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多くの公立図書館で、図書館カードを持つ地元住民であれば、紙の本と同様にEブックを借りることができる。あるいはわざわざ図書館に足を運ばなくともEブックが読める……こういう環境が整いつつあるアメリカは、日本より数歩先を歩んでいるかもしれない。
だがその道はまっすぐで平坦なものではなく、紆余曲折があり、出版社に支払われる対価から、何を持って地元住民であることを確認するのか、どの企業が提供する何のシステムを使うのかが試行錯誤され、公立図書館のミッションである「利用者全てに対して公平である」ことの着地点を模索している段階だ。
先日、ビッグ5出版社のひとつであるマクミランが図書館レートの見直しを図ったことが、なぜか日本のマスコミで、図書館のEブック貸し出しが出版社の売り上げに影響があるかのように書かれていたが、おそらくウォール・ストリート・ジャーナルのジェフリー・トラクテンバーグ記者が(ようやく)この図書館向けEブックの値段設定問題をとりあげたからだろう。
だが、当該記事冒頭の「図書館利用者の間で人気が高まっているデジタル図書貸出アプリが、出版社の売り上げをむしばみつつあるためだ」というのはかなり曲解であって、マクミランは「このところEブックの売り上げが落ちているので、その原因を探るために図書館レートを変えてみた」というのが真実に近い。
アメリカの公共図書館で用いられてきたモデル
アメリカの公立図書館が貸し出し用にEブックを購入する場合、これまでにいくつかのモデルが使われてきた。
perpetual / permanent access license
1冊の紙の本の値段より割高だが、1度支払えば、上限なく何人にでも何度でも貸し出しできる。ハードカバーの新刊であれば50ドル前後の場合が多い。
per-checkout model
貸し出しがあるごとに支払いをするモデルで、相場は1回数ドル。
metered model
perpetual model より安い価格設定だが、一定期間が過ぎると契約が切れ、また購入し直さなければならない。
ビッグ5のEブック料金体系と変更内容
そして以下が「ビッグ5」と呼ばれる大手出版社のこれまでのEブック料金形態と、今年になって改変された内容だ。
マクミラン
当初は2年間、あるいは52回の貸し出し、どちらかが過ぎたら、再購入。刊行1年以内の新刊は60ドル、それより古いものは40ドル。今回、マクミランが新たに発表したのは、Tor(ミステリー、SFなど、ジャンル・フィクションと呼ばれる娯楽小説のインプリント)の新刊を4ヶ月間、図書館からアクセスできるのは一冊だけとする、windowing と呼ばれる手法だ。
ペンギン・ランダムハウス
これまでは perpetual モデルで、上限65ドル。今年10月から2年の metered model に移行する。一般書の多くは55ドル以下。若者向けのヤング・アダルトの本はは45ドル、児童書35ドルが上限となっている。それまでに perpetual で購買されたもの(上限65ドル)についてはそのまま。
学校図書館向けには別のレート表を作り、値段は高めになるが perpetual でアクセスできるようにする。
ハーパーコリンズ
perpetual ではなく、26回まで貸出可能、その後は再購入。値段はハードカバーと同額あるいはそれ以下、刊行から3年以上経ったバックリストの本については貸し出し回数に応じた課金をする。
アシェット
これまでは perpetual model、値段はハードカバーの約3倍で1人1冊。今年7月から2年間の metered model に移行。値段は、過半数の本が65ドル以下。
サイモン&シュスター
これまで貸し出し期間は1年までで、以降再購入、値段はハードカバーより若干安め、既刊本は2年までのアクセス。今年8月から2年間の metered model 、値段は39〜53ドル。一部 per-checkout basis で、貸し出しごとに1〜3ドルの値付け。
(なお、Eブックではなく従来の紙の本の場合、日本と大きく違う点は、図書館が本を購入する場合、書店が仕入れるのより高めの値段設定になっていることだ。新刊書は出版社に直接注文することもできるが、多くの場合は取次のベイカー&テイラーを通す。書店が注文すればディスカウント率は20〜50%であるのに対し、図書館向けのディスカウント率は10%前後であることが多い。さらに、ライブラリー版と呼ばれる図書館向けの装丁を扱っている出版社もあり、特に児童書は何人もの子どもが手荒に扱うことを前提にして、書店で売られる本より丈夫な装丁になっている本がある。)
すでに否定されている通説
マクミランがこういった措置をとりたがるのも、人気作家のフィクションは刊行時にもっとも需要が高まり、図書館での貸し出し率は6〜8週間でグッと下がるからだ。出たばかりの新刊でも手軽に地元の図書館のアプリで借りることができるのならば、わざわざ10数ドルも払って読む人がいなくなってしまう、というのがジョン・サージェントCEOの言い分だが、業界はこれを embargo と呼び、否定的な意見が多いようだ。だが出版社には読者の便宜だけでなく、著者の印税を守るという大義名分があり、今後どの出版社も図書館向けの本に関しては様々なモデルを試していくだろう。
図書館における貸し出しが出版社の売り上げに悪影響を与えるという通説は、アメリカでは既に議論され、否定されている。Eブックが台頭した2010年頃に、刊行時からEブック版の販売を先送りする windowing は読者にとってフェアではないとされ、個人の著者としてこの措置をとったマイケル・ルイスが非難轟々の末、Eブック版の発売に踏み切った事例などがある。
参考リンク
ウォール・ストリート・ジャーナル「米図書館で人気のeブック貸出、出版業界は苦慮」