反応もリアルタイムで把握でき、国や地域ごとのライセンス展開をきめ細かくしたり、営業もかけやすいというメリットがあるそうです。こういう成功事例が開示されたことで、他にも続くところが出てくることでしょう。
逆に、中国や韓国、東南アジア系でもマンガを描く人は増えています。とくに中国の「テンセントコミック」はすでにMAUが1億2000万人を突破しており、アニメやゲームなどへの展開もワンストップでできる体制が生まれているでそうです。小説『三体』のように、海外で大ヒットしたマンガが、日本へ輸入されヒットする日も近いかもしれません。
児童生徒向けの電書供給が本格化
主に「教育」という切り口での予想です。
文科省「GIGAスクール構想」により、これから児童生徒のICT端末が、本当に1人1台レベルで普及することになります。端末が普及すれば、市場も拡大します。ベネッセ「電子図書館まなびライブラリー」や「学研図書ライブラリー」といった既存サービスはもちろん、新サービスや、児童生徒向けの書籍出版社にも追い風です。
公共図書館向けの電子書籍配信サービスも、学校との連携事例が出始めています。図書館の無い自治体で、タブレット図書館を展開する動きもあります。児童生徒にICT端末が普及すると、結果として公共図書館でもニーズが高まり、電子図書館の普及も拡大していくのではないかと予想します。
ところが昨年末、楽天が OverDrive を手放したニュースが話題になり、日本でのサービス展開は今後どうなるかが注目されています。ただ、大原ケイ氏に解説いただいたように、KKRはただの投資会社ではなく、代表のリチャード・サーノフ氏も出版とは縁の深い人物です。
また、日本での電子図書館事業は元々メディアドゥとの提携で展開されている事業なので、株主が楽天からKKRに変わったところで、よほどのことがない限りいきなり撤退みたいな事態には陥らないのではないかと予想します。本件については新しい情報が入り次第、追加の解説記事を配信する予定です。
音声コンテンツ市場の拡大
オーディオブック関連でオトバンクの動向はもちろん引き続き要注目ですが、最近また流行り始めた「Podcast」や、ボイスメディア「Voicy(ボイシー)」「Himalaya(ヒマラヤ)」など、音声コンテンツ全般の動向にも注目です。アドテクの進化により、音声広告によるマネタイズが以前よりやりやすくなってきているようです。
なお、昨年11月27日に行われたイベント「音声とメディア・広告の未来」によると、アメリカでのデジタルオーディオ広告はすでに2400億円を突破しており、日本でも200億円から300億円くらいの市場ポテンシャルがあると見られているそうです。
また、中国ではアクティブユーザー6億人という桁外れな音声プラットフォームに成長した「Himalaya」(日本法人の名称は“シマラヤ”)は、日本でも昨年「絵本ナビ」と提携して有料配信を始めており、今後の動向に注目です。
HON.jp News Blogは?
最後に、2020年の当メディアについて。もともと私がデジタル出版を中心に追いかけていたライターだったことや、前身の「hon.jp DayWatch」がデジタル出版専門メディアだったこともあり、事業を継承して「HON.jp News Blog」となったいまでも、デジタル出版関連の情報が多いメディアとなっています。
この傾向は、2020年も変えないつもりです。ただ、NPO法人HON.jpは「本(HON)のつくり手をエンパワーする」ことを事業目的としており、もちろん「HON.jp News Blog」もそのためのメディアとして位置づけられます。今後も、デジタルに限らず、海外情報も含めた、出版全般を扱っていくつもりです。
その上で、記事の内容が「本(HON)のつくり手をエンパワー」しているかどうかは、自らに対し常に問い続けたいです。苦境を伝えるだけ、ダメなことを指摘するだけ、糾弾するだけ、というのは関係する人々の力を削ぐこと。マイナスのパワーを与えることになってしまいます。
悪いことを伝えない、というわけではありません。悪い中でも良い部分を探す。悪いことを良くするための方法を探す。また、事象を反対から捉えるとどうなのか。切り口を変えたらどうなるか。常にそういう観点で、物事を伝え続けたいと思います。
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