表現と伝達のプロセスは、デジタル化とネットワーク化によって激変した ―― デジタル出版論 第1章 第5節

デジタル出版論

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表現と伝達のプロセス

 ここまでの話を整理するため、表現と伝達のプロセスについて図示化してみました。左端から右端へ向かって情報が伝わっていきます。そのプロセスになにがあるか? を簡単にまとめたものです。

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 人がその五感になんらかの刺激を受け、頭にアイデアが浮かびます。アイデアを表現したものが著作物です。表現する手段には、文書・図画・音声・映像などがあります。これを「表現メディア」と言います。現時点では、視覚と聴覚に対するものが中心です。

 コミュニケーションで最もシンプルなのは、情報の発信者(著作者)が、受信者(ユーザー)と直接会って話すことです。なるべく多くの人に伝えようと思うと、古代ギリシャやローマの円形劇場のような場所を用意し、人を集め、大声で語りかける形になります。そこには当然、距離や時間の制約があります。

 もっと多くの人へ伝えようと思うと、情報をなんらかの形で複製してユーザーに届ける必要があります。書籍、雑誌、新聞、チラシやDM、CDやDVD、ラジオ放送やテレビ放送、電話やFAXなどです。これらを「情報メディア」と言います。科学技術の進歩に伴い、さまざまな情報メディアが生まれました。

 情報メディアは、空気、紙、樹脂板、電波、電線といった「伝達メディア」の性質によってその特性が規程されます。その意味においては、箕輪出版学の「メディアを異にする」区別は正しいと思います。広い意味では、劇場やライブハウス、書店などの小売店、図書館や映画館なども伝達メディアの一種と言って良いでしょう。

 情報メディアの複製には、大きなコストが必要でした。売れなければ不良在庫となります。だから、コストをかけるに足る著作物かどうか、その表現をどの程度磨き上げればいいか、などの判断が必要でした。その判断する役割は、パブリッシャーが担ってきました。書籍や雑誌なら「出版社」です。

 パブリッシャーの機能は、表現を整え複製し増幅させて多くの人へ伝えることです。他方、出版社を通さず、著作者が自分でパブリッシュする、セルフパブリッシングという手段もあります。物理メディアでは同人誌と呼ぶほうが一般的でしょう。

デジタル化とネットワーク化がもたらしたこと

 情報メディアの一番下に赤字で「インターネット」と記述しましたが、ほんとうはここに並置してはダメでしょう。デジタル化とネットワーク化が起きるより前は、物理あるいは時間的制約によって特性が規程されるため、別の情報メディアが新たに増える、程度の捉え方で済んだかもしれません。ところが、デジタル化とネットワーク化は既存の情報メディアすべてがほぼ同時に対象となったのです。図を修正すると、こうなります。

 たとえば、新聞社のウェブメディアが発信している記事と、雑誌編集部のウェブメディアが発信している記事と、物理メディアを刊行していないウェブだけメディアが発信している記事は、パソコンやスマートフォンなどの情報機器で閲覧される際、違いはあまり意識されていないのではないでしょうか。

 とくに、「Yahoo!ニュース」「Googleニュース」「スマートニュース」といった、自らをパブリッシャーではなくプラットフォームだと規定している「ニュースアグリゲーター」を通じて閲覧した場合、デザイン的な違いさえも消え失せ、同じ土俵に並べられます。箕輪出版学の「メディアを異にする」区別が、機能しなくなってしまうのです。

 強いて言うなら、情報機器のスクリーンサイズや、アプリケーションの個性といった違いはあります。大きく分けると、パソコン・スマートフォン・タブレット、オペレーティングシステムの違い、ブラウザかアプリか、などでしょうか。紙の出版物で言えば、判型、紙質、印刷手法などと同じレベル感の小さな差異でしょう。

表現メディアや社会的機能は異なる

 しかし、表現する手段=表現メディアにおいては、はっきり区別ができます。書籍・雑誌・新聞という情報メディアが扱っていた領域は、文書・図画です。音声や映像とは表現手段が根本的に異なります。なにを得意とするのか、また、誰を対象とするかによって、選ぶ表現手段が変わる、ということだと思うのです。

 もう一つの観点としては、社会的機能の違いです。目的が異なる、と言っても良いでしょう。ニュース的な速さを要することなのか、あるいは意見や言論・オピニオンなのか、あるいは教育、あるいは娯楽。明確に区分できるものではないかもしれませんが、デジタル・ネットワーク上で融合してしまったメディア特性を考えるときには、それなりに有効的な分類ではないかと思います。

では、デジタル出版論が扱う領域は?

 概念的な話は、一旦締めくくりましょう。いまさらですが、私は研究畑や教育畑を歩いてきたわけではありません。大学での非常勤講師は、実務家教員として採用されています1文部科学省 中央教育審議会 大学分科会 制度部会(第21回(第3期第6回))議事録・配付資料 [資料5-3]「実務家教員」関係規定等によると「おおむね五年以上」の実務経験と「高度の実務の能力を有する者」ということらしい。
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/003/gijiroku/06102415/006/004.htm
。論文や書籍など先行研究もなるべく参照しようと努力はしていますが、語れることはどうしても私が経験してきたことが中心となります。

 中学生のころ、初めてパソコンに触れました。少しだけプログラミングをかじりました。大学生のころ、パソコン通信にはまりました。そういう経験も、同年代では比較的レアではないかと思います。社会へ出て、雑誌――というか情報誌の現場で経験を積み、紙中心からウェブ中心へ変わっていくプロセスを経験しました2詳しくはマガジン航[kɔː]へ寄稿した「情報誌が歩んだ道を一般書籍も歩むのか?」を参照。
https://magazine-k.jp/2013/06/10/will-books-follow-the-same-fate-as-information-magazines/
。関連して、データベースを扱う業務や、業界紙の記者も経験しました。

 会社を辞め個人ブログ3「見て歩く者 by 鷹野凌」
https://wildhawkfield.com/
を書いていたら、運良く編集者の方に目を付けてもらい、ライターとして取材をしたり記事を書いたり、書籍を出版する機会もいただきました4『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス・2015年)
https://book.impress.co.jp/books/1114101048
。セルフパブリッシングしたり、インディーズで電子雑誌を毎月刊行したり、ウェブメディアを継承して非営利で運営5HON.jp News Blog
https://hon.jp/news/
したり。

 一貫しているのは、情報をいかに流通させるか? に腐心してきたこと。そういった経験に基づく、メディアとビジネスの話をさせていただこうと思います。

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脚注

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著者について

About 鷹野凌 793 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 エディティング・リテラシー演習 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など
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