デジタル出版のメリット ―― デジタル出版論 第3章 第7節

デジタル出版論

デジタル出版論 第3章

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デジタル出版のメリットとデメリット

 ここでいちど、デジタル出版のメリットとデメリットについてまとめておきましょう。メリット・デメリットというのは、立場や視点によって異なる場合があります。そのため、なるべく「誰にとっての」という観点を示しておきます。

デジタル出版のメリット

 筆者の考えるデジタル出版のメリットは、以下のようなものです。

印刷・製本コストがかからない

 紙の本は、印刷・製本という複製のコストを必要とします。経済学では、1単位余分に売る際の追加的費用のことを「限界費用(marginal cost)」と言いますが、デジタル出版はこれがほぼゼロになります[58]。これはパブリッシャーにとって非常に大きなメリットです。

 ただ、ユーザーへ提供するコンテンツのデータを保管するサーバー費用などはもちろん別途必要であり、それは通常、電子書店[59]側が負担しています。また、もしデジタル出版が紙の需要を奪っているとしたら[60]、印刷業、製本業の立場から考えると「仕事を失う」という意味でデメリットとなります。

 著作者にとっては前述のように、紙では刷り部数印税だったのが、デジタル出版では実売印税なので、売れなかった場合のリスクは大きくなっています。ただ、収益分配率(レベニューシェア)は、紙の印税率よりおおむね高めに設定されているようです[61]

物流コストや時間がかからない

 紙の本は、全国の書店へ流通させるための物流コストが必要です。また、物を運ぶための時間も必要となります。これがデジタル出版だと、全世界へ向けて同時に配信を開始できます。夜中の0時を過ぎて発売日になった瞬間に読み始めることも可能です。これはとくに首都圏以外のユーザーにとって、非常に大きなメリットとなります。

 逆に、リアル書店にとっては、強力な競合と言えるでしょう。首都圏から離れるほど配送には時間がかるため、たとえば中国地方は2日遅れ、九州地方は3日遅れの発売となっています[62]。デジタル出版には、その地域格差を埋める効果もあるのです。

在庫リスクがない

 取次ルートで流通する紙の本の多くは、前述のとおり返品条件付売買契約(委託販売)によって一定期間は書店からの返品(返本)が可能です。つまり、売れなかった場合の在庫リスクは、パブリッシャーが負う形になっています。倉庫代など保管コストが継続的に発生するうえ、キャッシュフローを圧迫します。

 在庫は期末に棚卸資産として計上する必要があるため、決算前に「断裁処分」で在庫を減らすことにより、税負担を軽減したりキャッシュフローの改善を図ったりします。在庫がすべて無くなれば「絶版」です。デジタル出版には、こういった在庫リスクがありません。ストレージ容量は食いますが、せいぜい1点あたり数メガバイトから最大でも数百メガバイト程度です[63]

 これはユーザーから見ると、買った本の置き場に困らないというメリットになります。これは筆者にとって、デジタル出版最大のメリットです。すでに本棚がいっぱいなので、新たな本を購入する際は、なるべく紙ではなく電子を選択しています。筆者のデジタルライブラリーには数千点あるので、もしこれが紙だったら間違いなく置き場がありません。紙だけだったら、恐らくこれほど買っていないでしょう。

絶版になる可能性が低い

 デジタル出版には在庫リスクがないことから、あまり絶版が起きません。基本的にずっと売られ続けるので、「在庫切れ」のような機会損失も発生しません。ただし、「絶版ゼロ」ではありません。デジタル出版にも、絶版はあります。在庫リスクがないがゆえに、著作者やパブリッシャーの都合で販売を止める判断が、むしろ容易にできてしまうのです。

ebookjapan
筆者の「もう買えない」コレクション(ebookjapan)
 たとえば、原作者が逮捕され、紙版は出荷停止、電子版は配信停止、といったケースがあります[64]。著作者の意向で配信停止されたり[65]、青少年育成条例で不健全図書に指定され配信停止されたケースもあります[66]。単なるパブリッシャーの変更であっても、出版権設定契約は独占排他なので、旧版は買えなくなります。

 もっとも、ほとんどの場合「もう買えない」状態になるだけで、購入済みユーザーのライブラリーから消えるわけではありません[67]。絶版になっても「読めなくなる」わけではないのです。

経年劣化しない

 紙の本は、結構丈夫で長持ちします。しかし、光の当たるところへ置いておくと紫外線で日焼けしたり色が抜けたり、湿度が高いとカビてしまったり、虫に食われたりします。折り目、書き込み、背割れ(中割れ・のど割れ)など、どうしても物理的な劣化は避けられません。火事や水害などの災害で失われる場合もあります。

 デジタル出版の場合、データそのものが劣化することはありません。ただ、ディスプレイの解像度がまだ低かったころに作成されたデータは、インターネット回線が遅かったこともあり、なるべくファイルサイズを小さくするため画像の解像度を落とすなどの配慮が行われていました。その当時のデータをいまの高解像度ディスプレイで見ると、画像のサイズが小さい、もしくは、粗い画像が表示されてしまいます。

本の中身が検索できる

クリスアンダーソン『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』
クリスアンダーソン『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(NHK出版)で「図書館」を検索した結果
 紙の本は、中身を検索できません。もちろん、目次や索引といった、書かれていることをなるべく調べやすくするための工夫はあります。しかし電子出版物の場合、キーワード検索して一覧表示したり、そのページをすぐ開いたりといったことが、簡単にできます。これは、調べものには非常に有効的です。

 筆者は以前、クリスアンダーソンの『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(NHK出版)についての原稿を書いているとき、この本の中で「図書館」についてなにか一言でも触れていたかどうかが気になりました。紙版なら頭から順に読み返すところですが、電子版でキーワード検索してみたらゼロ件だとすぐに確認できました。

「BOOK☆WALKER」の横断検索機能
「BOOK☆WALKER」の横断検索機能
 また、電子書店によっては、横断検索機能を実装しているところもあります。そのキーワードが中身に存在する本を、購入前のものまで含めてチェックし、さらに、該当箇所の前後を確認することまで可能です。前述のように、本は読んでみないとその品質や価値が判断しづらい「経験財」の一種ですが、購入前にそのキーワードが含まれているかどうかをチェックする、程度のことはすでに容易いことになっています。

コピーが簡単

 これはユーザーからの観点です。こういった文章を書く際に、他の書籍や論文の一部を「引用」し、そこに対する自分の考えや意見を述べることがあります。紙の本から引用する場合、文章を手入力で引き写しする必要があります。

 ところが入力ミスなどにより、引用元とは異なる文章が載ってしまっているケースに遭遇することが、ままあります。デジタルデータなら、完全に同じものが簡単にコピーできるため、そういうミスが発生しづらくなります[68]

 ただしこれは、無断転載やコピペ盗用などが発生しやすくなるという、著作者やパブリッシャーにとってのデメリットと裏腹でもあります。詳しくは、デメリットのところで説明します。

拡大縮小が可能

 紙の本では、視力が弱い方のための「大活字本」という版が用意されている場合があります。電子出版物は、ユーザーの任意で拡大縮小が可能です。リフロー型なら文字のサイズを変更しても再レイアウトされますし、画像でもピンチアウトで拡大できます。こういった機能は、アクセスしやすいという意味で「アクセシビリティが高い」とも表現されます。

音声読み上げが可能

 また、内部にテキストデータを持っている電子出版物[69]であれば、目が不自由な方でも音で本が読めます。Windows / Mac / Android / iOSといったデジタルデバイスの基本ソフト(OS)には、文章を合成音声で読み上げる機能が標準で搭載されています。ビューアアプリが対応していれば、音声読み上げで本を読むことができるのです。

 ただ、残念なことに、国産電子書店のビューアアプリが、基本ソフト標準の読み上げ機能に対応しているケースはまだ少ないようです[70]。また、本を販売しているウェブサイト側のアクセシビリティが低く、使い勝手を向上する必要性なども指摘されています[71]

何を買ったか(表向きには)バレにくい

 リアル書店の店頭だと「レジへ持っていくのが恥ずかしい……」と思われるような表紙の本でも、ネット書店だと気軽に買えるというメリットもあるようです。86歳(当時)の男性が電子書籍で「ライトノベル」の存在を知ったという事例[72]や、紙では当初売れなかった『ぼくらはみんなハゲている』(太田出版)が電子化でヒットしたという事例[73]もあります。

 ただし、リアル書店のレジで店員と相対する恥ずかしさは基本的にその場限り[74]ですが、ネット書店での購入履歴は会員IDに紐付いた形で記録され続けます。表面的には見えなくても、個人の趣味嗜好データは裏側でしっかり握られている、という認識は必要でしょう。

24時間いつでも買える

 リアル書店には営業時間があり、夜遅い時間から朝にかけてはお店が閉まっている場合がほとんどでしょう。コンビニエンスストアはほとんどが24時間営業ですが、本や雑誌のラインアップは限られています。その点、電子書店は基本的に365日24時間いつでも開いていて、いつでも数十万点のラインアップから購入することができます。

「honto」トップページ
honto」トップページの「今売れています」コーナー
 それを可視化していて面白いのが、大日本印刷系のネット書店「honto」のトップページにある「今売れています」というコーナーです。hontoは、丸善ジュンク堂や文教堂と提携していて、売れた本をこのコーナーでリアルタイム表示しているのです。観察していると、曜日や時間帯で傾向がまったく違うことがわかります。

 昼間はリアル書店と「本の通販ストア」が大半ですが、リアル書店がもう閉まっている夜中は「電子書籍ストア」ばかりになります。月曜日の0時過ぎ(日曜日の深夜)は「週刊少年ジャンプ」だらけに、水曜日の0時過ぎ(火曜日の深夜)は「週刊少年マガジン」と「週刊少年サンデー」だらけになります。

データの更新が比較的容易

 紙は、印刷したらもう取り返しがつきません。増刷する前に修正されたりしますが、それ以前に印刷されたものは直せませんから、正誤表が1枚挟んであったりします。訂正箇所にシールを貼るというのも、ごくまれにあります。

アマゾン「Kindle」の[コンテンツと端末の管理]メニュー
アマゾン「Kindle」は[コンテンツと端末の管理]メニューからアップデートが可能
 電子は、新しいバージョンに差し替えることが比較的容易です。購入済みユーザーのライブラリーにある本を、新版にアップデートすることすら可能です。ただし、クラウド本棚を採用している電子書店の多くは、ユーザーの手元に旧版が残りません。著作者やパブリッシャーには「できれば修正前のものは残しておきたくない」という意向が働くのでメリットとなりますが、ユーザー側には「どこが変更されたのか?」を調べるのが難しくなるというデメリットがあります。

 また、紙の場合「印刷したらもう取り返しがつかない」という緊張感から制作工程で念入りなチェックが行われがちですが、電子の場合「データの更新が比較的容易」という特徴が「出してから直せばいいや」という気の緩みに繋がりがち、というデメリットもあります。

誰でも出版できる

 紙の出版は、それなりにハードルが高いです。端的に言えば、お金がかかります。そのため、パブリッシャーを経由する場合、収益性をシビアに判断されます。どんな企画でも自由に出版できる個人出版=同人誌は部数によりますが、少なくとも数万円、ちょっと多めに印刷するとすぐ数十万円かかり、売れなければその在庫を抱えることになります。

 デジタル出版は、紙のような印刷製本の初期コストは必要ありません。もちろん著述・編集・制作といった手間はかかりますが、誰でもその気になればローコストで出版できます。もちろん、売れるとは限りません。しかし、パブリッシャーを経由せず自分で出版し、メガヒットという事例もあります。この辺りの話は、第13章で詳しくお話しする予定です。

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脚注

[58] 総務省「令和元年版 情報通信白書」の「2つ目のキーワード:限界費用」などを参照。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd121120.html
[59] この場合の「電子書店」は、メディア型(無料)かストア型(有料)かを問わない。また、パブリッシャー自身が電子書店を運営している場合でも、どの部門が費用を負担しているか? という、部門別損益の観点は必要だ。
[60] いわゆる紙と電子のカニバリズム論だが、相関関係では影響が大きく見える領域でも因果関係が立証できていなかったり、デジタル出版市場の成長が紙の需要にあまり影響していない領域や、むしろ紙の市場も一緒に成長している領域もあるため、断定を避けた。
[61] ただし、小売店での売上額×何%ではなく、出版社への入金額×何%で計算されるため、率だけで単純比較はできない。
[62] 朝日新聞デジタル「中国・九州で本の発売日1日遅れに 運転手の労務改善で」(2019年3月11日)などを参照。
https://www.asahi.com/articles/ASM3C4K0QM3CUCVL00R.html
[63] たとえばAmazonの「Kindleパブリッシング・ガイドライン」では、原稿ファイルの最大サイズは 650メガバイトとされている。
https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/help/topic/G200730380
[64] ORICON NEWS「『アクタージュ』コミックス無期限の出荷停止 13巻以降の新刊は発売中止 関連商品の対応説明」(2020年8月17日)などを参照。
https://www.oricon.co.jp/news/2169242/full/
[65] ITmedia NEWS「紆余曲折を経て「はじめの一歩」電子版“解禁” マガジン電子版でも連載へ」(2021年6月23日)などを参照。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2106/23/news122.html
[66] ITmedia NEWS「KADOKAWA、「妹ぱらだいす!2」自主回収 都の青少年育成条例による不健全図書指定受け」(2014年5月16日)などを参照。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1405/16/news138.html
[67] いわゆる「クラウド本棚」を採用している大半のサービスに該当する話。ただ、一部例外があるため「ほとんどの場合」と書いた。たとえば「とらのあな電子書籍サービス」は利用規約第4条で「4. 本電子書籍は、電子書籍毎に閲覧期限が設定されています。期限を経過した本電子書籍は閲覧できなくなりますので、ご注意下さい。」「5. 前項の閲覧期限前であっても、当社または電子書籍の著作者・著作権者の判断により、30日前に予告した上で、電子書籍毎に個別に閲覧を中止する場合があります。その場合でもユーザーが支払済みの利用料金は返還致しませんので、ご了承ください。」と定められている。ストリーミング配信型なので「ダウンロードしておけば」というセーフネットもなく、配信停止=閲覧不能となる。
https://www.toranoana.jp/guide/ebk/agreement/
[68] コピーする範囲の誤りや、コピー&ペースト後に誤って書き替えてしまうなどのミスは起こりうるため、ゼロになるとは言わない。
[69] リフロー型EPUBや、透明テキスト付きPDFファイルなど。
[70] カレントアウェアネス-E「E2280 – 電子書籍サービスのスクリーンリーダー対応状況について」(2020年7月9日)などを参照。
https://current.ndl.go.jp/e2280
[71] 総務省「アクセシビリティに対応した電子書籍の普及促進」の「令和3年度アクセシブルな電子書籍等の普及に向けた調査研究」などを参照。
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/b_free/b_free06.html
[72] おたぽる「これぞ“コンピューターおじいちゃん”!? お年寄りが電子書籍でラノベに目覚める!」(2014年11月5日)などを参照。
https://otapol.com/2014/11/post-1887.html
[73] 日刊SPA!「「ハゲのための本」。書店では売れず、電子化で大ヒット」(2015年5月10日)などを参照。
https://nikkan-spa.jp/819290
[74] ただ、たとえばTSUTAYAのTカードのようなポイントを獲得できる会員カードを使っている場合は、ネット書店と同様に、個人の趣味嗜好データを握らせることになる。ポイントと引き換えに、個人情報を売り渡している、と言い替えてもいいだろう。

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著者について

About 鷹野凌 674 Articles
HON.jp News Blog 編集長 / NPO法人HON.jp 理事長 / 明星大学でデジタル編集論・二松學舍大学でエディティング・リテラシー演習担当の非常勤講師 / 日本出版学会員 / デジタルアーカイブ学会員 / 主な著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(2015年・インプレス)
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