新作の認知手段は基本無料のウェブやアプリに変化した ―― デジタル出版論 第3章 第4節

デジタル出版論

デジタル出版論 第3章

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電子コミックのビジネスモデル

 では次に、「従来の雑誌を代替できるほどの存在」にまで成長した、電子コミックのビジネスモデルをさらに深掘りしましょう。ここからは再び、「狭義の出版」領域だけに絞れない話も多くなります。

ユーザーとコンテンツの接点にあるもの

 ビジネスモデルの話をする前に、コンテンツをユーザーに届ける仕組みを、もう少し詳しく説明しておく必要があるでしょう。第1章の「表現と伝達のプロセス」で示した図を再掲します。左端の著作者から、右端のユーザーに向かって、コンテンツが伝達していきます。

 ユーザーのすぐ近くにあるのが「端末」です。この図には「放送」もあるので、テレビやラジオを含めた表現にしてあります。狭義の出版に絞って言えば、端末とは、スマートフォン、タブレット、パソコン、電子書籍専用端末などです。ユーザーは、こういった端末のディスプレイを通じて、マンガなどのコンテンツと接触します。

ウェブとアプリ

 コンテンツをディスプレイに表示する手段には、「ウェブ」と「アプリ」があります。ウェブはワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)の略で、世界標準規格のハイパーテキストで記述されたページを、閲覧用ソフトウェアのブラウザ[26]で表示することを指します。

 ブラウザは幅広い用途に使えるため、端末の基本ソフトウェアであるオペレーティングシステム(Operating System:OS)に標準搭載されています。また、別途、無料でインストールすることも可能です。ウェブでコンテンツを配信しているサービス事業者は、閲覧だけなら無料かつ会員登録も不要としている場合も多く、利用のためのハードルは低くなっています。

 アプリはアプリケーション・ソフトウェア(application software)の略で、アプリストア[27]などで配信されています。特定の事業者が提供するサービス専用で、ブラウザより高機能である場合が多いです[28]。スマートフォンにインストールすると、サービス事業者からお知らせなどがプッシュ通知されることから、存在を忘れにくくすることも可能です[29]

 電子コミックアプリのインストールそのものは無料ですが、そもそもユーザーにアプリストアで発見してもらうのが難しく、さらに、インストール後に会員登録&ログインが必要な場合も多く、利用のハードルはウェブより高いです。とにかくダウンロードしてもらわないことには始まらず、競争も激化していることから、広告宣伝のためのコストは年々大きくなっているようです[30]

ストリーミングとダウンロード

 コンテンツをユーザーに配信する方法には、インターネット常時接続を前提とした「ストリーミング」と、端末のストレージへの「ダウンロード」があります。この違いは、ユーザーがスマートフォンなどのモバイル端末を利用している場合とくに、通信量(≒通信料)や端末の空き容量の問題として影響してきます。ウェブはストリーミングのみ、アプリはダウンロードとストリーミングのいずれかです。

 ストリーミングは、コンテンツを閲覧するたびに通信が発生するため、通信量が多くなり、動作も遅くなりがちですが、端末の空き容量には影響しません。ダウンロードは、いちど端末のストレージへ保存すればその後は通信を必要とせず、動作も軽くなりますが、端末の空き容量を圧迫します。ただし、購入したコンテンツが「クラウド本棚」に格納されるサービス事業者であれば、端末から削除して空き容量を増やしても、再ダウンロードが可能です[31]

 ストリーミングとダウンロードは、サービス事業者のビジネスモデルによっても違いが出ます。おおまかに言うと「メディア型モデル」と「ストア型モデル」に分類できます[32]。基本無料でコンテンツが閲覧可能なメディア型モデルでは、ストリーミングで配信される場合が多いです。逆に、購入したコンテンツが閲覧できるストア型モデルでは、ダウンロードとストリーミングの両方が提供される場合が多いです。

新たな作品を認知してもらう手段の変化

 伝統的な紙の出版ビジネスにおいて「雑誌」に分類されるマンガ誌は、定期刊行物でありながら広告をほとんど載せない特徴がありました。それは、マンガ誌は新たな作品をユーザーに認知してもらう手段という性格が強く、ある意味、作品の広告媒体だったためです。

 これはマンガに限った話ではありませんが、本は読んでみないとその品質や価値が判断しづらい「経験財」の一種です。そのため新たな作品は、まずユーザーに存在を認知してもらうことが重要になります。そのための手段は、以前は「マンガ誌への連載」がほとんどすべてと言っていい状態でした。

 それゆえマンガ誌は非常に安価で販売され、回し読みされ、立ち読みもある程度は許容されていたところがあります。集英社「週刊少年ジャンプ」中野博之編集長による「ジャンプの値段はほとんどが紙のコスト」[33]という発言を鵜呑みにはできませんが[34]、最大発行部数653万部を記録したときでさえ本誌単独では赤字だったという噂を聞いたこともあります[35]

 いずれにせよ、マンガ誌は主に作品認知を得る手段として機能し、コミックス(単行本)の販売が収益を稼ぐ機能を果たしている、というのが従来のビジネスモデルでした。ところが、マンガ誌の販売は1995年の3357億円をピークに減少を続け、2021年には558億円と、約6分の1になってしまいます。これは、小売店にとって定期的な収入源が失われたのと同時に、作品認知の手段としての機能も失っていったことを意味します。

 それを代替しているのが前述の、基本無料でコンテンツが閲覧可能なメディア型モデルと言っていいでしょう。「待てば無料」のように、早く続きを読みたいユーザーにはストア型モデルとしても機能します。定額読み放題のモデルは、対価を払っているとはいえ、実際にはかなりメディア型モデルに近い形とも言えます。

 細かく分類すれば、ストア型モデルの中にも、単行本あるいは話売りの個別課金、コインの月額課金、定期購読、BtoBなどがあります。近似のモデルには、レンタルや定額読み放題などが。メディア型モデルの中にも、チャージ、ストア併設連携、新人発掘、広告などなど、さまざまなビジネスモデルがあります[36]。ただ、シンプルに考えれば、「メディア」が作品認知の機能で、「ストア」が収益を稼ぐ機能とすると、理解しやすいのではないでしょうか。

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脚注

[26] Google Chrome、Microsoft Edge、Apple Safari、Mozilla Firefoxなど。
[27] Google Play、Apple App Store、Microsoft Store、Amazon Appstoreなど。こういったプラットフォーム以外にも、「窓の杜」「Vector」といったオンラインソフトウェア専門の流通サイトや、個々の事業者から配信されているいわゆる「野良アプリ」も数多く存在する。
[28] ここでいう高機能なアプリは「ネイティブ」と呼ばれているもの。「場合が多い」と留保したのは、アプリ内でウェブを表示する「WebView」という仕組みもあるため。ネイティブに比べ、WebViewは開発コストが抑えられるが、そのぶんUXは劣る場合も多い。
[29] ただし、あまり頻繁に通知が届くと煩わしいため、設定で通知をオフにされてしまい本当に大事なお知らせが届きにくくなってしまったり、アンインストールされてしまったりする場合も多々あるようだ。
[30] たとえばAppsFlyer Japan株式会社によるアプリインストール広告費予測によると、日本は2019年に約2943億円(27億ドル)で、1インストールあたり約349〜381円(3.2〜3.5ドル)必要。
https://www.appsflyer.com/ja/blog/trends-insights/app-install-ad-spend-2/
[31] 余談だが、いまではようやくこれが当たり前のような状態になったが、以前はたとえば「ダウンロードは1回のみ」「ダウンロードした端末でしか読めない」「ダウンロードしたファイルはバックアップコピーできない」「機種変更しても本体にダウンロードしたコンテンツを移動できない」「機種変更時にはファイルをmicroSDに移動して差し替える必要がある」「クラウド本棚からの再ダウンロードは購入から1年間限定」「クラウド本棚だけどファイル移動しかできない」など、ユーザーに妙な労力や不便を強いるサービスも多かった。十数年かけて徐々に変わってきたのだ。
[32] この「メディア型モデル」と「ストア型モデル」という表現は、『電子書籍ビジネス調査報告書2021』(インプレス総合研究所)第2章を参考にした。
https://research.impress.co.jp/report/list/ebook/501228
[33] 毎日新聞「「友情・努力・勝利」ではない 編集長が唱えるジャンプの真のテーマ」(2021年9月3日)より。
https://mainichi.jp/articles/20210831/k00/00m/040/125000c
[34] 集英社『週刊少年ジャンプ』公式サイト「今号のジャンプ情報」(2022年6月7日閲覧)によると、本稿執筆時点で税込270円。
https://www.shonenjump.com/j/weeklyshonenjump/
一般社団法人日本雑誌協会が公表している印刷証明付き発行部数は約132万部(2022年1月から2022年3月の平均)。
https://www.j-magazine.or.jp/user/printed2/mag/252
返本率を40%弱とすると約80万部。つまり小売で約2億1600万円の売上。取次&書店のマージンを3割とすると、出版社への入金が1億5120万円。原価は秘されるのが常であり、この額の「ほとんどが紙のコスト」というのが真か否かは、私には判断できない。ともあれ、紙のコスト以外に、印刷、製本、流通、販売マージン、マンガ家への原稿料、編集者の給料、販管費などがかかるわけだ。
[35] あるいは「週刊少年ジャンプ以外は、本誌だけだと赤字」という噂のバリエーションもある。
[36] ここも『電子書籍ビジネス調査報告書2021』(インプレス総合研究所)を参考にした。

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著者について

About 鷹野凌 705 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学デジタル編集論非常勤講師 / 二松學舍大学エディティング・リテラシー演習非常勤講師 / 日本出版学会理事 / デジタルアーカイブ学会会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など。
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