雑誌ライターが恩恵を受ける「オプション権」とはなにか?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

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 「おお、これはライターにとって朗報!」と思ってさっそく紹介したこちらの「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」というニュース、なんのことを言っているのかさっぱりわからなかったという人が続出。ダメじゃん。すみません。長いんですが、小見出し付きで頑張りました。

そもそも「オプション」ってなんなの? 問題

 「オプション(選択権)」という言葉を聞いても、それが何を指すのかがわからない、と。

 金融業界の人にとってはデリバティブのひとつであるオプション取引のことが頭に浮かぶのでしょうね。製造業や旅行業だったら、料金の上乗せでつけてもらえる部品やサービスのこと。でも英語だと、「誰が」「何を」選択できる権利なのか、業界によってぜんぜん違うので。まずその辺から説明をば。

 例えば、私がいる書籍出版業界で「オプション」というと、著者が出版社から本を出すことになったとき、その本の次の作品も出すかどうか出版社側に与えられる優先権、という意味になります。特にフィクションの作家の場合、最初の作品が売れなくとも、次作、次々作もまずうちが出すかどうか検討させてくれ、という権利を抱き合わせて買うことに対して、お金を出すのです。(大抵は最初のアドバンスに含まれていて、オプションがいくら、とは契約書に細かくは出ていません。)

 つまり、出版社側にとって「一発でこの本が当たらなくてもすぐに見放したりしないよん」というコミットメントの意思表示になります。っていうか、ぶっちゃけその本がベストセラーになったとしたら、次の作品を他の出版社に持っていかれないようにするための拘束料でもあります。アメリカの出版産業では「1著者、1エージェント、1版元」が原則なので、著書ごとに出版社をいくらでも替えられる日本のやり方とはずいぶん隔たりがあります。

ハリウッド/動画配信サービスでいうオプションとは?

 映像製作業界が「オプション」というと、映画の原作にあたる作品に対し、映画化できそうか検討したいから、その間に他のところに持っていかないでね、という「ツバつけた」権を意味します。exclusive というキーワードで、オプション権を買います。だいたい期限は1年で、オプションの更新オプション、つまり、1年経ったところで「まだ検討中だからもう少し延期させて」権が付くのが普通です。

 骨董通り法律事務所のこのページが詳しいですね。

オプション・アグリーメントの交渉ポイント ~小説を映画化する場合を例に~

https://www.kottolaw.com/column/000151.html

 っていうか、日本語でちゃんと説明しているページがここぐらいしかみつからないことに驚きました。書籍出版のオプションに至っては、ググっても何も出てこなかった。代わりに出てきたのは、自費出版サービスのオプションばかり。日米では出版の商習慣が違うとはいえ、これは盲点じゃった。すまんのう。狭い世界に生きてたんだなぁ、アタシ。

オプション丸ごとハウマッチ?

 オプション料金の相場はピンキリで、平均額というものはありません。「当方、ニューヨークの映画学校に通う貧乏学生なんで、とりあえず1年1ドルでお願いします」というショボい申し出から、原稿もろくに読み終わらないうちにハリウッドスタジオから人気作家のベストセラーにドーンと数万ドル、というものまで。

 オファーを受けた方も、とりあえず何かモノになる可能性があるならタダでもオッケー、という場合もあるでしょうし、映画向けのストーリーで、スタジオ同士で取り合いになり、エージェントがうまくオークションをやってくれるスティーブン・キングのようにすべての作品のオプションが即売れするベストセラー作家まで、様々です。

 その本や記事が刊行からけっこう経っていて、他に競合相手もなく、低予算映画にでもできるかな~ぐらいのオファーだと数百ドルというところかなぁ。それがいま、「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」にもあるようにオプション額が高騰しているのは、動画配信サービスの競合が激しくなって、「とりあえずちょっとでもモノになりそうなストーリーだったらツバつけとけ」合戦になっているからです。

 ちなみに、オプションとしてもらったお金は、映画化の話がダメになっても返さなくてもオッケー。ただし、オプションを受け取ったにもかかわらず、他のところに話をもっていったりしたら、契約違反で訴えられます。そうなっても私は知りませんよ。

 雑誌記事の話ではないですが、マイケル・オンダーチェの『イギリス人の患者』が映画化されて大化けした頃でしょうか、アカデミー賞が取れそうな(つまりは選考委員のウケが良さそうな)映画の原作になる文芸書はいねがーと、普段は西海岸にいるはずのハリウッドのスカウトさんたちが東海岸の書籍出版社をなまはげのようにうろついては青田買いをし始めた時期があり、ヤツらは出版社の編集会議や、エージェンシーのオフィスにまで詰め掛けて原作を漁っておりましたとさ。

 私がいた頃のランダムハウスは2005年に Random House Films という、本から映画にする専門のプロダクション部門を社内に設立したんですが、選んだ本が文芸のかほりはぷんぷんするものの、地味すぎて、例えばホアキン・フェニックスとジェニファー・コネリー主演の Reservation Road という映画(知らないでしょ~、邦題は「帰らない日々」だったらしいけど。私は社員割引で観たが、あまりにも退屈で上映の途中で死んだように寝たので、あまり覚えていない。)が大コケするなどして、手を引いていったという、いまだからバラせる社内エピソードもありまして。

ロード・トゥ・オプション ~ その手順

 ということで、「この本を原作にして映画を作りたいなー」と思ったら、大手ハリウッドスタジオの大物有名人プロデューサーから、映画学校の学生の卒業プロジェクトまで、まずはその作品のオプションを確保することから始めます。

 原作が本の場合、映画化権は出版社ではなく、著者側がキープしている副次権なので、著者かエージェントに連絡をとってオプションのオファーをします。双方折り合いつけたところで、1枚のペラに、作品名を明記して、原作者と製作者のサインをすればオッケー。

 それを US Copyright Office(米国著作権庁)に届け出て受理されれば、オプション成立。だから、「あの本を原作に映画を撮りたいな」と思う人はまず、このオプションがすでに抑えられていないかどうか、米国著作権庁のオプションデータベースにアクセスして調べます。

事実を述べた雑誌記事でなぜ著作権に支払われるオプション料が?

 次に、「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」の記事が意味する「雑誌記事」について書いておくと、これは英語で言う long-form journalism(これが本として発表されると narrative nonfiction というジャンルになる)という長めの記事のことです。

 日本で雑誌記事というと、長くとも数ページで収まるような短いものが主流ですが、ここでオプションが買われる雑誌記事とは、字数でいけば少なくとも数千ワードから、数万ワードあるような長い調査報道ものです。

 雑誌メディアでいうと、ニューヨーカー、ニューヨーク・マガジン、ワイヤードが得意とするような。オンラインだと米バズフィード、メディアムなどが載せてますね。新聞なら特集記事と呼ばれるのでしょうか、いまや長編記事で読ませる力を持っている紙媒体はアメリカでも減ってきていて、いちばん積極的なのがLAタイムズ、そしてNYタイムズの週末号の「NYタイムズ・マガジン」にも話題になる記事が載ったりします。プロパブリカなどは最初からオンラインでlong-formジャーナリズムをやるために作られたメディアですし。

 ちなみにブルームバーグの記者たちが毎年「うらやまリスト」なるものを発表していて自分たちが書きたかったけど「やられちまったな」感のある他媒体の面白い記事をリストアップしています。

Bloomberg Businessweek’s 2018 Jealousy List

https://www.bloomberg.com/features/2018-jealousy-list/

 ところで、HON.jp News Blog 編集長・鷹野凌の著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(いつも思うがなげータイトルだな)などにも書いてありますが、「事実」に「著作権」は発生しません。

 ならどうして事実の羅列であるはずのノンフィクションの本や雑誌記事に対し、著作権があってはじめてそのオプション権を買うことができるはずのオプションが取引されるのでしょうか? 「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」の記事でもいちばん通じてなかった部分です。

 確かに、とある事件が起こって、そのあらましをドキュメンタリーにしたいときは、製作者が勝手に自分たちでその事件の関係者に取材して、それを作品にすればいいのであって、わざわざ雑誌記事のオプションを買う必要はありません。でもわざわざまた元のソースに取材してそれをドラマ仕立てにするには時間がかかります。

 いま、Huluだのネットフリックスだの、HBOだのアマゾンプライムビデオだのといった外資のストリーミングサービスは、うなるほど金はあっても、つぶさに取材を重ねてドキュメンタリーを作っている時間はありません。また、競合相手が増えたのに、脚本家の数を急に増やせるわけもなく、その脚本作りの一端を雑誌記者が担うようになってきた、と考えることもできます。

オプションで雑誌のライターが儲けた先駆け映画「アルゴ」

 雑誌業界が「お、雑誌記事のオプション権ってお金になるんじゃね?」と気づいたきっかけになったのが2012年の「アルゴ」という映画です。その年のアカデミー賞最優秀作品賞、脚色賞、編集賞の3冠達成、同年のゴールデングローブ賞にも輝き、世界中で興行収入を2億ドル以上稼ぎました。私も成田に向かう機内で観た記憶があるわコレ。

 いまはアル中ギャンブル依存症のビール腹オヤジになり下がったベン・アフレックがまだ「ラティーナ女神、J・ローを射止めたセックスシンボル」としてチヤホヤされていた頃に主演・監督を務めた作品です。これはジム・カーター大統領政権の時代だった1979年から1981年にアメリカを揺るがしたイランアメリカ大使館人質事件(全米は揺れてたけど、全日本は泣くどころかあまり関心なかったかもね)の裏側を描いた映画。

 当時は一般の人には誰にも知らされていなかったけれど「イラン政府に人質にとられた6人の外交官を救い出すために、CIAのエージェントが架空のSF映画を撮るハリウッドのスタジオのスタッフのふりをしてイラン国内に侵入して救い出す」というまるで映画みたいなことが起きていたのでした。俗にCanadian Caper(カナダの策謀)と呼ばれている救出劇です。

(このときCIAが作った架空の Studio Six という製作会社、人質事件解決後もあちこちから「おたくでゼヒ映画化どうすか?」という脚本が送りつけられ、その中にはスティーブン・スピルバーグという名前もあったとか。)

 この映画「アルゴ」の脚本の原作となったのが、アフレックが演じたCIAのエージェント、トニー・メンデスによるメモワール「THE MASTER OF DISGUISE」と、この事件の真相を綿密な取材によって突き止め、ワイヤード誌に掲載された「The Great Escape: How the CIA Used a Fake Sci-Fi Flick to Rescue Americans from Tehran」という記事だったのです。いまでも読めますね。

 「アルゴ」はディテールや事実関係を変えてあるので、ドキュメンタリーではなく、historical drama というジャンルになっているのですが、この映画を“Based on a true story”と宣伝できることがこの強みだったわけです。

 メンデス著のメモワールは一人の視点から書かれている自伝だけれど、雑誌記事の方が多くの関係者とのインタビューをまとめ、またストーリーとしてすっきりしていたことから映画はどちらかというと、この雑誌記事を脚色して使いました。

 ワイヤードにこの記事を寄稿したジョシュア・ベアマンは、他にもローリング・ストーン誌やNYタイムズ・マガジンにも書いているフリーランス・ライターで、2014年に全米雑誌賞にもノミネートされ、その年に、同じような長い記事をネットで発表し、それをテレビや映画の番組制作会社に売る「Epic」というオンライン雑誌を立ち上げました。(Epicはその後、オンラインニュースサイトの「Vox」に吸収されましたとさ。)

雑誌出版社がオプションの美味しさに気づく

 映画「アルゴ」が大成功を収め、ベアマンにはオプション料金から、映画化権の印税まで支払われてホクホクだったわけですが、ここで「あれ? 俺ら損してね?」と思ったのが、ワイヤード誌を抱える大手雑誌出版社のコンデ・ナストでした。雑誌記事の副次権は著者に委ねられていたので、「アルゴ」があれだけヒットしたのに、コンデ・ナストには1セントも入らなかったらしい。

 「ちょっと待って、その記事、最初に掲載して世に広めてやった媒体を提供したの、俺らじゃん、なのになんでスルーされてんの? つか映画のネタになりそうな雑誌記事なら他にも死ぬほどあんじゃん。もっとハリウッド映画になる材料あるよね?」ってことで、コンデ・ナストは2011年にテレビ業界から人材を引き抜いて「コンデ・ナスト・エンターテイメント」という子会社を作り、5000万ドルを投資して全社の過去記事から映画のコンテンツになりそうなものを選んでプッシュしていく、という作業を開始、5年で事業を黒字化させたのでした。

 まずはコンデ・ナスト傘下の19誌に掲載された過去記事10万本をデータベース化、脚本の下読み屋を雇って有望そうを見つけ出す。長編映画になりそうならそれをハリウッドに売り込む。いま35本が、なんらかの製作段階に入っているそうです。他にも自社でビデオニュースにできるものは、自社で作っちゃう英断をしたのがすごい。

 これまで5000本ほど作られたデジタルビデオの中にはエミー賞の候補になったScrew Your Cancerというドキュドラマや、短編ドキュメンタリー部門でオスカー賞の候補になったJoe’s Violinという作品も。デジタルビデオのほとんどは各雑誌のサイトで観られるようにし、いまではそこに月に10億ビューのアクセスがあるから、広告費もばんばん取れる、という構図。

 2013年以降、コンデ・ナストの雑誌のいずれかでフリーランスの人が記事を書く場合、コンデ・ナストが映画化権のオプションを買いますという項目が自動的に契約書に盛り込まれたときは「安く買い叩きやがって」とライターから反発もあったけど、その年にGQに掲載されたアリゾナの山火事の話が、ソニー・エンターテイメントから 「オンリー・ザ・ブレイブ」という映画になったし、ワイヤード誌に載ったジョン・マカフィーの話をジョニー・デップ主演で映画化するとかしないとか(ああ、でも Minamata の撮影で忙しいからダメか)という話もあり、ハリウッドと比べるとスケールは小さいが、そこそこ面白そうな映画になりそうなネタばかり。

(ちなみにここの「人材」というのは ドーン・オストロフという、元CWネットワークにいた人です。彼女は1年前くらいに、音楽配信サービスのスポティファイで同じような仕事をするために引き抜かれていきました。1度女性アントレプレナーの集いで話を聞いたことがあるけど、すごい人です。)

オプションのあとにやってくる本当の稼ぎどころ

 さて、オプション料金を支払った映画制作会社が監督や脚本を確保し、役者も決め、いよいよ映画化が実現する、つまり予算がおりる段階で、今度はオプションを払った作品に対し、purchase price(買取価格)なるものが支払われます。「本チャンの映画にすることに決まったから原作料を払うよ~」というお金です。

 ハリウッドからお声がかかれば6桁、つまり10万ドルぐらいが最低ラインだったのが、「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」で紹介した記事にある通り「最近は35万ドル行くのが珍しくなく、ときには100万ドルを突破することも」出てきたのです。

 何せ、アマゾンもネットフリックスも、従来のハリウッド・スタジオとは比べ物にならないぐらい潤沢な予算があって、コンテンツ獲得に乗り出しているのですから。Huluはディズニーが買っちゃうし(日本のHuluは別)、HBOにアマゾンに、これからはアップルやウォルマートも参戦して、オプションを買いあさり、独自のコンテンツを作ろうとしているのだから、そりゃ動くお金もすごそう。

 この買取価格は、その映画製作にかけられる予算額をベースに算出されます。2~3%ぐらいがメドでしょうか? めちゃくちゃ高い予算のハリウッド映画といえば最近は3億ドルぐらいでしょ? 封切られたばかりの「アベンジャーズ/エンドゲーム」、過去の作品だと「タイタニック」「ハリー・ポッター」「パイレーツ・オブ・カリビアン」あたりの映画だと、その脚本の元本を書けば10億円ですわよ、奥様。

 もし、映画ではなく、ケーブルTV局や動画配信サービスで人気が出て、シリーズ化されて何シーズンも続けばもう人生ずっと左うちわ。「ゲーム・オブ・スローンズ」の原作者ジョージ・R ・R・マーティンがファンから「このくそデブが糖尿病か心臓発作でおっ死ぬ前にさっさと続編書きやがれ」と毒づかれながらも、ちまちまと次の本の原稿を書く気をなくしているのもわかる気がします。

 まぁこの辺の値段は水ものだし、ハリウッド映画にありがちな、予算がどんどん膨らんでいく、という事態になっても大抵は cap と呼ばれる上限がついています。ランダムハウスにいた頃に聞いた金額は、あんまり売れなかった本がオプションでずぶすぶで何年も経ってから映画化されて5万ドルぐらいかなぁ。ハリウッドでオリジナルの脚本を1本売れば、その10倍だからね。

 従来のハリウッド・スタジオはもうキャラクターが出来上がっているストーリーで、シリーズで出せそうなフランチャイズものにしかデカイ予算を張らなくなっている気がしますよね。つまりスターウォーズとか、スタートレックとか、DCコミックスのジャスティス・リーグとか、マーベル・コミックスのアヴェンジャーズや X-Men とか。外れずに一気に興行成績を上げて、しかもキャラクター商品などでも稼げて、ハリウッドスタジオを支えるコンテンツを tent-pole (つまりは屋台骨)と言います。

 一方で、新参者の動画配信サービスは、自分たちのテントポールを作り上げるところからやらなくちゃならない。他との競合もある、ということで、幅広く材料を求めているわけです。ハリウッドがアメコミのフランチャイズもので、若者を映画館に連れ出している間に、ストリーミングサービスは家のテレビで観られる、もう少し大人向けのエンタメコンテンツを必死に探している感じです。競合もあるので、オリジナル・コンテンツであることが望ましいわけだし。

「日本にもそういう波、来るかなあ?」に対する精一杯の答え

 アメリカの景気のいい話って桁違いなんで、獲らぬタヌキ話になりがちなんですが、いちばん気になるのは、いずれこの波が日本にも到達し、雑誌ライターが少しでも美味しい思いをできるようになるのか? ってところですよね。

 日本でも「U-NEXT」とか「dTV」とか「ビデオパス」とか「Rakuten TV」なんてのもあるし、これらの動画配信サービスがこれからはオリジナルコンテンツで視聴者を奪いあうぜ、となってきたらチャンスはあるかも。でも、いまテレビ局や日本映画がやっているように、何でもかんでもマンガを原作として頼っている限りは雑誌にまでお鉢は回ってこないでしょうしねぇ。

 その前に雑誌出版に関わる人たちでクリアしておかなければいけない問題がいくつかあると思います。ひとつは、そもそも long-form、あるいは long reads と呼ばれる長い調査報道記事で勝負する雑誌媒体がほとんどないので、そういうコンテンツもなさそうなこと。まぁ、長さはこの際忘れるとして、雑誌記事がオプションの対象となるには、以下の要素が必須です。

  1. 報道記事として、でっち上げや剽窃がないこと
  2. 他にないオリジナルの独自調査であること

 せっかく面白いドキュドラマや映画になったところで、元ネタにウソがありました~ってんじゃお話にならないし、他にもみんなが書いているニュースだったらわざわざ特定の記事をオプションする理由もないわけです。

 いけそうな例として、思いあたったのは、2013年の山口連続殺人放火事件のことを「つけびの村」として「note」に書いていた人がいましたよね。確か、ノンフィクションの本にできなかったから自分で「note」上で公開したところ、けっこう話題になって読まれた、という話です。

 そして動画配信で、英語で true crime ものと呼ばれる「事件簿シリーズ」みたいにすれば、観たいと思う視聴者はけっこういるんじゃないでしょうか? いまも人々が覚えている事件の犯人やその関係者のインタビューって、たまにテレビでもやってて注目されるじゃないですか。

 雑誌ライターが丹念に取材した記事をベースにすればドキュメンタリーでもなく、フィクションでもないドキュドラマとしてシリーズ化できますよね? ただし、日本のテレビがよく「再現ビデオ」でやっているような映像の作り方じゃダメです。もっと金かけろよな~。

「Peak TV」に向けていま雑誌ライターができること

 そして今回、「ストリーミング・サービスの競争激化による第2のTV黄金時代で雑誌ライターに恩恵」に対する反応で、メディアに関わる読者が多いにも関わらず、「オプション権」というコンセプトさえ知られていなかったことが、いちばん高いハードルかなぁ。だって日本の雑誌やウェブサイトに記事を書く場合、担当編集者からメールで依頼があって、ペラ1枚の企画書が送られてきて、ひどい場合は最初からギャラさえ提示されてなかったりするでしょ? 

 アメリカだと締め切りがいつで、原稿料が1ワードいくらで、といった事項を含めて、まず最初に副次権まで細かく決めた契約書を交わしてから雑誌記事を書くんですよ? あるいは、「アルゴ」元記事のように、フリーランサーの雑誌ライターから「こんなおもしろい記事書いたんだけど買わない?」ってアプローチするんですよ?

 オプションも聞いたことないなら、これも知らないと思うけど、kill fee ってのまであって、出版社の都合でその記事が掲載されないことになったら、原稿料の3分の1から半額ぐらいの罰金を支払うんですよ? それくらい「契約書」ってのはライターを守ってくれるものなのです。それを出版社が嫌がるのはなぜか、わかりますよね?

 まずは雑誌記事にも副次権があるってことを書き手が知ってないと、動画制作側から「この記事を元に映画作りたいんですけど~」って出版社に問い合わせがあって、「ハイハイ、どうぞ~」って、タダかすごく安く譲渡されちゃって、ライターには何も知らされてなかった、ってことになるのが目に見えているじゃないですか。

 だからせめて副次権を自分で管理しているという意識かな、まず必要なのは。そして、将来、雑誌出版社が転載するとか、再掲載したいとかって言ってきてもタダではダメです、って言うことですよね。その結果生まれた作品がヒットしてもしなくても一定額をもらっておしまい、ではなく、できれば印税方式で払ってもらう。これからは最初に手切れ金のように支払う up front fee ではなく、美味しいパイができたらみんなで分け合う profit-sharing の時代です。

 私個人は、これまでは、「本業はエージェントだし、雑誌記事は頼まれたら知っていることの範囲で書くので、あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ~」、みたいな姿勢だったから、契約も交わさずに原稿書いて何も言わなかったけど、個人ブログのリニューアルを機に、いまはせめて「再掲載権は私にありますよね? その雑誌の次の号が出たタイミングで自分のサイトに載せてもかまいませんよね?」ってメールで聞くことにしています。

 この解説記事にしても、「note」で有料にするか、HON.jp News Blog に任せるかウンウン悩みながら書きました。「オプションって何?」という解説ビデオにしたい動画屋さんにはオプション権、お売りしますんで一声かけてください。

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著者について

About 大原ケイ 289 Articles
NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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