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2022年8月7日~20日は「大日本印刷、海賊版監視代行サービス開始」「集英社で連載打ち切り宗教2世漫画、文藝春秋から単行本」などが話題に。広い意味での出版に関連する最新ニュースから編集長 鷹野が気になるものをピックアップし、独自の視点でコメントしてあります(ISSN 2436-8237)。
【目次】
政治
AIが描いた絵の著作権は、誰が持つのか Midjourney画像の扱いを考える:小寺信良のIT大作戦〈ITmedia NEWS(2022年8月9日)〉
AIでイラストを自動生成するサービスの「著作権は誰が持つのか?」問題。アメリカの著作権局審査委員会が、AI生成画像への著作権登録要求を却下しているのは #533 でもコメントしたとおり。人間の創造性が関与していない限り「著作物」ではないという判断です。著作物ではないなら、どんなに素晴らしい作品であろうと、著作権の保護対象にはなりません。
私は、その判断は日本でも同じという認識でした。ところが、この小寺信良さんのコラム3ページ目「日本での今後の方向性」には、「(平成30年の著作権法改正では)AI生成画像、つまり出力結果のほうがどういう扱いになるのかは、この時点では検討されていない」とあります。あれ?
改めて調べてみたところ、「知的財産推進計画2017」(平成29年5月)などで示されている今後の検討課題という参考資料(PDF)を見つけました。そこには『AI生成物のうち、「AIによって自律的に生成される創作物」と定義したAI創作物については、現行の知財制度上は権利の対象とならない。』と明記されています。つまり、検討されていないのではなく、平成30年改正より前に結論が出ていた話ということになります。
要するに現行制度では「思想又は感情を創作的に表現」(著作権法第2条第1項第1号)する主体は人(法人含む)である必要がある、ということです。だから、サルの自撮り写真もAI自動生成イラストも、著作物ではないのです。
社会
秋吉 健のArcaic Singularity:漂泊と邂逅のデジタル・アーカイブス。電子機器とそのデータをどのように残し管理・処分すべきか考える【コラム】〈S-MAX(2022年8月14日)〉
書き出しはゲームについてですが、デジタルコンテンツすべてについて言える話です。私個人について言えば、クラウドストレージに自動バックアップされる機能が提供されて以降は、データ消滅に泣かされる事態はほとんど起きていません。しかし、それ以前の物理メディアに保存されたデータを閲覧しようと思ったら、再生する機器がないとか、機器のバッテリーを充電する術がないといった問題に直面するでしょう。安いCD-Rなんか、メディアが劣化してそう。
これが自分以外という話になると、さらにハードルが高くなります。クラウドストレージにデータがあることはわかっていても、そもそも機器のパスコードがわからないと開けなかったりするわけで。亡くなった方のデジタル遺産をどう継承するか? は、けっこうクリティカルな問題が起きることが予想できます。
Apple IDには昨年末に「故人アカウント管理連絡先」機能が追加されています。生前に自ら設定しておく必要があるので、生命保険への加入などと同様、家族と話し合ったうえで備えておくのがよいのではないかと思われます。
Googleは「死去したユーザーのアカウントに関するリクエストを送信」する窓口があり、要審査ですが、場合によっては、亡くなったユーザーのアカウントからコンテンツを提供することも可能のようです。
「宗教2世」題材の漫画を刊行へ 文芸春秋、他社で連載中断〈共同通信(2022年8月17日)〉
今年3月に、宗教団体からの抗議を受けた集英社が連載を打ち切ったという事件がありました(#514参照)。そのマンガの単行本を、文藝春秋が刊行することになったそうです。素晴らしい。
著者の菊池真理子さんによると、安倍元首相銃撃事件の前から話は進んでいたそうです。「本当に気概のある出版社」というコメントも。「週刊文春」のスキャンダル報道によって、クレーム対応ノウハウが蓄積されていたり、訴訟にも慣れていたりするのでしょうか。
著者です。
事件の前からお話をいただいていました。文藝春秋さん、本当に気概のある出版社です。 https://t.co/HGf8VApsmk— 菊池真理子 『「神様」のいる家で育ちました 〜宗教2世な私たち〜』10月6日発売 (@marikosano_o) August 17, 2022
そういえば、元週刊文春編集長・木俣正剛さんの著書『文春の流儀』(中央公論新社)を買ったまま積んでありました。読まねば。
E2529 – 個人向けデジタル化資料送信サービスの開始〈カレントアウェアネス・ポータル(2022年8月18日)〉
個人送信の登録ユーザー数は、2022年6月末時点で約3万3000人とのこと。正直、あれだけ報道されてもその程度なのか……と思ってしまいました。授業でもっと学生に告知しなければ。後期は講義だから、使ってみた感想のレポート課題を出そうかな。
なお、2022年6月の閲覧数は個人送信だけで月間約35万回。図書館送信1年間の閲覧数を上回っているそうです。まあ、図書館送信参加館は1373館(2022年8月1日現在)ですから、個人送信登録ユーザー数とは一桁違う。当然、閲覧数も桁違いとなります。
ちなみに、従来は1968年までに受け入れた図書約54万点が個人送信・図書館送信の対象でしたが、5月31日に1969年から1987年までに受け入れた図書約30万点が追加されていました。このお知らせ、見落としていた……。
また、7月22日からは事前除外手続の対象リストが公開されており、来年1月にも約31万点が追加される予定です。また、そのタイミングで、印刷機能などのアップデートも予定されています。お楽しみはまだこれからだ!
「悪魔の詩」著者襲撃が極めて難しい問題なワケ | The New York Times〈東洋経済オンライン(2022年8月20日)〉
1988年に出版された『悪魔の詩』が神を冒涜したとされ、当時イランの最高指導者だったホメイニ師から死刑宣告を受けた著者のサルマン・ラシュディさんが、アメリカで襲撃され負傷する事件が起きました。批判や連帯声明がいくつも出ています。ところがその一方で、今回の事件が政治利用されることへの危惧の声も上がっているそうです。
そういえば、2015年に本屋B&Bで著書の刊行記念イベントに登壇したとき、監修いただいた弁護士の福井健策さんから「表現の自由は死守すると言っていた日本有数の表現者たちが、シャルリー・エブド襲撃事件のときは真っ二つでした。」という話を伺ったのを思い出しました。暴力は論外だが、あの風刺画は「表現の自由」の範疇ではなく、弱者の抑制ではないか、と。今回の事件については、どうなんだろう?
経済
Amazonが「Jコミ」モデルを採用? Kindleストアで「広告付き無料マンガ」が提供開始【やじうまWatch】〈INTERNET Watch(2022年8月9日)〉
さっそく試してみました。観測した限りにおいては、最初と最後に2つずつ広告が入り、2つめは毎回アマゾンの自社広告でした。583点のラインアップもざっと確認しましたが、アクションコミックスとジュールコミックスが大半で、分冊版ばかりです。バリエーションに乏しい感じ。まだテストなのかな? インディーズも対象外っぽいですが、まあ、こちらには広告なしで無料閲覧でき、著者には基金から収益が還元される「Kindleインディーズマンガ」がありますからね。
大日本印刷、海賊版サイト監視を代行 被害1兆円に対応〈日本経済新聞(2022年8月8日)〉
イギリスMUSO社との連携。大日本印刷のプレスリリースによると、集英社との実証実験では「海賊版対策を行う同様のサービスの削除平均の倍に近い削除率を達成」しているそうです。しかし、追跡費用が1タイトル月額7万円というのは、「中小や新興の出版社でも導入しやすい」金額なのかどうか……。
まあ、海賊版を退治したぶん売上がどーんと増えるなら、広告宣伝費みたいなものと捉えることもできるでしょう。まずは、さらに売り伸ばしたいヒット作を対象に試してみる、という感じでしょうか。ちょうど同じようなタイミングで「金と手間の問題で海賊版対策が難しい」という中小出版社漫画編集者の声、という体裁の記事が出ていたので、合わせてピックアップしておきます。
なお、こちらの2ページ目に「日本国内のISP提供各社がブロッキングして見られないようにしている場合もあるかもしれないが」とありますが、恐らくなにかの勘違い。2018年の「漫画村」問題で、政府から「海賊版のブロッキングは(児童性虐待記録物と同様)刑法の緊急避難にあたる」という見解が示され、NTTグループが実施する方針を示したところまでは確かですが、訴訟も辞さない猛反発により実行されなかったはず(そして現在に至る)。ユーザーの任意で設定される「フィルタリング」と勘違いしたんでしょうか?
【メディア企業徹底考察 #71】止まらない有名雑誌の休刊・廃刊、Web時代に雑誌が生き残る道はあるのか〈Media Innovation(2022年8月19日)〉
雑誌が生き残る道はウェブへの移行しかないが、それは単なるメディアの変化に留まらず、ビジネスモデルの転換でもあるのだ、という論考です。私が2013年にマガジン航へ寄稿した「情報誌が歩んだ道を一般書籍も歩むのか?」は、私が所属していた情報誌の世界ではひと足先に起きていた制作工程や収益構造の変化が、今後、一般的な書籍や雑誌にも及んでいくのではないか? という論考でしたが、雑誌はおおむねそうなった感があります。
それにしても、2022年に入って休刊を決定した雑誌のリストが凄まじい。88誌あります。ソースは Fujisan.co.jp の「休刊情報」とのことですが、「出版月報」に載ってる休刊誌情報より多いんじゃないだろうか。ちなみに「電子書籍の分野でも取り残された雑誌」のところでなんか見覚えのあるグラフが出てきたと思ったら、私が作ったものでした(※出典も示してもらってますし、まったく問題はありません)。
技術
教育系出版のPearson社がデジタル教科書を非代替性トークン(NFT)で販売することを計画(記事紹介)〈カレントアウェアネス・ポータル(2022年8月8日)〉
ガーディアンの元記事にも目を通しましたが、どういう仕組みでやろうとしているかの詳細が不明です。NFTはコピーを防ぐ技術ではないので、単にオーナーシップを移転させるだけの仕組みだとうまくいかないでしょう。あり得るとしたら「教科書の内容は毎年アップデートされ、最新版の入手にはNFTによるオーナーシップが必要」かつ「受講にはNFTによるオーナーシップが必要」な仕組みになっている場合、でしょうか。それなら古い版がいくらコピーされようと問題にはなりません。NFTによるオーナーシップの移転と会員証的役割は、#526 でピックアップした「トークンを持っていないとダウンロードサイトにアクセスできない仕組み」なら実現可能です。
2022年の注目技術は、没入感やAIなど–ガートナーの2022年版「先進技術ハイプサイクル」〈CNET Japan(2022年8月12日)〉
毎年発表されているガートナーの「先進技術ハイプサイクル」。NFTがそろそろ「過度な期待のピーク期」を過ぎて「幻滅期」に入りそうな位置にあります。正直、まだ入ってなかったんだ感。また、Web3が「黎明期」を終え「過度な期待のピーク期」の頂点へ向かうあたりに位置づけられています。
グーグル検索、クリックベイトより「人のため」のコンテンツを優先へ〈CNET Japan(2022年8月19日)〉
オリジナルコンテンツを上位に表示するアップデートを、まずは英語圏から行うそうです。「テストでは、オンライン教育、芸術およびエンターテインメント、ショッピング、テクノロジー関連のコンテンツの検索結果に特に大きな改善が見られた」とのことで、かなり大きなアップデートであることが予想されます。ブラックハットSEOが駆逐されるかどうか。
今後、日本に適用された際には、Yahoo!ニュースみたいな外部配信系がどうなるかを注視したい。転載先なのにオリジナルが負けてしまい、記事タイトル完全一致で検索してもオリジナルを掘り出すには一苦労、みたいな状況が改善されるといいんですが。
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雑記
8月15日は休刊です――というお知らせを出すのを忘れていました。すみません。毎年、お盆と正月はお休みしています。ただ、新型コロナウイルス感染症の第7波が山場を迎えていたので、悩みましたが帰省は断念しました。昨年同時期と比べたら、重症者数は激減してるんですけどね(鷹野)
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