《この記事は約 4 分で読めます(1分で600字計算)》
出版社の編集者から著名人の“自伝”代筆を依頼され、いわゆる“ゴーストライター”として密着取材し数カ月がかりで原稿を執筆。ところが完成間際で出版取り止め、原稿料も支払ってもらえない ―― このような場合、ライターは下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)で守られるのだろうか? 独占禁止法・景品表示法・下請法などを専門とする弁護士・池田毅氏に話を伺った。
下請法の対象は“特注品”
―― 下請法とはどのような法律なのでしょうか?
池田毅氏(以下、池田) そもそも下請法というのは、メーカーが製品の部品を下請に発注する際、他で流用が効かない特殊な仕様の、いわば“特注品”の製造を委託するケースを想定しているんです。立場がイコールな契約なら、双方が合意すれば代金を減額することは契約の自由ですが、下請は立場が弱いため、無理矢理合意させられる可能性がある。そういう弱い立場を守らなければならない、という法律です。たとえば「代金減額の禁止」や「納品から60日以内の支払」といった義務が、親事業者に課せられます。
―― なるほど、特注品ですか。
池田 とはいえ、ちょっとでも特注なら、対象になり得ます。たとえば自社の既製品としてカタログに載せている縦横1メートルの板を、「縦横80センチメートルに切り落として」と発注すれば、特注です。既製品のペンに、ノベルティとして配るため会社ロゴのシールを貼って納品してもらうだけでも該当します。
―― では著作物の場合はどうなんでしょうか? 2004年に日本書籍出版協会(書協)と日本雑誌協会(雑協)が「出版社における改正下請法の取扱いについて(PDF)」という文書を出していて、「作家(執筆者)が創作する小説、随筆、論文等、および美術、写真、漫画等の作品」は下請取引の対象外として扱われるとありますが……?
池田 すごく単純化すると、雑誌連載か単行本で結論は異なります。雑誌連載は下請法が適用されますが、単行本書きおろしは「一般的には」下請法非適用です。つまり、誰に頼まれたわけでもなく原稿を書きおろし、出版社へ企画を持ち込んだなら、それは下請法の対象外です。出版を断られても、他社へ持ち込むことは可能ですからね。
―― 確かに“特注”ではないですね。
池田 でも、雑誌の特集企画で、ライターに6ページぶんの原稿を書いてもらうとしたら、それは下請法の対象です。特集用に撮影した写真も対象ですし、新聞の連載小説も対象です。
―― なるほど、ではいわゆるゴーストライターは?
池田 「自伝」だと、絶対よそでは使えないですよね。だから下請法が適用されます。「評伝」ならよそへ持っていくことは可能だし、編集者が「そんなの頼んでない」なんて主張することも可能ではあるでしょうけど、「自伝」ならそれはあり得ないですよね。
受注時に“3条書面”の交付を依頼しよう
―― となると次の問題は、いくらで? という条件が決まっていない場合……。
池田 そうですね。下請法では親事業者に、発注時の書面交付義務があります。下請法第3条の義務なので、通称「3条書面」と言います。まともな出版社なら、依頼状とか発注書を出します。それが3条書面です。だけど「いくらで?」という条件をあいまいなままにして、3条書面を出さないような相手の場合、受注側としては打つ手が少なくなります。
―― そうなんですね。
池田 3条書面を交付しない親事業者は、下請法違反で公正取引委員会から「指導」または「勧告」を受けます。刑事罰の対象でもあるのですが、これが罰金50万円以下と、軽いんですよね。もちろん「悪質だ」という論評はできますが、条件が決まっていない状態のまま受注してしまうと、辛いですね。
―― では、受注側が自分の身を守るには?
池田 引き受けるときは条件面を明確にしたうえで「3条書面を出してください」とお願いすることですね。ただし、下請法の対象となる親事業者は、資本金1000万円超であること、下請事業者は個人を含め資本金1000万円以下であることが条件です。
―― ありゃ、ということは零細出版社(者)からの発注は……?
池田 下請法の対象外、ということになります。ただ、対等な立場で双方合意の元に「契約」を取り交わしていたなら契約違反を問うことはできます。
―― なるほど、条件を事前に明確にしておくことは、ビジネスの基本ですね。たとえ「いくらちゃん」などと蔑まれようとも。
池田 そうですね。あとは、発注書や契約書など、何らかの形で「証拠」を残しておくことが大切ですね。
参考リンク
池田・染谷法律事務所