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デジタル出版のデメリット
続いて、筆者の考えるデジタル出版のデメリットです。デメリットももちろん、立場や視点によってはメリットになる場合があります。
いくらでも簡単にコピーできてしまう
デジタルデータは完全に同じコピーが簡単に作成できる点がメリットでもあり、デメリットでもあります。デメリットの代表例が「海賊版」です。海賊版サイトは、著作者やパブリッシャー・電子書店の収益を奪う存在ですが、その一方で、ユーザーには大きなメリットになってしまうという非対称性があります。
海賊版サイトにはさまざまな類型がありますが、最近問題になることが多いのは「オンラインリーティング」型です1出版広報センター「深刻な海賊版の被害」の「オンラインリーティングサイト」を参照。
https://shuppankoho.jp/damage/1_online_reading.html。海賊版サイトにアクセスするだけで正規版と完全に同じコピーを無料かつ無制限に閲覧でき、その集客力で広告収益を稼ぐメディア型のモデルを採用しています。代表例は、2016年から2018年にかけて大きな話題となった「FreeBooks」2KAI-YOU.net「注目浴びた巨大違法サイト「フリーブックス」は、なぜ突如閉鎖されたのか?」(2017年5月3日)など。
https://kai-you.net/article/41002や「漫画村」3朝日新聞デジタル「海賊版サイト「漫画村」に接続できず 運営側自ら閉鎖か」(2018年4月17日)など。
https://www.asahi.com/articles/ASL4K5K8LL4KULZU00N.htmlなどです。
オンラインリーティング型の海賊版サイトについて、「ニーズがあるのだから正規版でも同じことをやればいい」といった声もあります。しかしそれは、著作者やパブリッシャーがコンテンツを生み出すまでに要したコストを海賊版は無視できるという事実から目を背けた、非現実的な意見と言えます。正規版で同じことをやるのは、普通に考えたら無理です4海賊版サイトへの対抗モデルとして代表的な正規版には「マンガ図書館Z」がある。無料コンテンツでユーザーを集めて得た広告収益を著作者へ100%還元するという画期的なシステムだ。
https://www.mangaz.com/promo/author
ただ、分配額が少ないという不満の声もある。ラインアップは自ずと、コンテンツを生み出す際に要したコストをすでに回収済み、あるいは諦めた(損切りした)作品が中心となる。。
もちろん前述のとおり、無料コンテンツでユーザーを集めて広告収益を得るモデルは正規版にもあります(メディア型)。しかし正規版では、著作者やパブリッシャーにも収益が分配される、あるいは、無料の話数や期間を限定することで続きの購入を促す(ストア型)ようなコントロールがなされています。そして、収益性はメディア型よりストア型のほうが圧倒的に高いです。つまり、ストア型を崩壊させるようなモデルは、正規版では構築できないのです。
そういったコントロールを行うための仕組みが、デジタル著作権管理=DRM(Digital Rights Management)です。簡単にコピーできないようにすることで、著作者やパブリッシャーへの収益分配をしやすくしています。ただし、強すぎるDRMはユーザーに不便を強いることになります。デジタル出版のデメリットとして挙げられることの多くが、実はここに起因しています。
DRMによってコピーやシェアが禁止されている
スクリーンショットを撮れないよう、ビューアアプリ側で技術的に制御している場合があります。また、文章の一部をコピーしてTwitterなどへシェアする機能が限定されている、あるいは、できないようにされている場合があります。これらは、DRMによる制限です。
DRMによってプレゼントできない
コンテンツファイルをコピーして誰かにプレゼントする行為は、実態としては海賊版と同じことです。それゆえ多くの場合、カジュアルなファイルコピー&プレゼントができないよう、DRMによって制限されています5DRMフリーまたはソーシャルDRMは例外。。
その代わり、任意の本をギフトとして購入したうえで誰かにプレゼントできる機能が、一部の電子書店では提供されています6HON.jp News Blog「好きな本を誰かにギフトとして贈ることが可能な電子書店」などを参照。
https://hon.jp/news/1.0/0/14756。ただ、大手の電子書店「Kindle」や「Kobo」の日本版には、本稿執筆時点で存在しない機能です。それゆえ「電子書籍はプレゼントできない」と誤解している方もいるようです。それはただ単に、「Kindle」や「Kobo」が不便なだけです。
DRMによって貸し借りできない
紙の本と同様、ダウンロードした端末ごと貸すことは可能です(コンテンツとメディアの一体化)。しかし、コンテンツファイルの貸し借りはDRMによって制限されており、いまのところそういった機能を提供する電子書店もほとんどありません7貸し借りに近い機能を実装していた存在として、集英社のマンガアプリ「マワシヨミジャンプ」があるが、2022年11月30日でサービス終了した。
https://web.archive.org/web/20220627030745/https://www.shonenjump.com/app_mawashiyomi/close/。
DRMによって買った本を売れない
紙は古本としての再流通が可能ですが、デジタルの本にはいまのところそういった機能はありません。ブロックチェーンによって「データ所有型電子書籍」を実現しようという試み8株式会社Gaudiyのプレスリリース「Gaudiy、「データ所有型電子書籍」をパブリック・ブロックチェーンで世界初の実現化へ。マンガ領域での開発・事業化をセプテーニグループでGANMA!を手がけるコミックスマートと共同で開始」(2020年7月14日)を参照。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000035719.htmlは存在しますが、本稿執筆時点で「実現できた」という段階には至っていません。NFT(Non-FungibleToken)がそれを実現するかのような言説を見かけることもありますが、NFTにコピーを防ぐ機能はありません。
また、紙の古本の売買は、著作者やパブリッシャーには金銭的なメリットがほとんどありません9「ほとんど」としたのは、古本買取の「バリューブックス」が利益の一部を出版社に還元している事例があるため。極めて例外的。
https://www.valuebooks.jp/vb10th/project3/detail。それをデジタルで再現することにより収益の一部を還元すると言われても、なかなか積極的になれないのが正直なところでしょう。著作者やパブリッシャーがコンテンツを提供しない限り、こういったモデルは成立しません。
実際のところ、紙の新刊が基本的に定価販売なのに対し、デジタルの本はセールで安く手に入る場合も多く、在庫切れもないことから、すでに古本の流通を実質的に代替していると考えることもできます。場所をとらないので、手放す必要性も低くなっています。このことはとくに、いわゆる「新古書店」にとってはデメリットとなっていることでしょう10新古書店は、希少な古い本ではなく、新しい本ほど高く評価する仕組みになっている。ところが、大衆向けの紙の本をデジタル本が代替していくと、古本市場に物が出てこなくなる。そして、なるべく安く買いたいニーズは、デジタル本のセールで代替できる。この傾向はとくにマンガが顕著であろう。。
DRMによって購入した電子書店のライブラリに拘束される
DRMは、電子書店ごとに設定されています。ユーザーは、購入した電子書店のライブラリに拘束され、他へ移動することができません。必然的に囲い込まれてしまうのです。複数の電子書店で購入すると、ライブラリが複数ある状態になり、いささか不便です11「BOOK☆WALKER」の本棚連携機能は例外。。
ただ、一部の電子書店では、「DRMフリー」あるいは「ソーシャルDRM」で本を販売している場合があります12JTBパブリッシング「旅する本棚」、オライリー・ジャパン「O’Reilly Japan Ebook Store」、インプレス「インプレスブックス」、マイナビ出版「978STORE」「Tech Book Zone Manatee」「くらしの本棚」「マイナビブックス」、技術評論社「Gihyo Digital Publishing」、翔泳社「SEshop.com」、達人出版会など、出版社直営が中心。。この場合、ダウンロードしたファイルのコピーや移動に制限はなく、自分の好きなビューアで閲覧することも可能です。「電子書籍は所有できない」などと言われることもありますが、DRMフリーあるいはソーシャルDRMのファイルは、まごうことなく「所有」している状態にあると言えるでしょう。
なお、ソーシャルDRMは、ファイルのコピーや移動に制限がない代わりに、購入者情報が埋め込まれています。もしそのファイルがどこかへアップロードされたら、誰がやったかすぐにバレてしまうというわけです。それが理解できていれば、うかつにアップロードなどできません。つまり技術的な制限ではなく、社会的な抑止力によって海賊版を防ぐ仕組みです。
読書体験も電子書店のサービス次第
前述の、一部の電子書店が「プレゼント」機能を提供していない事例と同様、読書のための機能や保管する機能(ライブラリ)は、購入した電子書店に依存します。囲い込まれているため、たまたま購入した電子書店のビューアやライブラリが使いづらいからといって、その本を他のビューアで読むことは、基本的にはできません。DRMフリーあるいはソーシャルDRMの場合は例外です。
サービス終了でダウンロードできなくなる
大学のレポート課題ではときどき、デメリットとして「ダウンロードした端末が壊れたら二度と読めなくなる」という見解を述べる方がいます。これは多くの場合、いまでは該当しません。前述のように、購入したコンテンツが「クラウド本棚」に格納されるサービス事業者であれば、再度ダウンロードが可能です。
ただし、そのクラウド本棚が消えてしまった場合――つまり、サービスが終了してしまったら、もうダウンロードできません。この場合は「ダウンロードした端末が壊れたら二度と読めなくなる」に該当します。これはDRMフリーあるいはソーシャルDRMの場合も同様です。
この問題は、電子書店のサービス終了が報じられるたび「消える電子書籍」として話題になります。ただ、終了前にポイントで還元13たとえば楽天が運営していた「Raboo」は2013年3月でサービス終了する際、購入額の最大40%を楽天スーパーポイントで還元する施策をとった。「Kobo」への移行措置を選ばなかったことは、物議を醸した。
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/562256.htmlしたり、他の電子書店を受け皿として移行14たとえば東芝が運営していた「BookPlace」は、U-NEXTに既存会員の購入済みライブラリごとそのまま事業継承された。
https://www.itmedia.co.jp/ebook/articles/1508/28/news122.htmlできたりと、救済措置が用意される場合も多いです15ところが直近で、Amazon「Kindle」が中国撤退を発表したが、とくにそういう救済措置を設けていないことに驚いた。Business Insider Japan「Kindle中国撤退、無料慣れした消費者に見切り。動画メディアの成長も逆風に」(2022年6月7日)などを参照。こういった救済措置は、日本企業に特有なのかもしれない。
https://www.businessinsider.jp/post-255063。
端末と電気が必須
DRM関連以外にも、デメリットはあります。デジタルの本を読むには、端末と電気が必須です。端末の充電が切れてると、本が読めません。筆者にとって最大のデメリットはこれです。家にいるときは停電でもしないかぎり大丈夫ですが、外出先だとけっこう切実です。スマートフォンは電気の消耗が早いので、充電するためのケーブルやモバイルブースターの携帯が欠かせません。
紙の本なら、そんな不便はありません。第1章でも述べたように、コンテンツとメディアが一体になっているからです。デジタル出版はコンテンツとメディアが別になっており、メディア=端末のディスプレイ表示などに電気を必要とします。ディスプレイは、バックライトを用いる液晶パネル、自身が発光する有機EL、インクを電気泳動で動かす電子ペーパーなど、消費電力を少なくする技術開発も行われていますが、ゼロにすることは不可能です。
一度公開された情報は、完全に消すことが難しい
ウェブサーバーに誰でもアクセス可能な形でアップロードされた情報は、仮に人間がアクセスしなくても、Googleなど検索エンジンのクローラーが自動巡回してキャッシュを保存したり、Internet Archiveの「Wayback Machine」に自動アーカイブされるなど、なんらかの形で複製されています。
また、人間がアクセスした場合も、一定期間内ならローカルのキャッシュから保存することが可能ですし、明示的にダウンロードして保存することも可能です。つまり、なんらかの形でどこかに複製が残っている可能性があり、完全に消すことは困難です。最初にアップロードされた場所から削除されても、インパクトの強い画像は「インターネット・ミーム(Internet meme)」としていつまでも流通し続けます。
手触りや匂いといった情報に欠ける
現状、デジタル化できていない、あるいは、端末で復元できない情報は、欠けたままの状態となります。紙の手触りや匂い、特色、箔押し、エンボスなどの特殊加工も、デジタル出版では再現できません。
これはデジタル出版のデメリットであるのと同時に、紙の出版物の優位性でもあります。裏を返せば、たとえば「文庫化」や「コンビニコミック」のような従来型の紙の廉価版は、紙の優位性を活かし切れないため、デジタル版に代替されていく可能性が高いと筆者は想定しています。
著者が意図した通りのレイアウトが再現できるとは限らない
これはとくにリフロー型の場合に顕著な事例です。小説家の京極夏彦さんが、読みやすさを追求し続けた結果、版面の細かな制御ができる組版ソフトの「InDesign」で執筆しているのは有名です16JBpress「京極夏彦氏はここまで「読みやすさ」を追求していた 版面の細かい制御のため、InDesignで小説を執筆」(2018年7月12日)などを参照。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53511。見開きやページの終わりで文章が必ず終わるよう表現まで工夫をしているそうですが、リフロー型ではディスプレイや文字の大きさの設定に従って改行位置が変わってしまうため、無意味なものになってしまいます。
類似する話で、大学のレポート課題でときどき「見開き表示ができない」というデメリットを挙げる方がいます。これは、スマートフォンの設定で画面を縦向きにロックしているからでしょう。横向きに回転させれば、見開き表示されるビューアが大半です。ただし、表示は小さくなります。だから、見開き表示はタブレットやパソコンなど、大きなディスプレイのほうが向いているのは確かです。
購入が面倒
キャッシュレス化が徐々に進んできたとはいえ、全体ではまだ3分の1に満たない程度であり、リアル店舗ではまだ現金払いのほうが一般的です17総務省「令和3年版 情報通信白書」第2部第2節「インターネットの利用状況」を参照。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd242120.html。一方、インターネットショッピングでは現金が使えないことから、8割弱がクレジットカードを利用しています18経済産業省「2021年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(2022年6月1日)を参照。
https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220601002/20220601002.html。クレジットカード情報を入力するのが面倒なのはもちろんですが、たとえば子供などクレジットカードを持っていない場合の決済はさらにハードルが高いものになっています。
物と引き換えの場合は、コンビニ決済、代金引換、振込などの手段があります。昔ながらの、現金書留、為替、小切手などが使える場合もあるでしょう。しかしデジタルコンテンツは、購入したらその場ですぐ閲覧できるのがメリットです。時間のかかる決済手段は利用していられない方が多いことでしょう。
そのため、携帯電話やプロバイダの利用料金に上乗せする決済、電子マネー決済、ポイントと交換できるカードを事前に購入、そういった決済手段を事前に登録済みのアカウントを利用しての決済など、さまざまな手段が提供されているのが一般的です。
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