国営出版社がしのぎを削る主戦場 ―― 中国出版界の主要ジャンル「主題出版」(後編)

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 中国国営出版社による「主題出版」について、北京大学・馬場公彦氏によるレポート後編をお届けする。前編はこちら

国営出版社は「主題出版」を目指す

 「主題出版」の申請件数は、2011年は1462種、2012年1608種、2013年2190種、2014年3373種、2015年4750種、2016年2345種であり、2016年の場合、全国営出版社の半数以上を占める323社が申請に参加している。重点出版物となると売上部数も大きく、2017年の場合、書籍全体の平均印刷部数の4.9倍、平均6万8000部に達した[6]

 なぜ出版社は「主題出版」で重点出版物に選定されることを目指してしのぎを削っているのだろうか。「決まってるじゃないか、中国の国営出版社は党の宣伝機関の一部だからだよ」という回答が容易に想像されるが、それは回答の前提でしかない。

 端的に言えば、「主題出版」に沿った出版活動に注力することで、党中央から与えられる政策ボーナスを当て込んでいるからである。具体的には、重点出版物に指定されれば、国家出版基金などの出版助成金などの支援が見込まれる。さらに、政府・宣伝部・教育部などが推進する読書推進運動で、普及・拡販の後ろ盾が得られる[7]

 たとえば重点出版物には指定されていないが、『寧徳の習近平(习近平在宁德)』『アモイの習近平(习近平在厦门)』など中共中央党校が今年出版した一連のリーダーの伝記ものなどは、本年第3四半期までの書籍市場において、名目売上の44%が団体購入ルートによるものであった[8]

 出版社の狙いは経済的メリットだけではない。公認の社会的影響力を増すという、より切実な狙いがある。重点出版物に選定されるということは、その出版社の出版活動に箔が付くことであり、その名誉は出版社のランクを押し上げる。その結果、次年度以降の統一書号(ISBN)の割り増しにつながる、さまざまな出版物を対象とした受賞の栄誉に恵まれやすいというような実益が伴う。[編注:統一書号は中央宣伝部新聞出版局による審査・許諾のもと各出版社に分配される(6月のコラムを参照)]

決して楽ではない「主題出版」

 とはいえ、重点出版物の採択率の低さからうかがえるように、「主題出版」が経済的社会的実益をもたらす道は平たんなものではない。重点出版物に選出され、刊行に漕ぎつけるまでの要求水準は高く、生半可な覚悟では達成できない。専門知識と経験の豊富な専門編集者を抱え、レベルが高く社会的影響力の大きな著者に執筆を依頼し、重点出版物に選出されなかった場合は償還されない高い製作コストを負担し、供出したマンパワーと高コストに見合った経済効果が得られないリスクを覚悟する、という困難な条件が立ちはだかっている。

 しかも編集製作工程において、厳格なクオリティコントロールが要求される。ただでさえ現在の中国の企画決定から原稿と校正の審査をへて刊行にいたる品質管理はかなり厳格であるうえに、三段階の検閲と三度の校正にさらに専門家の査読が加わった「三審三校制」、担当編集者―編集部主任―社の最高責任者の3つのレベルで品質の責任を負う「三級責任制」が適用される[9]。資金規模や人材確保において遜色のある地方出版社がなかなか「主題出版」に参画できないでいる実態は、これらの高いハードルが阻んでいるからである。

中国の展開するソフトパワー外交

 中央宣伝部が「主題出版」を強力に推進する狙いは、言うまでもなく全国民に党の決定した政策を浸透・普及させることにある。そして、農工業生産品の輸出振興とともに、文化・芸術・学術・科学技術などのソフトパワーを海外に普及させる「走出去(外に打って出る)」戦略を、書籍コンテンツの版権輸出の形で推進することにある。

 その目的は、世界とりわけ西側の読者に向けて、中国の「国際話語権(国際的発言権)」を強化するためである。したがって「主題出版」というのは決して中国独特の概念とはいえない。国際世論に向けて中国の声の影響力拡大を目指すパブリック・ディプロマシーの一環であって、いつの時代でもどの国でも積極的に展開している重要な外交施策である[10]

 ただし中国当局は、出版の「走出去」戦略が功を奏しているとはみなしていない。国家はこの戦略をバックアップし、推進のための政策をいくつも打ち出し、出版社も「主題出版」の海外展開のために画策し行動している。にもかかわらず、中国の公式な立場を代弁し専門知識に裏打ちされた高品質の図書としてのお墨付きを得た書籍が、海外の読者への影響力に乏しいという冷徹な現実がある。

 中国側の目論見としては、文学作品よりは科学技術や医学や芸術系の出版物の方が国家や言語の障壁を超えた汎用性があるはずなのに、逆に障壁のあるはずの文学系出版社の方が幾分かは海外で受容されているのが現状だ。たとえば目下、国際的に注目の的となっている中米貿易紛争や新型肺炎の蔓延など、多くの出版物の成果を擁しているにも関わらず、海外での影響力は乏しい[11]

海外日本の出版社はどうこたえるか

 日本の出版社の版権担当者も、中国の国営出版社との商談において、この「主題出版」に関わるコンテンツの日本版出版を持ち掛けられたことは多いだろう。そして、食指の動かないコンテンツを勧められてさぞ閉口したことだろう。

 確かに「主題出版物」に限らず、中国の出版物は多くの場合、分量・構成・文体など、総じて日本の読者の味覚に合わない味付けである。ましてや「主題出版物」になると、日本の中国報道や中国評論の味付けに欠かせない辛口批評の要素がまったくない。

 ただ、立ち止まって考えてほしい。ある対象を取り上げて批評する前に、対象が発信する言い分はしっかりと耳に届いているだろうか。日本のメディアは中国報道に積極的だ。その場合、中国を批評する日本人の目で中国を伝えがちである。ではそのメディアを通して切り取られた中国は本当の中国の姿を反映しているだろうか。

 たとえば、いま中国が国内外に最も伝えたい国内の貧困の実態とそこからの脱却のための取り組み、新型肺炎の蔓延を抑えて再発を防止するための具体的な取り組みを、日本のメディアはどこまで報道しているだろうか。自由で活発な評論は、出版業界も含めたメディアが実態と政策を伝えたうえでこそ意味をもつ。

〈了〉

参考リンク

[6] https://wenku.baidu.com/view/affc85fc0a4c2e3f5727a5e9856a561253d321fc.html
[7] http://epaper.gmw.cn/zhdsb/html/2020-01/22/nw.D110000zhdsb_20200122_2-06.htm
[8] https://mp.weixin.qq.com/s/vvxEYyyTvjhHkM1BGi7EBQ
[9] https://mp.weixin.qq.com/s/UqOWfvIrboO03OuSZGD0OQ
[10] https://mp.weixin.qq.com/s/CJZ2GXQOmWos78931KD22Q
[11] https://mp.weixin.qq.com/s/ILLzCSrXXnSiSOa5ZEMcDA

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著者について

馬場公彦
About 馬場公彦 11 Articles
北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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