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株式会社イーブックイニシアティブジャパンは10月1日、電子書店「eBookJapan」を全面リニューアルした。従来の ebookjapan.jp ドメインから yahoo.co.jp のサブドメインに変わり、ヤフー株式会社との共同運営になるという大改革だ。この狙いはどこにあるのか? 既存サイトはいつまで運用されるのか? 規約はどうなるのか? などの気になる点を、代表取締役社長 小出斉氏にぶつけた。
※ 本稿では便宜上、ebookjapan.jp ドメインのサイトを「既存サイト」、yahoo.co.jp サブドメインのサイトを「新サイト」と表記する。
ヤフーの膨大なデータをフル活用するためのサブドメイン化
── まずは全面リニューアル、おめでとうございます。
小出 ありがとうございます。
── 7月2日にリリースされたiOS版「ebookjapan」は、まったくの新アプリとしてリリースされたので、正直驚きました。10月1日のプレスリリースで、既存サイトを新サイトへ移行していく予定なのがわかったのですが、ズバリ、この狙いはどういったところにあるのでしょう?
小出 まず、2016年にヤフーグループ入りしたときの狙いからお話しますね。ヤフーやその親会社のソフトバンクグループの持つ膨大なタッチポイントを活用することで、当社の最大の弱みである集客面をなんとかしたい、という狙いも多少はありました。ただ、ヤフーにはすでに「Yahoo!ブックストア」があったので、ヤフーからの誘導には、あまり大きな期待はしていなかったんです。誘導がもらえたらラッキーくらいの。
むしろ、ヤフーやソフトバンクが持つ膨大なデータを活用したい、というほうが狙いとしては強かったです。ヤフーは非常に多くのサービスを展開していますし、毎月多くの方が膨大な数の検索をするという大きなメディアです。ユーザーの好みや関心事など、いろんなことがわかります。どんなニュースが見られているか、オークションで何が売られているか、ショッピングで何が買われているか、どこの天気が気にされているか。あとは、ソフトバンクユーザーの位置情報もあります。
そういったデータを活用することによって、だれに対しても同じオススメをするのではなく、1人1人に合わせたオススメを、その人のTPOに合わせてお届けする。そういうふうに進化していかないと、この業界で勝ち抜いていけないという危機感がありました。ヤフーとソフトバンクの力を活用すると、新時代のパーソナライズド・レコメンデーションがやれるようになるという狙いで、ヤフーグループに入ったんです。
── なるほど。
小出 ところが、ヤフーのデータを活用するにはヤフードメイン上のほうが、ヤフーのデータを存分に活用しやすいという大きなメリットがある。だから、イーブックイニシアティブジャパンとして独立した状態ではなく、ヤフーのサービスの1つとして発展していくほうがよい、という判断をしたんです。
── ヤフーのサブドメインに変わるのは、そういう大きな意味があったんですね。
小出 そうなんです。あとは、イーブック独自のIDから、Yahoo! JAPAN IDに変えることが中心的なテーマです。ポイントも、eBookポイントではなく、Tポイントになります。
── となると、もういっぽうの「Yahoo!ブックストア」はどうなるのでしょう?
小出 ヤフーグループに入るときにも「将来の統合を検討します」というリリースをしているとおり、検討しているのは確かです。ただ、「Yahoo!ブックストア」には、女性マンガが多く売れるという大きな強みがあります。イーブックは男性マンガがたくさん売れる。かなり色合いが違いますので、現時点としてはそれぞれ進めていくのが良いだろうと判断しています。
── 当面は並立する、と。
小出 そうですね。出版社営業の窓口やシステムの一部は、今回のリニューアルも含め、だいぶヤフーとイーブックのチームが一体化しつつあります。ユーザーに見えるところは一緒になっていませんが、当社の体制面ではシナジーが生じ始めています。
── 新サイトの数字的なところって教えていただけますか?
小出 すみません、まだ公表していません。ただ、iOS版アプリは順調にユーザーが増えてますし、アプリランキングでもなかなかいい位置に上がってきていると思っています。
── 既存アプリに比べると、無料で読めるところが強くなっていますよね。無料マンガアプリと、販売・閲覧アプリの良いところが、うまく融合しているように思います。
小出 まさにそれが狙いです。我々の一番の競合は、ゲームや無料の動画やソーシャルメディアなどです。マンガもエンタメコンテンツの一つとして素晴らしいんですよ、ということをユーザーに理解してもらうという競争だと思っています。ほかのコンテンツはフリーミアム体制になっていますから、我々もフリーミアムでユーザーに利用してもらうのは、今後の時代を見据えるとマストだと思っています。
── となると、今後たとえばサブスクリプションという方向性も?
小出 サブスクリプションは以前「Yahoo!ブックストア」で一部やっていましたが、残念ながらコンテンツがあまり集まらず利用者数も伸びなかったため、ソフトバンクグループの「ビューン」に統合してもらいました。いまは若干距離を置いていますが、チャンスがあればまたいつでも出て行きたいとは思っています。
既存ユーザーに「新サイトのほうがいいね」と支持してもらえるまで既存サイトは潰せない
── 今回のリリースは、既存サイトの「全面リニューアル」という位置づけになっています。ところが、既存サイト側にはこれにまつわるお知らせがまだ出ていないようです。これはなぜでしょうか?
小出 新サイトの出来がまだあまりよくなくて……(苦笑)
── あらら。
小出 もちろん社内でのテストはしっかりやったあとでのリリースではあるのですが、まだ当社が得意としている大々的な特集であったり、さきほどお話ししたようなヤフーのデータを活用したパーソナライズド・レコメンデーションなど、あまりできていない状態にあります。また、既存サイトで好評な機能を、ユーザーからの要望を受け、新サイトにも実装すべく追加開発を行っている最中です。もう少し長い目で見ていただければと思っています。
── となると、プレスリリースには「既存ユーザーの混乱を避けるため、当面は既存サイトも並行運用する予定です」とありますが、既存サイトをいつまで運用するか、というのは決まっていたりするのでしょう?
小出 社内的な目標はありますが、それは公表していません。2つのサイトを運用しているとコストが余計にかかりますし、ユーザーに迷わせてしまうというデメリットもあります。早く新サイトに注力したいとは思っていますが、既存ユーザーがある程度「新サイトのほうがいいね」と支持してもらえるような段階にならないと、既存サイトを潰すわけにもいかない、とも思っています。
── 私の知っているヘビーユーザーの方が、既存サイトのにぎにぎしい特集を高く評価していて、新サイトを開くとなにか寂しいものを感じてしまうとおっしゃっていました。
小出 おっしゃるとおりです。
── 機能的なところでは、既存サイトにある「新刊オート便」や「欲しい本に追加」とか、レビューの投稿や閲覧といったものが、新サイトには見当たらないですよね。このあたりは、おいおい追加していく?
小出 はい、そうしていくつもりです。
ユーザーにとって大事なのは、我々のサービスが安定して続いていくこと
── 新サイトはヤフーのサブドメインになりました。気になっているのが、利用規約の扱いです。新サイトにリンクされているのは「Yahoo! JAPAN利用規約」です。この中には第1編の基本ガイドラインと、第2編の個別サービスガイドラインがありますが、「Yahoo!ブックストア」も「ebookjapan」も、個別のサービスガイドラインは存在しないようです。これはどちらも、基本ガイドラインで網羅されていると解釈すればいいのでしょうか?
小出 電子書籍特有の規約はないのか? ということですね?
── はい、そうです。
小出 基本は、Yahoo!JAPAN全体に適用される利用規約で対応します。
── それを前提とすると、既存サイトの利用規約との違いが気になります。ユーザーから高く評価されていた条文があるからです。
小出 はい。
── たとえば、第10条禁止事項の8.で「但し、会員の死亡によりその地位を相続した場合における当該相続人(単独で会員の地位を相続した者に限る)のする行為を除きます」とあり、相続のことまで考慮している利用規約は、他にはない特徴として評価が高いです。
小出 ヤフーの他のサービスとの整合性があるため、この条項はなくす方向です。実際のところ「相続したい」といった問い合わせを受けたことは一度もないんですよ。創業からの志良しやと高く評価いただいているのは、よく理解しているのですが。あとは、結局それで出版社を口説けているかというと、残念ながらそういうわけでもない状況です。それを、現状に正していく、ということになります。
── あとは、第25条クラウド本棚サービスの2.の「退会、会員の登録取消もしくは本サービス終了までにクラウド本棚から預け入れたコンテンツデータをすべて取り出す(ダウンロードする)必要があります」という記述も評価が高いです。
小出 こちらも、もちろん現状でも退会前にダウンロードいただけるのですが、これほどOSのアップデートが頻繁に行われていく時代です。ダウンロードしたあともずっと読み続けられるか? というと、数年も過ぎれば端末が陳腐化してサポートできなくなります。ユーザーのメリットはあまりないのではないか、と。
── 確かに実際、他社でサービス終了時に「ダウンロードした端末では読み続けられます」という形になってる場合もありますが、おっしゃるとおり、数年で端末がダメになってもう読めなくなってしまったことがありました。
小出 ユーザーにとって大事なのは、我々のサービスが安定して続いていくことです。そういう期待感を持っていただけるような、しっかりとした運用をしていくことです。ヤフーグループに入ったことで、安心感を一層高めていただいたと思います。そういった点を重視しています。
── ありがとうございました。
無料マンガ部分を既存アプリに追加するのではなく、完全リニューアルをしたのはなぜか? 話を伺うまで正直よくわからなかったのだが、ヤフーグループに入った大きな目的の1つである「データの活用」が、独立したサイトのままでは充分に果たせないという話を聞き、得心がいった。
規約についても、「創業以来の志」ももちろん大切だが、現状に即したものに柔軟に変えていくことも必要なのだろう。「既存ユーザーに『新サイトのほうがいいね』と支持してもらえるまで既存サイトは潰せない」という言葉に、ユーザーを大切にする同社の変わらぬ心意気を見た。
参考リンク
電子書店「ebookjapan」