ライトノベル市場とはなにか? 規模はどうなっているのか?

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出版月報2021年9月号
出版月報2021年9月号(特集 「Web発小説」の展開が掲載されている)

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 “ライトノベル市場が衰退”などと言われることもありますが、実際のところ電子書籍(文字もの)市場まで考慮すると現状はどうなっているのでしょうか? 試算・考察してみました。

電子書籍のライトノベル市場を試算

 デジタル・パブリッシングのオープンカンファレンス「HON-CF2023」の流通セッション「マンガに続け! 文芸・ラノベ市場」1 電子の文芸・ラノベ市場がコミックのように成長するには流通・制作においてなにが必要なのか?【HON-CF2023レポート】〈HON.jp News Blog(2023年10月12日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/45438
をコーディネートした私は、電子書籍のライトノベル市場はいまどれくらいの規模になっているのか? を知りたくなった。

 出版科学研究所の推計によると、2022年の電子書籍(文字もの等)は446億円だ2 2022年紙+電子出版市場は1兆6305億円で前年比2.6%減、コロナ前の2019年比では5.7%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年1月25日)〉
https://hon.jp/news/1.0/0/38832
。これは「読者(一般ユーザー)が支払った金額の推計」であり、広告収入や電子図書館サービスなどは含まれない。電子コミックと電子雑誌を除いた残りすべてがここに計上されており、「等」には写真集も含まれる。

 また、インプレス総合研究所『電子書籍ビジネス調査報告書2023』によると、2022年度の電子書籍(文字もの等)市場は601億円3 2022年度の市場規模は6026億円、2027年度には8000億円市場に成長 Webtoonが電子コミック市場の1割の規模に 『電子書籍ビジネス調査報告書2023』〈インプレス総合研究所(2023年8月8日)〉
https://research.impress.co.jp/topics/list/ebook/673
。こちらも「ユーザーにおける購入金額の合計」を市場規模としており、広告収入や電子図書館サービスなどは含まれない。電子コミックと電子雑誌を除いた残りすべてがここに計上されており、「等」には写真集も含まれる。

 私の知る限り、他に電子書籍(文字もの等)の市場推計は存在しない。つまり、ライトノベルだけの市場推計というのは、現状、どこにもないのだ。数値がないと、往々にして過小評価される。というか、存在しないものとして扱われがちだ。

 いっぽう、出版科学研究所の推計によると、2022年の紙のライトノベル市場は、文庫本が108億円、単行本が103.5億円、合計211.5億円である。電子書籍(文字もの等)446億円のうちライトノベルがどれくらいを占めるのかはわからないが、紙の市場規模と比較したときに、そこそこ存在感がある数字になってきていることは予想できる。

「読んでいる電子書籍の詳細ジャンル」から逆算

 では、どうすれば電子書籍のライトノベル市場の規模を割り出せるだろうか? 私は『電子書籍ビジネス調査報告書2023』の利用率調査に着目した。「6.5.5 有料無料利用別 読んでいる電子書籍(文字もの等)の詳細ジャンル」(以下、同調査)が使えそうだ。

 ただし残念ながら同調査でも、さすがにジャンル別の利用頻度や利用単価までは不明だ。売上=客数×利用頻度×客単価なので、利用率から客数がわかったとしても、利用頻度や客単価が不明なら、もちろん売上も本来は不明である。

 そこでこの試算では、利用頻度と客単価はすべてのジャンルで同じと仮定した。あらかじめご了承いただきたい。ライトノベルは同シリーズの続刊が年に複数回出ることも多く、利用頻度は他ジャンルより高い可能性もあるが、ここでは考慮しない。

 なお、同調査の利用率は複数回答なので、そのままでは使えない(合計すると100%を超えてしまう)。そこで、有料利用者のn値(n=1,622)から回答数を逆算し、回答数合計を100として占有率を算出、電子書籍(文字もの等)446億円のうち各ジャンルがいくらなのかを試算した4紙の市場となるべく同じ土俵で比較するため、インプレス総合研究所の推計額ではなく、出版科学研究所の推計額を用いた。。それが以下の表だ。

ジャンル 利用率 回答数 占有率 額(億円)
ライトノベル 20.0% 324 14.6% 65.1
趣味・実用・ガイド 18.9% 307 13.8% 61.5
文芸小説 17.4% 282 12.7% 56.6
ビジネス 12.3% 200 9.0% 40.0
パソコン・IT 9.6% 156 7.0% 31.3
ノンフィクション 7.8% 127 5.7% 25.4
アダルト・官能小説 6.6% 107 4.8% 21.5
写真集 6.3% 102 4.6% 20.5
エッセイ・論評 7.9% 128 5.8% 25.7
ボーイズラブ小説 5.5% 89 4.0% 17.9
語学・資格・検定・教育 6.6% 107 4.8% 21.5
芸術・デザイン 4.6% 75 3.4% 15.0
図書・辞書・年鑑 3.7% 60 2.7% 12.0
洋書 3.1% 50 2.3% 10.1
絵本・児童文学 3.1% 50 2.3% 10.1
その他 3.6% 58 2.6% 11.7
合計(確認用) 137.0% 2,222 100.0% 446.0

 つまり、2022年の電子書籍ライトノベル市場は65.1億円という計算になった。紙のライトノベル市場211.5億円と合わせて考えると、電子の市場占有率は23.5%ということになる。これは、2015年のコミック市場における電子の市場占有率26.3%より少し小さい程度の比率だ。しかし、そろそろ無視できるような額ではないと言っていいだろう。

 なお、このユーザー調査では「ライトノベルとは?」といった厳密な説明は行っていない。そのため、ユーザーがライトノベルだと思う作品がライトノベルであり、その定義は人によって異なる可能性がある。もしかしたら「新文芸」「ライト文芸」「キャラ文芸」などを利用しつつ、アンケートでは「文芸小説」だけを選択している可能性もある。

出版科学研究所の定義は?

 ちなみにこの「ライトノベルの定義」というのは、昔から物議を醸しやすい、非常に厄介な問題だったりする。実は、出版科学研究所にライトノベルの定義について公開する前提で尋ねたところ、「ライトノベル(単行本・文庫)の算出の作業ですが、ビッグデータから特定レーベルを抽出するのではなく、取次の分類、レーベル、内容等をもとに独自に分類し、推定金額を算出しております。このレーベルが対象です、とお示しすることは出来ません。レーベルの中でも判断が難しい作品も当然あり、出版社・作家様からのハレーション等も鑑み、詳細を公開しておりません。ご理解いただけますと幸いです。」という回答だった。

 たとえば「ラノベの杜」5 ラノベの杜
https://ranobe-mori.net/
や「ラノベニュースオンライン」6 ラノベニュースオンライン
https://ln-news.com/
といったライトノベル専門の情報サイトでは、恐らくレーベル単位でライトノベルか否かを判断しているだろう。私もてっきり、レーベル単位で判断していると思っていた。しかしこの出版科学研究所の回答は、同じレーベルでもライトノベルか否かが異なる場合があることを示唆している。つまり、出版科学研究所がライトノベルだと思う作品がライトノベルなのだ。

 それでもさすがに、新書ノベルズ(JUMP j BOOKS7[2023.11.5 追記]「ORICONのランキングではライトノベルとして扱われている」という指摘があった(感謝!)ため追記しておく。ここではいちおう出版科学研究所の区分だけを指したつもりであった。出版科学研究所は判型での区分が主軸になっているようなので、もし新書系も含まれるなら「ライトノベル(単行本・文庫・新書)」という書き方になるのでは、と思ったのだ。念のため出版科学研究所に含まれるか否かを問い合わせてみたので、回答があったら再度追記したい。など)や児童文庫(講談社青い鳥文庫、角川つばさ文庫、集英社みらい文庫、小学館ジュニア文庫、野いちごジュニア文庫、ポプラポケット文庫、ポプラカラフル文庫など)に分類される作品が「ライトノベル」として扱われることはないと思う8[2023.11.13 追記]回答が得られた。出版科学研究所の定義では、やはり「ライトノベル(単行本・文庫)」にCコード2桁目(発行形態)が2(新書)=新書判の本は一切含まれない(判型での区別なのでジャンルは無関係)。また、「児童書」市場の分類には、Cコード1桁目(販売対象)が8(児童)が用いられている。こちらは発行形態(2桁目)での区別はない。。しかしその感覚は業界関係者のものであり、ユーザーがどう思っているかはわからない9 たとえば『浜村渚の計算ノ-ト』はもともと講談社Birthが初出だが、現在は講談社文庫と青い鳥文庫でも出ている。さてこの作品はライトノベルか否か? 業界側の立場と、ユーザー側の立場の両方で考えてみよう。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205692

どこまでをライトノベルとするか?

 そもそも「新書」や「文庫」という判型による区別や、Cコード1桁目(販売対象)が0(一般)なのか8(児童)なのかは、ユーザーにとってはあずかり知らぬ話だ。「新書」を判型のことではなく「新しい本」だと思っている人もいると聞く。新書ノベルズや児童文庫は、近年では表紙にキャラクターイラストが描かれている場合も多く、知らない人が見たらライトノベル・ライト文芸と区別するのは難しいかもしれない。

 ましてや、電子書籍には判型という概念が存在しない。それぞれの電子書店でどのカテゴリー・ジャンルに分類されているか次第だが、実はそこまで気にしている人も少ないのではないだろうか。私は、タイトル(の一部)をキーワード検索して、カテゴリーやジャンルを見ずにいきなり詳細ページを開いてしまう場合も多い。そのせいもあって、たとえば西尾維新氏の〈物語〉シリーズや忘却探偵シリーズなどは、一般文芸にカテゴリーされていることを私は後から知った。

 結局のところ、“ライトノベルが衰退”しているかどうかは、どこまでをライトノベルとするか? という定義次第だと私は思っている。ゼロ年代後半からジュニア向けの児童文庫レーベルが、10年代からは大人向けのライト文芸レーベルが相次いで創刊された。それはターゲットの細分化(セグメンテーション)だ。結果、それまで狭義のライトノベルとして認識されていた文庫の市場は小さくなった。しかしそのぶん、ライト文芸、児童文庫、そして、電子書籍のライトノベル市場は拡大している。それをどこで区分するかで判断は変わってくるだろう。

脚注

  • 1
    電子の文芸・ラノベ市場がコミックのように成長するには流通・制作においてなにが必要なのか?【HON-CF2023レポート】〈HON.jp News Blog(2023年10月12日)〉
    https://hon.jp/news/1.0/0/45438
  • 2
    2022年紙+電子出版市場は1兆6305億円で前年比2.6%減、コロナ前の2019年比では5.7%増 ~ 出版科学研究所調べ〈HON.jp News Blog(2023年1月25日)〉
    https://hon.jp/news/1.0/0/38832
  • 3
    2022年度の市場規模は6026億円、2027年度には8000億円市場に成長 Webtoonが電子コミック市場の1割の規模に 『電子書籍ビジネス調査報告書2023』〈インプレス総合研究所(2023年8月8日)〉
    https://research.impress.co.jp/topics/list/ebook/673
  • 4
    紙の市場となるべく同じ土俵で比較するため、インプレス総合研究所の推計額ではなく、出版科学研究所の推計額を用いた。
  • 5
    ラノベの杜
    https://ranobe-mori.net/
  • 6
    ラノベニュースオンライン
    https://ln-news.com/
  • 7
    [2023.11.5 追記]「ORICONのランキングではライトノベルとして扱われている」という指摘があった(感謝!)ため追記しておく。ここではいちおう出版科学研究所の区分だけを指したつもりであった。出版科学研究所は判型での区分が主軸になっているようなので、もし新書系も含まれるなら「ライトノベル(単行本・文庫・新書)」という書き方になるのでは、と思ったのだ。念のため出版科学研究所に含まれるか否かを問い合わせてみたので、回答があったら再度追記したい。
  • 8
    [2023.11.13 追記]回答が得られた。出版科学研究所の定義では、やはり「ライトノベル(単行本・文庫)」にCコード2桁目(発行形態)が2(新書)=新書判の本は一切含まれない(判型での区別なのでジャンルは無関係)。また、「児童書」市場の分類には、Cコード1桁目(販売対象)が8(児童)が用いられている。こちらは発行形態(2桁目)での区別はない。
  • 9
    たとえば『浜村渚の計算ノ-ト』はもともと講談社Birthが初出だが、現在は講談社文庫と青い鳥文庫でも出ている。さてこの作品はライトノベルか否か? 業界側の立場と、ユーザー側の立場の両方で考えてみよう。
    https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205692

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著者について

About 鷹野凌 793 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 日本電子出版協会 理事 / 日本出版学会理事 / 明星大学 デジタル編集論 非常勤講師 / 二松学舍大学 エディティング・リテラシー演習 非常勤講師 / デジタルアーカイブ学会 会員 / 著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)など

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