アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(3)~ セルフ・パブリッシングから生まれた本のアマチュアリーグ/Eブック市場はこれからの10年でどうなるのか?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 大原ケイ氏に、アメリカの書籍出版産業の過去10年と、これからの10年について解説いただきました。3日間連続更新の第3回は、「セルフ・パブリッシングから生まれた本のアマチュアリーグ」と「Eブック市場はこれからの10年でどうなるのか?」です。第1回はこちら第2回はこちら

セルフ・パブリッシングから生まれた本のアマチュアリーグ

 アメリカの編集者やリテラリー・エージェントはよく出版のgatekeeperと呼ばれる。著者の著作が出版に値する内容かどうか判断するのが役目だ。目利きとして、それを本にすれば売れそうかどうか、読者の評価を得られるか、一定の質をクリアした作品になるかどうかを判断する。これまでだったら出版社のお眼鏡にかなわなかった作品には、ヴァニティー・プレスと呼ばれる自費製作本という道しかなかったが、KDP、Kobo Lulu.com、SmashWords、CreateSpaceなど、Eブックでのセルフ・パブリッシングができる様々なサービスが登場し、この常識を覆した。

 出版社から出されるEブックは、ほとんどが紙の本と同時発売で(ロマンスやSFなど、ジャンルによってはEブックだけのインプリントを持つ出版社もある)、Eブックの値段は10ドルを切ることはあまりない。一方で、セルフ・パブリッシングで出されるEブックは、PODで紙の本を作ることもできるが、たいていは1冊数ドルの値段がつけられている。アメリカでは、個人で編集者から表紙のデザイン、索引作り、マーケティングに到るまで個人で外注できる(それだけ様々な職業のフリーランサーがいるということだ)。

 こうしてこの10年の間にEブックといえば、出版社というプロリーグが扱うEブックと、セルフ・パブリッシングで個人が出したアマチュアリーグのEブックに分かれて、それぞれにメリットがある新しいパラダイムが出来上がった。アマチュアリーグなので、誰もが自分で好きなように本を出し、そこに見つかる才能も玉石混交だ。ここから出版社のプロに見出される場合もあるし、プロとして通用する著者がアマチュアリーグに留まって、自分の著作を管理したいケースもある。それを読む方も、プロのお墨付きとして最低10ドルをEブックに払うか、あるいは数ドルで見つかる本の中から面白いものを自分で見つけ出す喜びもあるだろう。アメリカにおけるEブックとは、この10年でセルフ・パブリッシングによる本のアマチュアリーグを作り出したという意味で、「ゲームチェンジャー」だったと言えるだろう。

Eブック市場はこれからの10年でどうなるのか?

 AAP発表データから全体的な傾向で見れば、すべてのフォーマットを合わせた出版社全体の総売上げは2014年をピークにこの5年、毎年微減している。過去10年のうち、2010〜2014年に成長して見えるのは、2007〜2008年に起こった金融危機(いわゆるリーマン・ショック)で2009年の経済指標が軒並み1〜2割の落ち込みを見せたため、2010〜2014年の伸びは“成長”というより、“回復”と呼んだ方が適切だろう。

 一旦は出版社の売り上げの3割近くを占めるようになったEブックが、2014〜2018年の5年間で37%も縮小したというデータをどう分析するか? これからの10年でその売り上げがどう変わっていくのか? と聞かれれば「あまり変わらないか、もしくはこのままシェアが少し減る」というのが個人的な見解だ。10年後には2割程度になるのではないかと予測する。というのも、次なるフォーマットであるオーディオブックがアメリカで急成長中だからだ。

 米オーディオ出版社協会(APA)の発表では、2018年のオーディオブック総売上げは9億4000万ドルで、前年比24.5%の成長率を見せ、この7年間ずっと2桁の成長率をキープしている。2019年の数字もこの延長上のものになるだろう。イギリスでは来年にもオーディオブックの割合がEブックの割合を上回るとの予想も出ている。

 アメリカは都市部以外では基本的に車を使って通勤するので、その間に本を読もうと思ったら昔からオーディオブックはカセットテープ、CDなどのフォーマットで提供されていたのだ。ネット時代のラジオ番組というべき、好きな時に好きな番組が聞けるポッドキャストも充実している。

 オーディオブックもポッドキャストも最近はスマートフォンを使って音声ファイルをダウンロードするだけでいいので、カセットやCDという「モノ」を買う手間暇が省けてさらに気軽に聞けるようになった。スマホさえあれば十分楽しめるうえに、ハードウェアの面でも、アマゾンのEchoや、グーグル社のスマートスピーカーの性能がよくなり、ブルートゥースを使ったイヤホンやヘッドフォンが進化していることもオーディオブックへの追い風となっている。

 さらにそこで出版社側がもたもたしていると、アマゾンが勝手にEブックに読み上げ機能を付けたり、オーディオブックに数行のテキストを付けたりするので、出版社側もオーディオブックに対応せざるを得ない。この数年では、既に出版契約を結んだ時点で、オーディオブックに関しても積極的な取り決めが交わされるようになり、自分でオーディオブックを録音する著者も増えた(自分でやると印税率がいい)。一方ではAIを使った自動読み上げ機能の精度が格段に良くなってきた。

 これからの10年で、Eブックと同じぐらいのシェア(どちらも15〜20%ぐらいかな?)になっていく勢いがあると個人的には見ている。つまりはこういうことだ。アマゾンがキンドルというEブックを提供し始めて10年で、アメリカの出版社はもうこのEブックというフォーマットには対応済みなので、次のオーディオブックというフォーマットにも躊躇せず取り組める体制ができている。

 なにしろオーディオブックがあれば、単純に文字を読むのが面倒くさい、視力が弱っている人、あるいはdyslexia(テキストを目で追うことに障害のある学習困難)の人にも本を楽しんでもらう新しいチャンスができるのだ。となるとEブックを作ったときと同じく、ITや録音技術に明るい人をちゃっちゃと雇って(人材)、効率的に録音できるスタジオを探したり作ったりして(設備投資)、紙の本の刊行と同時にオーディオブック版を発売できれば、後は読者(もうこうなるとユーザーと呼ぶ方がふさわしいかもしれない)が好きなフォーマットを選べばいいという状況を作っていくだろう。本といえば、紙でもEブックでもオーディオブックでも楽しめるもの、というのが当たり前になっていくだろう。

続く

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NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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