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中国の出版市場は2020年、どのような傾向だったのでしょうか? おなじみ北京大学・馬場公彦氏によるレポートです。
【目次】
動向分析のための基本資料
今年もすでに上半期が過ぎてしまった。遅まきながら昨年の中国出版業界の市場について、実績と動向を報告しよう。依拠する基本データは下記の3種で、❶❷は昨年度に続き採用、❸は今回初めて採用する。
同社は出版業界のコンサルティング・調査・研究を専門としており、そのデータと統計は業界としては最も網羅的なものである。
❷ 京東図書と艾瑞諮詢(i-reserch)社の共同でまとめた「2020年中国書籍市場報告」[2]
ネット通販最大手「京東」の書籍販売部門のビッグデータを、コンサルティング会社のアイリサーチ社が分析しデータ化・図式化したもの。
❸ 中信出版社による「2021年書籍小売市場規模と中信出版書店転型分析報告」[3]
中信出版社は、深圳証券取引所に上場している中信出版集団(CITIC Press Group / 証券コード:300788)に属し、出版社と書店を経営している。同出版社は紙本においても電子書籍においても売上最大であり、書店としてもトップスリーに入る。同社のデータと分析。
昨年の報告(前編)同様、書店店頭での書籍販売部数に定価を乗じた名目売上額(「碼洋」)と、それに割引率を乗じた書店の実収入を示す実質売上額(「銷售額」)がある。円/元の為替レートは本稿執筆時の(6月27日)1元=17.16円で換算した。
初めての対前年減も回復基調に
名目売上は、同一基準での統計のある2001年以降、長期にわたる安定成長を続けてきた。2019年には1000億元を突破している。ところが、2020年は初めて対前年減となり、970.8憶元(1兆6659億円)と大台を割った。とりわけここ4年間は10%増以上の成長を続けていただけに、この落ち込みは大きい。その原因はいうまでもなくコロナ禍にあるが、巣籠り需要もあって、ネット書店の売上は前年比7.27%の増加であった。ただし増加幅は緩やかだった。
コロナ禍だけでなく、関係者に聞くと、政府関係部局の新聞出版放送総局が出版業界への管理監督を強化し、統一書号(ISBN)の分配を絞ったことにもよるとの声もある。分配を絞るというのは、書号の発行数自体を減らしているのと、「図書在版編目(CIP=Cataloging in Publication,書誌情報分類)」の基準をより厳しくしているのと、2つの要素が絡んでいる。
とはいえ、四半期ごとの前年同期比で見ると、第1四半期の15.93%減という大幅落ち込みに対して、2.46%減、3.30%減と下げ幅は小さくなってきており、第4四半期は0.25%増とプラス成長に転じている(❶)。
ネット書店での購入が主流に
書店の売上におけるリアルとネットの内訳は、リアルが203.6億元で前年比33.8%減、ネットが767.2億元で7.27%増であった。ネット書店が全小売市場の79%に達し、リアル対ネットの比率は2019年の3:7から2:8となり、ネット書店の占有率がますます高まった。
むろんその理由はコロナ禍にあり、リアル書店が閉店や休業に追いやられたことが大きいが、それだけでなく、ネット書店の割引率の高さにある。ネット書店の定価に対する販売価格の掛率は、ジャンルによって異なるが、平均すると2018年62掛、2019年59掛、2020年60掛であるのに対して、リアル書店は90掛となり、両者の開きが大きい。また、ネット書店では値引きセールなどによる販売促進効果もある。
ますます利幅が小さくなる出版社は、割引販売の常態化を歓迎していない。そこで、新刊書の平均定価は物価上昇や紙代の高騰もあって、毎年ますます高くなっている。2000年は15.9元(273円)であったのが、2020年は48元(824円)である(❶)。
だからといって、ネット書店ユーザーがリアル書店を敬遠しているわけではない。ネットユーザーの7割近くが、リアル書店に行くことを好んでいる。彼らはネットでの評判・売れ行き・コメント・新刊情報などを参考にリアル書店で購買している。そのほか、安らぎと癒しの空間として書店を愛用している顧客も多い(❷)。
中信出版社は、リアル書店の経営にも力を入れ、新規開店にも積極的に乗り出している。リアル書店部門の決算では第3四半期で黒字に転じ、下半期には457万元(7838万円)の純益を出した。2020年、中信出版社の全営業収入に占める書店の売上は21.18%となった。彼らにとっての書店経営とは、空港・商業地区・観光地区などに出店し、コンセプトとブランドイメージを明確にし、都市の文化生活空間を提供することにあり、書籍の販売だけでなく、文具工芸品などの商品と飲食サービスを付加し、全体の利益率を高めることにある(❸)。
新刊の貢献率低下
昨年は新刊書の点数は17万点で、前年比12%もの低下で、全出版稼働点数の10.95%であった。点数だけでなく売上比率も低下し、名目売上の貢献率は、2008年は30%以下が、2015年は20%以下に、昨年は13.82%にまで落ち込んだ。
タイトル別の売上ランキングを見ると、児童書及びノンフィクションには10位以内に新刊書は1点もなく、ノンフィクション部門に1点(『国家安全知識百問』)が入っただけだった。100万部超えの書籍は2019年の49点から24点に減ったが、いずれもロングセラー系で、新刊書は1点も入らなかった。なおノンフィクション部門の第1位は『你当像鳥飛往你的山(君は鳥のように君の山を越えよ)』で、2019年10月刊行以来、13カ月連続ランキング入り。フィクションは古典的作品『紅岩』で通算84回ランキング入りしている(❶)。
京東商城の昨年度ランキングを見ても、ノンフィクション部門の1位は『現代漢語詞典』、フィクション部門の1・2位は『三体』『平凡的世界』と、毎年の顔ぶれと代わり映えはしない(❷)。
読書習慣は紙・電子・オーディオと均等に
コロナ禍の影響で外出時間が減り、読書の時間が増えた。読書の形態別にユーザーの時間比を調べると、2019年は紙26.9%、電子53.5%、オーディオ19.5%が、2020年は31.0%、46.5%、22.6%と、三者の差が縮まった。
なかでもオーディオブック市場は急速に拡大しており、取引額は2019年の7.1倍、再生時間は11倍となっており、ジャンル別に取引額をみると、文学・小説・外国語がトップスリーである。電子書籍も取引量は前年の70%増と堅調に拡大している。
在宅時間が増えることによって、ユーザーは「直播(ライブコマース)」や「短視頻(ショートビデオ)」を観る時間が増えたことが、ネットを通した購買動機に一層拍車をかけている(❷)。
児童書・学参・主題出版が好調
2020年の売れ行き良好書をジャンル別にみると、社会科学や文芸などが軒並み売上を対前年で大幅に下げているなかで、法律・児童書及び学校教材関係・伝記・学術文化が伸びている(❶)。法律は年頭の民法典施行に伴い、関連書籍が多数発刊され、売行好調であることによるものと思われる。
紙本においては学参と児童教育、電子書籍においては小説と金融理財、オーディオブックにおいては文学作品と人生哲学が好調である(❷)。中信出版社でも、やはり0~14歳向け児童書の市場占有率が上昇している。このほか、国家の新聞出版放送総局が推奨する主題出版[4]にも力を入れて成果を上げている(❸)。
お知らせ
本稿の筆者である北京大学・馬場公彦さんが、7月27日開催のJEPAセミナーへ登壇します。オンライン開催で、参加費無料。申込みは下記URLから。
https://kokucheese.com/event/index/613429/
参考リンク
[1]https://www.sohu.com/a/443085615_292883
[2]https://www.sgpjbg.com/baogao/34092.html
[3]https://www.sgpjbg.com/baogao/41485.html
[4]中国の「主題出版」についてはHON.jpの次の連載を参照(前編・後編)