電子の文芸・ラノベ市場がコミックのように成長するには流通・制作においてなにが必要なのか?【HON-CF2023レポート】

HON-CF2023流通セッション登壇者
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 HON.jpが9月2日にオンラインで開催したオープンカンファレンス「HON-CF2023(ホンカンファ2023)」流通セッションの様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。

電子書籍(文字もの)市場が拡大するには?

 電子出版市場は実に9割近くがコミックで占められている。2022年の電子書籍(文字もの等)は446億円に過ぎず、紙の書籍市場の10分の1以下にとどまる1 2022年紙+電子出版市場は1兆6305億円で前年比2.6%減、コロナ前の2019年比では5.7%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年1月25日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/38832
。直近の2022年から2023年の前半にかけては、成長に陰りが見え始めている2 2023年上半期出版市場(紙+電子)は8024億円で前年同期比3.7%減、電子は2542億円で7.1%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年7月25日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/43931
3 (編注)なお、出版科学研究所の推計とは異なり、インプレス総合研究所「電子書籍ビジネス調査報告書2023」の「文字もの等」推計は、鈍化はしているがまだ成長傾向だ。
https://research.impress.co.jp/report/list/ebook/501759

 文字ものがコミックのような大きな市場へ成長するにはなにが必要なのか。文字ものの中でも「堅調」と言われるライトノベル・ライト文芸の現状と展望について、出版社、電子書店・電子取次の関係者が語りあった。

 登壇者は、株式会社KADOKAWAでライトノベル、新文芸、コミックの14レーベルを担当する万木ゆるぎ壮氏(ライトノベル/新文芸局長)、株式会社BookLiveで「ブックライブ」「ブッコミ」の企画・運営などに携わる遠藤雄介氏(編成部部長)、株式会社ブックウォーカーで国内だけでなく海外も含めた配信先電子書籍ストアの拡大や、対出版社向けに翻訳・ファイル制作のサポートに従事する山本泰史氏(電子書籍取次事業部部長)の3人。

電子コミックはなぜ急成長できたか?

遠藤雄介氏(BookLive 編成部 部長)
遠藤雄介氏(株式会社BookLive 編成部 部長)
 セッションは「なぜ電子コミック市場は成長したのか」を分析することから始めた。遠藤氏はマンガのコンテンツ特性とキャンペーン手法の2つを上げた。コンテンツ消費のされ方として「単行本を読むというよりも『話』を読むスタイルがでてきた。また、1巻丸々無料や、試し読み増量(といった施策)が書籍よりもマンガのほうがマッチした」と説明。さらに、マンガのコマ画像をつかった広告投入が新規ユーザー獲得につながったことも上げた。山本氏はそれらに加えて、出版業界以外からの新規参入してきた会社で「マンガに特化したストアが増えている」ことも付け加えた。

 万木氏は、コミックが有する優位な点を①(読者が漫画の表現形式の一つの)連載に習慣としてこれまで触れていること、②コンビニ本や漫画文庫などでコミックを消費することが根付いていること、③(過去作を含めた)豊かなストックがあることで、「読み手文化の醸成についてコミックが抜け出ていた」と解説した。

ライトノベル・ライト文芸の電子市場は?

 次いで「季刊 出版指標」(2023年夏号)のデータをもとに、個別ジャンルの動向を確認。「出版指標」で「ラノベは堅調」と記述があったが、その点は3者とも実際に伸びている実感があった。

万木壮氏(KADOKAWA ライトノベル/新文芸局長)
万木壮氏(株式会社KADOKAWA ライトノベル/新文芸局長)
 万木氏は「とくに異世界ものはコミックからきれいに(ライトノベルを手にとることへ)動線がひかれている小説が増えている。電子書籍が出ることでちゃんと原作小説に戻ってきている」。ストア側からより細かくみても「コミックから原作ライトノベルを買う女性が多い」(山本氏)、「(メディアミックスが進んだことにより)男性よりも女性もの原作が伸びている率が高い傾向がある」(遠藤氏)と男女の購入動向の違いも指摘された。

 さらに「男性向け」「女性向け」といったジャンルで読者が固定化されず、男性向けを女性が読む、逆に女性向けを男性が読むといった傾向も珍しくなく、『本好きの下剋上』のように「わりと(読む人の)性別の壁を超えている作品」(司会の鷹野凌氏)の存在の大きさも言及された。

 ライト文芸を読む女性読者については、万木氏が「紙書店の存在も見逃せない」と指摘。既存のライトノベルとくらべて、判型や価格帯や異なりジャンルがさらに広がったライト文芸の棚は「女性が足を運べる書棚だった。そこに目に入った情報で電子書籍で手に伸ばすきっかけになったのでは」とリアルからネットに動線があることを仮説として示した。

文芸全般の状況はどうか?

 ただ、文芸一般をみると、遠藤氏の「ブックライブ」、山本氏の「BOOK☆WALKER」、どちらも、顕著に伸びているジャンルとまでは言い切れないようだ。遠藤氏によると、コロナ禍を契機に電子配信を解禁した作家の過去作品もマンガなどと比べると伸びはやや弱めだったという。山本氏は、「文芸は作品単位で売上増減が非常に激しいジャンル」とし、購入要因の一つとして大きなレコメンド(推薦)も、その作品に詳しい人が丁寧に薦めないと「電子では次に買ってもらいづらい」ところもあるという。

 その点、万木氏は著者買いをするようなファンの心情として、「データに置き換えられない、マテリアル(リアルな本)への忠誠心の壁が大きい」ことも一因としてあるのではないかと推察した。

 電子ストアの販促については公表されている数値とは異なる重要な指摘があった。「出版指標」では「電子ストアによる大型販促キャンペーンが少なくなっている」とされていたが、細かくみてみると実態とは異なるようだ。

 値引きセールについては新規ユーザー獲得か、既存ユーザーへのさらなる購入増のためかで目的が異なり、出版社主導で行うか、電子ストアでキャンペーン費用を負担して実施するかで様々なパターンがある。

山本泰史氏(ブックウォーカー 電子書籍取次事業部 部長)
山本泰史氏(株式会社ブックウォーカー 電子書籍取次事業部 部長)
 それらを前提に遠藤氏は、「値引きよりも今はどちらかというとクーポンとポイントを自社が原資を負担してユーザーに還元することが当社でも増えてきた」、山本氏は「初めての購入者だけにむけた値引きセールは増えているが大々的に中の人(既存顧客)には告知しない。だから減っているようにみえる印象があるのかも」と各々回答。作り手たる万木氏からみても「むしろ(キャンペーン等の)手数は増えている印象」と、市場統計の数値と現場感覚がやや異なることが共有された。

紙版の制作とは異なる考え方が必要か

 本セッションの重要なテーマ「文字もの市場を広げるためにできることは何か」については、万木氏が「パッケージとして本を売ることからどれだけ離れるか」、「今僕たちがやっている文字量、情報量、物語の起伏の量は多すぎるのかもしれないというところまで踏み込まないと変化しないのかも」と、紙版制作とは違った考え方が必要となることを強調。

 遠藤氏は、コミカライズのヒットから一定数の読者が原作に到達する動きがあることを参考に、「マンガを読んで原作があるかないかはユーザーはそれほど気づいていない。(ストアが)そのマッチングをすること。あわせて原作でコミカライズの続きが読めることへの訴求は今後注力していきたい課題」とした。

 山本氏は、電子マンガ市場拡大の一つの手法として周知されたコマ単位での露出をあげ、「もっと(文字ものでも)気軽にファイル分割ができるようになれば」と要望。電子マンガが広告とセットで広まっていったこと、また、話単位での見どころの作り方が読者に目を留まらせることにつながることから「つくるところと協力してどのような広げ方ができるかまでやっていかないと難しい」と、出版社へのさらなる協力を求めた。

 遠藤氏も「文字ものでも(マンガと同じような)「引き」のつくり方がうまく実現できたら常習性、継続性につながり『もう1冊かってみよう』となるのでは」と賛同した。その際、レコメンド(推薦)はマンガ以上に効果が期待できるようで、遠藤氏は「人からのお薦めをもっと多く伝えていくのにAIなど活用して発達していけば作品から作品へのつながりができていくのでは」と期待する。

 万木氏は既存ユーザーへのアプローチとして、「0冊の人を1冊にするよりも1冊読んでいる人を2冊読んでもらえるようにすることのほうがずっとイージー。そのときに電子はすごくいい媒体で接点になる」と電子が気軽な入口になりえることを強調。

 加えて、「僕たちはちょっとマーケットドリブンでものをつくりすぎている」と反省点をあげる一方で、「『聖女』や『悪役令嬢』が意図していなかった女性読者を獲得したように、送り手側で(読者ターゲットを先鋭化しない)『あいまいさ』があってもいい」と述べた。

脚注

  • 1
    2022年紙+電子出版市場は1兆6305億円で前年比2.6%減、コロナ前の2019年比では5.7%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年1月25日)〉
    https://hon.jp/news/1.0/0/38832
  • 2
    2023年上半期出版市場(紙+電子)は8024億円で前年同期比3.7%減、電子は2542億円で7.1%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年7月25日)〉
    https://hon.jp/news/1.0/0/43931
  • 3
    (編注)なお、出版科学研究所の推計とは異なり、インプレス総合研究所「電子書籍ビジネス調査報告書2023」の「文字もの等」推計は、鈍化はしているがまだ成長傾向だ。
    https://research.impress.co.jp/report/list/ebook/501759
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著者について

About 成相裕幸 20 Articles
1984年いわき市生。明治大学文学部卒業。地方紙営業、出版業界紙「新文化」記者、「週刊エコノミスト」編集部を経てフリーランス。会社四季報記者として出版社、書店を担当。
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