楽天からオーバードライブを買ったKKRのリチャード・サーノフ氏は何者でどういう意図なのか?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

Rakuten OverDrive公式サイトには現時点でなにもお知らせが出ていない
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 楽天が12月25日に、電子図書館サービスで世界最大手のオーバードライブ社をKKR(コールバーグ・クラヴィス・ロバーツ)に売却したニュースについて、大原ケイ氏に解説いただきました。

米メディアでは主語が逆転している

 「楽天、電子書籍配信の米オーバードライブを売却、約400億円計上」という、このニュースを「三木谷さんが以前買収した会社を転売してしこたま儲けたようだ」ぐらいに思っているのなら甘い。実はこれ、今後Eブックの貸し出しによって世界中の図書館における「知のインフラ」が大きく変わってくるよね、というデカイ話です。そして世の中不況だからとちまちまと図書館の予算を削っている日本は、またしてもそこから取り残されちゃうんじゃないの? という不安なニュースだったりもします。

 クリスマス後にようやくこのニュースを報道し始めた米メディアを見ると「KKRがオーバードライブを楽天USAというところから買った」と、主語が逆転していて笑っちゃいました。日本のマスコミは、リリースにあった「Aragorn Parent」が何者で、どういう意図でオーバードライブを買ったのか、とんと見当もつかないらしい。

 Aragorn などと「指輪物語」のヒーローの名前をつけてみました、というのはKKRが数多ある買収企業のプロジェクトにとりあえず付けるただの呼び名で、この買い手の代表者が「リチャード・サーノフ」というところがキモ。そして拙著『ルポ 電子書籍大国アメリカ』の63ページを読むと、

米出版業界を俯瞰する男

 グーグルに対する訴訟を起こした原告グループに入っている全米出版社協会の理事長を務めるリチャード・サーノフは、業界最大手ランダムハウスでコーポレート・ディベロップメント、つまりは経営企画を担当しているエグゼクティブだ。

という出だしの章があり、

 要するに、たかが一介の出版人と侮るなかれ。これ以上はない規模で「マス」メディアを見つめてきた男なのである。

って書いてますね。

『ルポ 電子書籍大国アメリカ』
Kindle版『ルポ 電子書籍大国アメリカ』ではNo.599のあたり
(この新書、来年刊行10周年なのですが、米出版業界の全体像を掴むにはまだまだ有益な内容もあるかと最近読み返してみて思いました。自己宣伝オワリ)

 その後の10年で、サーノフ氏はランダムハウスからその親会社であるドイツ資本のメディアコングロマリット、ベルテルスマンのデジタルメディア投資部門に移り、アメリカ人として初めて理事会に名を連ね、2011年からはLBO投資で知られる最大手KKRに籍を置いているのでした。

 「籍を置いている」と書いたのはサーノフ氏は元々アメリカのメディア王一家の御曹司なので、KKRにいても投資で儲けることなんかあまり関心がなくて、出版業界の「まとめ役」としてグーグルと交渉したり(ちなみに2009年に、米出版人賞というのを贈られている)、次なるデジタルメディアがどうなるかを見極めている人だと思えるから。

アメリカの図書館では4館に1館が年間3万ドル以上をEブックの購入に充てている

 というのも2019年、アメリカのEブック界隈から聞こえてくるのは、図書館向けEブックの卸値などの料金体系ですったもんだと揉めているニュースばかりでして。詳しいことは HON.jp に以前書いたコラムをお読みいただくとして、既にアメリカの図書館の94%ではEブックが貸し出されており(学校図書館は56%)、4館に1館が年間3万ドル以上をEブックの購入に充てているという実態があります。

 すったもんだしたのは、大手出版社「ビッグ5」のうち、これまでにもアマゾンと卸値のことでケンカをしては「買う」のポチボタンを外される、などというバトルを繰り返してきたマクミラン社のジョン・サージェント氏(こちらも2代目社長なので威勢がいいのかも)が、最初から図書館にEブックを売っちゃうと、Eブックが売れなくなるからしばらくは1冊だけね、という通告をしたんで、図書館の司書さんたちや図書館団体が猛抗議しているわけです。

 で、この騒ぎの裏のラスボスって誰だと思います? それがアマゾンなんですよ、奥様。というのも、図書館でEブックが無料で利用できる(でもちゃんとそれなりに出版社の売り上げにはなる)体制が整ってきた中で、ひとり指をくわえて傍観せざるを得ないのがアマゾンだからなんですね。

 なにしろ、Eブックを買ってもらってナンボという商売に力を入れてますからね。しかもアマゾンが大量に売っているセルフ・パブリッシングのいわゆるインディペンデント著者の本はあまり図書館に置いてもらえてない。そこで、かつては散々ケンカしてきたサージェント氏に「ほ〜ら、図書館のEブック貸し出しプログラムが充実してきたから、おたくのEブックの売り上げが減ってますよ」という風に見えるデータを渡してそそのかしたらしい。

出版社側との交渉が、KKRならできそう

 図書館にEブックを提供しているオーバードライブとしては、ここできちんと「そんなことないですよ」と出版社側ときっちり交渉して、誰もが損をしない料金体系を作っていきたいところ。そして、楽天にそれができなくて、KKRならできそうだというのも、サーノフ氏、昨年はKKRでRBメディアという会社を買収してるんですが、ここはオーディオブック製作と配信をやっていて、つまりここと合わせれば図書館向けにEブックとオーディオブック両方の提供ができるようになるわけです。

 自宅に居ながらにして誰もが地元図書館からEブックを借りたり、オーディオブックを聞いたりできる。そして「あ、これいいな」と思えたらそこからまたボタンひとつポチるだけで好きなフォーマットでの購入もできる。たぶんサーノフ氏が思い描いている「知のインフラ」はこんな感じなんだと思います。

 KKR側のリリースでもはっきり「利用者が多様なEブックやオーディオブックを借りられるサービスを図書館や学校に提供し、一方で多様なアクセスモデルを通して、著者や出版社にも報酬がある」のがオーバードライブのサービスだと言っています。

 アメリカでは、日本のように図書館が人気のある本を置くとみんなが本屋で本を買わなくなるので出版社が損をする、ということは誰も言い出したことがなくて(今回のサージェント氏以外)、その理由の一つとして、図書館向けと書店向けでは、製本、卸値、取次が別になっているから、というのもあるんですが、Eブックやオーディオブックにしても、利用客が図書館で無料で本を読んだり聞いたりすることは、欲しい本が見つかるという「ディスカバラビリティー」に貢献することだという共通認識があるからでしょう。

 日本でも今年、読書バリアフリー法が成立したんで、知のインフラとしての図書館が実現するように頑張ってもらいたいものです。

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この記事の著者について

About 大原ケイ 257 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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