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楽天株式会社は昨年12月25日、子会社で電子図書館プラットフォーム世界最大手である OverDrive Holdings, Inc. の全株式を、アメリカ最大手のプライベートエクイティ投資会社のKKR(コールバーグ・クラヴィス・ロバーツ)に譲渡する契約を締結したことを発表した。KKR側の意図については、すでに大原ケイ氏が解説しているが、では、日本で展開されている電子図書館事業「OverDrive Japan」はどうなるのか? 本稿ではこれまでの振り返りと、今後の展開について考察する。
関係性明示
本稿で言及している株式会社メディアドゥの親会社である株式会社メディアドゥホールディングスは、当メディアにもバナーを貼っているとおり、NPO法人HON.jpの法人会員です。年会費をお支払いいただいている関係ではありますが、当メディアの編集権は完全に独立しており、本稿の執筆に同社の意向はまったく関与していないことを宣言します。
結論から先に述べておく。楽天が OverDrive 社を手放したことによる影響は、日本で展開されている OverDrive Japan 事業については、あまりないと考える。それは、OverDrive Japan 事業において楽天主導の導入先は少なく、実務の多くはメディアドゥが担っていたからだ。単に OverDrive 社の株主が変わっただけ、と言っても過言ではないだろう。
OverDrive社とはメディアドゥが先に提携していた
筆者は、日本の電子図書館について2013年ごろから取材を続けている。OverDrive Japan 事業は、2014年5月にメディアドゥが OverDrive 社との戦略的業務提携を締結したところから始まった。楽天が OverDrive 社を買収したのはその1年後、2015年4月のことだ。
その直後、2015年7月に開催された第19回国際電子出版EXPOには、楽天の常務執行役員(当時)相木孝仁氏が、メディアドゥのブースで行われたトークセッション「これからの電子図書館展開」に登壇している。筆者は当時、「自社ではブースを出さず、メディアドゥに相乗りするのか……」と感じたことを覚えている。
相木氏は、2014年2月に Rakuten Kobo Inc. のCEOに就任して以降、パートナーになり得る北米の企業100社以上と話をして、ようやく出会ったのが OverDrive 社だと紹介。「これで“買う”の Kobo と “借りる” の OverDrive で、両方が実現できる! と感じた」と語っていた。
メディアドゥ代表取締役社長(当時)の藤田恭嗣氏は、OverDrive 社と戦略的業務提携を締結する交渉には3年間を要したと明かした上で、楽天の買収によって「認知度と安心感が増し展開が早くなった」とも語っていた。
そしてその4カ月後の11月10日、こんどは図書館総合展で、メディアドゥと OverDrive 社、そして楽天の3社はフォーラム「電子図書館は既に身近な存在」を開催した。この際のブース出展名義は OverDrive, Inc. だった。この辺りまではまだ、「楽天もそれなりに積極的だな」と感じられていた。
(筆者にとっては)影が薄かった楽天
ところがその後、筆者が取材へ行った OverDrive Japan 事業をアピールする場に、楽天はあまり姿を見せなくなる。東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPOが、2016年を最後に開催されなくなった、というのも理由の一つだろう(ちなみに楽天が出展していたのは2014年までだ)。
しかし図書館総合展のほうも、メディアドゥ/OverDrive の連名、もしくはメディアドゥ単独での出展になっていく。図書館総合展の公式サイトで調べてみたところ、数少ない事例として2017年11月に開催されたメディアドゥ/OverDrive Japan 主催フォーラム「電子図書館を活用した多文化サービス」には、楽天の 「OverDrive 事業日本代表」の方が登壇していた記録が残っていた(残念ながらこのとき筆者は取材に行きそびれている)。
また、電子出版制作・流通協議会(電流協)が毎年出版している『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告』の説明会も、筆者はなるべく取材へ行くようにしているが、そこで登壇しているのはいつもメディアドゥの担当者だ。2017年3月に行われた説明会では、元楽天の方がメディアドゥの担当者として登壇していて、驚いたのを覚えている。
筆者は、取材メモをすべてGoogleドライブにアーカイブしているので、過去のメモを全件横断検索してみた。しかし残念ながら、2016年以降に OverDrive Japan 事業関連で、楽天の方と会った記録を見つけ出すことはできなかった。少なくとも筆者にとって、OverDrive Japan 事業に関して楽天は影が薄い存在だったのだ。
楽天主導の導入先はメディアドゥが運用を継承
もちろん楽天も、なにもしていなかったわけではない。自社社員向けに「楽天図書館」として提供していたり、メセナ活動の一環として福島・群馬・岐阜・島根で運行していた車両型の「楽天いどうとしょかん」にも搭載していた。2017年11月には浜松市、2018年6月には神戸市・大阪市と相次いで電子図書館に関する連携協定を結び、楽天がプレスリリースを出している。
なお、2019年11月時点で OverDrive Japan 事業は全国で24館に導入されている。メディアドゥに取材したところ、このうち楽天が主導していたのは浜松市、神戸市、大阪市の3自治体。うち浜松市は、2020年1月から株式会社図書館流通センターの「TRC-DL」に移行している。神戸市、大阪市への試験提供は、期間終了までメディアドゥが責任を持って運用するとのことだ。
メディアドゥによると、OverDrive 社 からは「これまで通りパートナーとして日本市場の開拓をしていこう」という連絡があったそうだ。KKR社に株式譲渡後も、いまのところこれまでと変わらない、と。つまり、楽天が抜けても、メディアドゥと OverDrive 社の提携が続く限り、大勢に影響はないということになるだろう。
参考リンク
世界ナンバーワン電子図書館システム「OverDrive」の実力〈INTERNET Watch(2014年7月8日)〉
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/656827.html
メディアドゥと楽天が展開する「OverDrive Japan」の電子図書館事業〈INTERNET Watch(2015年7月9日)〉
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/710983.html
OverDriveが図書館に提案する、電子図書館成功への5つのポイント〈INTERNET Watch(2015年11月13日)〉