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【目次】
2年ぶりの開催――参加者延べ10万人を突破
「いやあ、凄い人出。コロナ以前よりも多いですよ」
出版社が展示したブースを尋ねると、関係者は紅潮した顔で異口同音にそう言った。
北京市街のオフィス街朝陽区の北京中国国際展覧センターで、さる2月24日から26日にかけて開催された「北京書籍受注内覧会(「北京図書訂貨会,Beijing Book Fair)」を訪ねた。
全国の出版社・出版関連会社がブースに新刊書籍を展示し、全国の書店および仲介業者が集まって書籍受注のための商談をする展覧会。1987年から開催され、今年で第35回を迎える。昨年はコロナのため、初めて休会となった。
主催団体である中国出版協会及び中国書刊発行業協会によると、今回の現場の参加者は延べ10万人を超えた。コロナのさなかの2021年3月の8万人を凌ぐどころか、コロナ前の2019年1月と翌年1月の95000人をも上回る1第35回北京図書訂貨会の会場で配布されていた会刊(プロシーディングス)より。。
関係者以外立入禁止の初日の午後、訪れたところ、1~8号館までの全ホールで、人流の波に押しつぶされそうだった。入場に当たってはネット予約と身分証(外国人はパスポート)提示と荷物検査だけで、PCRの陰性証明や健康コートの提示は求められなくなった。マスクを着用していない参加者も多い。ほんの80日ほど前までの厳重なコロナ対策が嘘のような光景だ。
主催者によると、出展した機関は710、展示ブース総数は2793(前回比9.1%増)、展示書籍は40万点余、出版関連の文化イベントは345件(うち68件が館外での活動)、図書館向け展示書棚が645で展示された書籍が12万点余、図書館向けのみの取引総額は 9600万元(約18億6240万円)2本年2月の平均レート1元≒19.4円(※以下同)に達する。
中国書籍発注事情――取次と発行部門
そもそも中国の出版業界でこれほどの規模の年中行事が開催されているのは、書籍発注の国内システムによる。中国では、日本のようにトーハン・日販はじめ取次業者の全国の書店向け受発注および流通システムが完備されていない。さらに近年、大都市部を中心とする民営書店の増加に伴って、従来の取次および小売機能を兼備した国営の新華書店以外に、個別の民営書店向けの仲買商が業務を拡大しているほか、図書館向けの選書発注業者もある。
今回の内覧会ではこれらの仲買業者3000社が参加した。各出版社においても、出版社側が書店向け自社本の受発注および拡販を司る発行部門を、営業・宣伝部門とは別に完備していることも、それに該当する部署を持たない日本の業界との大きな違いだ。いわば日本の出版業界あるいは出版社が定期的に開いている、新刊書の取次説明会のような機能を担っている。
様変わりした会場の光景――ライブコマース花盛り
各ブースで繰り広げられているのは、出版社と取次との間で、額を突き合わせながら商品目録に受注商品のチェックを入れている光景だろうと想像していた。ところがまったくそのような場面には出くわさなかった。
各ブースのいたるところで視界に飛び込んできたのは、丸テーブルで、あるいは透明ガラスで覆われた別室のスタジオで、携帯電話をセットした三脚スタンドの自撮りリングライトに向かって、出版社の担当者とゲストが、必死になって書籍を売り込むライブコマース(「直播」)の現場だった。むろん多くの仲買業者が集まっているから、小売書店向けの受発注はルーティーン業務として行われていることだろう。だが、出版社は会期中の3日間に世間の注目が集まることを見越して、インターネットを通してビデオメッセージを集中的に発出することに、より精力を注いでいるようだ。ユーザー向け直販で短期的に売上を確保しようという目論見が伝わってきた。
インフルエンサーの影響力が腕の見せ所
そういった会場の熱気をとらえての事だろう。会期後のネットニュースでは主にライブコマースでどのようなインフルエンサーによりどれくらい稼いだかという話題が飛び交っていた。
たとえば国営出版社数社が集まって形成する出版グループとしては最大級の北京出版集団は、最強のインフルエンサー・周洲に要請して3日連続で同グループの児童書を中心とする書籍を推薦してもらい、200万部余りを販売した3https://finance.sina.com.cn/jjxw/2023-02-26/doc-imyhztrt5017882.shtml。
周洲(47歳)は、CCTV(中国中央テレビ局)児童チャンネルの元キャスターで「周洲おねえさん」で知られる。6年前に同社を辞めて親向けの児童教育専用個人IPを開設し、扱う商品の7割は書籍でとりわけ絵本が多く、ライブコマースのインフルエンサーとしてサイトの取引月額は200万元(約3880万円)に達する4https://zhuanlan.zhihu.com/p/435647076。
省別の連合ブースでは、湖南省グループは会期中121時間のオンライン・ライブコマースを行い、685万人が視聴し、1日当たりの打ち上げが書籍の定価ベースで(値引き後の価格ではない)100万元(約1940万円)を超えた5https://baijiahao.baidu.com/s?id=1759084877058809982。
激烈な価格競争
過熱化するライブコマースでの戦術は、強力なインフルエンサーを招いて、新刊の魅力をアピールしてもらい、消費者のお買い得感を引き出すということだろう。そこには学校教材以外の書籍の再販売価格維持制度がないため、価格は販売者が自在に決定できるというシステムを背景に、取次と書店が介在しない直販のチャンスを短期的にフル活用して一気呵成に売り抜けようという商魂がある。問題は値引き合戦のチキンレースに、どこまで出版社が耐えられるか、である。
今世紀に入ってネットコマースでの書籍購入が始まり、ここ数年はコロナ禍の巣ごもり需要もあって、いまやネット書店とリアル書店の売上額は2:8にまで差が開いた。さらにショートビデオやライブコマースによる宣伝・販売方式が現れ、市場小売価格戦が激烈化していった。
値下げ競争を食い止めるには
メディア研究者によると、この背景には、パブリックドメイン(「公版」)になったロングセラーのコンテンツを各出版社がこぞって出版する際に、値下げで読者にお得感をアピールするようになったことがある。また、ネット書店側が販売部数によるランキングによって読者の購買意欲をあおるため、売上額よりも流通量を重視するようになったことがある。
この結果、中国で発行されている書籍は、価格引き下げ競争が過熱化し、値崩れを来たしている。そのしわ寄せは出版社の利益減と、著作権が生きているコンテンツについては著者の印税減につながる。
出版業界をめぐるこの「悪性価格競争」の改善策として、立法措置による書籍定価制度の確立、ネット小売書店での販売価格をめぐる監督強化、出版社のネット向け発行部門の技能向上、諸外国の書籍定価制度の参照と導入などが指摘されている6陳矩弘、韓建民「我国書業悪性価格競争成因、治理困境及対策」『出版広角』総第421期2022年第19期。
周知のように日本では再販価格維持については、独占禁止法との間のすり合わせ、書店の価格設定への自助努力、生産過剰と過度の返品などから、見直す声が各方面から聞こえてくる。適正な価格設定を再考する際には、値下げ競争の自縄自縛状態に晒されている中国の実情をも視野に入れてみる必要があろう。
とまれ、今回の内覧会に参加して、3年のコロナ禍を経て、中国出版業界に活気が戻ってきたことを実感した。夏には例年より早く6月15日~18日に北京国際図書博覧会(BIBF)が開催されることになった。2020年はオンライン開催、2021年はオフライン開催ながら小規模開催で日本からの出展はなしということで、2019年夏以来、4年ぶりに世界各国からの業界人が版権販売をめぐって一堂に集うことになる。ビザ発行が順調にいけば、日本の各出版社や関係団体・関係者は満を持して北京にきて、戻ってきた活気を体感していただきたい。