アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(5)~ インディペンデント書店はなぜリバイバルできたのか?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 大原ケイ氏に、アメリカの書籍出版産業の過去10年と、これからの10年について解説いただきました。第5回は、「インディペンデント書店はなぜリバイバルできたのか?」です。第1回はこちら第2回はこちら第3回はこちら第4回はこちら

インディペンデント書店はなぜリバイバルできたのか?

 その一方で、アメリカのマスコミでもしばしば取り上げられてきたニュースがインディペンデント書店のリバイバルだ。全米書店協会(ABA)の会員数と会員社が持つ店舗数が2009年(会員数1401、店舗数1651)からずっと、少しずつではあるが毎年増えている(2018年の会員数1835、店舗数2470)ことを同協会は強調し、多くのマスコミが地元の書店紹介とともにそのことを取り上げた記事を書いている。

 とはいっても、この10年で閉店になった書店がなくなったわけではない。店を継ぐ者が不在で、あるいは店賃の高騰で、惜しまれながら閉店になったインディペンデント書店は枚挙にいとまがない。だが、不思議とそこに「スマホに時間を取られて皆が本を読まなくなったから」「Eブックとの競争に敗れて」というのが理由に上がってないことに着目すべきだろう。

 ABAが発表する数字について穿った見方をすれば、全く新しい新参書店が増えたのではなく、勢いのある少数のインディペンデント書店が店舗を増やしているだけだとか、本も置いているというだけで本来書店ではない店もカウントされるようになったから、という指摘もある。

 だが、アメリカのリテール産業全体を眺めても、アマゾンなどオンラインショッピングの躍進でショッピングモールが衰退する一方で、ローカルビジネスの支援や地産地消を求める運動、さらに商店を疲弊させる凄まじいクリスマス商戦への反省などの動きがあり、ネットショッピングでは得られない「体験」が求められるようになってきている。

 このインディペンデント書店のリバイバルについて研究しているのがハーバード大学ビジネススクールのライアン・ラファエリ教授だ。彼はこのリバイバルを bifurcation(分岐)と呼び、アマゾンでなるべく早く、なるべく安く本を買うという体験の一方で、読みたいと思う本を探しに本屋に足を運び、検索しようとも思わなかった本を発見し、実際に手にとって読んでみて、納得してそれなりの金を払うという high experience(中身の濃い体験)を求めているからだと分析している。

 ITで地元の本屋さんを応援する具体的な例を挙げるなら、ネットでのクラウドファンディングや、買った本、読んだ本をSNSに上げるブックスタグラム、書評で稼ぐブックチューバーなど、そんなに目新しいものはないだろう。

 2011年に地元ナッシュビルに「パナサス・ブックス」をオープンし、自分がインディペンデント書店のオーナーとなったアン・パチェットのような著者もいるし、超売れっ子のジェームズ・パターソンは、2015年から毎年自腹を切ってクリスマスの時期に総額100万ドルを全国のインディペンデント書店にボーナスとして支給している。

 アメリカの書店ツアーに参加する人は、こういったインディペンデント書店が「こうすれば必ずウソみたいに本が売れる」といった斬新なことをやっているのではないかと期待して見に来るようなのだが、残念ながらそんなマジックは存在しない。こういったインディペンデント書店が生き延びられるかどうかはひとえに、地元の顧客を知り尽くしてそこにコミュニティーを形成しているか、そしてどこまで返本率を抑えた仕入れができるかに尽きる。

グリーンライト・ブックストア
グリーンライト・ブックストア
 そこそこ上手くやって赤字が出ていないインディペンデント書店で、返本率が2割を超えるところはおそらくない。B&Nが今の経営難に陥る前の数字が25%〜30%だった。書店ツアーで私が必ず立ち寄る「グリーンライト・ブックストア」のオーナー、レベッカ・フィティングは、同店の返本率の数字を上げているのは、朗読会やブッククラブなどの店内でのイベントで、どうしても多めに注文してしまい、消化しきれない分を返品しているからで、イベントをやらなければ返品率は10%以下に抑えられるはず、と言い切った。

 業界全体での返本率は30%なので、ではどこが返品率を上げているのかといえば、量販店だったりする。アメリカではウォルマートやコストコなどの量販店でも本を売っており、ここは棚単位で売れ筋の本を仕入れる。返品率90%が超える本がいくらでもあるビジネスだ。こういう店に本を卸す取次もジョバー、マス・マーチャンダイザーと呼ばれて、本(だけ)を扱うホールセラーやディストリビューターと区別される。

 返本のない「ディープ・ディスカウンティング」と呼ばれる仕入れ方もあり、こちらは60%以上のディスカウントで買い切り、売れ残り分は取次が処分する。だがディープ・ディスカウントの場合は著者の印税率が通常の半分になったりなど通常の流通ルートと区別される。

日本とアメリカの書店流通システムはなにが違うのか?

 日本の書店とアメリカの書店の流通システムを比べると、根本的に違う点がいくつか挙げられる。まず最初に再販制による定価で、どの店で買っても本の値段は同じになる日本ではわからない感覚だが、ベストセラーリスト入りしたような、いわゆる「売れ筋」の本はいったん売れ筋になってしまえばアマゾンやB&N、そしてウォルマートやコストコといった量販店で、時には半額などというディスカウントで売られる。

 なのでインディペンデント書店で売れ筋のベストセラーを取り扱っても全く旨味がないということになる。むしろ、その「売れ筋」を作るのがインディペンデント書店だ、という認識が出版社の方にもある。インディペンデント書店にとっては、ディスカウントをしないでも定価近い値段で買ってもらえる本の方が儲けのマージンが大きい。むしろそういった本をプッシュして買ってもらえる方がいいのである。

 だからインディペンデント書店には今売れている本ではなく、これから売れそうだとバイヤーが選んだ本が並んでいる。それが実際に売れるかどうかは買い手の貴方如何ですよ、とインディペンデント書店の平台の本がささやきかけてくる。

 アメリカには流通からの見計らい本というものがない。出版社の営業(セールスレップ)は「刊行前」に初版の注文を取るために書店に営業をかける。予定されているプロモーションも、刊行日に掲載される書評も、すべて準備を整えてから本が世に出る。インディペンデント書店はひたすら出版社のカタログ(遅くとも刊行日の6ヶ月前に入手できる)と睨めっこして、目利きであるバイヤーが自分の店で何を何部置くかを決めるのだ。

 日本のように書店員が担当の棚を持ち、売れ行きを見ながら補充することもしない。出版社の営業が本を売る時間を奪いにくることはないし、注文してもいない本が次々に届いて返品の発送に追われることもない。

インディペンデント書店はこのまま増えていくのか?

 インディペンデント書店はEブックをどのように見ているのか? ABAは2010年にグーグルと組んだり、2012年にコボに鞍替えしたりして、インディペンデント書店でもEブックを売ることができるようにしたが、定着しなかった。

 なぜ積極的に取り入れなかったのかを書店の人に聞くと、ウェブサイトにアクセスしてEブックを買っていく人もいるが、その人たちの顔が見えるわけでなし、マージンを考えると、同じ労力をつぎ込むのなら、紙の本を買ってもらう方が利幅が大きいからだと答えた。

スリー・ライブス&カンパニー
スリー・ライブス&カンパニー
 これからの10年、リバイバルは続くのか、あるいはインディペンデント書店はこのまま増えていくのだろうか? これまでモール店、メガストア、オンライン書店、Eブック、オーディオブックと次々に現れる強敵を相手に果敢に闘ってきたのがインディペンデント書店なので、これからも大丈夫なのだろうと思う。そしてこれからの10年での課題も見えてきた。それは書店員のモチベーションにどう答えていけるかどうかだろう。

 主にニューヨーク州とカリフォルニア州で最低賃金の引き上げが法令化されつつあり、時給15ドルレベルに達しようとしている。さらにはこれまでにはなかった労働組合を組織する書店の話が聞こえ出している。インディペンデント書店にとってはこれからも厳しい戦いが続くのは避けられない。

 出版社側が書店のバイヤーや図書館の仕入れ担当の司書を招いてこれから出る本のお披露目をする「ブック・エキスポ」がアメリカ最大の本のコンベンションとなっており、年1度5〜6月に開催されているが、この裏でインディペンデント書店が自主的に集まり、「打倒アマゾン」の策を話し合う「ウィンター・インスティチュート」なる催しがある。

 給料の安い書店員が集まりやすいように、フライト料金が安くなる真冬に、そして観光地としてはあまり人気のない地方都市で開催されるのだが、すぐに参加枠がいっぱいになるほどの盛況ぶりで、書店員は歓迎しても、マスコミや出版社にはいい顔をしてくれないので、一度は行ってみたいと思っているイベントなのだが実現できずにいる。

 この続きは取次や印刷、そして本の中身となるコンテンツの10年を振り返り、未来を予測する文章を書きたいのだが、HON.jpに負担がかかりすぎるので、有料noteとしてまとめますので、引き続き応援よろしく。

この続きは大原ケイ氏のnoteでお楽しみください

お知らせ

 2月3日に「文化通信」のお声がけで「アメリカの最新出版事情」というお題で講演をします。ほか、さらに詳しい分析や、個々の事例、質問、調査依頼などがある場合、ご連絡いただければ出版社に出向いて、あるいは少数グループでのイベントにも応じます。

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この記事の著者について

About 大原ケイ 245 Articles
NPO法人HON.jp 理事。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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