マンガ図書館Zは「書店」ではなく、作品に優劣をつけない「図書館」―― 無料公開が海賊版サイトへ間接的にダメージを与える

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 株式会社Jコミックテラスが運営する「マンガ図書館Z」が実業之日本社と実施している実証実験。取締役会長でマンガ家の赤松健氏と佐藤美佳氏(現:Jコミックテラス代表取締役社長)へのインタビュー後編です。前編はこちら

[取材担当:まつもとあつし氏、取材実施日:2018年10月18日]

読者をどこまで増やせるか?

佐藤 仰るように課題としては、読者をどこまで増やせるか、というのはありますね。作品をお預かりしたことを、どう伝えていくか? それをどう読んでもらうところまで持っていくか。現在、月間100万人以上のユーザーはいますが、もっと増やさないといけないとは考えています。

―― IT用語でいえばティッピングポイントを超えるにはどうすれば良いかということですね。わたしのように40代の読者だと「あの懐かしいマンガが!」と喜んで読むのですが、若い読者は絵柄だけで敬遠してしまったり、古い作品だとどうしても画質が落ちてしまったり、といったところはハードルがあるかも知れません。また、赤松先生からは都市伝説だという指摘もありましたが、そもそもコマ割りを読めない人、つかれてしまう人も一定数いそうだという感覚はあります。そのあたりの啓蒙、開拓は何か行われていますか?

佐藤 読者の開拓という意味では、使い勝手というところに大きく依存しているのではないかと考えています。たとえばピッコマさんがサービスを開始したときは、扱っているのは最新刊ばかりでなかったと思うんです。それでもなぜあそこまで成長したかといえば、やはり使い勝手や仕組み ―― フリーミアム、ゲーミフィケーションといった仕組みや、再訪を促すような丁寧なマーケティングが功を奏したと思うんです。そういったことを踏まえると、もう少しサイトの運営としては、どうしても作家目線になりがちではあるのですが、読者目線の作り込みは考えて行かないといけないと思っています。

 ピッコマさんも最近は新刊も増えましたが、やはりお話しを伺っていると過去の作品や韓国のマンガなど知名度の低いマンガがトップに入っていて、きっかけをどう与えるかが大事なんだと思うんですよね。

赤松 いま佐藤さんが言ったように、僕がはじめたということもあって延々と「作者目線」で来てしまった。料率の高さなど作者にとっては嬉しいことだらけなんですが、読者からすればそれはあまり関係がない。そこが、ドカンといかない理由かも知れない。

 あと私が「アーカイブ」が好きな人間なので、たとえ読まれなくても保管して後世に残せれば、それで良いと考えてしまっているところがあります(笑)。それも読者にとっては優しくないサイトになってしまっている理由かも。

―― それこそ作家支援のクラウドファンディングに参加しているような、作家に寄り添っている、知名度のない古いマンガもとにかくアーカイブされている、ということを喜びと感じている読者も少なく無いとは思いますが、たしかにより幅広い人に読んでもらおうとすると、佐藤さんの仰ったような観点も求められそうですね。

赤松 そうですね。作家を支援しているというのは本当に皆喜んでくれているのですが、読者を拡げるためには違う視点も必要なのだと思います。

―― 広告は打たないのでしょうか?

佐藤 アプリを作ったときにはやってみたのですが、マンガはレッドオーシャンすぎて……なかなか勝てなかったですね。

赤松 逆にいえば広告を打たないでここまで利用者を増やしてきたので。ビジネスとしては実はとても安全にやってきたんですよね。新作を獲得するための原稿料なども発生しませんので。大爆発はしないけど、延々とダラダラと続けて行くことができる(笑)。

―― メディアドゥさんとしてはそれで良いかというのはまた溝口さん(編注:メディアドゥホールディングス 溝口敦氏)にも聞いておきます(笑)

赤松 (笑)

作品に優劣をつけない「図書館」

赤松 本当はタイトルやキャラクターをある意味「押えている」わけですから、それを再アニメ化とかCMに登場させるなどもできるはずなんですよね。でも、やってないという。人が足りないんですよ。アーカイブして満足してしまって、有効活用できていない。「八神先生が喜んでくれた」みたいなところで、止まってしまっているんですよね。

佐藤 そこを拡げるのがわたしの役割なので、頑張りたいです。先生のアイデアを頂きつつ、議論しつつ。わたしは書店も運営していたことがあるのですが、マンガ図書館Zでは書店のように作品に優劣をつけません。そういう意味では作家目線に立っている。書店という立場では、より読まれるもの、人気のあるものを上位に並べてメリハリをつけるのです。

赤松 図書館はそういうことをしませんからね。

―― なるほど、図書館ですね。図書館もコーナーを作ったりはしますが、たしかに書店とは考え方が異なります。メディアドゥもそのあたりに期待しているのかなとも感じます。

佐藤 私たちに期待されているのは、読者をどう拡げるのか、という点だと思っています。メディアドゥがこれまであまり向き合ってこなかったBtoCの領域をどう拡げていけるのかという。マンガ図書館Zのポテンシャルは読者がいることなんですね。そこをどう増やせるのかが求められているのだと思います。

―― 実は漫画家のうめ先生から質問を預かってます。「作家に支払っている金額の内訳を知りたい」ということなんですが。マンガ図書館Zの広告の収入と、その他ストア、時々展開されているファンディングとの比率はどのようになっているのでしょうか?

佐藤 具体的な数字は言えないのですが……比率はほぼ均等になっています。大きく市場環境の変化があって、それは漫画村なのですが、広告クライアント側も出稿する媒体を、アドネットワーク任せではなく、かなり選考するようになったり、代理店がブラックリストを作ったり、あるいはホワイトリストに該当するサイトにしか出さないといった動きが拡がっています。これまでマンガ図書館Zで単純にアドネットワークでバンバン出ていたものも、かなり絞り込まれてしまいました。

 また、ヤフーが最近アドフラウド対策を強化しています。サイトによっては悪質な ―― 例えば×ボタンを押しても消せないような広告を出したり、ということもあったりして、かなり広告商品に対しての出し方も厳しくなってきています。そういった変化もあり、広告という観点だけの市場でいうと特にマンガについては厳しい状況です。

―― マンガ図書館Zに入っていた広告もなくなっていますね。

佐藤 そういう状況です。

―― 他のカテゴリについてはどうでしょうか?

佐藤 他はカテゴリは変化はないですね。もともとは広告の比率が高かったのが、いまお話ししたような変化を受けて、3つがほぼ均等になっているという状況です。

無料でアクセシビリティが高いほうが良い

―― アプリ課金の利用状況はいかがでしょうか?

佐藤 横ばいであまり変化はありません。他のマンガアプリがライフ・チケット制度を導入するなど様々進化がありますので、本当はこの部分ももっとやったほうが良いとは考えています。

赤松 とはいえ、他のマンガアプリとは作品も被らないので競争しているわけではないですね。

佐藤 赤松先生のもともとの志向は、特に過去の作品を扱っているわけなので、無料でアクセシビリティが高いほうが良い、一気に読めたほうが良いよね、という方針になっています。これは過去作を扱うマンガ図書館Zだからこそできることですが、そこで様々な仕掛けをこれまではしてこなかった、ということでもあります。

赤松 やっぱり一気に読んでPDFで所有できるというのは、外資大手だってできないはず、という自負もありますね。

―― なるほど。今日こうやって色々とお話しを伺っていると、なるほど「書店」ではなく「図書館」なのだな、ということを確認できたように思えます。

赤松 極端に言えば、僕は揃っていれば……中身を読まなくても、背表紙が見えていれば良いとという感覚はあって、正直、これは良くないなと反省しているところです(笑)。

―― もう1つは今回の実証実験も「海賊版サイトへの対抗処置」という打ち出し方がされています。赤松先生ご自身もサイトブロッキングの検討会議になぜ主体者であるご自身はじめマンガ家が参加していないのか? という意見をTweetされていましたが、海賊版対策とマンガ図書館Zはどのような関係にあるのか、改めて確認させてください。

赤松 無料サイトは沢山ありますが、マネタイズの方法を色々と模索しています。マンガ図書館Zは作家目線でやってきましたので、開設当時は「無料で読んでもらえれば海賊版には行かないだろう」と考えていたので、その存在だけで海賊版対策になっていると考えていました。そこはいまも変わっていません。

 手元にあるデータで、投稿してもらって、著作権者の許諾をとり、ホワイト化する。そうすることで海賊版サイトへ間接的にダメージを与えるということですね。

 そういった他社にない方法を採っています。映像ではYouTubeが(フィンガープリントで)やっていることではありますが。

 そのような実験を続けているということからいうと、ウチが一番やっているという自負はあります。こんなの他はやってないですよね(笑)。

―― その取り組みの延長上に、新作マンガへのリンクをリーチサイトのように展開するという構想があるわけですね。一番の海賊版対策は(音楽や映像のような)定額読み放題サービスと言われたりします。そこに近づくことを目指しているわけですね。

佐藤 イメージは、赤松先生が先ほどもおっしゃっていたリーチサイトに近いイメージです。ここに来れば作品に出合えるということが重要な価値です。

―― 先ほどお話しされたファイルをクリーンナップしたり、許諾をとったりというのとはまた別の道筋ですよね。

赤松 対象サイトをクロールして、どのサイトに対してもウチから最新の作品が読めるようにするアイデアはあるんですけど。

―― 各出版社の電子マンガサイトをクロールする。

赤松 誤解がないように言っておくとデータそのものを集めるわけではありません。新着作品などの所在をクロールするという意味です。表紙くらいは収集するかも知れませんが。Amazon含めて(合法サイトで)少年誌の大手4誌が揃って載っているサイトはないですからね。それがないとダメだと思います。

―― そういった開発も先ほどお話しされた体制の中でやっている?

赤松 現状、ウチの運用担当が片手間でやっているのでなかなか進んでいません(笑)。

―― いつ頃に実現しそうですか?

赤松 うーん、もう少し先ですかね。進んではいるのですが。

―― 緊急避難としてのブロッキング実施はなくなったいま、それと共に本来議論されるべきだった、広告の締め出しなどの対策も空中分解してしまった。いよいよ実効性のある海賊版対策が重要となっていますが。「早く実現してほしい」という声は多そうです。

赤松 うーん、そうなんですよね。NHKに出演したときもコメントしたように「横断型のサイトが必要」と言い続けているんですが、現場の出版社の偉い人、現場の人たちも「電子化して結構儲かっている」んですよね。なので、具体的に(横断サイトに)取り組みたいといっている出版社がないんですよ。だから、いつまでたってもマンガ〇〇とか、サイバーロッカーなんかが未だに健在でいたちごっこが続いている。SpotifyとかYouTubeクラスのものが出てこないと、海賊版はなくなりませんよ。

―― アニメではすでにNetflixのような外資大手が進出していますね。そういった大手がグローバル配信を前提に、大きな調達費を出して横断的に作品を集めている。逆にいえば一社単位だといまの状況は変わらないということですね。

赤松 その通りですね。1社単位だとそれなりに儲かってしまっているのもネックなんですよ。

儲かるのであれば出版社が既にやっている

―― でも一方でより「便利な」海賊版の存在によって機会損失も大きいわけですよね。

赤松 利便性ですね。全出版社の人気雑誌がもれなく集まっているようなサイトは海賊版くらいでしか実現できない。そういうのを公式で実現できれば、読者の利便性は計り知れないわけです。

―― 手元にあるちょっとした利益を守る為? でもそこに外資が来たら刈り取られてしまう。

赤松 そうですね。Amazonが「Kindle Unlimited」をはじめたときは、大手もやられかけましたけどね。でも、やっぱりプラットフォーム側が「この作品はダメ」ということを言い始めるんですよね。つまり検閲をし始める。作家もイヤな思いをする。マンガ図書館Zやこの実証実験は、作家、出版社主導ではできなかったことをやっているわけです。

―― 個別の作品がレーティングで弾かれてしまうというのは、音楽・映像以上にありそうですね。マンガ図書館Zが網羅する役割を果たしたいということでもあるわけですね。

赤松 映像も大変ですけどね。あと言えるのは、なかなかそれは儲かる取り組みではないということですね。フキダシ内の自動翻訳とか、マンガPDFに電子透かしを入れるなど基礎研究を地味にやっているのもウチだけですから、暖かく見守って欲しい(笑)。YouTubeなんかが、自動翻訳の精度を着実に向上させていますが、我々もそういった取り組みをしているわけです。

佐藤 儲かるのであれば出版社が既にやっているでしょうしね。まだ具体的に儲からないから、マンガ図書館Zの取り組みをそっと見守っているという感じではないでしょうか?

―― なるほど、よく分かりました。あとはメディアドゥさんにも確認しますが、マンガ図書館ZはR&D、社会貢献としての側面が大きいのかなと改めて思いました。後ほど溝口さんにも確認していきますが、これからマンガ図書館Zはどうなっていきますか?

佐藤 がんばります(笑)

赤松 作家と向き合うことがほとんどなかったメディアドゥは、他の新規事業も含めて、いろいろと驚きながらこれまでとは違う次元で色々学ばれているところではないでしょうか? これまでならマンガ図書館Zのような取り組みは、お叱りがくるかもしれない性質のものですが、その点現役作家の私がなかに入っているので、出版社からも「作家と取次がつきあうなんて」的な文句を言われることはないはずなんです。

―― 仮に今後二次利用といった話が出てきたときにも……。

赤松 もちろん出版社とは仲良くやっていきたいとは思っていますよ。メディアドゥさんの株主にも大手出版社が入っていますしね。

佐藤 溝口さんともいろいろ話していますが、、出版社と棲み分け、共存していくというのはメディアドゥ共通の課題ではあるはずですね。

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著者について

About まつもとあつし 4 Articles
ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者(敬和学園大学人文学部准教授・法政大学社会学部・専修大学ネットワーク情報学部講師)。NPO法人HON.jp/間野山研究学会理事/スマートワーク総研所長。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、フリーランスに。ASCII.JP・ITmedia・ダ・ヴィンチなどに寄稿。著書に『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めています。見て聞いて考えて書くのが好きです。
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