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【目次】
ふたたび、出版とはなにか?
出版の定義に話を戻します。
最近、日本出版学会の学会誌『出版研究』のバックナンバーが、J-STAGEで一般公開されました1J-STAGE『出版研究』(Online ISSN:2434-1398)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jshuppan/-char/ja。そこには、1969年に創立された日本出版学会の査読論文や研究座談会が載っています2『出版研究』1巻(日本出版学会・1970年)より
寿岳文章「出版学の骨格―一つの覚え書―」
https://doi.org/10.24756/jshuppan.1.0_10
中島健蔵「出版学の体系化序説」
https://doi.org/10.24756/jshuppan.1.0_20
『出版研究』1巻(1970年)より
信木三郎、林伸郎、箕輪成男、小林一博、矢作勝美「研究座談会『現代出版学』をめぐって―その成果と今後の問題―」など
https://doi.org/10.24756/jshuppan.4.0_218。これは! と思い調べてみたところ、実は設立当初から「出版とはなにか?」が議論されていることがわかりました。つまり「出版学」という学問が、なにを研究対象とし、どこまでを領域とするか、定義を明確にしないまま、学会を先に作ったのです。
もっとも、初代会長の野間省一さんは『出版研究』1巻に「もとより、出版学は誕生してなお日浅く、いわば形成の段階にある幼い学問であり、その成果を問われるには、かなりの年月を要することはいうまでもない。」3『出版研究』1巻(1970年)より
野間省一「『出版研究』の発刊にあたって」
https://doi.org/10.24756/jshuppan.1.0_5という言葉を残しています。1960年代後半には電算写植機の普及もあり、編集制作の工程が大きく変わるタイミングだったというのもあるのでしょう。
その後、どのような議論が行われたかは、まだしっかり追い切れていません。森貴志さんの研究ノート4『出版研究』48巻(2017)より
森貴志「研究ノート「出版学」の(不)可能性」
https://doi.org/10.24756/jshuppan.48.0_47によると、出版学のまとまった書籍として初めて刊行されたのは、第4代会長の清水英夫さんによる『現代出版学』(竹内書店・1972年)。出版学についての議論がひと段落するのは、第5代会長の箕輪成男さんによる『出版学序説』(日本エディタースクール出版部・1997年)とのことです。
箕輪出版学の定義
箕輪さんの『出版学序説』を参照してみると、出版は「狭義と広義の二つの定義が可能」とあります。ここだけ見ると、日本電子出版協会によるデジタル出版の定義と似ていますが、とくに広義の意味は異なります。
狭義は、「書籍あるいは雑誌を生産し流通する過程」です。つまり、書籍や雑誌の企画を立てて、原稿を入手して、編集校正して、印刷・製本によって複製して、その複製物を、流通機構を通じて読者へ届けるという、出版社(者)の担当する一連の過程を指します。箕輪さんは、この「狭義の出版過程こそが本来の研究対象と思われる」としています。
広義は、「狭義の出版過程によって生み出され伝達された書籍・雑誌を整理・保管・提供する図書館業務、読者の読書行為、さらには読者の反応を受けた著者の再生産活動までをふくめて、情報・知識の全還流過程」です。書籍・雑誌という枠組みは変えていませんので、狭い領域を縦に深掘りするようなイメージでしょう。
そして、新聞学や放送学といった他の学術領域とは「メディアを異にする、という明示的な理由」により区別が明瞭になるとしています。つまり、出版学の対象領域を紙の書籍と雑誌に限定することで、他の学術領域と区別できると説いているのです。この考えに基づくと、デジタル出版もメディアを異にするという明示的な理由で、出版学の対象外となってしまいます。
これに対し日本電子出版協会は、デジタル出版の定義を「領域を固定的に捉えるのではなく、ハードウエア、コンテンツ、チャネル、フォーマットなど多面的な視点」で広く捉えるとしています。つまり、領域を横に広げているのです。これは、学術研究とビジネスの違いと言って良いかもしれません。
湯浅電子出版学
いっぽう、追手門学院大学教授の湯浅俊彦さんは著書『電子出版学入門』5初版は2009年だが、筆者が参照したのは湯浅俊彦『電子出版学入門 ―出版メディアのデジタル化と紙の本のゆくえ―〈改訂3版〉』(出版メディアパル・2013年)の中で、箕輪出版学の定義では、例えば「ケータイ読書」が出版学の対象から外れてしまう、と指摘しています。デジタル化されたコンテンツに、書籍や雑誌といった明確な区分があるのだろうか? という疑問も投げかけています。
そこで、デジタル・コンテンツのうち出版分野に該当6この「出版分野に該当」という表現は紙の書籍・雑誌の延長上にあるプリント・レプリカだけを指しているような印象を受けてしまうが、その後段で「電子ジャーナル」や「ケータイ小説」などを具体的に例示することで対象領域を広げている。するものを調査研究の対象とする「電子出版学」を新たに提唱。デジタルでは新聞、出版、映画、放送といったメディアの融合が進むため、これは期間限定の学問であり、いずれ「デジタル・コンテンツ学」に吸収されるであろうと予測しています。
つまり、以前は箕輪さんの言う「メディアを異にする、という明示的な理由」によって学術領域が区別されていたわけですが、書籍も、雑誌も、新聞も、放送も、音楽も、デジタル化されネットワークを介して流通するようになったいま、学術領域も融合していくべきではないか? ということなのでしょう。
面白いことに、1951年に創立された日本新聞学会は、1991年に日本マス・コミュニケーション学会と名称を変え、さらに2022年からは日本メディア学会と名乗り始めました。従来ベースとしてきた社会科学のみならず、人文学や情報学の領域も吸収していこうとしています7伊藤守「会長あいさつ「日本メディア学会」への名称変更にあたって」(2022年1月1日)
https://www.jams.media/presidents-message/。学術領域も大きな変化を要求されているということなのでしょう。
鷹野のデジタル出版論
私はプロローグでも書いたとおり、「出版」という行為の本質は「著作物を複製して頒布」することだと考えます。箕輪出版学の定義のうち、狭義はともかく、広義は時代の変化に合わせ修正していくべきでしょう。広義の出版には、新聞はもちろん、講演、音楽、映像、放送、演説、演劇、ブログ、Twitterのつぶやきなども含まれて良いと思うのです。
狭義は「書籍あるいは雑誌を生産し流通する過程」のまま、レトロニムで対応できます。プリント・レプリカの「電子書籍・電子雑誌」が登場したわけですから、そのまま「紙書籍・紙雑誌」で良いでしょう。「デジタル出版」との対比なら「アナログ出版」です。しかし、狭義の「メディアを異にする」区別は、広義では取り払ったほうが良いと考えます。
要するに、広義の「狭義の出版過程によって生み出され伝達された書籍・雑誌」というフレーズが、邪魔なのです。箕輪さんの定義から本質だけを抜き出すなら、最後の「情報・知識の全還流過程」でしょう。著作物を複製して頒布したあとの、利用の過程まで研究範囲とするなら、領域も書籍・雑誌だけにこだわらなくて良いと思うのです。
英語の public は、日本語では公共や公衆です。publish は、公表する、公開する、発表する。その延長上で考えると、publishing の日本語訳に木版印刷時代からの伝統的な「出版」という言葉を用いたことは、ある意味、思考を縛り付けてしまったように思います8このあたりの考え方は以前「ニューヨーク公共図書館の映画、本、トークイベントなどを通じ、パブリックの意味について考える」の「パブリックの日本語訳は?」でも述べた。
https://hon.jp/news/1.0/0/26895。そろそろ出版の定義を拡張し、「情報を公開すること」だと位置づけても良いのではないでしょうか。
どうしても違和感があるなら、カタカナで「コンテンツ・パブリッシング」と表記してもいい。その上で、表現メディアの違いや、デジタルとアナログの違い、機能の違い、速いか遅いか、長いか短いか、といった分類になると思うのです。
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