アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(2)~ 大きくなって交渉力をつけるか、小さくやってニッチを突くか/アメリカ出版業界の海賊版対策

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 大原ケイ氏に、アメリカの書籍出版産業の過去10年と、これからの10年について解説いただきました。3日間連続更新の第2回は、「大きくなって交渉力をつけるか、小さくやってニッチを突くか」と「アメリカ出版業界の海賊版対策」です。第1回はこちら

大きくなって交渉力をつけるか、小さくやってニッチを突くか

 ここに私が指摘する出版社の二極化の理由がある。この10年で元々「ビッグ6」と呼ばれていた大手出版社6社のうち、最大手1位と2位だったランダムハウスとペンギングループが統合するという文字通りビッグニュースが飛び込んできたのは2012年10月、それから数年をかけてオフィスが1カ所に統合され、巨大出版社が生まれた。統合に伴うリストラも敢行され、経営がスリム化された。ここ以外の大手も着々とインプリントを吸収したり、また新たに設立するなどして大きくなってきた。だが、合計すると年商100億ドル近いアメリカのビッグ5出版社(出版社全体では258億ドル)は、それぞれが大きくなっても、ビッグ5同士で潰し合うような競争はしてこなかった。

 次々と弱小の出版社を傘下に収め、それが知名度のある出版社であれば「インプリント」という形でそのブランド性を残す。アンドレ・シフリンはその著書『理想なき出版』で、このせいで著作の多様性が失われることを嘆き、出版M&Aを批判したが、なぜ北米の大手出版社がさらに大きくなろうとするのか。それはひとえにアマゾンという巨人にたいする「交渉力」をつけるためだ。アマゾンが卸値のディスカウント率や、マーケティング費用でゴリ押しをしてきた場合、ビッグ5ほど大規模の出版社であれば「そんな条件じゃアマゾンで売らないよ」という奥の手が使える。さらに他のビッグ5も同じ行動に出るとわかっていれば、いくらアマゾンでもオンライン書店で売る商品がごっそりなくなるというリスクを犯すことはできない。

 一方、インディペンデント出版社と呼ばれる零細出版社は、アマゾンに頼っているうちに、いつか足元をすくわれることのないように、競合のいないブルー・オーシャンを狙うニッチ出版で生き延びる道を進んでいる。例えば、まずはEブックで出版して、読者からの要望次第で紙版を作る出版社、アマゾンに一切頼らず全国に散らばった販売員ネットワークを通して本を流通させる児童書出版社、非営利団体として書籍の売り上げの他に自治体や個人からの寄付を受け付ける出版社、Eブックに背を向けひたすら重厚な永久保存版としての写真集を出し続ける美術書出版社、本を出す一方で自社が経営する書店を併設しアマゾン批判を堂々と載せるウェブサイトを運営する出版社、などなど、そのニッチのあり方は様々で、元気がいい。

 M&Aで大きくなるか、小さくニッチを狙うかで生き延びる出版社が多い中、中堅どころがいちばんツライかもしれない。ビジネス書中心のワイリー、投資対象としてオーナーがたびたび変わり方針が揺れ動く教育書のホートン・ミフリン・ハーコート、文芸書中心のグローブ・アトランティックあたりを指すが、いずれもあまり業績的に明るい話を聞かない。これは日本の出版社でも、出版業以外にもビジネスを展開している大手の決算が上向きで、マンガがなく電子化への対応が遅れている中堅規模以下の出版社が苦しいのに通じるものがあるのではないか。

 どんな規模の出版社であろうとも、明確な方針としてEブックを出さない理由がない限り、すでにアメリカでは紙だけで本を出して「逃げ切る」という選択はない。AAPの調査によると、出版社の72.88%がEブックに取り組んでいると回答している。こうしてすでに全書籍市場の約4分の1を獲得しているフォーマットとなっているので、Eブックに着手しないのは潜在的な読者を「取りこぼす」ことであり、その一方で、Eブック版があって当たり前と思う読者が多く、キンドルの星の数からもわかるように「Eブック版がない」ことは即そのタイトルに対する批判に直結する。

アメリカ出版業界の海賊版対策

 インターネット時代における本のデジタル化に伴い、海賊版が容易に作れるようになるのはどの国でも変わらない。ただし、アメリカにはエンドユーザーを罰するという発想がない。これはなぜかといえば、海賊版に手を出すかもしれない「エンドユーザー」というのは、本を読む人、読みたい人、適正価格で提供されていれば購入する人なのだ、という共通理解があるからだ。

 海賊版の被害はタイムリーに正規のEブックを提供することで回避できるので、海賊版のユーザーにいちいち目くじら立てて法律で罰する手間ヒマがあったら、少しでも正規版を買ってもらう努力をする方を選ぶというわけだ。ちなみにアメリカの出版社が被る海賊版による損害は年間3億1500万ドルとされている(2017年BookMarcとNielsen合同調査より)。これを大きいと見るか、小さいと見るか。

 アメリカの司法制度では、自社の本の海賊版が売られているサイトを見つけた場合、 cease & desist と呼ばれる書類1枚、つまり「あなたたちが売っているのは海賊版でしょ。この通り著作権はうちにありますよ」という内容証明を弁護士/法務部から送れば、たいていのサイトは自主的に海賊版を削除する。その次に来るのが面倒で高額な費用がかかる訴訟になることがわかっているからだ。この場合、版権の所在をハッキリさせるためにも契約書は出版社にとって必須だ。

 ただし、海賊版については何をどうやってもイタチごっこになるのを理解しているからこそ、出版社は正規のEブックの値付けにこだわってきた。従来、紙の本に対しても流通の段階のどこかで“トラックから落ちる”(つまりは書店に並ぶまでの流通の段階で誰かがくすねたり、店頭で万引きされたりすることを指している)と称する含み損を考慮して小売希望価格を決めている。搬入される本が1冊も失われず、誰も万引きしないという性善説的な前提で実際には書店の人が万引き防止に頭を悩ませる方式より健全かもしれない。Eブックにしても同様で、一定の海賊版が出回り、それがダウンロードされてしまうのは仕方がないと考えている。

続く

アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について

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著者について

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NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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