韓国型縦スクロールマンガと日本型ページめくりマンガは異なる表現メディア ―― デジタル出版論 第3章 第5節

デジタル出版論

デジタル出版論 第3章

《この記事は約 11 分で読めます》

マンガにも「デジタル巻物」の潮流

 第2章第1節で、ページ数がカウントできないリフロー形式のデジタル出版物は「デジタル巻物」のようなものだと説明しました。同じように、最近はマンガでもページ概念のない表現手法が広がりつつあります。韓国生まれの縦スクロールマンガです。

 一般的には「web」と「cartoon」の合成語である「ウェブトゥーン(webtoon)[37]と呼ばれることが多いのですが、NAVER WEBTOON Ltd.が2014年に商標登録[38]しているため、一般名詞としては縦スクロールマンガと呼称したほうがよいでしょう[39]

 伝統的な紙のマンガは、本のページを開いて読むことを前提とした「コマ割り」「見開き」といった表現スタイルが一般的です。これに対し日本のデジタル出版では、携帯電話(フィーチャーフォン)のパケット定額プランが登場した2003年以降に[40]いわゆる「ケータイコミック」が一世を風靡します[41]

 当時の携帯電話の低解像度で小さな画面は、マンガをページ単位で表示するのが難しかったことから、コマ単位に分割して1コマずつ表示する手法が生み出されます。「コマ売り」「話作品」などとも呼ばれ、いまでも一部の電子書店では購入可能です[42]

 同時期に韓国では、アマチュア作家などを中心に、最初からウェブで公開することを前提とし、コマ割りを用いず、マンガ的な絵と短いナレーションのみで表現する手法が発達していきます[43]。ただ、大ゴマや見開きなどインパクトの強い表現手法が使えないこともあり、当初はストーリーマンガではなく、ささやかな日常生活を描く短いエピソードマンガが多かったそうです。

 スマートフォンが急激に普及し始めた2010年以降、日本のケータイ向け市場は「スマホシフト」で縮小し、紙のレプリカであるページマンガのデジタル市場が急拡大していきます。韓国の縦スクロールマンガは、2011年にネイバージャパンが日本への展開を開始するなどの先行事例もありますが[44]、一般に普及し始めたのは2013年にサービスを開始したNHN PlayArt(当時)[45]の「comico」がきっかけでした[46]

 comicoは、コマ割りのない縦スクロール&フルカラーのオリジナル作品をアプリで週刊連載するスタイルで、広告なしの無料配信によって作品の認知を広げ、単行本の販売やIPビジネスによって収益を得るモデルでした[47]。代表作には夜宵草『ReLIFE』が挙げられます。単行本化にはページレイアウト&コマ割りへの再構成作業が必須であり、収益化のハードルが高くなっていました[48]。このため、2016年11月から一部を有料化するなど、ビジネスモデルの転換を余儀なくされています。

 入れ替わるように登場したのが、カカオジャパン(当時)[49]の「ピッコマ」です。23時間待てば無料で次の1話が読める「待てば¥0」(つまり待てないなら有料)などの施策が当たり、急成長していきます。2019年3月に連載を開始した『俺だけレベルアップな件』のヒットなどにより縦スクロールマンガ[50]の売上も急激に伸び、作品数の割合では数パーセントなのに「売上を見ると50:50」というレベルにまで至っています[51]。そろそろ縦スクロールマンガだけでも収益化が図れるようになってきたかもしれません。

 カカオジャパン(当時)は、2021年5月に香港系投資ファンドから600億円を調達、企業価値が8000億円超と評価されました[52]。縦スクロールマンガはグローバル展開のしやすさが期待されており、2028年には世界市場が262億1359万ドル(本稿執筆時点の為替レートで約3兆5450億円)に達するという予測もあります[53]。このトレンドに乗り遅れるなと言わんばかりに、日本でもさまざまな業界から新規参入が相次いでおり、カオスな状況になっています。

 今の段階で筆者が言えることは、韓国型の縦スクロールマンガと日本型のページめくりマンガは、同じ「マンガ」と呼ばれていても異なる表現メディアとして捉えたほうがよい、ということです。絵と文字を用いた表現手法という大枠は同じですが、縦長表示のディスプレイに最適化された縦スクロールマンガと、ページを開いた状態(見開き)では横長表示になることを前提とした紙のレプリカマンガとでは、性質が自ずと異なります。個人的に、縦スクロールマンガの性質は、かつての「ケータイコミック」と似ているように感じています。

 縦スクロールマンガ向けに制作された作品を、ページめくりマンガ向けにするには、再構成作業が必須です。同じように、ページめくりマンガ向けに制作された作品を、縦スクロールマンガ向けにするには、やはり再構成作業が必須です。小説のアニメ化、コミックのアニメ化、小説のコミカライズ、コミックのノベライズなどと同じように、縦スクロールマンガもいずれはメディアミックス展開の一つを占めるようになることでしょう。

 これは、映画やテレビ、YouTubeなどの映像メディアにも同じことが言えます。従来の映像メディアは、横長表示に最適化された表現を踏襲し続け、スマートフォンでも横向きに持ち替えることをユーザーに求めてきました。それが、ショートムービーサービス「TikTok」のヒットにより、最近は縦長表示に最適化された縦長の動画が急増しています。求められる構図やアングルも、自ずと異なるわけです。

次へ

前へ

脚注

[37] 京都精華大学 国際マンガ研究センター『日韓漫画研究』(国際マンガ研究、vol. 3)オンライン修正版 第3部 漫画の諸ジャンル 11 パク・スイン(朴秀寅)「韓国のウェブトゥーン」より。
http://imrc.jp/lecture/2011/10/3.html
[38] 商標登録番号 第5718379号「webtoon(ウエブトゥーン)」
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2014-014994/BDF4A47EC27E074E28C2CFF7D81D2B96C46E7C73B80EEF1A186E9ED446B7FB3C/40/ja
第5718380号「webtoons(ウエブトゥーンズ)」
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2014-014995/808F2D850736FEADBD02019AF6CB5924A3DCE0C77C7D679492900BEC518747CC/40/ja
[39] 「タテ読み」とも呼ばれるが、ページめくり方向が縦である場合との区別が難しい。切り替え操作なしで縦でも横でもページをめくることができる「ユニバーサルフリック」(メディアドゥ)という機能もある。
https://mediado.jp/service/1178/
このため本稿では、区別しやすい「縦スクロールマンガ」という呼称で統一することにした。
[40] ITmedia Mobile「EV-DOは4200円定額制~11月28日全国一斉開始」(2003年10月22日)
https://www.itmedia.co.jp/mobile/0310/22/n_evdo.html
[41] 「電子書籍ビジネス調査報告書2011」によると、ケータイ向け市場は2010年度に572億円まで拡大していた。
https://www.impressrd.jp/news/detail/827
[42] まんが王国「コマ売り」
https://comic.k-manga.jp/guides/help/027
コミックシーモア「話作品」
https://www.cmoa.jp/faq/30/
めちゃコミック「タップ読み」「スクロール読み」
https://mechacomic.jp/info/viewer_help2
honto「BSF版(BS Reader)」
https://help.honto.jp/?p=10236
BookLive!コミック「話作品」
https://faq.booklive.jp/faq/show/2334
[43] 37と同じ
[44] ITmedia eBook USER「ネイバーが韓国の人気Web漫画をアプリで無料配信:漫画も韓流?」(2011年12月16日)
https://www.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/16/news067.html
[45] 2015年10月よりNHN comicoに商号変更。NHN PlayArtの名称は、スマートフォンゲーム事業を担当する新設分割会社が継承。
https://www.nhn-playart.com/press/index.nhn?m=read&docid=8866017
さらに、2017年6月よりNHN JAPANに商号変更。NHN comicoの名称は、電子コミック事業を担当する新設会社が継承。
http://www.nhn-comico.com/company.nhn
[46] NHN PlayArt 株式会社のプレスリリース「NHN PlayArt、電子書籍事業に新規参入。webコミックサービス『comico』を展開」(2013年10月17日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000008304.html
[47] ASCII.jp「スマホ時代の無料コミックのデファクトとなるか?――comicoの戦略を聞く」(2014年10月5日)
https://ascii.jp/elem/000/000/933/933198/
[48] ねとらぼ「無料漫画アプリ「comico」がリニューアルで一部有料化 ユーザーからは「タダ読みが魅力だったのに」と不満も」(2016年11月30日)
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1611/30/news135.html
[49] 2016年4月にサービス開始。「待てば¥0」は、当初は「タダ読みチケット」という名称だった。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000127.000003707.html
2021年11月からカカオピッコマに商号変更。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000353.000003707.html
[50] カカオピッコマは「SMATOON(スマートゥーン)」と呼称し商標登録(第6417313号)している。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2020-019128/08E027572745D581437597729B120A75E2F26D302A013E457FB02A81F2887BFF/40/ja
[51] Digital Shift Times「マンガアプリ世界NO.1。急成長市場の覇権を握る「ピッコマ」の戦略」(2022年3月8日)
https://digital-shift.jp/platformer/220308
[52] 日本経済新聞「漫画のピッコマ、600億円調達 企業価値は8千億円超に」(2021年5月20日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC205YY0Q1A520C2000000/
[53] DIAMOND SIGNAL「2028年には3兆円市場の予測も──韓国発「ウェブトゥーン」はなぜ世界を席巻しているのか」(2022年3月30日)
https://signal.diamond.jp/articles/-/1119

広告

著者について

About 鷹野凌 682 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学デジタル編集論非常勤講師 / 二松學舍大学エディティング・リテラシー演習非常勤講師 / 日本出版学会理事 / デジタルアーカイブ学会会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
タグ: / / / / / / / / / / / / / / / / /

0 コメント
インラインフィードバック
すべてのコメントを見る