《この記事は約 8 分で読めます(1分で600字計算)》
HON.jpが9月1日に都内で開催したオープンカンファレンス「HON-CF2023(ホンカンファ2023)」の基調講演とパネルディスカッションの様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
「何度も何度も原則に立ち返って考える」
基調講演は「AI時代の作家の在り方」と題してSF作家、藤井太洋氏(HON.jp理事)が行った。「電子書籍元年」の2012年から現在にいたるまでの出版業界の動きや、電子出版を積極的に取り入れる書き手の動き、昨今の生成AIへの向き合い方を述べた。
藤井氏は国内の主要電子書籍ストアが開設された「電子書籍元年」の2012年、デビュー作『Gene Mapper』を電子書籍で自己出版(セルフ・パブリッシング)し、2013年に早川書房から商業出版『Gene Mapper -full build-』として単行本化。電子出版発の新たな書き手として注目された1鼎談:自己出版ブームの原点、藤井太洋「Gene Mapper」誕生秘話〈マガジン航[kɔː](2016年2月16日)〉
https://magazine-k.jp/2016/02/16/untold-story-about-gene-mapper/。
デビュー当時、外資系を含めた電子書店が電子書籍の国際標準規格「EPUB」を採用していったことを「一般ユーザーが同じフォーマットが使えるようになった、ある種のオープンソース運動だった」と振り返り、その後も出版界内外を巻き込んで大きな議論となった著作隣接権なども合わせて「権利について再勉強した時期だった」。またこの10年は「インディーズの商業出版ではないところで活動する人たちが電子出版しようとする運動が目立ってきたのもこの10年間」と位置付けた。
ChatGPTに小説の感想を求めると、必ず褒めてくれる
講演では、生成AIと創作について多く言及した。2022年から2023年までに表れたGPT-3.5、Midjourney V3、ChatGPT、Midjourney V5、GPT-4といった生成AIの急速な動きを「1年でこれだけのことが起きるのか驚きをもって受け止めていた」とのこと。
だが既に海外では、生成AIを使った質の低い小説が大量につくられ、SF投稿誌が投稿受付を中止するといった動きもでてきている2 【やじうまPC Watch】米SF雑誌Clarkesworld、AIによる剽窃作品の投稿増加により受付中止〈PC Watch(2023年2月21日)〉
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/yajiuma/1480337.html。「とくに英語圏では文章の生成AIについては創作の現場で使うのは非常に難しい状況」で、藤井氏自身も海外の作家から「(生成AIを)実際に使ってると言わない方がいい。作家生命に関わるから」と言われたこともあるくらいに、生成AIへのアレルギーや反発は根強いものがあるという。
そのような状況を理解しつつ、藤井氏はChatGPTを小説執筆に部分的に取り入れている。実際の執筆デモ画面を公開した。執筆につかうエディターはMicrosoftのVisual Studio Codeで、「novel-writer」というプラグインを自ら制作して使いやすいようしている3 「Visual Studio Code」で執筆するSF作家 藤井太洋氏が作る物書きのための拡張機能〈ログミーTech(2021年12月20日)〉
https://logmi.jp/tech/articles/325715。Visual Studio Codeをつかうのは、EPUBとPDFをワンソースから生成でき、電子・紙版両方の出力上のメリットが大きいためだそう。
ChatGPTの用途は、登場人物の名前や、自分が書いた小説を分析させて設定の不備がないか確かめる、など。例えば、プロンプトで「登場人物を一覧表で作成」と指定して、人物が重複していたら書き方に欠陥があるのではと見直したり、小説の舞台設定が現実世界の規模感と合致しているか適正かを確認している。
ただ、それ以上に実際に役立っているのは、書いた文章に対する「感想」だという。「ChatGPTの素晴らしいところは必ず褒めるところ。ちゃんと読んで褒めてくれて、精神衛生上本当にいい」と、執筆のモチベーション維持の補助ツールとしても重宝している。
ChatGPTの出力は原稿に使わない
逆に、気をつけているのは「ChatGPTの出力を小説の原稿に使わないこと」。ChatGPTの言語モデルの学習データには多くの「海賊版」が含まれている可能性がある4「ChatGPTの学習に海賊版の本が使われた」として作家がOpenAIを告訴〈GIGAZINE(2023年7月4日)〉
https://gigazine.net/news/20230704-pirate-training/ことに加えて、Wikipediaのようなオープンのデータも大量に含まれている。実際に、自分が書いた小説『オービタル・クラウド』の中にしか登場しないガジェットについて尋ねると、回答で小説内の文章が出てきたこともあった。
自らの過去作からの出力はまだしも、生成AIの場合は「今目の前のテキストがどこから出てきたか全くわからない。ひょっとしたらWikipediaの丸写しかもしれない。これは怖い。」と懸念した。
そのような出所不明の著作物を書き手が自作に取り込んでしまうリスクを注視しつつ、作家として「もしOpenAIやそれに匹敵するテキストの生成AI言語モデルが正しさを全面に出してくるサービスを作ってくれるのであれば私はそのツールを使う。生成AIの出力を組み込んだ小説を書くことができるだろうし、そういう未来が来てほしい」と今後の創作方針を示した。
最後に、これから重要なことして「原則に立ち返えること」を強調。電子書籍元年から10年を経て、出版に携わる人たちが著作権、著作隣接権、著作者人格権など各権利について向き合わざるを得なくなった中、「私たちは何度も何度も原則に立ち返って考えることを行ってきている。原則を考える力をつけることがとても大事。電子書籍はそれを養うのにとても良い事業。これからも電子書籍について共に考えていきたいと思っている」と締めくくった。
創作活動に生成AIやSNSをどう活用するか?
基調講演後のパネルディスカッションには藤井氏に加え二人組漫画家「うめ」のシナリオ担当・小沢高広氏、文藝春秋の電子文芸誌「別冊文藝春秋」及び「WEB別冊文藝春秋」の編集長・浅井愛氏が登壇した。
藤井氏の基調講演を受けて、最初のテーマは生成AIといかに文章系、画像系各々に携わる人たちは付きあっていけばよいかを議題とした。小沢氏が考えるリスクは「意図せず出てきてしまうものをどう回避するか」。また、漫画の背景資料集は、トレースした作品について著作権上の責任を負わないことを明記していることが多く、最終的には資料集を参照して作品に取り込んだクリエイターが責任を負う形となっている事情をうけて「そのようなリスクを負うくらいならば、丸々生成したものをトレースした方がリスクが少ないとは思うところもある。生成したものの方が安全だという可能性は高い」との見方を示した。
浅井氏は「創作支援の側面ではどんどん活用されればよいと心から思う」としたうえで、公募新人賞の選考などの場面においては「緊張感が走る展開。リスク度合いは爆上がりした」とする。既存作品の剽窃や適切ではない参照の可能性は十分にあることからも、自社だけでなく、出版社同士の横のつながりで、どんな対応ができるか情報交換しているという。
むろんセルフ・パブリッシングの書き手が生成AIを上手く活用できる側面もある。藤井氏は、誤字脱字のチェックを減らすことができること、また、適正なプロンプト活用で「作品の質を上げたい人が上げられる下地が整ってきた」。小沢氏は、生成AIで絵を作れるようになったことにより漫画を描いてみたくなり、ネームの勉強を始めた人もいるという実例を紹介。「自分ができなかった領域に手が届くようになったことで出てくる才能があるかもしれないことに期待している」と書き手の支援として有効であることを示唆した。
X(旧Twitter)の変容や“編集者不要論”など
一方、クリエイター、パブリッシャーともに「死活問題」(司会の鷹野凌氏)となっているSNS活用については、登壇者3人ともに悲観的な見方を示した。宣伝効果の弱まりや「炎上」リスクに加えて、浅井氏から「今の時代、出版社に入ってくる若い編集者志望は宣伝的にSNSを使うことへのアレルギーが強い子が多い」と業界内部でSNSとの付き合いに距離を置く現象がみられている報告もあった。
生成AIの進化とともに、業界内部で語られ始めた「編集者不要論」もテーマに上がった。藤井氏は「どんな本、作品を誰に届けたいかの流通のディレクターとしての編集者はこれまで以上に重要になってくる」、浅井氏は「一つの長編小説を書き上げるには『難所』がある。そこを乗り越える時に、何かしらの相棒、それが編集者でも生成AIでもいいが、それらをうまく使って自分を鼓舞して暗い道を一緒に歩いてくれる何かを見つけていくのがいいなと思っている」と回答した。
一方、小沢氏は漫画の場合は、一部では「実は結構編集者不要論が成立しちゃっているマーケットがある」と指摘。自身は、既存出版社以外と仕事する時は、製作の各段階に必要なチェック機能や評価は生成AIではできないこともあり、編集者を必ず入れてもらっているという。藤井氏は、現状では生成AIによる文脈や書き手の意図に沿った編集の精度は不十分であることからも、いまの生成AIができないような「校閲などの仕事が必要だという機会に変えていかなければならない」と付け加えた。
最後のテーマは、文字ものの市場拡大を図るためには何が必要か。藤井氏が「書き手が増えること」を挙げたことに浅井氏も同意。パブリッシャーの立場から「送り手が(形式にとらわれない)勇気を持つこと。このフォント、この形、この造本で読んでもらうことが最上位という考え方から解放された方が面白くなっていくだろう」と述べた。