既存の出版統計には現れない領域で“出版の多様性”は広がっている【HON-CF2023レポート】

HON-CF2023個人出版セッションの映像(SF雑誌「銃と宇宙 ガンズ&ユニバース」)

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 HON.jpが9月2日にオンラインで開催したオープンカンファレンス「HON-CF2023(ホンカンファ2023)」個人出版セッションの様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。

セルフパブリッシングの書き手たち

 紙書籍販売の落ち込みや相次ぐ書店閉店のなかで、これまでの商業出版をメインとしない書き手によるセルフパブリッシング(自己出版)が徐々に広がっている。小説や漫画などを自ら電子書籍形式に組版できるツールや、電子書店で販売できるプラットフォームを活用し、文学フリマ1文学フリマ
https://bunfree.net/
など読者と直接つながる即売会で紙書籍も販売。出版流通、販路の多様性を押し広げている。セルフパブリッシングの書き手は今、制作や宣伝方法、そして収入額といかに向き合っているのか。編集者で「マガジン航」編集発行人・仲俣暁生氏(HON.jp理事)を司会に、余すところなく語ってもらった。

新潟、福岡、北海道……神田村以外でも出版活動は行われている

 参加者したのは、HON.jp会員で長らくセルフパブリッシングで小説や漫画を発表してきた書き手5人。新潟市出身在住で某業界紙記者として働くヤマダマコト氏は2015年からKindleストアで新潟を舞台にしたホラーや一般エンタメを発表。2022年に韓国で商業デビューもした。

 福岡県北九州市在の小説家・山田佳江氏は、Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)2 Amazon Kindle ダイレクト・パブリッシング
https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/
にサービス開始早々から取り組んできた。漫画家・小説家かわせひろし氏は、商業誌で連載経験をへて、セルフパブリッシングに移行。現在はセルフパブリッシングSF雑誌「銃と宇宙 ガンズ&ユニバース」編集長を務める。

 漫画家・編集者、藤沢チヒロ氏は北海道のグルメや旅に特化したアンソロジー「キタノステラ」を編集。漫画家として秋田書店から出していた作品を現在、電子書籍配信サービス「ナンバーナイン」3 漫画家のための電子書籍配信サービス「ナンバーナイン」
https://no9.co.jp/top
を通じて販売している。編集・ライターが本業の波野發作氏(HON.jp理事)は、インディーズ作家らがセルフパブリッシングをするときの表紙装幀を手がけつつ小説も発表している。

 最初のテーマは、執筆や電子配信に必要なツールやプラットフォームについて。5人の書き手で共通しているツール、プラットフォームはそれほど多くないがKDPとBCCKS4 BCCKS(ブックス)
https://bccks.jp/
が半分ほど。これは書き手としてだけでなく、自ら編集者(長)として参加するインディーズ雑誌に寄稿した書き手らに印税を配分できる機能が実装されているため。藤沢氏の「キタノステラ」最新号は、KDPの印税率の高さから。かわせ氏は以前使用していたプラットフォームから印税配分機能がなくなった5 【事前告知】有料共同運営マガジンの「分配率設定」機能が6月末に終了します〈note公式(2023年1月23日)〉
https://note.com/info/n/n601d6b985a6e
ことでBCCKSを採用しているという。

紙でセルフパブリッシング

 既存流通に頼らない分、販路を拡大することはセルフパブリッシングの重要課題となる。低廉なコストで電子書籍制作・販売ができることから「セルフパブリッシング=電子版の流通・流通」と思われがちだが、5人の書き手すべてが紙版の出版やリアルな販路を持っている。

 ヤマダマコト氏の販路の一つは在住する地元新潟の書店。「(他の近隣の書店にはない)個性的な本を取り扱いたい本屋があって 3店舗ぐらいに置いてもらっている」。それがきっかけで地元紙新潟日報で紹介された6 新潟県央地域が舞台のファンタジー小説「山彦」、ついに紙で書籍化 作者ヤマダ・マコトさん「地域の魅力伝われば」〈新潟日報デジタルプラス(2023年2月5日 )〉
https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/171598
ことで、一時は注文が追いつかない時もあったという。

藤沢チヒロ氏の「キタノステラ」 藤沢氏は、地元の北海道で行われたコミティア7 北海道COMITIA
https://elysian.dojin.com/h-comitia/
に出展。「キタノステラ」は電子をメインにしていることから「販促物としての紙本」との位置づけている。全国各地での文学フリマにも参加しているが、来場者は「(リアルな)物を買いに来る人が多い」ため、そこから他の作品にも興味をもってもらいたいとのこと。

 波野氏は、独立系書店の発掘・紹介で定評のあるライター、和氣正幸氏が営む棚貸書店「BOOKSHOP TRAVELLER」8 BOOKSHOP TRAVELLER
https://traveller.bookshop-lover.com/
(東京・世田谷)に自分の棚を設けている。昨今各地で設けられるようになった個人がリアル店舗に棚をもてるサービスの一つだが、「本好きの目に触れる場所」として期待しているという。

収入はどれくらい?

お題その3「ぶっちゃけ、どのくらい儲かっているか?」 販路や作品のジャンル、テーマ含めて書き手の自由度が大きいセルフパブリッシングだが、実際にどれだけの収入があるのか。山田佳江氏はKDPが国内でサービスを開始した頃を振り返り「先行者特典があったが、単価を99円とかにしていたこともありちょっとしたお小遣いの不労所得」で、現状においては「ぶっちゃけ儲かっていない」。その他の書き手も「すべて売れたら印刷費がカバーできるくらい」(藤沢氏)、「超持ち出し」(波野氏)、「全然」(かわせ氏)とセルフパブリッシングを専業にするには難しいのが現状だ。

 定期収入と言えるほどの売上を確保しているのはヤマダマコト氏。2016年後半から2018年頃は「バブルだった時代で多い月は50~60万円」あったときもあるそう。当時、Amazonの読み放題サービス(Kindle Unlimited)が国内でも始まった恩恵を受けたことが大きく影響したそうだ。

 ただ、「今はさっぱり。10万円いかない月も多い」という。要因としては読み放題サービスに参加する書き手が増えたこと、昨今の生成AIによって大量につくられるアダルト系写真集が読み放題サービスに入ってきたことで、これまで一定の収入を得ていた書き手への分配が相対的に少なくなった可能性を指摘した。

読み手にどうやって届けるか?

 セルフパブリッシングはこれからどのように発展していくのか。現状、既存の出版市場と比べるとまだまだ小さいことから、かわせ氏は「お客さんの人口密度がそもそも少ない作品を作っていて情報が届いていない。興味を持ってくれる人が少ないからバズ(拡散)にならないジレンマがある。ここをどう超えていくのか方法を考えないと『書いて終わり』になってしまう」と、有効な策を模索している。

お題その5「いま、いちばん困っていることは?」 販売促進、宣伝についてヤマダマコト氏は、販売ストア内でどう興味を持ってもらえるかを考え、作品紹介に力を入れたり、読者が検索するなかで見てもらいやすい工夫をし、さらに自分の作品の舞台を居住地の新潟に限定すること、小説の挿絵イラストも地元の人にお願いするなど「作品そのものの戦略性を意識している」と明かした。

 他の書き手も、周知や販促はこれからも注力することとして挙げる。山田佳江氏は「地域で売るのは戦略としてありという気がする」。全国各地の文学フリマに参加する藤沢氏も「それぞれの場所でお客さんの反応も違う。地元(札幌)に帰ってきてホームがあることの強さ」。かわせ氏は、地元の人が反応する特定の実在する場所だけでなく「ジャンル的なローカルを作れると強い気がする」と、読者とリアルの場でつながること、作品を物(本)として残すことの強さや可能性があることが語られた。

 司会の仲俣氏は、これらを実行していくことが「読者コミュニティとどのように自己出版をつなげていくか」のよい方向性になることを示唆した。

脚注

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著者について

About 成相裕幸 12 Articles
1984年いわき市生。明治大学文学部卒業。地方紙営業、出版業界紙「新文化」記者、「週刊エコノミスト」編集部を経てフリーランス。会社四季報記者として出版社、書店を担当。
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