「絵本を中国全土に広めたい」北京蒲蒲蘭文化発展有限公司の挑戦 ―― 中国出版業界訪問記

馬場公彦の中文圏出版事情解説

北京蒲蒲蘭文化発展有限公司の方々
左から:劉亜萍氏(市場発行本部大口顧客担当副総監)、張冬滙氏(董事総経理)、李波氏(編集本部編集長)、王蒙氏(版権部総監)、陳潔氏(管理本部法務部高級経理)/Photo by 馬場公彦氏
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 北京大学・馬場公彦さんが、ポプラ社の中国現地法人・北京蒲蒲蘭ププランを取材・レポートしてくれました。

現地からのレポートが始まる

 HON.jpでの中文圏出版事情解説がちょうど2年目を迎えた。

 実は連載開始から今年の1月掲載分までは、コロナ禍のため日本にいて書いたものだった。2月の3編に渉る民法典のレポートは、1年ぶりに中国へ戻り、隔離期間中の広州のホテルで書いた。3月からは北京大学の新学期が始まり、2学期ぶりに対面授業に復帰した。

 今後は文字通り現地からのレポートとなる。地の利を活かして、レポートの中に随時、出版社や書店をはじめとして業界関連の会社や事業体の訪問記をおりまぜ、現地の状況を当事者たちの肉声を交えて直接お届けするようにしたい。

絵本を中国全土に広めたい

 第1回目は『ズッコケ三人組』『かいけつゾロリ』『おしりたんてい』などのシリーズで知られる児童書出版社・ポプラ社の中国現地法人である北京蒲蒲蘭文化発展有限公司(以下「北京蒲蒲蘭」と称す)。

 早春の北京の風物詩である柳絮りゅうじょ(北京市街に多く植えられている楊柳の綿帽子)が舞いしきるなか、北京の中心部に位置し、各国大使館や外国人専用マンションなどが集まる朝陽区建国門外にある同社オフィスを訪問した。

 北京蒲蒲蘭の設立は2004年。中国政府が2003年に出版卸業と小売業を外資に開放したのをきっかけに、まず書店の開店準備から始まった。外資の日系企業としては初めてで、画期的な試みであった。その後も、メディア関連企業の起業条件が厳しいこともあって、日本独資100%の文化関連法人として唯一の存在である。

北京蒲蒲蘭オフィスの様子
Photo by 馬場公彦氏
 当初は「絵本」を中国に普及させるという目的で、「蒲蒲蘭絵本館」という中国初の絵本専門書店を北京で開業した。もともと北京に留学・就業経験を持つ石川郁子氏(初代総経理)がその陣頭指揮に当たった。その後、2006年に北京蒲蒲蘭初の中国オリジナル絵本『荷花鎮的早市』を企画・発行した。とはいえ、絵本の企画・発行を母体とする経営が軌道に乗るまでに10年の歳月を費やしたという。

現在の運営状況

 いまは、創業以来、同社に勤務する張冬滙氏(董事総経理)のもとで、絵本の企画・発行以外の様ざまなIP開発にも乗り出そうとしている。経済と商業の中心地である上海と広州に支店を持ち、北村明氏(副董事長)は本社の管理部門の総責任者としての職責を担うとともに、両支店の管理監督に当たっている。

 社員総数は86名、うち日本人スタッフは北村氏のほか、上海勤務の江崎肇氏と北京勤務の松原智徳氏の3名のみ。残りの社員はすべて現地採用の俊秀である。社内組織と人員規模は、編集本部(選書・原稿依頼・編集業務・装丁・デザイン)16名、市場発行本部(取次への販売、IP戦略、営業宣伝業務)40名、制作物流本部(印刷・物流業務)6名、版権部(海外版権オファーとIP戦略業務)3名、管理本部(人事・財務・総務・法務業務)8名である。

 年間の企画・発行は50点程度で、そのうち海外版権のものが30数点で、オリジナル作品は10~15点。海外はポプラ社本社の版権だけでなく、日本のみならず欧米中心に他社の児童書も扱う。

 2020年の年間実質売上(通常決算では定価に販売部数を乗じた名目売上を公表するが、中国では書店での割引販売が認められているため、実質売上額はそれよりも低い)は約30憶円。そのうち、オリジナル作品の売上はまだ10分の1程度にとどまる。

総力を挙げての選書企画

 選書の手続きと基準についてはどうなのだろう。

「編集のスタッフは長い間ここで働いてきた経験と実績があります。みなそれぞれの指標を持っています。選書会議では編集部員のほか、版権部と市場発行本部のほか、総経理も参加します。版権部は海外タイトルの書籍情報について、市場発行本部は売れ行きの可能性について発言します。最後にみんなの意見を総合して出すか出さないかを判断します。」[李波氏(編集本部編集長)]というように、日本の多くの出版社の場合と変わらない。

 海外版権を輸入する場合については、海外版権の新刊情報をまとめて編集本部に提出し、選書の対象となった場合は、市場発行本部との合議でオファーするかどうかを決める。版権交渉には現地のエージェントを使うこともあるが、版権部が海外の出版社と直接交渉することもあるという[王蒙氏(版権部)]。

 中国では、民間企業は本の発行人になることはできない。出版社と協力して、その出版社に発行人になってもらう。そのさい、書誌情報(作者・題名・内容)を出版社に打診する。その出版の許諾、承認が得られたら、さらに翻訳原稿が仕上がってからの内容チェックを経て書号が取得されるという手続きが必要となる。企画から原稿を印刷所に渡すまでの手続きは、数カ月かかっている。

 したがって、たとえば日本の作品を企画する場合、日本と同時発売するつもりなら、日本の出版元、中国の協力出版社との綿密なる事前交渉が必要となる。

オンライン/オフラインのパブリシティ

 どのような販売戦略を立てているのか。

 李氏によれば、年末に翌年度の発売予定リストをもとに、市場発行本部の意見を取り入れて、ABCランクを決める。Aは最も注力する本として特別の計らいをし、Bは内容に応じた独自の販売戦略を立て、Cは通常の方法で拡販を行う。

 作品を宣伝する場合、オフラインでは読者を招いてのサイン会や講演会などの交流イベントを開いて拡販を行い、オンラインのほうはネット書店やSNSでの宣伝を優先する。SNSで宣伝するポイントは、KOL(Key Opinion Leader:重要なインフルエンサー)を誰に依頼するかだ。

 KOLに本の推薦や宣伝をしてもらうことで、本のターゲット層に対する情報発信力を高めるためである。SNSの選択にあたっては市場発行本部が主体となるが、内容にかかわるため、編集本部も協力する。

 宣伝費は売上の3%ほど。日本は通常10%と言われる。新聞に公告を出したり、広告1本ごとに宣伝費の実額を負担したりする日本とは違う。電商(EC)の側も自分たちが売っただけもうけになるので売上に協力することになる。

 日本では各出版社が頭を悩ませている返品問題はどうなのだろうか。中国にも返品はあるが、通常25~30%のところ北京蒲蒲蘭の場合、10%以下だという。張氏によると、3カ月先の予測販売数を割り出して、在庫をもたないように心掛けているのだという。

慎重かつ大胆にIPの拡大戦略へ乗り出す

 いわゆる「90後」の若者を中心に読書離れが進み、従来の紙の書籍ではなく、携帯を通して、電子化された書籍・オーディオブック・ビデオなどIPコンテンツを楽しむようなスタイルが定着した。この消費性向に対応して、文化コンテンツ産業は大きな転換を迫られている。

 出版業の場合、紙本の出版だけでなく、電子書籍やオーディオブックというマルチメディアへの製品化に対応することと、翻訳・演劇・ドラマ・映画・キャラクターデザインなど、版権の2次加工を積極的に展開するIP戦略への取り組みである。

 北京蒲蒲蘭は親が子を膝に抱いて紙の本を開いて読み聞かせをするという、絵本ならではの読書スタイルへの強いこだわりを持っている。と同時に、日本のポプラ社は同社コンテンツのキャラクターを活かしたグッズやテレビアニメなど、IP戦略にも乗り出している。北京蒲蒲蘭はどのように対応しようとしているのだろうか。

北京蒲蒲蘭オフィスの様子
Photo by 馬場公彦氏
 同社では版権部がオーディオブックと電子書籍をとり扱い、IP開発と商品化は市場発行本部の中に専門チームを設けて展開している。具体的には他社と協同してのキャラクターデザインや玩具・服装・小さな電化製品(子ども用トースターのような)・食器・文房具など商品開発である。さらに『ティラノサウルス』シリーズが中国で大人気の宮西達也氏の原作を使った児童劇の演劇化権などは、版権部とIP部門が共同で扱っている。

 新型コロナウイルス感染症の蔓延以降、電子やオーディオの問い合わせも多くなっており、今後は紙本以外への展開が期待されている。同社での紙本以外の商品開発はまだ始まったばかりで、売上比率は小さいというが、事業として発展させていきたいと期待を寄せている。

盗版問題への活路開かれる

 ではなぜこれまで電子への取り組みには慎重だったのか。読み聞かせという親子の読書行為を尊重して、紙を重視してきたことはもちろんだが、張氏によると、「ネット市場の安全性」も考慮してきたという。

 海賊版、PDF版が勝手に印刷・製本されて電商で売られていたり、オーディオコンテンツの専用サイトで個人的な使用が行われていたりもする。

 法務部の陳潔氏(高級経理)によれば、権利侵犯者に警告書を送り、プラットフォーマーに「投訴(クレームの報告)」をしているが、一部の事業主は削除などの措置には積極的には取り組んでくれないという。

 陳氏は今年1月から施行された民法典や、6月1日から施行される著作権第3次改正を今後の業務に生かすよう研究している。それらの関連法の施行により知財権侵害の違法行為は厳しく罰せられる。今後は訴訟などの法的手段を検討する機会が増えてくるかもしれないという。

 また同法で著作権保護がより手厚くなったことから、会社の方針により、出版契約書は去年のうちにひな型を修正したという。オーディオブックの製作に関しては、著作権保護の観点から内容の同一性保持の原則に立ち、他社がオーディオブックを作り北京蒲蒲蘭が許諾する場合は、製品を審査して許可を与えるようにしている。

オリジナル作品を育て広げたい

 北京蒲蒲蘭の商品ラインナップは、主軸となるのが0~6歳を対象とした絵本館。絵本館以外のブランドとして、芸術館・科学館(7~8歳向け)・文庫(大人向け)・童書館(5~6歳から小学校の2~3年生までを対象に、絵本を卒業した後に読み始める『かいけつゾロリ』や『おしりたんてい』のような読み物)がある。とりわけ科学館は市場の需要があり、今後拡大したいが、競争も厳しいという。

 中でも今後、注力したいのはオリジナル作品の企画だ。

 15年前に北京蒲蒲蘭が絵本事業に乗り出し、そのころ初めて絵本を見て育った7~8歳の読者はいま20歳そこそこ。本格的に絵本作家・画家が育つのはこれからだという。

 李氏によると、北京蒲蒲蘭のオリジナル作品は出版するまでの製作期間が長く、1作あたり物語の構成から相談して、下絵、作画、修正を重ねて数年かけている。絵本の価格は相対的に高くなるが丁寧な本づくりを重視しているという。

 さらに同社は、「萌」という月刊雑誌も作っている。親向けの雑誌部分と子ども向けのペーパー絵本とがセットになった商品で、1冊23元。9万部の発行部数というから、年間で100万部を越える発行量となる。編集本部の中に月刊「萌」編集部があり、4名のスタッフが担当。今後は小学生向けの版も準備をしており、雑誌と本とSNSとの連携にも力を入れようとしている。

 中国政府は著作権を含め国産オリジナルの知財権の普及と海外展開を国家戦略として推進している。絵本においてもオリジナル作品の創作と出版を重視しており、中国の絵本文化の急速な発展も相まって、出版市場でもオリジナル作品が増えつつある。読者のオリジナル作品の購買意欲も高くなるとみて、北京蒲蒲蘭としてもよりオリジナルの企画を強化しており、今後の展開に期待したい。

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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