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2021年6月20日~26日は「アマゾンから消えた反ワクチン本が復活」「『はじめの一歩』電子版解禁で“にどめの一歩”」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります。
【目次】
政治
紙とデジタルの教科書 ”小中学校では無償提供を” 自民が提言 | IT・ネット〈NHKニュース(2021年6月22日)〉
デジタル教科書も紙の教科書と同様に無償化を、という要望はいずれ出てくると思っていましたが、自民党から提言が出るというのは正直意外でした。教育再生調査会のプロジェクトチームで、主査はヤンキー先生こと義家弘介氏(元文部科学副大臣)。実に良いこと。国は教育にもっとお金を使うべきです。
補償金額、送信範囲…課題山積の図書館メールサービス 改正著作権法成立、現場は「時間との戦い」〈産経ニュース(2021年6月23日)〉
産経にしては珍しく(失礼)今後の課題についてあまり偏ることなくきっちりまとめています。「反対の声」を集めるのではなく、「こういう課題がある」というまとめ方だとだいぶ印象が違いますね。
しかし、この記事で新サービスを実施できるのは「特例図書館」と表記されていますが、条文では「特例」ではなく「特定」図書館等なのですよね。ちなみにこれ、図書館法の「特定図書館(教育委員会ではなく条例により首長部局に移管された図書館)」とは別の概念みたいです。ややこしい!
社会
コロナ禍で違法読み聞かせ動画が急増 絵本はなぜ電子書籍化されにくいのか〈Forbes JAPAN(2021年6月20日)〉
これは文化的要素が強いな……と思ったので、あえて【経済】ではなく【社会】に分類してみました。紙の絵本を「スキンシップのツール」「外の世界への窓」として捉えているから、というのがデジタル化されにくい理由とのこと。手触りなど「物理ならでは」の要素が、まだ圧倒的に強いジャンルということなのでしょう。
ただ、デジタル化にもメリットがあるとして「絶版という概念がありません」と言っているのは、残念ながら「そうではない」と言わざるを得ません。後述の『はじめの一歩』のように著者の意向とか、版元が変わるとか、書店側で扱ってくれなくなったとか、何かしらの事情で配信が停止される事例は珍しくないのです。
経済
メルマガ配信の「サブスタック」になぜ著名ライターがこぞって移籍するのか | “億単位”を稼ぐ書き手も次々に登場!〈クーリエ・ジャポン(2021年6月21日)〉
メルマガ改めニュースレターが流行り始めています。本稿は有料記事なので後半は読めていないのですが、「“億単位”を稼ぐ書き手も次々」なんて煽り見出しに誘われてしまう人も多いであろうことは予想できます。すごーく嫌な予感がしています。
有料メルマガが流行り始めたころにも言われていたことですが、編集の手が入っていない粗雑な内容で、もちろん信頼性も担保されていないようなニュースレターが大量に発行され……なんて近未来が想像できてしまいました。嫌だなあ。こんな予感、当たらないで欲しい。
集英社の「セブンティーン」と「マリソル」が定期刊行終了 全女性誌・男性誌が新体制でDX強化〈WWDJAPAN(2021年6月22日)〉
周囲の業界人がどよめいていたニュース。ウェブのみへいきなり移行するのではなく、年数回はプリント版も発行するとのこと。2013年にマガジン航へ「情報誌が歩んだ道を一般書籍も歩むのか?」という論考を寄稿したとき、こんなことを書いたのを思い出しました(↓)。
“週刊で発行していたものを隔週刊に、隔週刊で発行していたものを月刊にといった形で、「撤退戦」を余儀なくされています。”
“私がいた会社も恐らく近い将来、どこかのタイミングで「紙媒体の発行をやめる」という判断をせざるを得ない時がくると思います。”
たまたま最近「どうなっただろう?」と思い調べてみたところ、ウェブのみになっちゃった媒体もありましたが、古巣はまだギリギリ月刊誌で踏みとどまっていました。私が在籍していた当時から言われてましたが、ほとんど広告宣伝費扱いなんだと思います。物理的に書店やコンビニへ並んでいることで認知を向上させ、ウェブへの誘導を図るという。物理レスだと、認知してもらうのが大変なんですよね。
アマゾンから消えた「反ワクチン本」、版元の抗議後に復活 広報「誤って販売が停止されておりました」〈J-CASTニュース(2021年6月23日)〉
いろいろ物議を醸した対応。アメリカでも自閉症治療法と称する非科学的な本が削除された事例がありましたし(↓)、日本でも青少年健全育成条例で「不健全図書」に指定された本は問答無用で消えたりしているので、削除対応そのものはそれほど珍しい話ではありません。
ただ、版元からの抗議で復活する、というのはかなり珍しい気がします。私が知らないだけで、こういう事例は他にもあるのかしら? J-CASTの記事には当初アマゾンから削除された経緯が書かれていないのですが、実はいちユーザーからのクレームが発端です(↓)。
アマゾンジャパンではなく、アメリカ本国のアマゾンに訴えた、というあたりがポイントだったのかもしれません。当初「コンテンツガイドラインに準拠していない」という説明だったのが、のちに「誤って販売が停止」と覆ったあたりの一貫性のなさからも、指揮系統と意思伝達の問題を想像させられます。
ウルトラマン評論本を回収、断裁措置「著しく正確さを欠く」大江健三郎氏に関する記述に誤りと切通理作氏が指摘〈よろず~ニュース(2021年6月23日)〉
回収、断裁。単なる事実誤認ではなく、先行研究の前提を完全に間違えているという致命的なミスです。これ、どうやら元になっている博士論文の時点から間違っていたようで、査読で見逃されてしまった問題でもあります。仮に自分が編集者の立場だったとして、どうやったら防げただろうか? と考え込んでしまいました。著者以上に周辺資料を読み込んで理解しておく必要があるわけですよね……厳しい。
紆余曲折を経て「はじめの一歩」電子版“解禁” マガジン電子版でも連載へ〈ITmedia NEWS(2021年6月23日)〉
ついに! 残る大物漫画家は、浦沢直樹さんくらいでしょうか[追記:水島新司氏や長谷川町子氏など、まだいますよという指摘をいただきました。ありがとうございます。]。以前は1~60巻と100巻の電子版を配信していたのが、2015年に週刊少年マガジン電子版が始まったときに掲載を許可せず、電子版の配信も停止に――という紆余曲折あった過去を、ちゃんと書いている記事です。ファンから「大きな一歩」と声援が飛んだ、という記述には思わず苦笑い。実は講談社のリリースには「にどめの一歩」と書かれていたんですが、このワードを採用したメディアは無かったみたいです。
Twitter、ユーザー収益化のチケット制「Spaces」と「Super Follows」開始〈ITmedia NEWS(2021年6月23日)〉
Twitterを通じて直接収益化、がついに。チケット制スペースは、私のアプリの「収益化」メニューにはすでにありました。フォロワー1000人以上で、過去30日間に3回以上スペースをホストし、18歳以上で申込み可能と、わりとハードル低め。スーパーフォロワーのほうは、まだアメリカ限定みたいです。
今後は「お金を稼ぐ」ことを目的に、目の色を変えて(というか円マークにして)Twitterをやる人が増えるんでしょうね。完全否定するつもりはありませんが、なにかが大きく変わっていってしまう気がします。日本は利用者数多いから、影響大きいだろうなあ。
Naver、買収した小説創作SNS「Wattpad」をウェブトゥーン事業と統合——世界展開を本格化〈BRIDGE(2021年6月25日)〉
Naver’s newly merged Wattpad WEBTOON Studios aims to “knock down every remaining border in entertainment”〈The New Publishing Standard(2021年6月25日)〉
韓国Naverが、今年の初めに買収したカナダの小説創作プラットフォーム「Wattpad」をNaver WEBTOONと統合、「Wattpad WEBTOON Studios」を設立するとのこと。予想されていた通りの動きではあります。
ただ、The New Publishing Standardの冒頭では「45億回の読書は確かに驚異的ですが、慎重に数字を扱ってください」と警告している点が非常に印象的。確かに、本の販売数と、ページビューは単純比較できませんよね。
同様に、「アプリ市場で1位」というアピールもよく見かけますが、それはアプリ内決済での話だという点も改めて指摘しておく必要があるでしょう。アプリ外での決済が強いサービスを無視し、結果、過小評価させる傾向があるように思います。
優れた編集眼が創り出す上質の普及書 新経典文化股份有限公司(前編)――中国出版業界訪問記〈HON.jp News Blog(2021年6月25日)〉
商機を求めIP新規事業に乗り出す 新経典文化股份有限公司(後編)――中国出版業界訪問記〈HON.jp News Blog(2021年6月26日)〉
おなじみ、北京大学・馬場公彦さんによる、中国の出版社「新経典」の取材レポートです。上場していて社員数400名の出版社というと、日本ではインプレスグループくらいの規模感でしょうか。リアル書店も経営しているなど、かなり先駆的な取り組みを行っている企業のように思われます。
技術
日本語のルビ、電子テキストの国際ガイドラインに導入〈大学ジャーナルオンライン(2021年6月22日)〉
TEI(Text Encoding Initiative)って、恥ずかしながら知りませんでした。このプロジェクトが策定している人文学向けの電子テキスト国際ガイドラインに、日本特有のセマンティクス(意味論)が導入されたとのこと。
ガイドラインの詳細(↓)を確認してみたところ、place=”right” とか “left” という記述で、縦書き本文の左右両側にルビを振ることが可能になる、ということのようです。「打球場」の右に「ダキュウ」、左に「ビリヤード」という例が示されていました。いわゆる「両側ルビ」です。
W3Cの仕様だと、rtc要素とCSSのruby-positionで指定できるようですが、縦書きWeb普及委員会のページでも実装はできていない(画像で表示している)ところを見るに、主要ブラウザが未対応のようです。どちらの仕様も進化途上、ということなのでしょう。
Windows 11発表。年内提供予定でWindows 10からは無償アップグレード〈PC Watch(2021年6月25日)〉
「Windows 10は最後のWindows」ではなくなりました。デザインが大きく変わるのは、MeやVistaや8の悪夢を想起させられます。嫌な予感。Androidアプリが動くようになるのはいいのですが、Amazonアプリストア経由というのが……それ、電子書店系アプリは入手できないってことですよね? ううむ。なにか裏技が出てきそうではありますが。
なお、互換性チェックプログラム(↓)で調べてみたところ、私がいま仕事で使っている2年前に買ったメイン機は対象外でした。無償アップグレードできるとはいえ、要求要件がけっこう厳しいようです。とくにIntel CPU第8世代以上というのがキツイ。まあ、私はしばらく様子見ですね。
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