アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(1)~ Eブックで起こったディスラプション/米司法省対アップルと大手出版5社の談合の結末

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 大原ケイ氏に、アメリカの書籍出版産業の過去10年と、これからの10年について解説いただきました。3日間連続更新の第1回は、「Eブックで起こったディスラプション」と「米司法省対アップルと大手出版5社の談合の結末」です。


 主にアメリカの出版社で見聞きしたり、毎年の統計の数字を元に、自分なりに考察したことをまとめた。アメリカの出版業界を見渡すと、この10年のキーワードは「二極化」だろう。これは出版社でも、書店でも、印刷会社でも、取次でも起きている現象だ。順番に説明していこう。

Eブックで起こったディスラプション

 アマゾンが北米でキンドルのデバイスとサービスを立ち上げたのが2007年11月、それが「そのうち日本にも来るぞ来るぞ」と黒船扱いされたのが、(何回めか知らないけれど)2010年の電子書籍元年あたり。私はその頃ランダムハウスで版権業務や新事業立ち上げの仕事など、Eブックとは関係ないところで働いていたが、あの時はあちこちの日本の出版関係者から「アメリカはどうなってんですか? 本当にみんなキンドルでEブックを読んでるんですか?」と聞かれ続けていた。

 もうこうなったら知っていること全部書きまとめるので、それで勘弁してくれと、上梓したのが『ルポ 電子書籍大国アメリカ』。版元がアスキー新書なので、この10年にインプリントごとなくなり、もう本も絶版だろうが、読み返すと、2020年の現状を把握するのにも役立つ、バックグランドの情報がけっこうあるなと思えたのが久しぶりに読み返しての感想。

 さて、Eブックのこの10年については、年末に政治/文化ニュースポータルのVoxが取り上げていて、「キンドルの登場で、Eブックが一過性の流行で終わらず、根本的な出版産業のディスラプションが起こると思われていたが、そうはならなかった」と評している。

 当時はMITメディアラボ(あそこも昨年色々ありましたねぇ)のニコラス・ネグロポンテ所長が「5年後には紙の本はなくなる」などと豪語していたが、2010年の拙著には「Eブックの普及率は3割ぐらいに落ち着くのでは」と書いた。全米出版社協会(AAP)で集計する会員出版社から申告された数字での統計では、最新の数字でEブックによる売り上げが全体の24.5%と報告されており、これに加算されていないセルフ・パブリッシングのEブックの売り上げを足すと、全体の3割というのはあながちハズレではないと思っている。

 Voxの「根本的なディスラプションは起こらなかった」という部分については「ああいえばこう」というディベート大好きのアメリカなので、さっそくThe Digital Readerが反論というか、Voxが書ききれなかったEブックの実態を指摘している。

 その中には「なるほど」と思われる事案もある。特に教科書については、紙の本がそのままEブックに移行することはなく、OER(open educational resources)と呼ばれるデジタルでインタラクティブなカリキュラムをダウンロードする形態になりつつあることが指摘されている。確かに、表面上の統計では当初、学生が紙に固執(高等教育機関のテキストブックは値段が高いので、古本から売れていくという実態があった)しているかのように報じられていたが、テキストブック事業を本業から切り分けでて生き残りを図ったバーンズ&ノーブルでも、この数年テキストブックの売り上げは落ちてきている。

 つまり、指定された教科書をひたすら読み込んで勉強する、という旧来のラーニングそのものが変わりつつあり、アメリカの教育図書出版社は、単にテキストブックを売るではなく、学習カリキュラムというサービスを提供する企業に変わりつつあるということだろう。のちに取次の項目でも触れる予定だが、アメリカの2大取次(ホールセラー)のうち、今年はベイカー&テイラーが一般書店への卸業をやめ、学校や図書館向けに絞るというニュースがあったが、ベイカー&テイラーを傘下に収めた親会社の教育事業を考えると、これも納得がいく。

 また、これまでノンフィクションのジャンルとして本にまとめられてきた様々なお役立ち情報やハウツーものについては、多くの人が本ではなく、YouTubeの動画やオンラインフォーラムのQuoraといったネット上のツールで最新の情報を手に入れるようになっているとの指摘も納得できる。アメリカの雑誌が次々と紙版を廃刊にし、ウェブでマルチメディアなコンテンツを提供するブランドとして生まれ変わっているという実態がある。

 さらに、ScribdやアマゾンなどでEブックのサブスクリプション・サービスが始まり、多読な人が定額読み放題で本を消費しているため、ここの売り上げ冊数としては換算されない。

米司法省対アップルと大手出版5社の談合の結末

 Eブックの流通や、1冊の値段のつけ方で、アメリカにおけるEブックのあり方に大きく影響を残した2012年のApple vs. Dept. of Justice訴訟については、「マガジン航」にその経緯やバックグランドなどを寄稿しているので参考にされたし。

 この訴訟の要点は次のことだと思っている。

  • 本のデジタル化を迎えた大手出版社は、談合とまではいかなくとも足並みを揃えて、多額の和解金を払ってでも、アマゾンに勝手にEブックを安売りさせないようにすることによって、紙の本の値段がデフレを起こすのを防ごうとした。
  • 出版社側は、同じタイトルの本が売れれば、それが紙でも電子でも、著者や出版社の懐に入ってくる金額に差が出ないように、Eブックの印税率、製作コスト、出版社の取り分を調整してきたのが実を結んだ。

 そして、デバイス普及のためにEブックで赤字を出してまで自分たちが望む安い値段で売る事ができなくなったアマゾンは、代わりに今もホールセラーモデルで仕入れている紙の本を思い切り安く売るようになった。かくて、昨今ではAmazon.comで探すと、同じ本であればEブックより紙の本が安い場合もあり、当然そっちを選ぶ読者もいるだろう。この結果、Eブックの読者がいったんEブックに飛びついたものの、紙に回帰していると見受けられる現象がおきている。2014〜2018年の間にEブックの売り上げは37%縮小したという数字さえある(AAP調べ)。

 これは後に述べるセルフ・パブリッシングのEブックが成長していることでもあるのだが、紙に固執する日本の出版業にとってこれは朗報に思えるかもしれない。だが、この数字は出版社を介さなくてもEブックでなら誰もが本を出せる時代が来たこと、つまりはそういったセルフ・パブリッシングの本が読者を獲得しても、統計ではわかりにくい不透明な時代が訪れたことを告げている。何しろトップ売り上げのアマゾンが数字を出さないのでハッキリとはわからないが、アマゾンは(冊数でいうと)アメリカで売られるEブックの83.3%を占めている(Author Earnings調べ)という数字がある。

 書籍全体では半分ぐらいがアマゾンを通して売られているというのが、ビッグ5の販売担当の人たちの肌感覚だ。それ以外では売り上げの9割をアマゾンに頼っている出版社があってもおかしくない。やはり恐ろしいのは、紙だろうが、Eブックだろうが、アマゾンがちょいちょいと値段を操作すればマーケット全体に影響を与えるほどの力を持っているということだ。アマゾンは出版社にとって「敵」ではなく、大事な「お得意様」でもあるのだ。そして社運をかけて渡り合っていかなければならない相手でもある。

続く

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About 大原ケイ 280 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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