デジタル出版は在庫を用意する必要がないため必然的に実売印税となる ―― デジタル出版論 第3章 第3節

デジタル出版論

デジタル出版論 第3章

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著作者から見た出版のビジネスモデル

 では、この「本や雑誌の販売」という出版のビジネルモデルを、著作者から見た場合はどうなるでしょうか? 著作者とは、音楽・映像・ゲームなども含めた著作物全般を生み出した人のことですが、この章ではひとまず「狭義の出版」に限定します。話の中心は、作家、ライター、記者、マンガ家などです。

 狭義の出版における著作者の収入は、パブリッシャーが運営するメディアへ掲載する著作物(原稿)への代価である「原稿料」と、著作物のパッケージを販売した代価のうち一定の割合が報酬として支払われる「印税」が中心です。ヒット作になると映像化やグッズなど二次利用される際の「ライセンス料」や、トークイベントや講演の「出演料」「講師料」といった副次収入もあります。

原稿料と定期刊行物

 原稿料は、パブリッシャーが運営するメディア――雑誌や新聞などの定期刊行物や、ウェブメディア・アプリなどへ著作物を掲載する代価です。単発掲載の場合もあれば、連続して掲載される「連載」の場合もあります。著作権(財産権)をパブリッシャーが買い取る契約(著作権譲渡)もあれば、著作者が著作権を保持したまま初出の掲載料を支払う契約もあります。著作権の詳細は、第10章で説明する予定です。

 なお、新聞や雑誌などのパブリッシャーに雇用され業務として書いた原稿は、著作権法15条により「職務上作成する著作物(職務著作)」として扱われます。職務著作の場合、雇用者である法人等が著作者となります。著作権(財産権)だけでなく著作者人格権もパブリッシャーのものです。つまり、原稿の権利と引き換えに、給料や正規雇用という身分を手に入れるわけです。

 しかし雇用ではなく、外注(請負や委託も含む)で書いた原稿の著作権は、契約条件次第となります。一般的に、新聞や学会誌への原稿掲載は著作権譲渡を求められる場合が多いようですが、雑誌・ウェブメディア・アプリなどへの原稿掲載は著作者が著作権を保持したままになる場合が多いようです。

 著作者が著作権を保持したままの原稿が一定量になり、これは売れそうだとパブリッシャーが見込んだら、双方同意のうえあらためてパッケージ販売するための出版権設定契約が結ばれます。つまり、本の出版です。これが「印税」収入となります。詳しくは後述します。

 原稿料のビジネスモデルが直面している問題は、この章の冒頭で記した「雑誌不況」です。著作者にとって定期刊行物はこれまで、原稿料収入が安定的に得られる場として機能してきました。つまり、定期刊行物への連載が、著作者のランニングコストを支えていたのです。雑誌市場の縮小は、そういう場が失われつつあることも意味します。

 そのいっぽうで、ウェブメディアやアプリは持続可能(サスティナブル)なビジネスモデルをまだ構築できていないところが大半です。デジタル出版が従来の雑誌を代替できるほどの存在になっているのは、いまのところマンガくらいです。

印税とパッケージ販売

 他方、非定期刊行物のパッケージ販売――つまり本の出版は、販売代価のうち一定の割合が小売店や取次の手数料となり、残りがパブリッシャーに入金され、そこから一定の割合が「印税」として著作者へ支払われる形が一般的です。印税の割合(印税率)は、出版権設定契約を結ぶ際の条件の一つです。印税の計算方法には、「前払い印税」と「実売印税」があります。

刷り部数印税

 日本の紙の商業出版では、事実上の前払い印税である「刷り部数印税」が採用されている場合が多いです。刷り部数印税は、発行部数×小売単価[22]×印税率で算出されます。発行部数は、なるべく売れ残り(返本)が出ないよう、しかし、在庫切れで機会損失しないよう予測されます。

 一般的なオフセット印刷の場合、1部あたりの原価率を抑えるために、ある程度まとまった量を発行する必要があります。そして、刷り部数印税は、売れ行きに関係なく発行部数で著作者に印税を支払う契約です。売れ行きが良い場合は増刷し、売り伸ばしていきます。いわゆる「重版」です。重版するたび、発行部数に応じた印税が著作者へ支払われます。

 売れなかった場合の在庫リスクは、パブリッシャーが負う形です。出荷したうちどの程度売れたか? という割合を「消化率」と言います。消化率が低いと、在庫を保管する倉庫代などによりパブリッシャー側が赤字になってしまう可能性があります。著作者にとっては、一定の収入が事前に見込めるぶんリスクは低いです。ただ、パブリッシャーが赤字になってしまうような売れ行きだったら、次の出版という声がかかる可能性は低くなるでしょう。

 どこにも発表されていない新規の書きおろし原稿から出版される場合もあります。この場合、原稿料なしで印税のみが収入となるケース[23]と、印税なしで定額の原稿料のみ(つまり重版しても著作者への収入にはならない)のケースがあります。どちらも原稿を書いているあいだは収入ゼロなので、著作者のリスクが大きくなります。

 ちなみにアメリカでは「アドバンス」という前払い印税が採用されています。出版権設定契約を結んだ時点(つまりまだ原稿が無い段階)でパブリッシャーの予想した利益をもとにアドバンスが支払われます[24]。著作者のリスクはそのぶん軽減されます。

 日米で、ベースとなるのが売上か利益か、あるいは支払いのタイミングといった違いはあるものの、どちらも売れ行きの「予想」に基づき著作者へ支払う点では同じです。予想が外れた場合のリスクは、パブリッシャー側が負う形になっています。

実売印税

 ところが最近では、実際に売れた部数に応じて印税を支払う、実売印税の契約も増えてきました。売れなかった場合、パブリッシャーから著作者へ支払う印税額も抑止されるため、パブリッシャーのリスクが小さくなる契約です[25]

 そのぶん、著作者のリスクは大きくなります。著作者が著作物を生み出すのに要した時間や労力といったコストを回収できなくなる可能性は高くなります。そして、電子版のパッケージ販売は事前に一定数の在庫を用意する必要がないため、必然的に実売印税となります。実売印税でもアドバンスがあれば著作者のリスクは軽減できるのですが、そういう契約を結んでくれるパブリッシャーはいまのところほとんど無いようです。

 なお、少部数を発行する場合、オンデマンド印刷のほうが1部あたりの原価率が抑えられます。オンデマンド印刷で少部数を断続的に発行し、在庫をなるべく少なくするやり方を「ショートラン印刷」と言います。また、オーダーを1部単位で受け、そのたびに生産・発送するという完全受注生産の「オンデマンド出版」というやり方もあります。どちも電子版と同様、実質的に実売印税となります。

クリエイターエコノミー

 デジタル化とネットワーク化により、著作者がパブリッシャーを通さず、直接ユーザーへ著作物を販売する手段も増えてきました。そのための手段を提供する事業者は「メディア」ではなく「プラットフォーム」と呼ばれています。また、そのエコシステムは「クリエイターエコノミー」と呼ばれるようになってきました。詳しくは、第13章でお話しする予定です。

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脚注

[22] 再販制度のもとでは小売単価=定価(税別)となる。
[23] ライトノベルは強い連載媒体が無いため、従来から大半が書きおろしで刊行されているようだ。
[24] マガジン航[kɔː]「アドバンスをめぐる名編集者の言葉」(2013年1月21日)より
https://magazine-k.jp/2013/01/21/fisketjon-talks-on-advance-payment-for-authors/
[25] 東洋経済オンライン「「夢の印税生活」のそんなに甘くない現実 | アルファポリス」(2016年11月28日)より
https://toyokeizai.net/articles/-/146617

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著者について

About 鷹野凌 664 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学でデジタル編集論・二松學舍大学でエディティング・リテラシー演習担当の非常勤講師 / 日本出版学会員 / デジタルアーカイブ学会員 / 主な著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)
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