アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(4)~ 出版社のこれからの10年を握るカギはやっぱりアマゾン/書店の二極化:大手チェーンとインディペンデント書店

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 大原ケイ氏に、アメリカの書籍出版産業の過去10年と、これからの10年について解説いただきました。第4回は、「出版社のこれからの10年を握るカギはやっぱりアマゾン」と「書店の二極化:大手チェーンとインディペンデント書店」です。第1回はこちら第2回はこちら第3回はこちら

出版社のこれからの10年を握るカギはやっぱりアマゾン

 この5年、毎年微減してきた出版社の総売上げだが、また今後10年で上向きになっていくだろうか? それともこのまま衰退していくだろうか? それは今後のアマゾン出版(Amazon Publishing)の出方次第だと思っている。

 2011年にアマゾン出版が、ワーナーブックスなどで編集長を務めたベテランのラリー・カーシュバウムを引き抜き、ニューヨークで編集オフィスを立ち上げたときは、出版社の人たちはとうとう自分たちの領域にチーター(ジェフ・ベゾスが交渉力のないベンダーをチーターに狩られる瀕死の“ガゼル”と呼んでいたことから)がやってきたと震え上がったものだ。そしてカーシュバウムからお声がかかったらアマゾン出版に移るかどうかという、ただの転職話以上に頭を悩ませたエディター仲間も知っている。

 アマゾン出版は編集者だけでなく、潤沢な予算で大物著者を引き込もうとした。だが、アマゾンのやり方に日頃から反対しているインディペンデント書店だけでなく、バーンズ&ノーブル(以下B&N)までがアマゾン出版の本を仕入れようとしなかったため、アマゾン出版の本はEブックでどんなに売れても米国内の店頭に並ばず、ベストセラーは出せずじまいとなり、カーシュバウムは(色々ワケあって)2013年に退任した。

 だがアマゾン出版はニューヨークオフィスを閉めた後も、本社のあるシアトルで着々とセルフパブリシングで勢いのあった著者を集め、ロマンスやファンタジーなど、Eブックでよく売れるジャンルのインプリントを作り、それなりの出版社として機能し始めている。さらに、外国文学の翻訳書インプリントである「アマゾン・クロッシング」は、翻訳書の刊行点数で米国内1位だし、文芸寄りの「リトルA」や、スリラー中心の「トーマス&マーサー」もそれなりに名の聞こえた著者を抱えるに至った。

 もしこの先10年で、アマゾン出版が前述の苦しい台所事情の中堅出版社を買収したり、書店側と何らかの和解策を講じて店頭に紙版の本を並べられるようになったら(そしてちゃんと部数や売上の数字を報告したら)、業界全体でまた右肩上がりの日々が来るかもしれないと考えている。たとえそうならなくとも、アメリカの出版社は必要とあればすぐにリストラを敢行して従業員をクビにしたり、新しいテクノロジーを取り入れることに慣れているので、このまま30年も手をこまねいて出版不況、という地獄は見ないような気がする。

 そしてその先さらに、自動運転車が往来を走り、ウェアラブルなガジェットでVR読書ができるような近未来が実現するとしたら、出版社はやっぱりこれを新しいフォーマットとして、積極的にVR版の本などに取り組んでいくのだろうと思う。

書店の二極化:大手チェーンとインディペンデント書店

 アメリカにおける10年以上前の書店の歴史については、「ユリイカ」2019年6月臨時増刊号に寄稿しているので参照されたし。

 ではこの10年で書店はどのように二極化しているのか? 2011年に業界2位の規模だったチェーン店の「ボーダーズ」が倒産して以来、3位だった「ブックス・ア・ミリオン」(アメリカ南東部を中心に32州260店を展開する)、最近はカフェやフローズンヨーグルトなどの多角経営に乗り出し、もはや書店と言い難い店舗もあり、迷走している。4位にランクインしている「ハーフ・プライス・ブックス」は17州に127店を展開し、新刊や自社出版の本も扱うが、基本的には日本の「ブックオフ」のような古書店だ。

バーンズ&ノーブル
バーンズ&ノーブル
 ということで全米50州に数百という単位で新刊書を売るチェーン店は、今やB&Nだけになってしまった。最多の1997年には1000店舗以上あったが徐々に減り、2019年には627店舗となっている。店舗数で言えば、B&Nに続く店舗数の書店は、22店になったアマゾン書店や、アメリカで10数店を展開する紀伊国屋がトップ10に入るほどなので、その中間がないということになる。つまり、今やアメリカの書店はアマゾンと真っ向から戦って破れたメガストアのチェーン店の生き残りB&Nと、アマゾンにできないことを模索してきたインディペンデント書店という二極化が進んでいると言えるだろう。

 90年代に数万平方フィートもの広大な敷地で、蔵書数やカフェ、スタバ店内併設などを充実させ、全米でインディペンデント書店を窮地に追いやったのがB&Nだった。2008年以降の10年ほどはBN.comでEブックを売り、独自の「Nook」(ヌック)デバイスを開発し、店内のフリーWi-Fiで立ち読み可能のサービスを始めたり、デバイスの開発は外注に切り替えるなど、アマゾンのキンドルと真っ向から戦う姿勢を見せた。

 だがヌック事業のR&Dの赤字が累積し、株価は数ドルにまで落ち、累計で10億ドルを費やしたにもかかわらず低迷し、2014年には手堅く利益を上げていた教科書部門を守るためにヌック部門だけを本社から分けたりもした。他にも教育玩具売り場を拡張してみたり、レストラン併設の店舗を作ってみたりもした。挙げ句の果てには年間4000万ドルを節約するために、2018年2月にフルタイムの書店員1800人を解雇するという暴挙に出た。

 この数年はレン・リッジオ会長が立て直しを図るために出版業界外からCEOを探してきては、折り合わずに追い出すということを繰り返してきたが、ようやく彼も完全に引退する気持ちが固まったのだろう、昨年6月に経営からいっさい手を引くことを条件として投資会社の買収話を受け入れ(買収額6億8300万ドル)、エリオット・コンサルタントがオーナーとなるに至った。B&Nの新CEOには、イギリスからジェームズ・ドーント氏を迎えた。

 ドーントは元々JPモルガンの銀行家出身で、1990年にロンドンはウェストエンドのマーリボン大通りにエドワード王朝時代から書店だった建物を第1号店の「ドーント・ブックス」としてオープンした。旅行関連の本に重きを置いた品揃え、重厚でいて落ち着きのある店構え……いかにもイギリス的な心地よさを追求したインディペンデント書店で、以後ロンドンに6店舗を展開している。

 その彼は2011年にイギリスの最大手チェーン店(イギリスを中心に283店舗)である「ウォーターストーンズ」の経営を任されることになった。HMV傘下から買収したオーナーはロシアの富豪アレクサンダー・マムットで、彼の懐から流れ込む潤沢な資金もあり、ドーントは大胆な改革をいくつかやり遂げた。本社にいるバイヤーが各店舗の仕入れを決めるトップダウンの品揃えや、出版社側が売りたい本を全国の店舗でプロモーションにかけるマーケティングをやめたことなどがそれに当たる。

 つまりは、ウォーターストーンズの各店舗が金太郎飴のようなチェーン店ではなく、それぞれがインディペンデント書店であるかのように、経営を改革したのである。具体的には、イギリスの書店でよく催されていた以下のプロモーションを打ち切った。

 平台の中から2冊買えば、もう1冊が無料、という「3 for 2」あるいは「Buy 2 Get 1 Free」と呼ばれるプロモーションをまずやめた。ドーントは「本好きからすれば同じぐらい読みたい本が平台に3冊もあるなんてありえないし、しかもこれは出版社が選んだ本に限られている」と理由づけた。

インディペンデント書店
インディペンデント書店
 もうひとつは、日本では馴染みのない「コアップ(co-op)」というプロモーションをやめたことだ。コアップについては説明しようとすると長くなるのでここでは避ける(詳しくは「英ウォーターストーンズの救世主は米バーンズ&ノーブルをも救えるか?」を参照されたし)。要するにコアップ広告費は出版社側からのバックマージンのような役割を果たしている。そして出版社にしてみれば、お金の力で書店に本を並べることができる。ドーントはこれを「書店にとっても出版社にとってもドラッグのようなものだ」と批判した。

 ドーントCEOの元、2008年以来ずっと赤字だったウォーターストーンズは2016年にとうとう黒字を計上し、彼は2011〜2017年の間に年商を80%も成長させた。その後マムットは経営権をヘッジファンドであるエリオット・アドバイザーに売った。そしてドーントは今度は大西洋を越え、同じエリオット・アドバイザーの元、アメリカのB&NのCEOとして迎えられることになった。2019年8月にニューヨーク入りし、しばらくは英米両方のチェーンを率いるという。

 この人事が起死回生となるか。B&Nがこれからの10年で経営を立て直し、エリオットが納得できるレベルに株価を戻すことができるのか? ヌック事業はどうするのか。しばらくは正念場が続くだろう。

〈続く〉

アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について

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著者について

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NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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本多 光明
本多 光明
2020年1月14日 09:04

やはりAmazonの存在は大きいですね。続きを楽しみにしています。シェアさせてもらいます。