2021年中国出版市場動向――微増だが不振、ネット文学の躍進、ショート動画販促

馬場公彦の中文圏出版事情解説

北京市内のバス停の脇に設けられた簡易自動図書館(photo by 馬場公彦)
北京市内のバス停の脇に設けられた簡易自動図書館(photo by 馬場公彦)

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 2021年の中国出版市場動向について、北京大学・馬場公彦さんがさっそくレポートしてくれました。ライブ配信を含めた、ショート動画型のEコマースが盛んになっているようです。

2021年中国出版市場動向

動向分析のための基本資料

 2022年の年明け早々に、中国の小売書店の総売り上げを統括する北京開巻による「2021年書籍市場報告」[1]が出た。早速、例年のように中国出版業界の年度報告としてその概要を紹介しよう。中国出版業界の実情を知る一助としていただきたい。

 売上の数字は書籍の書店店頭での販売部数に定価を乗じた名目売上額(「碼洋」)であるため、値引き後の実質売上額ではない。円/元の為替レートは本稿執筆時の(2022年1月6日)1元=17.86円で換算した。

コロナの影響は脱したがコロナ前の景況にははるかに及ばず

 第1四半期、コロナの影響で大幅に売り上げを落とした昨年と違って、コロナの悪影響は出版業界はほぼ脱したといってよいが、名目売上額は986.8億元(≒1兆7624億円)と2019年に初めて到達した1000億元にとどかず、昨年比も1.65%の伸びにとどまった。2015年~2019年は毎年10%以上の高成長を持続していたが、コロナ蔓延前の2019年と比較しても3.51%のマイナスで、マクロ経済の成長鈍化と、所得の低下もあって、業界全体で景気不振感が漂っている。新刊点数は19万3000点、市場での稼働点数は223万点である。

売上の内訳は、ネット書店が774.8億元(1兆3838億円)の+1%、リアル書店が212億元(3786億円)の+4.09%で、ネット書店が78.5%を占める。これまでのネット書店での伸び率の趨勢からすれば著しく鈍化しており、ネット顧客がほぼ飽和状態に近づきあるとも言える。

建党百年でマルクス・レーニン主義関連が好調

 ジャンル別にみると、社会科学と生活趣味が好調で、社会科学の中でのマルクス・レーニン主義関連の書籍と党史に関連する図書が突出して売れたのは、言うまでもなく昨年7月の中国共産党建党百年に関わる。とりわけマルクス・レーニン主義関連本はリアル書店での販売が好調で、同分野の昨年比3倍を超えた。

 百万部超のタイトルは28点あり、そのうちの17点がマルクス・レーニン主義や党史を中心とする「主題出版」[2]で17点を占める。代表的な出版物は『社会主義発展簡史』(人民出版社・学習出版社)・『中華人民共和国簡史』(人民出版社・当代中国出版社)・『中国共産党簡史』(人民出版社・中共中央出版社)・『改革開放簡史』(人民出版社・中国社会科学出版社)の「四史」で、党員を中心に盛んに講読を奨励し、宣伝に努めている。

 ざっと通読してみて「簡略史」と称しながらその分量(それぞれ330、468、531、380頁)に面食らったが、直観的に浮かんだイメージは「一筆書きの正史」であった。委細を尽しているように見えるが、この膨大な記述に隠れて記載されなかった歴史があり、史実の背景や要因についての叙述と合わない様ざまな解釈はそぎ落とされ、曲折に満ちた複雑な歴史の実相は窺われない。

 正史を書き伝承していくことは必要だが、正史以外の野史や異論も公表され読み継がれる必要がある。出版業界には双方の役割が担わされていることを自覚し、今後も名著の発掘に意を注いでいきたい。

児童書市場のゆくえ

 書籍市場のジャンル別で最大の売上を占める児童書(0歳~14歳向け)については、昨年も依然として最大の占有率を維持したものの、成長率は1%にとどまり、占有率は28.2%と0.1ポイント減らした。2020年はコロナ禍で巣ごもりと教育需要の高まりにより児童書売り上げが突出したのが正常に復したもいえる。児童書の分類をさらに細分化すると、2012年~2018年にかけては絵本売り上げが急増したが、2018年以降は科学普及関連が急増し、児童書のうちの最大となり、三大部門売上比率は、科学普及24.7%、読み物22.8%、絵本18.4%となった。

 中国においても、晩婚・非婚あるいは結婚しても子どもを産まないというライフスタイルが顕著になり、少子化と労働人口の減少が深刻な社会問題として認識されつつある[3]。児童人口の減少は、2020年以来の児童書市場の成長率の鈍化となって現れており、行く末に暗い影を落としている。
 

ベストセラー動向

 売上ランク上位1%の書籍は全体売上の60%を稼ぎ、それ以下の99%が40%分にしか達していない。ではこのトップ1%の売れ筋本とはいかなるジャンル、タイトルだろうか。トップ100のタイトルの特徴を分析してみよう。

 2021年ベストセラーのトップだったのは、『ガマさん、精神科医に診てもらう(蛤蟆先生去看心理医生)』(イギリスのロバート・デ・ボードの“Counselling For Toads: A Psychological Adventure”の翻訳書)であった。ジャンルについては学習漫画が最も好評で、『30分漫画(半小时漫画)』シリーズだけでトップ100のうちの12タイトルを、歴史上の人物をネコのキャラクターにして中国史を学ぶ『もし歴史がニャンコ一族だったら(如果历史是一群喵)』シリーズも8タイトルを占める。

 日本ではすでに歴史・偉人・科学知識などを題材にした学習漫画が教育素材や図書館所蔵書としてすでに手堅いジャンルとなっている。中国もここ数年で学習漫画がブームを通り越して、書籍の定番ジャンルとして定着し、その題材が広がりを見せている。たとえば昨年の主題出版の中心テーマであった党史に関する漫画もよく売れ、私も『漫画百年党史・開天闢地 1921-1949』を「朝日新聞 グローブ版」『世界の書店から』で取り上げた[4]

 他に強いジャンルは1位の本のような心理学関連と家庭教育で、それぞれ20タイトル・10タイトルを占めた。そのほか、オーディオレクチャー・アプリである「得到」の人気講座を書籍化した『劉擎の西洋現代思想講義(刘擎西方现代思想讲义)』[5]、読み物としても魅力的な「主題出版」ものの『長江湾曲部に立って――陳行甲の人生ノート(在峡江的转弯处:陈行甲人生笔记)』[6]などが注目され、いずれも上記書評で取り上げた。

 ほかの定番ジャンルは文学類で、昨年も健闘した。フィクション部門のみについていうと、名作家の作品が強く、トップは劉慈欣の『三体』で3部作が上位三位を独占した。文芸新刊書としては人気作家の余華が新作『文城』[7]を発表し10位に、張嘉佳の新作『天国旅行団(天動旅行団)』が11位に入った。

 フィクション部門で注目すべきは書籍化されたネット小説[8]の躍進ぶりで、トップ100のうち63タイトルを占め、さらにトップ500まで広げると4割がネット小説由来である。なかでも女性ものが人気で、トップ100において唐家三少の『斗羅大陸』シリーズが22を占め、『盗墓筆記』シリーズで有名な南派三叔の『呉邪的私家筆記』も人気を博した。

ショート動画型Eコマースの値引き過熱化

 ほぼ8割を占めるネット書店での売り上げにおいて、宣伝の形式は従来の本文と写真から、ユーザー規模が8.7憶人に達するEコマースのサイトでの、ショート動画型コマースによるリアル書店での立ち読み体験に近い方式へと変わりつつある。せいぜい長くても3分にも満たないような短い尺の映像によるセールスで、日本のテレビショッピングの簡易版のような仕上がりである。

 とくに顕著なのは児童書販売で、ショート動画のEコマースでの売り上げが全体の6割を占めている。Eコマースのサイトを従来のプラットフォーム型とショート動画専門型に分けると、後者のサイトで取り扱う書籍のタイトルは3万点強で、リアル書店やプラットフォーム型Eコマースの100万点と比べると限定されている。3万点の6割を占めているのが児童書である。

 とりわけショート動画型専門店では科学知識普及関連が売上の3割を占めるのに対して、プラットフォーム型では児童読み物が最も良く売れ、自営型のEコマースでは絵本が良く売れるという。開巻では「販売・購買ルートの交錯と融合」現象が起こっているとして、「コミュニケーションのEコマース化、Eコマースのコミュニケーション化」と表現している。

 問題はネット書店での値引き合戦である。リアル書店に比べての割引率の高さについてはすでに昨年の動向報告でも指摘したが[9]、とりわけショート動画型サイトでは時季ごとの割引セールや在庫一掃セールを仕掛け、商品によって掛率は違うが、平均掛率が3.9掛けまでになっている。プラットフォーム型では5.2掛け、自営型では7.8掛けで、ネット書店全体で5.8掛けになっており、リアル書店の8.9掛けと31ポイントもの開きが生じている。

 ショート動画型専門店は、値引き合戦と短時間の露出によって顧客の消費欲を煽ることでアクセス数と売上を増やし活況を呈している。その実態は日本のテレビショッピングとよく似ている。とりわけ児童書や学習啓蒙書専門の出版社にとっては、ショート動画型専門店に積極的に出品することで、新刊書への認知度を高め売り上げを伸ばす効果が期待できる。

 だが利幅は小さいうえに安売りでブランドイメージを悪くし、長期的安定的な経営基盤を支える上での支障ともなる。今後は各出版社は会社のブランドイメージ、出版ラインの特質、個別タイトルに応じた販売戦略などを考慮しながら、ショート動画型とプラットフォーム型への出品販売戦略を練り上げていく必要があろう。

脚注

[1]https://mp.weixin.qq.com/s/Y_D9flSpBKVgir0nkm-Bfg
[2]前編 https://hon.jp/news/1.0/0/29862
 後編 https://hon.jp/news/1.0/0/29869
[3]馬場公彦「中国「おひとりさま」事情」『人民中国』2022年3月号(近刊)
[4]https://globe.asahi.com/article/14475025
[5]https://globe.asahi.com/article/14406247
[6]https://globe.asahi.com/article/14340604
[7]同書の書評として https://globe.asahi.com/article/14340604
[8]https://hon.jp/news/1.0/0/30226
[9]https://hon.jp/news/1.0/0/31144

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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