《この記事は約 23 分で読めます(1分で600字計算)》
コロナ禍によって非来館型サービスのニーズが高まり、ようやく公共図書館に「電子図書館」サービスが導入されるようになってきました。しかしすでに、次の課題が見え始めているようです。
【目次】
前提
本題へ入る前に、本稿の前提についてご説明します。「電子図書館」という用語と、関連する著作権法についてです。
本稿で扱う「電子図書館」について
電子図書館という言葉の示す範囲は、存外に広いものです。たとえば「青空文庫」はトップページに「インターネットの電子図書館」と掲げ、誰でも自由にアクセスできる電子テキストを配信しています。ほかにも「国立国会図書館デジタルコレクション」や、デジタルアーカイブ、機関リポジトリ、データベース、電子ジャーナルのことを思い浮かべる人もいるでしょう。英語圏ではこういったサービスを総称し、デジタル・ライブラリー(digital library)と呼んでいるようです。
ところが、最近の新聞報道などでよく用いられている「電子図書館」という用語の示す範囲はもっと狭く、電子図書館サービス事業者(電子書籍のディストリビューター)から図書館向けに有料でライセンス提供され、利用者は物理メディアを借りるのと同じように、1ライセンスにつき1度に1人だけが無料で借りられる(Single User Model)といった、利用者のアクセスやコピーがDRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)によって厳しく制御される形式の「電子書籍貸出サービス」のみを示す場合が多くなっています[1](1度に3人までなど、複数名の同時アクセスが許されているモデルも存在します)。
本稿では、前者の広い意味を示す場合は、後者と区別する意味で「デジタル・ライブラリー」と表記します。また、後者の狭い意味を示す場合は、とくに断りなく「電子図書館」と表記します。
著作権法による権利制限について
著作権の支分権の1つに「貸与権」があります(著作権法26条の3)。自分が買った本であっても、著作権者の許諾を得ずに他人へ有料でレンタルすると、権利侵害となる可能性があります。しかし、非営利無償の貸与であれば、権利が制限される例外規程があります(著作権法38条4項)。図書館の館外貸出はこの権利制限に該当するため、著作権者に無断で貸出が可能となっています。
しかしこれは、物理メディアに限った話です。デジタルコンテンツをインターネット経由でユーザーへ提供する行為には、「公衆送信権」が絡んできます(著作権法23条)。公衆送信権には、貸与権のような非営利無償の例外規定がありません。それは、DRMによってアクセス制御されていないデジタルデータは、自由にいくらでも劣化しないコピーが作成できてしまうため、権利者のビジネスを甚だしく阻害する可能性があるからです。
そのため本稿で扱う電子図書館においては、原則としてすべての作品がインターネットを通じた館外貸出ライセンスを得たうえで配信される形になっています。つまり、無断で貸出できる物理メディアとは異なり、すべて許諾が必要なのです。無断で配信すれば「海賊版サイト」になってしまいます。詳しくは後述しますが、電子図書館の次の課題を理解するには、これらの前提を頭に入れておく必要があります。
なお、著作権の消滅した作品(パブリックドメイン)はもちろん、誰の許諾も必要とせず配信することが可能です。また、デジタル・ライブラリーでは、著作権が存続しているか不明のうえ権利者の所在も不明になっている作品(オーファンワークス)を、文化庁長官の裁定制度[2]を用いて配信していたり、著作権者が自ら「自由に読んでもらってかまわない」と意思表示(パブリックライセンス)した作品を配信していたりもします。
現状
このような前提を踏まえたうえで、では現状の電子図書館はどのような状況にあるかを見ていきましょう。
普及率は?
冒頭で、ようやく公共図書館に「電子図書館」サービスが導入されるようになってきました、と述べました。一般社団法人電子出版制作・流通協議会(電流協)の調査によると、公共図書館で電子図書館を実施している自治体数は2021年10月1日時点で258、電子図書館数は251です(近隣自治体が複数連携して契約しているケースがあるため館数のほうが少なくなります)。都道府県を含む自治体数は1794なので、自治体ベースの普及率は約14.4%となります[3]。
この自治体数を分母として算出した普及率には、異論もあるようです。公益社団法人日本図書館協会(JLA)によると、2020年時点の日本の公共図書館総数は3316です[4]。こちらを分母として館数で計算すると、普及率は約7.6%となります。
ただし、JLAの公共図書館総数には、同じ自治体の中で本館から物理的に離れたエリアをカバーする「分館」を含んでいます。電子図書館の利用条件はおおむねどこも「実施している自治体に在住もしくは在学・在勤していて図書館の利用カードを持っていること」であり、インターネット経由で利用できるため来館を必要としません。それゆえ筆者は、電流協と同様、普及率に分館数まで考慮する必要はないと考えます。
普及速度は?
筆者が本格的に電子図書館関連の情報を追いかけるようになったのは2013年7月ごろからですが、当時の実施自治体数はわずか10でした[5]。また、コロナ禍前の2019年10月1日時点では、実施自治体数は89でした[6]。7年かけて79増ですから、年平均で11あまり。以前の普及速度は非常に遅かったのです。そのため筆者も、2019年末の振り返り記事では「2020年に100館100自治体を超えるかどうか」などと書いてしまいました[7]。ところが、コロナ禍以降の2年間では169増と約2.9倍になったわけです。正直、隔世の感があります。
自治体への導入率は、自分の住んでいる(もしくは在学・在勤している)自治体が電子図書館を導入しているかどうかに関わってきます。筆者の住んでいる練馬区は未導入で、折に触れて公式サイト内を検索しているのですが、残念ながら検討している様子もありません。近隣だと西東京市は未導入ですが、三鷹市と武蔵野市は導入済みです。ただ、残念ながら筆者は在住・在学・在勤に該当しないため利用できません。
普及率14.4%というのは、イノベーター理論で言う「アーリーアダプター」層(新しいサービスや商品を比較的早い段階で利用する人)への導入段階です。つまり、いまのところまだ、首長が熱心か、議員に熱心な方がいる自治体だけに導入されているということになるのでしょう。2021年10月1日時点の電流協発表リストをGoogleマイマップにプロットしてみたので、参考にしてみてください。
アメリカの普及率は?
これに対し、アメリカではすでに2014年4月の調査時点で、公共図書館の95%が電子書籍を提供しています[8]。日本とのあまりの違いに目が眩みそうですが、どうやら2011年9月に電子図書館サービス事業者の OverDrive が Amazon.com と提携したことが大きなターニングポイントだったようです[9]。
これは、対象となる公共・学校図書館約11,000館の利用者IDで OverDrive にログインし、書籍を検索、“Get for Kindle” をクリックして Amazon.com アカウントでログインすることで、「Kindle」端末やアプリで電子書籍が借りられるというもの。
余談ですが、実は同様のサービスは、米ソニーが「Reader」端末を使った “Reader Library Program” で先行していたのですが、2010年9月時点で協力館30館と小規模な取り組みだったようです[10]。なお、残念ながら米ソニーの電子書店「Reader Store」は、2014年に北米市場から撤退しています[11]。
ラインアップは?
日本の話へ戻ります。電子図書館の普及率が急に高まったのは、コロナ禍での遠隔利用需要によるものであることは間違いないでしょう。では、このパンデミックが沈静化したあとも、電子図書館の普及率を高めていくには、どうすればいいのでしょうか? 筆者は、その鍵を握るのは、まず「ラインアップ」であると考えています。
2021年6月16日の朝日新聞記事「電子図書館が1年で倍増 紙にない魅力、ただ残念なのは」でも、同じような観点から問題点が指摘されています[12]。この記事では、千代田区立図書館の「千代田Web図書館」について取り上げています。
千代田Web図書館のラインアップは約1万点です。これに対し、千代田区立図書館全館の蔵書数は約50万点。50分の1程度に過ぎません。本稿執筆時点で、パブリックドメインの「青空文庫」が5832点と出てくるので、ライセンスを「購入」しているのは半分以下ということになります。
実はこの千代田Web図書館のラインアップは、比較的多いほうです。他の自治体では、少ないところだと数百点程度だったりします。筆者が知る中で最多クラスは、本稿執筆時点で東大阪市「ひがしおおさか電子図書館」の3万4686点です。そのうちパブリックドメインの「青空文庫」は5600点ほどなので、3万点弱は購入している計算になります。
しかし、東大阪市立図書館全館の蔵書数は約82万4000点です(2021年4月1日現在、雑誌・視聴覚資料を含む)[13]。電子図書館というサービスが、まだ産声を上げたばかりだということがよくわかります。
コンテンツ数は?
では、電子図書館事業者側が提供可能なコンテンツ数は、いまどれくらいあるのでしょうか? 電流協刊『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2020』によると、2020年7月から8月にかけて行われたアンケート結果では以下の表のような数字になっています。これは各社の申告数で、和書のみ、オーディオブックを含む、パブリックドメインは除きます。JDLSは日本電子図書館サービス、KCCSは京セラコミュニケーションシステムの略称です。
事業者名
|
サービス名
|
2018年
|
2019年
|
2020年
|
---|---|---|---|---|
図書館流通センター | TRC-DL |
60,000
|
74,000
|
85,000
|
丸善雄松堂 | Maruzen eBook Library |
60,000
|
70,000
|
80,000
|
JDLS | LibrariE |
40,000
|
52,000
|
61,000
|
メディアドゥ | OverDrive |
22,000
|
31,000
|
44,260
|
紀伊國屋書店 | Kinoden |
12,000
|
20,000
|
28,000
|
EBSCO Japan | EBSCO eBooks |
3,000
|
3,000
|
3,000
|
KCCS | ELCIELO |
–
|
–
|
3,000
|
このうち、各図書館でライセンスを購入した作品のみが、それぞれの利用者へ提供されます。この電流協の調査時点からは1年以上経っていますので、現状ではもう少し増えていることでしょう(電流協『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2021』は11月下旬の発刊予定)。たとえばJDLS「LibrariE」は、筆者が2021年7月に取材した時点で約7万2000点とのことでした。また、丸善雄松堂は「Maruzen eBook Library」のサイト上で「100,000タイトルを超えました」という告知をしています[13]。
電子書店と比べると?
では、一般ユーザーが直接購入できる電子書店のラインアップは、現状どうなっているでしょうか? 洋書まで含めると「Kindleストア」「楽天Kobo」「Apple Books」「Google Playブックス」といった北米勢は、すでに数百万点あるはずです。ただ、いずれも現在では具体的な数字を公表しておらず、実態を正確に把握するのが困難です。
国内勢では、凸版印刷系の「ブックライブ」がサイト最上部で数字を公開しており、2021年10月6日時点で「618,601タイトル 1,236,148冊」となっています。タイトル数と冊数に大きな乖離があるのは、同じシリーズの作品をまとめて1と数えるか、配信単位でカウントするかの違いです(紙版と同じ全何巻というシリーズもあれば、話売り・分冊版もあります)。
取り扱い書籍の一覧をファイルで公開している「BOOK☆WALKER」では、さらに詳細な分析が可能です。2021年10月6日に取得したデータ総計77万1723点の、ISBNの有無とカテゴリー別の点数を集計してみました。
ラインアップの52.2%が「マンガ」ですが、「実用」「文芸・小説」「ライトノベル」と続く他のジャンルもそれなりの数があることが分かります。なお、ISBNが無いラインアップの多くは、話売りの分冊版やボーンデジタルのショートコンテンツです。和書に限れば、こういった傾向は他の電子書店でもそれほど大きくは変わらないものと思われます。
カテゴリー
|
ISBN無
|
ISBN有
|
総計
|
比率
|
---|---|---|---|---|
マンガ |
233,894
|
169,107
|
403,001
|
52.2%
|
実用 |
39,571
|
110,018
|
149,589
|
19.4%
|
文芸・小説 |
35,940
|
80,604
|
116,544
|
15.1%
|
ライトノベル |
13,339
|
38,291
|
51,630
|
6.7%
|
写真集 |
22,764
|
1,388
|
24,152
|
3.1%
|
新書 |
1,083
|
14,519
|
15,602
|
2.0%
|
新文芸 |
629
|
7,059
|
7,688
|
1.0%
|
ゲーム |
123
|
1,685
|
1,808
|
0.2%
|
画集 |
580
|
384
|
964
|
0.1%
|
きせかえ本棚 |
745
|
0
|
745
|
0.1%
|
総計 |
348,668
|
423,055
|
771,723
|
–
|
つまり、一般ユーザー向けの電子書店では約80万点~100万点が売られているのに、電子図書館サービス事業者のラインアップは約8万点~10万点と、10分の1程度になってしまっているのです。これはいったいどういうことなのでしょうか?
課題
前掲の朝日新聞記事によると、電子図書館のラインアップが少ない理由は「図書館向けに電子化して販売されている本自体が少ない」「特にニーズが高い新刊の小説やベストセラーの本は、出版社や作家の許諾を得るのが難しい」「紙そのものへの愛着や、出版社によっては紙の本をまず十分に売ることを優先する方針などがあるから」などが挙げられています。本稿では、もう少し深掘りしてみます。
流通経路は?
この状況を理解するため、電子図書館サービスにはどのようなプレイヤーが関わっていて、コンテンツがどのように流通しているかを把握してみましょう。
そもそも電子化率がまだ低い
まず、著者と出版社のあいだで出版契約が結ばれます(①と②)。著作権法改正により2015年1月以降はこの際、電子出版権の設定が可能となりました。しかし、❶著者側が電子版を出したくないケースと、❷出版社側が電子版を出したくないケースがあります。
❶は「紙が好き」、❷は「電子は儲からない」など、さまざまな理由があるようですが、本稿では深追いしません。筆者と堀正岳氏の共同研究「日本における電子書籍化の現状(2020年版)」で、ISBNの存在する本のうち2019年の新刊電子化率は約3分の1である[14]、という現状を述べるに留めておきます。
出版社が図書館向けに卸してくれない
電子出版の契約が締結され、電子版が無事に制作できたとしたら、次は流通です。その流通経路は、電子取次を経由して電子図書館サービス事業者へ卸す(③と④)場合と、出版社が電子図書館サービス事業者へ直接卸す(②と④)場合があります。
いずれにせよ、「どこで売るか?」は出版社の販売戦略次第です。❸出版社の意向で図書館向けには卸さない(あるいは、少し遅れて卸すようにする)ケースと、❹電子取次が「この本は図書館向けではない」と断るケースも若干あるようです。電子版があるのに、❺著者の意向で図書館向けには卸さないケースというのが、実際に存在するかどうかは不明です。
❸は、紙でも昔から「無料貸本屋」論争[15]があります。近年でも、2015年には新潮社の社長が「売れるべき本が売れない要因の一つは図書館の貸し出しにある」と主張[16]したり、2017年には文藝春秋の社長が「図書館では文庫本の貸出をやめてほしい」とお願い[17]したり、といったことが話題になりました。
紙の本は、ひとたび取次流通に乗せてしまえば、書店の店頭に並んだ本を図書館が買うのを防ぐことはできません。ところが電子の本は「図書館には売らない」あるいは「図書館に売るのは後だ」と制御することが可能です。それは冒頭の「前提」で述べた著作権法の関係で、電子図書館で貸出する作品を配信するためにはすべて許諾が必要だからです。
実際、これまで取材をする中で、電子図書館サービス事業者から「出版社からなかなか許諾が得られない」という声を聞くことが何度もありました。「電子書籍が売れない」と愚痴っている出版社の本が、電子図書館サービス事業者のラインアップには載っておらず「それは流通チャネル戦略を誤っていないか?」と疑問に思うこともありました。いずれにせよ、出版社が「Yes」と言わない限り、図書館向けに卸すことはできないのです。この❸が、一般ユーザー向けの電子書店と電子図書館サービスとで、ラインアップが10倍も違う最大の要因と筆者は考えています。
なお、大原ケイ氏によると、アメリカでは図書館貸出が出版社の売上に悪影響を与えるという通説は、既に議論のうえ否定されているとのことです。
電子取次・電子図書館サービス事業者が扱ってくれない
❹は、たとえば電子図書館サービス「LibrariE(ライブラリエ)」を提供しているJDLSでは、設立当初に「マンガと写真集は扱わない」と決めていたそうです。ただ、それは「図書館のニーズ次第」であり、スタンス的には「我々が決めることではない」といいます。たとえば、学習マンガ系はすでに扱っているそうです。JDLSの株主は、KADOKAWA、講談社、紀伊國屋書店、大日本印刷、図書館流通センターであり、その方針にはもちろん株主各社の意向も強く反映されていることでしょう。
他方、電子取次事業者で、電子図書館サービス「OverDrive」を日本で展開しているメディアドゥは、2020年8月に少年画報社のマンガや雑誌250タイトルを「OverDrive」導入館向けに期間限定で読み放題とするキャンペーンを行ったり、2021年8月に「マンガについて全力で語り合う会 with 図書館」というトークイベントを行ったりと、マンガを積極的に扱う姿勢を見せています。両社は、図書館へのマンガ配信が、海賊版抑止に繫がることも期待しているそうです。トークイベントには多くの図書館関係者が参加しており、質問や意見を積極的に投げかけている様子が印象的でした。
最近では、一般的な少年・少女・青年・女性マンガの中から「これも学習マンガだ!」として選書するような取り組みなども行われています。図書館が「マンガだから」と扱わないのは、すでに不合理な判断と言っていいでしょう。かつて、手塚治虫のマンガがPTAから槍玉に上げられ焚書されたこともあったそうですが、時代は変わったのです。
ただ、ある出版社からのタレコミによると、BL/TL、官能小説、軍事・戦闘機、セックスハウツー、風俗関連、ギャンブル、攻略本などが、「図書館向け配信NGジャンル」として、複数の電子取次から配信を断られている実態があるそうです。それは、図書館側から「なぜこういったジャンルを勧めるのか?」と言われてしまう場合があるからだといいます。
電子図書館のサービス提供先は、公共図書館のみならず、学校図書館、大学図書館、企業図書館など、幅広い機関に及んでいます。学校では児童・生徒が、企業では社員が選書を行う場合があり、配慮が必要なのだそうです。この対策として、選書システム上で特定の図書館向けには特定ジャンルを表示しない、といった改修を行うことも検討されているようです。
提供側以外の理由は?
その先の流通経路ではどうなっているでしょうか? 電子図書館サービス事業者と販売代理店(④と⑤)のあいだで、コンテンツ流通に関する問題が起こることはなさそうです。次のネックは、図書館がライセンスを購入するとき(④⑤と⑥)と、図書館から利用者に提供するとき(⑥と⑦)ということになるでしょう。
図書館で導入する予算の確保が難しい
電流協刊『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2019』の公共図書館へのアンケート結果によると、「電子書籍貸出サービスについての懸念事項」として未導入館が最も多く挙げているのが「予算の確保」でした(同2020では「懸念事項」を尋ねていないため2019から引用)。つまり❻図書館に予算がないから導入できない、という課題です。
JLAによると、公共図書館の資料費予算は2000年の346億1925万円をピークに年々減り続け、2020年には279億6856万円になっています[18]。自治体の財政難が、図書館の運営にも直撃していることが数字からも分かります。このような状況下で新たに「電子図書館導入のため」と予算を確保するのは、前述のように、熱心な首長や議員が強力に推進しない限り、難しいのは想像に難くありません。
ただし2020年度は、国の新型コロナウイルス感染症緊急経済対策で「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」が創設され、第1次で1兆円、第2次で2兆円、第3次で1.5兆円が予算計上され、自治体へ交付されました。第1次補正予算の活用事例集には「図書館パワーアップ事業」[19]が挙げられ、「地方創生臨時交付金の活用が可能な事業(例)」[20]には「電⼦図書館サービス」が挙げられるなど、かなり強い追い風が吹いていました。この交付金は「手を挙げた者勝ち」であり、素早く動けた自治体に恩恵があった形になっています。
[追記:筆者に誤解があったため1文削除いたします。新型コロナ対策事業で、国庫補助事業の地方負担分と地方単独事業の所要経費の合計額に対し、交付限度額(人口、財政力、新型コロナウイルスの感染状況、国庫補助事業の地方負担額等に基づき算定)を上限として交付されるものであり、コロナ対応事業であれば、原則、地方公共団体が自由に使うことができる交付金でした。つまり、使い道は「自治体の意志次第」となります。]
JDLSによると、2020年度のコンテンツ販売額は前年比6.6倍の3.9億円と急激に伸びたそうです。オーダーは平均すると数百万円ですが、中には1000万円とか1億円といった規模でまとめてライセンス購入する自治体もあったといいます。国のバックアップが確実に普及促進へ繫がった事例と言えるでしょう。販売が好調だったジャンルは、小中学生向け(児童書や学習マンガなど)、文芸、実用書、新書などです。電子図書館向けに本が売れ始めたことから、出版社の目の色も変わってきたそうです。「売れる」となると、今後は❸がもう少し解消されるかもしれません。
コンテンツ販売のモデルは電子図書館サービス事業者によって多少の違いがありますが、おおむね「2年間で貸出回数52回まで」「2年間で貸出回数制限なし」「期間・貸出回数制限なし(買切)」「貸出都度課金」といった形になっています。価格は出版社に決定権があり、おおむね紙版の2~3倍に設定されています。新刊は「2年間で貸出回数52回まで」だけど、更新の3年目からは「貸出都度課金」へ切り替えることによりランニングコストを抑えることも可能になっています。
ちなみにこの電子図書館サービス事業者が図書館に販売しているライセンスの売上というのは、実は出版科学研究所やインプレスが発表している電子出版市場・電子書籍市場に含まれていません。出版科学研究所は電子出版市場を「小売り額としての販売金額(読者が支払った金額、税抜)を算出」と、インプレスは電子書籍の市場規模を「ユーザーにおける購入金額の合計」と、それぞれ定義しています。つまりどちらも「toC」の市場推計なのです。
これに対し、電子図書館サービス事業者の顧客は自治体や大学・企業であり、「toB」の取引です。つまり現状では、電子図書館市場がどれだけ拡大しても、電子出版市場あるいは電子書籍市場として発表される数値には反映されないのです。もっとも、これから電子図書館市場が拡大するにつれ、これらの定義は見直しが図られるかもしれません。
利用者の認知不足
あとは、❼利用者のサービス認知が不足していることが課題として挙げられます。そもそも自分が在住・在学・在勤している自治体で電子図書館サービスが提供されていることを知らなかったり、スマートフォンで利用できることに気付いてなかったり、使いたいと思ってもオンラインで利用申請できなかったり[21]。ここにもさまざまな障壁があります。
若年層について言えば、「GIGAスクール構想」によって小中学生には1人1台端末が実現されたという明るい話題もあります。GIGAスクール端末から電子図書館サービスを利用できるようにするため、たとえば東大阪市[22]や立川市[23]では、市内の全小中学生に電子図書館の専用IDを付与したり利用カードを配ったりして、端末での「朝読」に活用したりといった取り組みも行われ始めています。
ただ、より多くの方に利用されるには、やはりラインアップが重要です。読みたいと思う本が無かったら、使わなくなってしまうのは必然のことです。先にも述べたように、電子図書館向けに「売れる」となれば出版社の意気込みは変わります。「売れる」なら❸だけでなく、いずれ❶や❷も解消されることでしょう。そのためには、利用する側の❻や❼といった課題も同時に解消していく必要があるのです。
脚注
[1]例えば読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・産経新聞・NHKニュースなど
[2]文化庁「著作権者不明等の場合の裁定制度」
[3]一般社団法人電子出版制作・流通協議会(電流協)「電子図書館(電子書籍貸出サービス)実施図書館(2021年10月01日)」
[4]公益社団法人日本図書館協会(JLA)「日本の図書館統計」(2020 公共図書館の集計より)
[5]ITmedia eBook USER「電流協フォーラムリポート」
[6]HON.jp News Blog「電子図書館サービス導入数は86館89自治体に 〜 電流協『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2019』」
[7]HON.jp News Blog「2019年出版関連動向回顧と年初予想の検証」
[8]カレントアウェアネス・ポータル「米国では9割以上の公共図書館が電子書籍を提供:米国の公共図書館の電子書籍の利用状況調査の2014年版が刊行」
[9]カレントアウェアネス・ポータル「Amazon、米国内11,000の公共・学校図書館の電子書籍をKindleで借りられるサービスを開始」
[10]カレントアウェアネス・ポータル「米ソニー、“Reader Library Program”の協力館30館を公表」
[11]ITmedia eBook USER「Reader Storeが北米市場から撤退 Koboへの移行を促す」
[12]朝日新聞「電子図書館が1年で倍増 紙にない魅力、ただ残念なのは」
[13]東大阪市立図書館「図書館活動の概要」(2020年度統計より)
[13]丸善雄松堂「Maruzen eBook Library」(Library Navigator・2021年10月27日閲覧)
[14]鷹野凌・堀正岳「日本における電子書籍化の現状(2020年版)」(PDF)
[15]たとえば嶋田学「図書館像をめぐる論争 : 理論と実践の建設的な融合を目指して」(2010年)など
[16]朝日新聞「本が売れぬのは図書館のせい? 新刊貸し出し「待った」」(Wayback Machine)
[17]朝日新聞「文庫本「図書館貸し出し中止を」 文芸春秋社長が要請へ」
[18]日本図書館協会「日本の図書館統計」(2020 公共図書館の経年変化より)
[19]内閣府 地方創生推進事務局「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」(第1次補正予算の活用事例集より)
[20]首相官邸 地方創生推進事務局「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」の「地方創生臨時交付金の活用が可能な事業(例)」(Wayback Machine)
[21]カレントアウェアネス・ポータル「静岡県立中央図書館、図書館DX実証実験第2弾「利用者登録等Web申込」と第3弾「電子図書館」を10月1日から実施」といった事例はある(ただしオンライン申請にはマイナンバーカードが必要だったりする)
[22]日本経済新聞「東大阪市、全小中学生の学習端末に電子図書館」
[23]東京新聞「「紙よりページめくりやすい」電子書籍の貸し出し利用カード、全小中生に 立川市がコロナ禍で」
『図書館で導入する予算の確保が難しい』の中に『この交付金は「手を挙げた者勝ち」であり、素早く動けた自治体に恩恵があった形になっています。』とありますが、この交付金は自治体の規模等で配布額が決まり、配布された費用を各自治体が利用可能な目的に合わせて自ら何に使うかを決めることになります。
つまりいくら図書館が「手を挙げ」ても、自治体内そして交付金の利用を決議する補正予算での議会承認がなければ電子図書館向けに利用することはできません。
つまり自治体の意思で「電子図書館への利用を選択しなかった」のだと私は考えます。
本制度について私に誤解があったようです。1文削除し、説明を追記いたしました。ご指摘ありがとうございます。
千代田WEB図書館開館から10数年、電子図書館の夢は開きませんね。まさに、ラインナップの問題。今の段階では、「電子文庫」レベル。ただ、紙と並行して、電子図書を個々の図書館で必要量を「蔵書」として確保してゆくことは正直無理。うかつに手を出し、話題にはなっても、継続的利用に期待できないことを、新聞報道を見るたび心配になります。根本的な仕組みを変えていかないと「電子図書館」実現は難しいと思います。本のサブスク化も進むなか、どこに図書館の役割があるかを考えた方が良いと思います。