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HON.jpが9月2日にオンラインで開催したオープンカンファレンス「HON-CF2023(ホンカンファ2023)」読書バリアフリーセッションの様子を、出版ジャーナリストの成相裕幸氏にレポートいただきました。
【目次】
アクセシビリティ対応への課題は?
2019年の読書バリアフリー法施行後、視覚障害者等が利用しやすいアクセシブルな電子書籍の制作や販売の促進、テキストデータの提供促進などが求められるようになった。そんななか、2023年上半期の芥川賞受賞作『ハンチバック』の著者で重度障害者の市川沙央氏は、「もっと真剣に早く取り組んでいただきたい」と障害がある人にとってはまだまだ読書環境は整っていないことを問題提起。アクセシブルな電子書籍の制作・流通・利用の各段階でどのような課題があるのか。出版社、制作会社、ウェブの標準策定に関わる担当者が議論した。
出版社からは、技術評論社でデジタル・オンライン事業を取りまとめる馮富久氏(デジタル事業部長)が参加。馮氏は社外活動として電子書籍を考える出版社の会の代表幹事も務めている。
W3C(WWWに関する標準化団体)からは、国際化・Immersive-Web・Timed-Text・Devices and Sensorsの各ワーキンググループを担当し国際化ワーキンググループ内の日本語組版タスクフォースでも活動中の下農淳司氏。国内の電子書籍黎明期から電子出版に従事してきたボイジャーからは、電子書籍リーダー「BinB」を開発する北原昌和氏(BinB開発部部長)がそれぞれ参加した。
司会の鷹野凌氏は、これまで著作物がどのように読書障害者に利用されてきたのかは、「(著作者の)権利の保護と利用のバランスの問題」の歴史的経緯があったうえで、2019年の読書バリアフリー法で「販売の促進等」が明記されたことを重要視。「アクセシブルな電子書籍は商売につながる話になったことがこれまでとの大きな違いで、重要な点」と位置づけた。
鷹野氏は、かつて日本出版学会のワークショップでEPUB出版物が視覚障害者に届くまでプロセス(生産(制作)・流通(購入)・利用(読書))でどんな課題があるか難易度順に並べた一覧を作成。本セッション企画のきっかけとして、2023年6月経済産業省が作成した報告書1 経済産業省「令和4年度 読書バリアフリー環境に向けた電子書籍市場の拡大等に関する調査」に関する報告書を公表しました(2023年6月23日)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/2023dokubarireport.htmlは出版社による制作面に多く割かれ、流通・利用があまりふれられていないことからも、どのような場面で何かが本当に課題になっているかは見えづらくなっていることを提示した。
制作での課題は?
議論は制作面の課題を挙げることから始めた。馮氏が所属する技術評論社は、権利者の電子化許諾が得られなかった書籍などを除くと9割は紙と電子が同時に出版・配信できるサイマル体制がとられている。ただ、制作過程としては「まず紙の本や雑誌をつくるのが大前提。それらのデータをもとに(電子配信の形式に合わせた)EPUB、PDFをつくる」という。その際、リフロー型への対応などもするためにレイアウト調整や外字への対応などに時間がかかっているのが現状だという。
出版社からEPUB制作を請け負っているボイジャーの北原氏からみると、現時点においては「お客様からアクセシビリティ対応を求められることは現状ほぼない。認識が薄い印象」。
今後出版物に求められるアクセシビリティについて、①極力画像で作成した外字は使わないこと、②画像には代替テキストをいれること、③(テキストのなかに)目次情報がはいっていること、④複雑なレイアウトはつかわないこと、⑤ルビに促音を使うことなどを列挙。「アクセシビリティを損なうことをわざわざしないことが重要になってくる」と説明した。
その中でも出版社の問題としているのは、「代替テキストの書き方の指針がない」ことだという。現状、電子書籍の制作会社が独自に方式を考えなければならず、統一的なルールがないことも付け加えた。
下農氏も、「理解できる代替テキストの提供」はウェブ界隈の潮流として「要請されている」とし、UGC(ユーザー生成コンテンツ)をみても多少手間がかかるところではあるが「ユーザーが代替テキストを入力するのは標準的な作法になっている」と話した。また、セキュリティ面で留意しなければならないところはあるが、「画像自体にテキストを埋め込める機能を活用するのも一つの手」と具体的な方法を示した。
代替テキストについては鷹野氏が「先に著者、出版社が代替テキストを考えて入稿するのが正しい気がしている」とまとめると、馮氏はその方向性に賛成。その上で先の「紙の出版物ありき」では、「電子版に代替テキストがメタ情報として必要になってくることを出版社、編集者、制作者に伝わり切れていない。自分含めて啓蒙していかないといけない」と今後の注力課題としてあげた。
実際の作業としては、書籍内にある図のキャプションを代替テキストとして記入することや、図と本文の関連性がわかるような代替テキストを入れるようなことでも、アクセシビリティの観点からは好ましいことのようだ。
流通・利用での課題は?
その後の議論でも、制作・流通過程での多くの課題が共有された。馮氏は、データを送った先の電子取次・電子書店側のチェッカーがバージョンアップに対応していないケースがあることを明かした。
北原氏は、ストア側が担保しなければいけないことに「(読む以外の問題として)閲覧したい本を探す、その本を購入する、購入した本を管理する」ことを上げ、視覚障害者にとってストアやリーダーの操作がわかりやすくできるか、考慮したものに変えることも必要とも話した。スクリーンリーダー対応が可能な端末がまだ少ないことも課題とした。
また、出版社側でも「デジタルでの仕様のアップデートで(端末側での)画像の見え方も全然違う。出版社、制作者、書店が意識しないと、読者に不利益が被る可能性が出てくる気がする」(馮氏)。その前提として出版社の商慣習として、自社で完成した原稿データを管理する意識が薄いことを指摘。「出版物のアクセシビリティを確保するためにも(出版社側で)データを持っていないとどうしようもない」(同)。
今後、市場拡大が見込まれるオーディオブックと音声自動読み上げとの違い、すみ分けも話題に出た。馮氏は「(読者に届ける)選択肢が増えることは大事だが、ワンソースでどこまでやっていけるか、ビジネスが構築できるのか出版社の立場で考えなきゃいけない」。一方、自動読み上げで生じる誤読やクオリティの維持、口述権など音声化に際しての権利許諾の煩雑さなども共有された。
登壇者で今後の展開として重視されたのは、EPUBに埋め込まれたメタ情報をどのように各々事業者で確認、共有するか。北原氏からは「メタ情報を活用するためには制作会社と出版社、取次事業者全部で足並みを揃えないと難しい」との声が上がった。
また、EUのアクセシビリティ指令の厳しさ(※編注:要件の遵守が公的機関以外にも義務付けられる2 「EUのアクセシビリティ指令」(国立国会図書館 調査及び立法考査局)などを参照
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11643920_po_02870002.pdf?contentNo=1)などと日本の状況を比較しつつ、馮氏の「『べき論』になる前に落としどころを皆で探していくのがよい」という発言に一同が同意。その落としどころが「プラットフォーマーへの圧力」(下農氏)として、自分たちで制作・流通・利用までの主導権を握れる可能性も示唆された。