私権の保障を規範化した中国民法典(後編)――迫られるメディア界の対応

馬場公彦の中文圏出版事情解説

Photo by Bridget Coila
Photo by Bridget Coila(from flicker / CC BY-SA 2.0

《この記事は約 13 分で読めます》

 中国民法典の人格権・契約・権利侵害といった条項は、メディア企業にどのような影響があるのか? おなじみ北京大学・馬場公彦氏によるレポート後編です。前編はこちら中編はこちら

知財権と出版契約

 著者と出版社は出版契約によってつながり、出版契約によって出版社は著作物の出版権を専有する。民法典の第3編契約は第463条から第988条まで、実に526条に及び、全条文の半分以上を占める膨大な体系である。とはいえ現行法を集成したうえで追加された条文は主に債権に関する70条に過ぎない。

 叢立先(華東政法大学知識産権学院)によると、著作権法にはすでに版権契約に関する規定が含まれているが、これまで記述が粗略にすぎ、争議を招きやすい難点が指摘されてきた。そこで著作権法の上位法に当たる民法典の豊富な契約関連条項を吟味し、これからの出版契約に適用していくことが求められている[14]。一例としてさまざまな電子契約の形態など、情報技術革新の進んだ時代状況に対応した民法典の条項から引き続き新たな出版契約の在り方を模索していくことが求められる。

 民法典では総則において民事権の1つとして知財権が明記されている。第2編の物権においては財産権としての知財権の具体的な中身として、登録商標の専用権・特許権とならべて著作権が明記されている。 7編の権利侵害責任においては、第1185条で知的財産権侵害時の懲罰的損害賠償について、「故意によって他人の知的財産権を侵害して情状が重大な場合は,被侵害者は,相応の懲罰的損害賠償を請求する権利を有する。」と条文に明記している。民法典において改めて知財権としての著作権の保護が規定され、さらに著作権を有する著者に対してはその人格権の尊重への留意が改めて喚起された。

 民法典における知財権の保護ということを、出版業界における法人としての出版社側から見れば、版権の保護ということでもある。版権となると、紙書籍の出版権だけでなく、ここにはさらにウェブやデジタル技術を使ったウェブ広告・ウェブマガジン・ウェブ小説・ウェブニュースなどのIP(Intellectual Property)にも当然のことながら及ぶこととなる。

新聞報道・言論機関における人格権侵害免責の根拠

 本稿中編の肖像権のところで、民法典第1020条の保護規定の免責事例として、新聞報道が挙げられていることに触れた。条文に「不可避的に」とあるのは、拡大解釈の余地を残し、メディア機関によって野放図に肖像権の侵害が免責される幅を広げかねないことが危惧される。

 民法典には新聞報道機関および論壇(原文は「輿論監督」で、ニュアンスは「論壇」とは微妙に異なるが便宜的にこう訳しておく)に対する報道および論評対象の人格権侵害に対する免責事項についての関連規定が盛り込まれている。劉文傑(中国伝媒大学文管学院法律系)の関連論文に依拠して、メディア事業体における人格権侵害の免責について、民法典の関連規定を考察しよう。

 すなわち、人格権の一般規定として、人格権侵害の行為を認定する基準として、第998条で「生命権・身体権及び健康権以外の人格権を侵害した場合の行為者の民事責任を認定するとき,行為者と被害者の職業,影響の範囲,過失の程度及び行為の目的,方式,結果等の要素を考慮しなければならない。」と規定したうえで、続く第999条で、民事主体の同意なしに許される個人情報等の利用として、「公共の利益のために新聞報道,世論監督等の行為を実施するとき,民事主体の氏名・名称・肖像・個人情報等を合理的に使用することができる。不合理な利用によって民事主体の人格権を侵害したときは,法に従い民事責任を負わなければならない。」と、公共の利益は、人格権益保護の優位に立つ、という原則の下に、新聞法機関及び論壇の免責を認めている。

 人格権侵害の具体的事案として、氏名権・名称権については、メディア関連ではすでに著作権法第24条で著作権者の許可を経ずに、また報酬を払わずに使用してよい事例が列挙されており、それを援用すればよい。肖像権については先述した。名誉権・栄誉権に関しては、第1024条において「民事主体は名誉権を有する。いかなる組織又は個人も,侮辱・誹謗等の方式で他人の名誉権を侵害してはならない。名誉とは,民事主体の品性,名声,才能,信用等の社会的評価である。」と定義されている。

 そこで名誉権・栄誉権に関しても、続く第1025条にて、侵害の免責主体として、新聞報道機関と論壇が挙げられている。ただし、免責の例外規定「行為者が公共の利益のために新聞報道・世論監督等の行為を行い,他人の名誉に影響を与えた場合は,民事責任を負わない。但し,次の各号に掲げる事由のいずれかが生じたときを除く。(1)事実を捏造・歪曲したとき。(2)他人が提供した事実と甚だしく異なる内容について,合理的な事実確認義務を尽くさなかったとき。(3)侮辱的な言辞等の使用によって他人の名誉を貶めたとき」と3項列挙されている。

 (1)については言うまでもないだろう。(3)については、たとえば公人の不正行為を厳しく批判するときに、どこまでの表現ならば「侮辱的」になるのかならないかは、評価の分かれるところだろうが、ここでは措く。問題は(2)で、まず「他人が提供した事実と甚だしく異なる内容」としており、事実との相違が軽微の場合は、民事責任を負わないとされる。

 さらにこの「合理的な事実確認義務」とはいかなる内容なのか、その認定基準について、続く第1026条で「行為者が前条第2項の規定する合理的な事実確認義務を尽くしたか否かを認定するときは,次に掲げる要素を考慮しなければならない。(1)内容の出所の信用度。(2)明らかに争いを引き起こす可能性のある内容について必要な調査を行ったか否か。(3)内容の時限性。(4)内容と公序良俗との関連性。(5)被害者の名誉が貶められる可能性。(6)事実確認の能力とコスト。」と細かく列挙している。

 さらに先述したプライバシー権と個人情報保護に関しても、新聞報道・言論機関とは明記していないが、免責事例が掲げられており、そこでの第3項目に掲げられた事由もまた「公共利益」目的によるものとされている。即ち第1036条に「個人情報を処理する際に,次に掲げる事由のいずれかが生じたとき,行為者は民事責任を負わないものとする。(1)当該自然人又はその後見人の同意した範囲内で合理的に行った行為。(2)当該自然人が自ら開示した情報,又はその他の合法的に開示された情報を合理的に処理した場合。但し,当該自然人が明確に拒否し,又はその情報処理が本人の重大な利益を侵害した場合を除く。(3)公共の利益又は当該自然人の合法的権利利益の維持のために合理的に行ったその他の行為。」とある[15]

 このように新聞・言論機関における人格権侵害の免責範囲は「公共利益」という目的の限りにおいてという縛りがつけられてはいる。ではさて公共の利益というときの「公共」とは、「利益」とは、いったい何を指すかとなると、それもまた恣意的な解釈の幅がある。そこで、民法典においては人格権侵害免責の例外規定を明記するとともに、新聞言論機関の抗弁のための努力義務を課すことで、抗弁に法的効力を付与する、という構造になっている。

出版社の出版専有権は私権とは言えない

 先述の叢立先によると、2020年の修正著作権法において、旧第2条の「中国公民,法人あるいはその他組織の作品は、発表された否かを問わず,本法に照らして著作権を有する」が、「中国自然人,法人あるいは非法人組織の作品は,発表された否かを問わず,本法に照らして著作権を有する」と改められたのは、民法典の民事主体分類を採用したものである。ここに著作者は、民法典に定める民事の3主体である自然人・法人・非法人であると、より明確に位置づけられた[16]

 著作者は私法としての民法典と、自然人に対する著作権法によって、物権としての知財権と人格権が保障される。少なくとも出版物をはじめとして知財権のあるIPコンテンツが公刊されてからは、政治的イデオロギー的な禁止措置の拘束はうけず、著作権法と民法典の法域に置かれる。

 では出版・新聞・放送産業などメディア界の権利保障はどうなるのだろうか。版権契約によって設定された権利は、私権としての民事権利といえるのであろうか。

 中国では、出版社は民法典・著作権法のほかに、国家出版新聞広電総局が発布した、出版社の場合は「出版管理条例」に、ウェブコンテンツ産業の場合は「ネット出版サービス管理規定」に明記された、出版活動の規定を遵守しなければならない。それによると出版行政主管部門には各出版事業体に対する管理監督義務と「審批(審査・批准)」権限があり、出版事業体への厳格な介入を行う。

 書籍・雑誌の出版に際しては、この審批を経なければ出版経営にも出版活動にも携わることはできない。さらに出版物の内容・傾向に関しても、強い政治的意向を反映したものが要求されることが明記されている。ただしネット出版に関しては、必ずしも個別のコンテンツに関して事前の「審批」が厳格に実施されているわけではなく、監督部門の介入の漏れがある。ネット出版サービスの実状に即して、今後この制度運用のための新たな工夫のための模索が必要とされてくるだろう[17]

 民法典第58条では法人の成立に関して「法人は,法に従い成立しなければならない。法人は,自己の名称,組織機構,住所,財産又は経費を有しなければならない。法人成立の具体的要件及び手続は,法律,行政法規の規定に従う。法人の設立について,法律,行政法規の規定により関連機関の認可を必要とする場合は,その規定に従う。」とあり、非法人の成立についても、第103条にて「非法人組織は,法律の規定に従い登記しなければならない。非法人組織の設立について,法律,行政法規の規定により関係機関の認可を必要とする場合は,その規定に従う。」と規定されている。

 したがって出版産業の事業体は、上記の諸法規に従わなければならない。この意味で、出版社の保持する出版専有権は純粋な私権とは言えず、一種の「準私権」であるにすぎないことになる。まさにここらあたりが、民法典に中国的特色が加味されるゆえんの1つである[18]

民法典時代に対応した法務の取り組み

 民法典時代を迎えた今、出版社を含むIPコンテンツを取り扱う事業体は、おしなべていっそう物権や人格権に配慮した法務意識を高めて行かねばならない。そのさい、経営母体が自然人・法人・非法人の如何を問わず、規模の大小を問わず、契約主体は平等で公平であらねばならないという原則に依拠しなければならないという原則を疎かにしてはならない。

 人格権は肖像権・名誉権・プライバシー権はじめ実に多岐にわたり、5Gなど通信技術の急速な進展と、SNSのいっそうの拡大により、想定しうる人格権侵害のケースはますます広がっている。人格権に抵触しないような社内規定・就業規則の見直し、個人情報保護のためのプライバシーポリシーなどの規定、ハラスメント防止のための社内セミナーや研修などの実施、侵害したときの適切な対処、侵害のリスクを減らすための契約など、コンプライアンス重視の多岐にわたる適切な対処が求められる。

 メディア産業に関わる立法は私法公法が入り混じっているが、メディア関連の事業体はこれまで、ともすれば政治の雲行きと、政治権力者の顔色を窺うことに汲々とし、政府の監督には細心の注意を払ういっぽうで、市場主体の権利保障への配慮が不足していたきらいがある。民法典では私権の保障が強調されており、民法典の施行により、政府公権力の規範的行使の限界と境界が明確になった。

 制定されたあるいは制定を目指している文化産業促進法・個人情報保護法・修正著作権法・広告法・映画産業促進法などは、私法としての民法典の精神に十分に配慮した立法化と運用が図られねばならない。政府の強制的規範性と市場の任意的規範性との関係に留意したメディア産業の事業経営のあり方が求められている[19]

 出版関連事業体の具体的なタスクとしては、社内外の、出版・流通・販売・宣伝などあらゆる業務分野の契約書の見直しに着手しなければならない。その中には社内規定・就業規則・出版契約・取引業者との契約があるだろう。ネット関連商品の開発・普及においては、さまざまなITやAI関連の技術契約・委託契約がからんでこよう。

 経営関連ではリース・不動産・融資・パートナーシップ契約などがある。そして新規のあるいは強化すべき業務として、法務部門と法務専門のスタッフを充実させ、権利侵害の法的リスクを減らしていかなければならない。具体的には、現行の様々な仕掛中あるいは締結済みの契約書の内容・履行状況・契約期間を洗い出し、出版契約に関しては市場動向を分析して契約の延長や打ち切りを判断する。

 これまで業務の種別ごとに社内の部署別に分散・管理していた諸契約書を一部門に統一し一元管理する。これまで就労・協力など、長年の習慣と信頼で継続してきた雇用や委託業務関係について、職務内容・権利・責任・義務などを明確にして契約書を交わす、などの措置が求められる[20]

 おそらくこのあたりの経験と実績は、メディア関連に限らず、あらゆる日系企業は先行して取り組んできており、一日の長があるだろう。日本での取り組みと知見の蓄積を習得できるよう、日中企業間の実務レベルでの実質的な経験交流が進んでいくことに期待をしたい。

〈了〉

注記

[14]叢立先「『民法典』的実施与版権合同的完善」『出版発行研究』2020年第10期、8頁
[15]劉文傑「『民法典』在新聞侵権抗弁事由上的探索与創新」『新聞記者』2020年第9期
[16]叢立先注14前掲論文7頁
[17]民法典に依拠してネット出版事業体に対する出版規制と権利の法的保障のあり方についての提言的論文として、叢立先「論民法典対我国網絡出版的規制与法治保障」『中国出版』2020年第17期が参考になる。
[18]叢立先注14前掲論文8頁
[19]鄭寧「民法典対伝媒行業的影響及応対」『中国出版』2020年第17期
[20]魏玉山「出版単位樹立合同意識」『出版発行研究』2020年第17期

広告

著者について

About 馬場公彦 26 Articles
北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
タグ: / / / / /