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毎年恒例、編集長 鷹野凌による出版関連の動向予想です。
過去の予想と検証
例年は、前年予想の自己採点と振り返りから書き出していたのですが、今回からそれは年末の検証に組み込みました。過去の予想と検証は、以下の通りです。本年の予想は12回目となります。
- 2023年予想・検証
- 2022年予想・検証
- 2021年予想・検証
- 2020年予想・検証
- 2019年予想・検証
- 2018年予想・検証
- 2017年予想・検証
- 2016年予想・検証
- 2015年予想・検証
- 2014年予想・検証
- 2013年予想・検証
(※2018年予想までは個人ブログと「DOTPLACE」、同年の検証からHON.jp News Blog)
マクロ環境分析
ここからは例年通り、2024年以降の出版を取り巻くマクロ環境をPEST分析します。HON.jp News Blogが対象とする領域は、出版“業界”というより、デジタルを含めた広義の出版行為(publishing)です。そこに関わりそうな事柄を、近未来でほぼ確定している予定1 NRI未来年表 2024-2100
https://www.nri.com/jp/knowledge/publication/cc/nenpyo/lst/
生活総研 未来年表
https://seikatsusoken.jp/futuretimeline/
イベント出来事開店開業トレンド予定未来カレンダー
https://mirai.uriba.me/
Wikipedia – 2024年
https://ja.wikipedia.org/wiki/2024%E5%B9%B4
などを参照して抜粋や注目すべきトピックスなどからピックアップしていきます。
政治的環境(Political)
政治的環境の分析対象には、政府、法律、規制、税制、裁判、外交などが挙げられます。
法施行や規制傾向
出版に関係すると思われるものだけピックアップしました。
- 改正著作権法一部施行(2024年1月1日)
- 電子帳簿保存法猶予期間終了(2024年1月1日)
- 「AIと著作権に関する考え方」まとまる(2024年3月末まで)
- 建設、運輸、医療分野の時間外労働上限規制猶予期間終了(2024年4月1日)
- 改正障害者差別解消法施行(2024年4月1日)
- フリーランス保護新法施行(2024年秋まで)
- 巨大IT企業への規制強化傾向
- 書店議連と政治資金パーティー収入裏金疑惑
改正著作権法一部施行
令和5年改正著作権法の一部が1月1日から施行されています2 令和5年通常国会 著作権法改正について〈文化庁〉
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r05_hokaisei/。これは「立法・行政における著作物等の公衆送信等の権利制限規定の見直し」と「海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し」で、出版関係者に直接関わることは少ないかもしれません。海賊版の民事賠償額が上がる(=抑止効果が高まる)かも、くらいのことは頭に入れておくとよいでしょう。
今回の改正著作権法で施行が「公布から3年以内で政令で定める日」とされているのが、「新たな裁定制度の創設」です。今後、窓口組織(指定補償金管理機関と登録確認機関)や補償金額の決定、分野横断権利情報データベース(分野横断権利情報検索システム)の構築などが進められていく予定です。
電子帳簿保存法猶予期間終了
電子帳簿保存法の猶予期間が終わり、1月1日から電子取引の電子データ保存義務化が始まっています。2023年のインボイス制度に続き、事務コストの増加が予想される制度です。個人的に、地味に厄介だと思っているのが、タイムスタンプの付与期限が最長2カ月+7営業日以内とされている点(電子取引もスキャナ保存と同趣旨の改正が行われている)3 電子帳簿保存法が改正されました〈国税庁(2021年5月)〉
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/pdf/0021005-038.pdf。
つまり、個人事業主はいままで「確定申告のとき年1回まとめて事務処理」という方も多かったと思うのですが、今後はそれがダメになります。実務を考えると、今後は最低でも月に1回くらいは会計ソフトへの入力作業を行っておいたほうが良いでしょう。領収書データに提出義務はありませんが、税務調査が入ったとき叱られが発生する可能性があります。
「AIと著作権に関する考え方」まとまる
生成AIの跋扈を受け、文化審議会著作権分科会法制度小委員会で進められてきた議論もいよいよ大詰めです。年末には「AIと著作権に関する考え方」の素案が提示され、激論が交わされたそうです(私は傍聴できなかった)4 文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第5回)〈文化庁(2023年12月20日)〉
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r05_05/。今後の予定は、1月15日に第6回法制度小委員会開催、1月中旬から2月中旬にかけてパブリックコメントの実施、2月下旬に結果公表、3月の文化審議会著作権分科会で報告、という流れになっています。
私の印象では、いまのところ「法改正は行われない」と思います。権利制限がどこまでの範囲なら認められるのか? といった曖昧だったところの解釈が明確化されるに留まるでしょう。もちろん、それが示されるだけでも大きなことです。
そもそもの話、こういう時代が訪れることを予期して何年も議論が重ねられてきたうえでの平成30年改正「柔軟な権利制限規定(30条の4、47条の4、47条の5)」5 デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方について〈文化庁〉
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r05_05/だったはず。当時の議論に参加していた方からも「少なくとも著作権に関する論点と負の影響予測は、現在言われてることはおおむね出揃っていた」という見解を伺っています6 クリエイターやパブリッシャーは、生成AIを敵視し規制強化を求めるべきか、あるいは、新しい技術を受け入れ生産性を高めるべきか【HON-CF2023レポート】〈HON.jp News Blog(2023年10月19日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/45497。
そして、昨年8月に「生成AIに関する共同声明」7 生成AIに関する共同声明|著作権|声明・見解〈日本新聞協会(2023年8月17日)〉
https://www.pressnet.or.jp/statement/copyright/230817_15114.htmlを発表した4団体のうち、日本新聞協会、日本写真著作権協会、日本書籍出版協会の3団体は、まさにその議論が行われていた期間に毎年、文化審議会著作権分科会に委員を送り込んでいたのです8 文化審議会著作権分科会報告書〈文化庁(2017年4月)〉
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/h2904_shingi_hokokusho.pdf。
つまり共同声明の「当時、生成AIのような高度なAIの負の影響が十分に想定されていたわけではありませんでした」という主張は、実は「自らの想定が甘かった」のを認めていることになります。そこに課題があるとしたら、それは自分たち自身の責任でもあるでしょう。
建設、運輸、医療分野の時間外労働上限規制猶予期間終了
2019年4月1日から順次施行されている働き方改革関連法で、時間外労働上限規制の猶予期間が終わるという、いわゆる「2024年問題」です。月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が、中小企業はこれまで25%だったのが50%に引き上げられます9「働き方改革」の実現に向けて-政省令告示・通達〈厚生労働省〉
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322_00001.html。そのぶん物流コスト(運賃や協力金)が上がるのは避けがたいでしょう。
改正障害者差別解消法施行
こちらは4月1日からの施行です。障害のある人に対する「合理的配慮の提供」が、これまでは行政機関等には義務で、民間事業者には努力義務とされていました。これが今後は民間事業者も義務とされます10 障害者差別解消法に基づく基本方針の改定〈内閣府(2023年3月31日)〉
https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20230331_00008.html。罰則規定はありませんが、差別が繰り返し行われ自主改善も期待できない場合に、担当大臣(出版関連産業は経済産業大臣)への報告が求められたりします11 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け>〈内閣府〉
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/law_h25-65_qa_kokumin.html。
出版社(者)に求められる合理的配慮として挙げられるのは、リフロー型の電子書籍、紙しか出版していない本のテキストデータ提供、音声読み上げ対応などです。また、電子図書館サービスはもちろん、電子書店にもストア・ビューアの両方にウェブアクセシビリティへの対応が求められることになるでしょう12 JIS X 8341-3:2016 解説〈ウェブアクセシビリティ基盤委員会(2016年4月7日)〉
https://waic.jp/docs/jis2016/understanding/201604/
電子図書館のアクセシビリティ対応ガイドライン1.0〈国立国会図書館―National Diet Library(2023年7月)〉
https://www.ndl.go.jp/jp/support/guideline.html。これは、市川沙央氏が『ハンチバック』で芥川賞を受賞した際に強く求めていた「読書バリアフリー」への対応でもあります13 「日本の“読書バリアフリー環境”の遅れは目につきました」市川沙央氏が芥川賞受賞作で伝えたかった自身の“問題意識”〈文春オンライン(2023年7月21日)〉
https://bunshun.jp/articles/-/64491。
フリーランス保護新法施行
こちらはまだ施行日が確定していないようなのですが、2024年秋ごろまでの施行予定とされています14 フリーランスの取引に関する新しい法律ができました〈中小企業庁〉
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/download/freelance/law_03.pdf。フリーランスへ業務委託する発注事業者に、書面による取引条件の明示、報酬支払期日の設定・期日内の支払などの義務が課されることになります。
類似規制の下請法は、資本金1000万円超の親事業者だけが対象です15 編集者依頼の代筆自伝、出版取り止めで原稿料未払いは下請法違反? ~ ライターが自分の身を守るためには〈 HON.jp News Blog(2020年5月29日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/29520。しかし、こちらのフリーランス保護新法には資本金の縛りがなく、零細企業も規制の対象です。つまり、すべての出版関係者に影響します。下請法と同様、罰金は50万円以下なのですが、零細企業にとっては大きなダメージになるでしょう。ちゃんとしましょうね。
巨大IT企業への規制強化傾向
日本でも、2021年2月に施行されたデジタルプラットフォーム取引透明化法に基づき、巨大IT企業への規制強化がじわじわと進んでいます。対象範囲は、ネット通販、モバイルOS、アプリストアの3分野です。対象企業は、Google、Apple、Microsoft、Meta、Amazon、LINEヤフーなど。自主的な取り組みを促す方向性なので、実効性が課題との指摘もありますが16 日本版PF規制法、米ITに改善要求 実効性に課題「職員少なすぎ」〈朝日新聞デジタル(2023年12月6日)〉
https://www.asahi.com/articles/ASRD573QPRD5ULFA01B.html、野放しよりマシなのは確かでしょう。
また、AppleとGoogleを主なターゲットとする新法の制定も検討されているようです17 Apple・Googleの独占制限へ新法 アプリや決済で〈日本経済新聞(2023年12月26日)〉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA087SN0Y3A201C2000000/。規制対象は、アプリストア・決済、検索、ブラウザー、OSの4つ。こちらはなぜかネット通販がありません。独占禁止法と同様、公正取引委員会の所管が想定されているそうです。
書店議連と政治資金パーティー収入裏金問題
書店議連(街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟)の動きも引き続き気になるところです。ただ、すでに現職議員の逮捕者も出ている政治資金パーティー収入裏金問題がどうなるか18 安倍派・池田議員、証拠隠滅を指示か 裏金事件、初の逮捕者に〈朝日新聞デジタル(2024年1月8日)〉
https://www.asahi.com/articles/ASS176K0LS17UTIL00N.html。議連の現会長は、清和政策研究会(安倍派)の塩谷立氏なのですよね。1月26日に通常国会が召集される予定なので19 通常国会、1月26日召集を軸に調整 裏金問題と政治改革が焦点に〈朝日新聞デジタル(2023年12月26日)〉
https://www.asahi.com/articles/ASRDV6FD6RDVUTFK00Q.html、ひとまずそれまでに検察がどう動くか次第でしょう(国会議員には会期中に逮捕されない不逮捕特権がある)。
世界的な選挙イヤー
- 台湾総統選挙(2024年1月)
- インドネシア大統領選挙(2024年2月)
- ロシア大統領選挙(2024年3月)
- 韓国総選挙(2024年4月)
- インド総選挙(2024年4月〜5月)
- 欧州議会議員選挙(2024年6月)
- メキシコ大統領選挙(2024年6月)
- 東京都知事選挙(2024年7月までに)
- 自由民主党総裁選挙(2024年9月までに)
- アメリカ大統領選挙(2024年11月5日)
- 参議院議員選挙(2025年)
2024年は「選挙イヤー」と言われるほど世界のあちこちで選挙が行われる年です20 2024年は世界的な「選挙イヤー」 アメリカやロシア 台湾など | 海外の選挙〈NHK(2024年1月1日)〉
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240101/k10014304961000.html。なかでもとくに影響が大きいのは、もちろんアメリカ大統領選挙でしょう。ドナルド・トランプ氏の再選は“同盟国には「悪夢」”とも言われており21 トランプ氏再選は日本、韓国など同盟国には「悪夢」 元国家安保会議アジア部長が見通す最悪のシナリオ〈東京新聞 TOKYO Web(2024年1月3日)〉
https://www.tokyo-np.co.jp/article/299820、動向が注目されます。
ソーシャルメディアでは、分断を煽るような流言飛語がいままで以上に多くなるでしょう。日本では、利用者の多いX(旧Twitter)でインプレッションが収益化できるようになったこともあり、一時期跋扈していた「2ちゃんねるまとめブログ」を彷彿するような有様になっている印象です。
新年早々に発生した能登半島地震や羽田空港事故でも、デマや偽情報が急増しているようです。個人的に、いまはなるべくX(旧Twitter)には近寄らないようにしているのですが、それでも断片的にひどい状態であることは伝わってきます。これに対し総務省などが、プラットフォーム4社に対し「適切な対応」を要請しました22 能登地震の偽投稿、総務省がXなどプラットフォーマー4社に対応要請〈朝日新聞デジタル(2024年1月6日)〉
https://www.asahi.com/articles/ASS163TF2S16ULFA002.html。
政府が直接「これは不適切である」といった判断をすることは、表現の自由を侵害する恐れがあり、いまのところ行われていません。ただ、要請に対するプラットフォーム側の対応が鈍いようだと、それを口実とした表現規制の法制化が動きそうな予感もあります。そういう意味での警戒レベルを高めておく必要もあるでしょう。
終わらない紛争
- ロシア・ウクライナ戦争
- イスラエル・ガザ戦争
ロシアによるウクライナへの侵略が始まってからもうすぐ2年。昨年10月にはハマスによるイスラエルへの攻撃を発端に、パレスチナ・ガザ地区への報復攻撃が続いています。大変悲しいことにどちらも長期化が予想されています。もしかしたら「あれが許されるなら」と、他の国や地域に飛び火するかもしれません。
社会的環境(Social)
社会的環境の分析対象には、文化、教育、人口、ライフスタイル、世論、価値観、健康、環境などが挙げられます。
- パリオリンピック(2024年7月〜8月)
- パリパラリンピック(2024年8月〜9月)
- 昭和99年(2024年)
- 団塊の世代がすべて75歳以上に(2024年)
- 「情報」科目が大学入試の受験科目に(2025年度入学から)
- 大阪万博開催(2025年)
- 電子図書館サービスの利活用が進む
- ソーシャルメディア離れが進む?
- スマホに最適化した表現(縦)の普及
「情報」科目が大学入試の受験科目に
2025年1月実施の「大学入学共通テスト」は、新学習指導要領になってから初の実施となります。必履修科目となった「情報Ⅰ」が試験科目になります。情報学、情報ネットワーク、コンピュータサイエンスなどの分野が範囲です。
旧学習指導要領でも「社会と情報」または「情報の科学」が選択必履修でした。ただ、受験科目ではなかったせいか、わりとおざなりにされていた印象があります。2015年から大学の非常勤講師をしていますが、高校で教わってきたはずの情報リテラシーがまったく身についていない学生も多いです。
だからここ数年、大学の講義で「みなさんの少し下の世代のほうが新しい技術に詳しいというギャップに苦しめられることになるよ」となかば脅してきたのですが、まさにその世代がこれから受験というタイミングになります。正直、私自身も勉強し直さないとな……と思っているところです。リスキリング!
ソーシャルメディア離れが進む?
Gartnerは昨年末に「消費者の50%が2025年までにソーシャルメディアでのやり取りを大幅に制限する」との予測を発表しました23 Gartner Predicts 50% of Consumers Will Significantly Limit Their Interactions with Social Media by 2025〈Gartner(2023年12月14日)〉
https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2023-12-14-gartner-predicts-fifty-percent-of-consumers-will-significantly-limit-their-interactions-with-social-media-by-2025。主な理由は「誤情報の蔓延」「有害なユーザーベース24 原文は“toxic user bases”で、恐らくtoxic behavior(有害な行動)をする人々が増えているといったニュアンスだと思われる」「ボットの蔓延」です。この予測はアメリカでの調査を元にしていますが、日本にもそのまま当てはまるように思います。
日本では、とくに普及率の高かったX(旧Twitter)が、インプレッションの収益化施策により最悪のベクトルを生じてしまい、強い毒を放っている印象です。端的に言って、いまのX(旧Twitter)には近寄りがたい。閲覧中心だったサイレント・マジョリティが、愛想を尽かして離れ始めている可能性もあるでしょう。
じゃあ、Threads、Mastodon、Misskey、Blueskyなどが代替になるか? というと、親しい人とのコミュニケーション手段としてならともかく、拡散力が低いため広く網をかける手段としては心もとないのが正直なところ。広告出稿する手段もありませんし。だからいまはまだ平穏が保たれているのかもしれませんが。
経済的環境(Economic)
経済的環境の分析対象には、景気、インフレ、デフレ、為替、金利、雇用、購買力、失業率などが挙げられます。
- 物理メディア市場の縮小傾向
- 国内電子出版市場の成長鈍化
- サブスクリプションの拡大傾向
- クリエイターエコノミーの拡大傾向
物理メディア市場の縮小傾向
昨年の予想で、雑誌(コミック除く)は「このままのペースだと2031年にはゼロになる」と書いたのですが、その後、とくにコンビニでの減少傾向が顕著だったことがわかりました。日販「出版物販売額の実態2023」によると、2022年のコンビニルート販売額は対前年比79.6%の急減です。
日販が昨年11月に、ローソン・ファミマの雑誌流通から2025年2月末を目処に撤退する方針を発表したのも25 日販、ローソンやファミマへの雑誌・書籍配送から撤退を正式発表〈LOGI-BIZ online(2023年11月27日)〉
https://online.logi-biz.com/93022/、そういう傾向を受けてのことでしょう。トーハンが引き継ぐ予定とはいえ、数カ月間の空白期間が発生する懸念も出ています26 赤字、リストラ、コンビニ撤退「本の物流王」の岐路 業界を騒がせた取次大手「日販」の幹部に聞く | メディア業界〈東洋経済オンライン(2023年12月15日)〉
https://toyokeizai.net/articles/-/720473。
コンビニの店舗数は書店の約5倍です。それゆえトーハン社長の近藤敏貴氏は、読売新聞の取材に「現在はコンビニのついでに書店へ出版物を運んでいるようなもの」と説明しています27 コンビニへの雑誌配送開始へ「お客にとって必需品」…トーハン社長に聞く〈読売新聞(2023年12月20日)〉
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/interviews/20231219-OYT8T50092/。ただ、コンビニの出版物販売額は書店の9分の1程度です。それを捨てる日販と、拾うトーハンとに、方針が分かれたことになります。
私は、ロジスティクスは専門ではないので、どちらの判断が正しいのかわかりません。いずれにせよ、物理メディア市場の縮小傾向は止まらないでしょうから、厳しい「撤退戦」が今後も続きます。書籍とコミックは、雑誌が無くても物流が成り立つようにしていく必要があります。
プリントオンデマンドに注目
そういう観点で昨年の予想では「ターゲットの狭いジャンルは直販に活路」と書いたのですが、もう一つ、プリントオンデマンド(デジタルオンデマンド出版)にも改めて注目しておきたいところです。それも、注文1冊ごとに印刷・製本・発送する「ストア型POD(ブックオブワン)」より、従来のビジネスモデルの延長上で捉えやすい「ショートラン」すなわち小ロット重版での活用が広がっていく可能性が高いと予想します。
大手はすでに、講談社ふじみ野DSRとか、KADOKAWAところざわサクラタウンBECプロジェクトなどが動いています。日販・トーハンともにPODを活用した流通スキームに取り組んでいますし28 PHP研究所、DNPとの製造・流通の一体的なスキームで受注出荷率が90%に大幅改善|ニュースリリース〈日本出版販売株式会社(2022年2月22日)〉
https://www.nippan.co.jp/news/pod_report_20220222/
DNPとトーハン トーハン桶川センター内の書籍製造ライン導入を目指す | ニュース〈大日本印刷(2023年10月23日)〉
https://www.dnp.co.jp/news/detail/20169924_1587.html、デジタル・オンデマンド出版センターやセルン「BOOKSTORES.jp」などの専門サービスもすでに存在しています29 デジタル・オンデマンド出版センター
https://www.dodpcenter.com/
セルン「BOOKSTORES.jp」
https://bookstores.jp/。活用しない手はないと思うのです。数量の多い初版は従来通りオフセット、重版は在庫リスクを軽減できるショートラン、という使い分けから導入していけば良いでしょう。
国内電子出版市場の成長鈍化
これまで市場拡大を牽引してきた電子コミックの成長は緩やかになり、電子雑誌と電子書籍はやや減少傾向となっています30 紙と同じ土俵で比較できる出版科学研究所の推計を採用してこのように記述したが、インプレス総合研究所の推計では電子書籍はまだ伸びている。昨年の予想で「今後は緩やかな成長の中、限られたパイの争奪がより激しくなる」と書いたような状況が、今後も続くでしょう。
世界に目を向けると、2023年回顧でも書いたように、電子マンガの輸出に関する話題は非常に多くなっています。もちろんそのすべてが成功するとは思いませんが、いくつかは景気の良い話が伝わってきてもよいように思います。
技術的環境(Technological)
技術的環境の分析対象には、新端末、新技術、標準規格、産業構造の変化などが挙げられます。
- INSネットデジタル通信モード終了(2024年1月)
- Google、サードバーティークッキー廃止(2024年後半まで)
- Windows 10、Ofiice 2016延長サポート終了(2025年10月)
- 生成AIは幻滅期に?
- ブロックチェーンは啓発期に?
- VR/AR/MR技術に過度な期待?
Google、サードバーティークッキー廃止
昨年末に、Googleがトラッキング保護を開始し、2024年後半にはすべてのサードバーティークッキーを廃止する計画を発表しました31 Google、サードパーティCookie廃止に向けたトラッキング保護 1月から〈Impress Watch(2023年12月16日)〉
https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1555154.html。これまで何度も延長されてきましたが、今年で終了することが確定したと言っていいでしょう。
インターネット広告の領域では悪影響が懸念されていますが、個人的には「そんなに影響出ないかも」と予想しています。Googleが代替技術(プライバシーサンドボックス)を用意しているのもありますが、サイトを横断してユーザーを追跡する広告が実はそれほど効果的ではなかったことが明らかになる可能性すらある気がしています。「もうそれ購入済みなんだけど……」という広告が追跡してくることも多かったですし。
むしろ「うっかりクリックしたら、同じようなジャンルの広告があっちでもこっちでも表示されてうんざりさせられる」みたいな体験が減ることにより、インターネット広告に対する印象が改善するかも? それは楽観的過ぎるかしら。
生成AIは幻滅期に?
ガートナージャパンが昨年8月に発表した「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」で、生成AIは「過度な期待」のピーク期に位置付けられていました32 ガートナーが2023年の日本版ハイプ・サイクル発表、生成AIは過度な期待のピーク期〈日経クロステック(2023年8月17日)〉
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/15762/。「生成AIに幻滅期は来ない」という意見もありますが33 生成AIに幻滅期は来ないと断言しよう、歴史的大転換と認識し変革に生かせ〈日経クロステック(2023年12月21日)〉
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00849/00122/、私は、さすがに昨年のような熱狂はおさまるように思います。
とはいえ、NFTブームが沈静化したときのような急激な熱の冷め方にはならず、日常的に使うツールの中に組み込まれることで、利用するのが特別なことではなく当たり前のことに変わっていく時期になるでしょう。MicrosoftやGoogleがそういう方向で動いてますから。
ブロックチェーンは啓発期に?
前述のハイプ・サイクルで、ブロックチェーンは幻滅期の終端、これから啓発期に入るとされています。いろいろ可能性がある技術であることは間違いないので、これからは地に足の付いたユースケースが出てくることを期待しています。
VR/AR/MR技術に過度な期待?
Appleの複合現実(MR)ヘッドセット「Vision Pro」が、アメリカで2月2日に発売されることが発表されました34 AppleのMRヘッドセット「Vision Pro」、米国で2月2日発売 度付きレンズは別料金〈ITmedia NEWS(2024年1月9日)〉
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2401/09/news052.html。事前情報を見る限り、いままでのVR/ARとは違った世界が展開されそうな予感はありますが、なにせ約50万円と高額で、日本での発売も未定です。
だから、IT系のメディアを中心に「すごい」「すごい」と煽られた結果、過度な期待が膨らんでいく年になるのでは……という想像をしています。「空間コンピュータ」というコンセプトを「置き場所という制約のない超大型ディスプレイ&パソコン」だと考えると、すごい可能性があるとは思うんですけどね。
2024年の予想(というか、私が注目していること)
これらを踏まえた上で、2024年にはどんなことが起こるか、予想してみました。以下の5点です。
- D2Cなど広告以外へのビジネスモデル転換が進む
- 読書バリアフリー対応が進む
- コンテンツの輸出がさらに拡大する
- エディターシップのニーズがさらに高まる
- ファンコミュニティ施策の重要性が高まる
いつも思うのですが、予想は難しいです。私は今年、こういう領域に注目しているというふうに捉えていただいたほうがよいかもしれません。
D2Cなど広告以外へのビジネスモデル転換が進む
主に「新聞」や「雑誌」という切り口です。昨年までの予想の延長上ですが、「メディアビジネスの転換」が具体的にどういう方向へ進むのかを、「D2Cなど」と「広告以外」という表現で明確化してみました。
前述のGartnerは「ソーシャルメディア離れ」と同時に、生成AI活用検索(SGE)の影響で2028年までに検索トラフィックが50%以上減少する、という予測もしています。つまり、メディアへの主要な流入経路2つが激減していくと言っているに等しいわけです。
この予測が当たるとは限りませんが、あり得る未来だとも思います。そうなると、もはや広告収入には頼れない状況に、否応なしに追い込まれていくことになるわけです。そこでまず「広告以外」がキーワードとなります。
もう一つの「D2Cなど」にはいろんな可能性が考えられます。サブスク、記事のバラ売り、まとめて書籍化、イベント開催、関連の物販、寄付など。恐らく扱っているジャンルによって、向き不向きもあるでしょう。おのおのが試行錯誤していくことになると思います。
読書バリアフリー対応が進む
主に「書籍」という切り口です。電子出版物の点数増加はもちろんですが、前述のように電子図書館サービスのみならず電子書店でのアクセシビリティ対応が進むことを期待しています。
読書バリアフリーというと、どうしても制作プロセス(つまり出版者側)の対応が遅れていることが問題視されがちなのですが、流通や利用の過程が変わってくれないと、制作する側も対応しきれないし意識も変わらないのでは? とも思うのです。
参考までに、昨年の日本出版学会春季研究発表会で報告した際のスライドから、「課題とレベルの一覧」ページだけ抜き出して貼っておきます。流通や利用の過程も変わる必要があるのがわかるかと。
コンテンツの輸出がさらに拡大する
主に「マンガ」という切り口です。昨年は新規展開のリリースが相次ぎましたから、今年は実績がアピールされる年になるという予想です。今年こそ、財務省「貿易統計」35 財務省貿易統計
https://www.customs.go.jp/toukei/info/と総務省「情報通信産業連関表」36 令和5年版 情報通信白書|ICT分野の輸出入〈総務省〉
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd241400.htmlなどで、実態をきっちり調べて記事にしたいと思います。
まあ、マンガに関しては、みんな目の色を変えて取り組んでますし、あまり心配はしていないのですけどね。HON.jpがエンパワメントしなくても大丈夫でしょう。ぜひ輸出でも成功事例をつくって、他ジャンルにも応用できるようにして欲しい。
エディターシップのニーズがさらに高まる
主に「人材」という切り口での予想です。昨年の延長上ですが、生成AIの普及に伴い編集能力(エディターシップ)のニーズがさらに高まるという予想です。編集の専門職はもちろんですが、クリエイターにもエディターシップが求められるようになるだろうな、と。
昨年は「嘘に騙されない、ファクトチェックの力」という観点が強かったのですが、1年経って、AIが「しれっと嘘をつく」という認識はだいぶ広がったことでしょう。今後はとりわけ、ディレクターとしての役割――すなわち、どう指示を出すか? が重要になってくるように思います。
ファンコミュニティ施策の重要性が高まる
主に「市場」との向き合い方、という切り口での予想です。昨年の予想「メディアビジネスの転換が進む」のところで、ケビン・ケリー氏のエッセイ「千人の忠実なファン(1,000 True Fans)」について触れたのですが37 千人の忠実なファン(改訂版)〈七左衛門のメモ帳(2017年2月20日)〉
http://memo7.sblo.jp/article/178840050.html、これはもちろんメディアに限った話ではありません。
広く一般大衆を対象としたマーケティングではなく、ジャンルやターゲットを絞って、地味で目立たなくてもコツコツと堅実にファンの輪を広げていくやり方こそが、いまは求められているのではないでしょうか。
HON.jp News Blogは?
最後に、当メディアについて。昨年の本欄では「2023年以降はユーザーから直接対価をいただく施策に力を入れます」と書いたのですが、準備に思いのほか手こずりました。「出版ニュースまとめ&コラム」の年鑑を2016年版から順に作っているのですが、まだ2019年版までしか辿り着けていません。
直販ショップをリニューアルし、既刊の販売はもう始めています38 HON.jp Books
https://hon.jp/news/books。電子取次と契約し、複数の電子書店へ流通させる体制も整えました。読み放題サービスにも対応しています。ただ、本格的なプロモーション活動は、最新版までちゃんと揃った時点で行いたい。1年経っちゃったので、あと4年分……頑張ります。
あと、昨年に設立10周年記念ということで開催したイベント「HON-CF(ホンカンファ)」は39 HON-CF2023 ―― HON.jp 10th Anniversary Conference 2023 | HON.jp News Blog
https://hon.jp/news/conference、準備も運営も終了後の記事化も本当に大変だったのですが、実に有意義だったとも感じています。毎年恒例開催にしていきたい。ただ、初回は赤字だったので、次回は黒字化を目標に。